2015/04/19 - 2015/04/19
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Wind99さん
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東海道五十三次の品川、川崎の次、3番目の神奈川宿の面影を求めて、旧東海道を歩いてきた。
現在の横浜駅より、やや東北に当たる地域が、神奈川宿になり、その眼前は江戸の海であったことが分かった。(現在の第一京浜がほぼ湾岸であった)
先週の川崎宿と同じで、戦災と関東大震災で、昔の面影はほとんど残ってないが、「神奈川宿歴史の道」の看板に書かれた江戸時代の風景絵が、当時を偲ばせる。
また横浜開港時、各国の領事館が置かれた寺院が多く、その歴史を感じることが出来た。
東急東横線反町駅〜東白楽駅の散歩。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
反町駅を出ると、その外壁に「浦島太郎伝説」の説明看板があった。
神奈川宿では太郎が翁となった後をさらに続けていますとあり、うらしまでらの説明と、この駅の朱玉、緑玉、黄玉、橙玉の外壁もそれをイメージしたという。 -
駅から左折すると、東横フラワー緑道という、おしゃれな道があり迷ったが高島山トンネルを抜けた。
以前の、東急東横線の跡地で、今は地下になっため、緑道に整備されたそうだ。 -
高島山トンネルを抜けるとすぐ右に大綱金刀比羅神社があった。
江戸時代には、この両側に日本橋から7つ目の一里塚があったという。 -
本宮の横に何故か顔だけの天狗?
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右奥には弁財天と竜神池があった。
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大綱金刀比羅神社の参道の階段から鳥居を見下ろす。
通りの向こうのは、江戸時代入江(湾)だった神奈川湊だったのだ。 -
街頭MAPを見ると、この辺りは神奈川駅跡地だったそうだ。
さらに坂を上がって本覚寺へ。 -
階段の上から、神奈川湊を見る。
看板の右側は、青木橋だ。 -
本覚寺 旧アメリカ領事館。
横浜開港の頃にアメリカ領事館員が塗った、日本初のペンキ塗装の山門が現存する。また、生麦事件で斬られたイギリス人2人が逃げ込んだ場所でもある。 -
三宝寺。地図上では、先ほどの大綱金刀比羅神社と隣接しいたが、とんでもない高台にあった。
これも歴史道の案内板があった。 -
高島嘉右衛門が晩年住んだため、今は高島山公園と呼ばれる。
数々の事業で成功し、引退し後に高島易断で名を揚げた。 -
かえもん公園もあった。
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この右の写真は、高島嘉右衛門が横浜の鉄道事業で、当時海だった横浜を埋め立てて、レールを敷いて成功した後の写真だそうだ。
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高台から少し下って、旧東海道へ降りて来た。
神奈川台の関門跡の碑。 -
この下り坂は旧東海道だ。
右手に見える2階建ての建物は、江戸時代から続く料亭「田中屋」で、前身の旅籠「さくらや」が安藤広重の東海道五十三次に描かれており、有名なシーンだ。
感動。 -
明治7年、坂本龍馬の妻おりょうが仲居として働いていた記録があり、写真等が現存するそうだ。
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田中屋の前の看板。
この広重の浮世絵が印象的だ。 -
今も営業している。玄関から中を覗くと、玄関で正座している着物姿の仲居さんがいて、びっくりした。
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坂を降りきって青木橋に来た。山側を見上げると先の三宝寺が、とんでもない下駄を履いていた。
まるで天空の寺? -
神奈川駅。県名が付いた駅。
歴史のある街ということで清水の舞台をイメージした駅舎に改築されたそうだが、意味が不明だが、そうも見えない。 -
宮前商店街の看板を進む。
甚行寺 旧フランス公使館。 -
普門寺。ここは開港当時、イギリス士官の宿舎に充てられていた。
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この歴史道の看板の普門寺では、東海道に面し開かれていたことが分かる。
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今の旧東海道は人通りもなく、ひっそりしていた。
川崎宿のように、旧東海道と書かれた石碑などは一つもなかった。 -
洲崎神社 1191年(建久2年)に源頼朝が安房神社を勧進して創建。
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この洲崎神社も、江戸時代の図会によると、周囲は船着場であり、開港後は渡船場となったようだ。
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坂道を上り、権現山に来た。かつては急峻な山であったが、明治の鉄道用地の埋め立てで、山は低くなったとな。
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室町時代創建の宗興寺。
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宗興寺のヘボン博士施療所跡碑
開港当時、アメリカ人宣教師で医者であったヘボン博士がここに施療所を開いたそうで、これを記念する石碑が境内に建てられていた。
このヘボン博士は、「ヘボン式ローマ字」でよく知られ、日本で最初の和英辞典を完成した。 -
滝の川に出た。川沿いの遊歩道を歩く。見えている青い橋は、滝の橋だ。
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遊歩道上に本陣跡の説明書きがあった。これをみても眼前は神奈川湊だったと分かる。
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浄瀧寺 旧イギリス領事館。
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大井戸跡。
江戸時代には東海道中の名井戸に数えられた。
また、井戸の水量の増減で明日の天気がわかるとされ、「お天気井戸」の異名があった。 -
慶運寺 旧フランス領事館。
ひらがなで、うらしま寺と書いてある。 -
浦島太郎が竜宮城から持ち帰ったとされる、観音像がある。
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手水台も亀だ。
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これが、浦島伝説の「浦島観世音」堂だ。
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堂の横には、浦島太郎の両親の碑があった。
この辺りは、浦島町・浦島丘・亀住町、竜宮橋など浦島太郎にちなんだ名称がある。 -
成仏寺 旧アメリカ人宣教師の宿舎で、ヘボン式ローマ字で知られる宣教師ヘボンやフランシス・ホールらが滞在していた。
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江戸時代初期は、塔頭6坊を持つ大寺となり栄えたそうだ。
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東海道の松林。わずかに東海道に見えてきた。
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横浜市神奈川地区センター前に復元された、高札場。
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熊野神社に到着。
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嘉永年間に製作された大獅子の狛犬。
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金蔵院山門。
金蔵院は、醍醐三宝院の始祖勝覚僧正が開基となり平安時代末期に創建したという。
慶長4年に徳川家康より寺領10石を拝領、多くの末寺を擁する中本寺格の寺院でした。 -
東光寺 本尊は太田道灌の守護仏。
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東光寺の参道 (通行止めで参道へは入れなかったが、歴史の保存かなと思った)
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ランチは、好きなタイ料理の米麺汁そば。
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