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 生涯大学の仲間達と”日本橋川、神田川クルージングと日本橋散策”に出掛けました。<br />当日は、天候が心配されましたが、どうやら午前中は降られず幸運でした。<br />電車から見るお茶の水界隈の神田川は風光が良く期待しましたが、震災対策による護岸工事の最中で全く風情がありません、又日本橋川は上を高速道路が走り空が見えません、トンネルの中を行くようです。<br /> 一方驚いたのは、日本橋界隈の変貌です、暫く見ない間に建物が一新され、工事はまだ続いています。暫くは目が離せません。<br /><br /> 表紙は日本橋の上を走る高速道路に掲げられた標識。 <br /> 字体は徳川慶喜15代将軍。

日本橋川、神田川クルージングと日本橋散策

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2015/03/19 - 2015/03/19

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愛吉

愛吉さん

 生涯大学の仲間達と”日本橋川、神田川クルージングと日本橋散策”に出掛けました。
当日は、天候が心配されましたが、どうやら午前中は降られず幸運でした。
電車から見るお茶の水界隈の神田川は風光が良く期待しましたが、震災対策による護岸工事の最中で全く風情がありません、又日本橋川は上を高速道路が走り空が見えません、トンネルの中を行くようです。
 一方驚いたのは、日本橋界隈の変貌です、暫く見ない間に建物が一新され、工事はまだ続いています。暫くは目が離せません。

 表紙は日本橋の上を走る高速道路に掲げられた標識。 
 字体は徳川慶喜15代将軍。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
社員・団体旅行
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
団体旅行
  •  集合は3月19日9時40分、日本橋南橋詰め東側滝の広場。<br />9時30分に日本橋に到着しました。

     集合は3月19日9時40分、日本橋南橋詰め東側滝の広場。
    9時30分に日本橋に到着しました。

  • 集合場所には、既に仲間達が集って居ます。

    集合場所には、既に仲間達が集って居ます。

  •  クルージングの乗船場所は、滝の広場に設けられた双十郎河岸。<br />この河岸は2011年、現在の日本橋が20代目の橋として造くられて丁度百年を迎える為、記念行事として東西歌舞伎の大御所4代坂田藤十郎と12代市川団十郎がここから船乗込みを行うべく設けた河岸です、その為この名が命名されました。<br />現在は観光船の発着に使われて居ます。

     クルージングの乗船場所は、滝の広場に設けられた双十郎河岸。
    この河岸は2011年、現在の日本橋が20代目の橋として造くられて丁度百年を迎える為、記念行事として東西歌舞伎の大御所4代坂田藤十郎と12代市川団十郎がここから船乗込みを行うべく設けた河岸です、その為この名が命名されました。
    現在は観光船の発着に使われて居ます。

  •  河岸には、私達が乗船する船が舫って有ります。<br />屋根がありません、雨が降らない事を願います。

     河岸には、私達が乗船する船が舫って有ります。
    屋根がありません、雨が降らない事を願います。

  •  コースは以下です。<br />先ず日本橋をスタートして日本橋川を下り隅田川に出ます、そして今度は神田川を後楽園迄遡上し、再び日本橋川に入り日本橋に到着する一周1時間半のコースです。

     コースは以下です。
    先ず日本橋をスタートして日本橋川を下り隅田川に出ます、そして今度は神田川を後楽園迄遡上し、再び日本橋川に入り日本橋に到着する一周1時間半のコースです。

  •  日本橋をスタート。<br />前方に見えるのが日本橋、頭上は高速道路がふさいでいます。<br />後方を振返った処。

     日本橋をスタート。
    前方に見えるのが日本橋、頭上は高速道路がふさいでいます。
    後方を振返った処。

  • 湊橋

    湊橋

  • 前方に豊海橋が見えて来ました。

    前方に豊海橋が見えて来ました。

  •  豊海橋。<br />日本橋川最初の橋です、隅田川に出て曲がる時に写しました。、

     豊海橋。
    日本橋川最初の橋です、隅田川に出て曲がる時に写しました。、

  • 隅田川、前方に永代橋。

    隅田川、前方に永代橋。

  • 清州橋が近付きます。

    清州橋が近付きます。

  •  芭蕉庵史跡展望公園が見えます。<br />右上に小さく見えるのが芭蕉像です。

     芭蕉庵史跡展望公園が見えます。
    右上に小さく見えるのが芭蕉像です。

  •  同上地上からの眺め、平成13年10月3日に写しました。<br />芭蕉坐像です。

     同上地上からの眺め、平成13年10月3日に写しました。
    芭蕉坐像です。

  • 消防庁の消火艇。

    消防庁の消火艇。

  • 神田川の入口、柳橋が見えて来ました。

    神田川の入口、柳橋が見えて来ました。

  • 警戒船が先に入ります。

    警戒船が先に入ります。

  •  柳橋は江戸から続く代表的花街で、現在も営業を続けています。<br />屋形舟が舫ってあります。

     柳橋は江戸から続く代表的花街で、現在も営業を続けています。
    屋形舟が舫ってあります。

  • 船宿小松やの女将が私達を歓迎して呉れます。

    船宿小松やの女将が私達を歓迎して呉れます。

  • 船は神田川を遡上します、万世橋です。

    船は神田川を遡上します、万世橋です。

  • 昌平橋、上を総武腺が走ります。

    昌平橋、上を総武腺が走ります。

  • 聖橋

    聖橋

  • 何処の橋か忘れましたが、大正七年の文字が見えます。

    何処の橋か忘れましたが、大正七年の文字が見えます。

  •  日本橋に戻って来ました、<br />橋の装飾が高速道路に挟まれ息が詰まりそうです。

     日本橋に戻って来ました、
    橋の装飾が高速道路に挟まれ息が詰まりそうです。

  • 日本橋川には空がありません。

    日本橋川には空がありません。

  • 日本橋の川面に向いた装飾。

    日本橋の川面に向いた装飾。

  •  日本橋の中央に建つ日本国道路元標。<br />高速道路に挟まれ、肩身が狭い事でしょう。<br />これでクルージングは終了です、再び双十郎河岸に上陸します。

     日本橋の中央に建つ日本国道路元標。
    高速道路に挟まれ、肩身が狭い事でしょう。
    これでクルージングは終了です、再び双十郎河岸に上陸します。

  •  河岸から道路に上がって来ました。<br />日本橋のたもとです。

     河岸から道路に上がって来ました。
    日本橋のたもとです。

  •  昔の高札場に日本橋の由緒書が掲げられています。<br />ここに最初の橋が掛ったのが慶長8年(1603)で現在の橋が20代目、明治44年の架橋、火事に耐えられるように石造とした、国の重要文化財。<br />江戸時代から交通の中心地、橋の中央に日本国道路元標が立っています。

     昔の高札場に日本橋の由緒書が掲げられています。
    ここに最初の橋が掛ったのが慶長8年(1603)で現在の橋が20代目、明治44年の架橋、火事に耐えられるように石造とした、国の重要文化財。
    江戸時代から交通の中心地、橋の中央に日本国道路元標が立っています。

  • 橋の彫刻も素晴らしい。

    橋の彫刻も素晴らしい。

  • 橋の装飾を眺める仲間。

    橋の装飾を眺める仲間。

  • 橋のたもとに、道路元標のレプリカ。

    橋のたもとに、道路元標のレプリカ。

  •  本物は橋の真中に在り、普段は見れません。<br />東京よりの距離はここから測ります。

     本物は橋の真中に在り、普段は見れません。
    東京よりの距離はここから測ります。

  •  反対側のたもとには、日本橋魚市場発祥の地記念碑が在ります。<br />正面は乙姫像、乙姫広場と呼ばれます。

     反対側のたもとには、日本橋魚市場発祥の地記念碑が在ります。
    正面は乙姫像、乙姫広場と呼ばれます。

  • 傍に立つ案内板。

    傍に立つ案内板。

  •  日本橋1丁目交差点に建つ、COREDO日本橋ビル。船の帆をイメージした建物です。<br />昔ここには東京三大呉服店の一つ白木屋がありました、白木屋を全国的に有名にしたのが昭和7年12月の火災でしたが、この火災以降損害とイメージダウンにより業績が低迷、戦後も2流デパートのまま東急に身売りし無くなりました。

     日本橋1丁目交差点に建つ、COREDO日本橋ビル。船の帆をイメージした建物です。
    昔ここには東京三大呉服店の一つ白木屋がありました、白木屋を全国的に有名にしたのが昭和7年12月の火災でしたが、この火災以降損害とイメージダウンにより業績が低迷、戦後も2流デパートのまま東急に身売りし無くなりました。

  •  昔の白木屋を偲ぶよすがが1点だけ残って居ます。<br />白木名水です。<br /> 日本橋は江戸の中心として賑わいましたが、埋立地であった為、井戸が塩水となり、住民は水に困却しました。<br />白木屋2代目の当主は、費用に関係なく真水が出るまで深井戸を掘らせ、1711年ついに真水を掘りあてました。茶の湯に用いるとまろやかで味が良いので、白木名水と呼ばれ、大名達に珍重されるようになります。<br /> 井戸は無くなりましたが、名水の名残が残ります。裏の小公園の入口です。<br />隣の白い石碑は、漱石の小説に白木屋界隈が登場するのを記念したものです。

     昔の白木屋を偲ぶよすがが1点だけ残って居ます。
    白木名水です。
     日本橋は江戸の中心として賑わいましたが、埋立地であった為、井戸が塩水となり、住民は水に困却しました。
    白木屋2代目の当主は、費用に関係なく真水が出るまで深井戸を掘らせ、1711年ついに真水を掘りあてました。茶の湯に用いるとまろやかで味が良いので、白木名水と呼ばれ、大名達に珍重されるようになります。
     井戸は無くなりましたが、名水の名残が残ります。裏の小公園の入口です。
    隣の白い石碑は、漱石の小説に白木屋界隈が登場するのを記念したものです。

  •  日本橋を渡り三越前に移動します。<br />通りの奥に新しい鳥居を見付けました。 私の知る日本橋には無かったものです。。

     日本橋を渡り三越前に移動します。
    通りの奥に新しい鳥居を見付けました。 私の知る日本橋には無かったものです。。

  • 梅の木越しに社殿が見えます。

    梅の木越しに社殿が見えます。

  •  社殿を正面から眺めて見ましょう。<br />福徳神社と読めます。まだ真新しい社殿です。

     社殿を正面から眺めて見ましょう。
    福徳神社と読めます。まだ真新しい社殿です。

  •  由緒書です。<br />古い社を昨年10月に蘇らせた様です。<br />豊年万作之図を見ると田圃に囲まれた社が見れます、400年前頃の日本橋風景でしょう。

     由緒書です。
    古い社を昨年10月に蘇らせた様です。
    豊年万作之図を見ると田圃に囲まれた社が見れます、400年前頃の日本橋風景でしょう。

  •  福徳神社付近は全く新しい街の誕生です、古い建物が壊され新しい街造りが進行しています。<br />来年、再来年にはどんな街になっているのでしょう。<br />ここはCOREDO室町2と3に挟まれた通路、新しい商店街が造られて居ました。

     福徳神社付近は全く新しい街の誕生です、古い建物が壊され新しい街造りが進行しています。
    来年、再来年にはどんな街になっているのでしょう。
    ここはCOREDO室町2と3に挟まれた通路、新しい商店街が造られて居ました。

  •  表通りで変わらない処を探しますと1軒だけ有りました、ヤマキの鰹節店です。<br />ここはにんべんと並ぶ鰹節の名店で、御使い物には無くてはならない店でした。<br />店構えも昔のままです、何時までも続けてほしいですがどうなりますか。<br />

     表通りで変わらない処を探しますと1軒だけ有りました、ヤマキの鰹節店です。
    ここはにんべんと並ぶ鰹節の名店で、御使い物には無くてはならない店でした。
    店構えも昔のままです、何時までも続けてほしいですがどうなりますか。

  •  その他日本橋を代表する老舗の有名店を探します。<br />海苔の山本山、自家ビルの1階でそれなりの店舗を出しています。

     その他日本橋を代表する老舗の有名店を探します。
    海苔の山本山、自家ビルの1階でそれなりの店舗を出しています。

  •  刃物の木屋と鰹節のにんべん。<br />両社共独立した店舗を離れ、2軒並んで大型ビルに入つて居ました。<br />土地の有効活用を考えたのでしょうが、一抹の寂しさを感じます。

     刃物の木屋と鰹節のにんべん。
    両社共独立した店舗を離れ、2軒並んで大型ビルに入つて居ました。
    土地の有効活用を考えたのでしょうが、一抹の寂しさを感じます。

  •  通りには暖簾が目立ちます、三越。

     通りには暖簾が目立ちます、三越。

  • COREDO室町1。

    COREDO室町1。

  • 三井本館。

    三井本館。

  •  次はお江戸日本橋の名残です。<br />室町4丁目に立つ、長崎屋址碑。<br /> ここは江戸時代、長崎出島に駐在するオランダ商館長一行の江戸参府時の定宿があった場所です。当初は年1回、後半は4年に1回でした。<br />オランダ人が上京すると、その知識を求めて多くの日本の文化人が訪れ、又見物人も多かったようです。<br /><br /> 

     次はお江戸日本橋の名残です。
    室町4丁目に立つ、長崎屋址碑。
     ここは江戸時代、長崎出島に駐在するオランダ商館長一行の江戸参府時の定宿があった場所です。当初は年1回、後半は4年に1回でした。
    オランダ人が上京すると、その知識を求めて多くの日本の文化人が訪れ、又見物人も多かったようです。

     

  • 長崎屋の裏に石町の時の鐘があります。<br />江戸市民に時を知らせる鐘突き堂址です。<br />尚今はなにもありません、案内板のみです。<br /><br />1時になりました、今日の散策はこれにて終了です。<br />予約しているレストランに向いましょう。

    長崎屋の裏に石町の時の鐘があります。
    江戸市民に時を知らせる鐘突き堂址です。
    尚今はなにもありません、案内板のみです。

    1時になりました、今日の散策はこれにて終了です。
    予約しているレストランに向いましょう。

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