2015/01/02 - 2015/01/03
145位(同エリア327件中)
みなみんさん
今年のお正月の小旅行は志摩、紀北、熊野という大阪からでもなかなか行きにくいところを巡ってきました。
熊野詣の熊野市は紀伊半島の最も遠いところで、ましてや冬は紀伊半島縦貫道路が雪で使えないので結局紀伊半島をグルッと一周してしまいました。
今回の旅行は奥さんとのカップル旅行、のんびりした旅行にしようと思っていましたがやはりいつも通りのガッツリ見て回りになってしまいました。
でも本当に紀伊半島は大きいです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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お正月早々の寒波襲来で西名阪は通行止め、青山高原を通って奈良から三重へ抜けますが青山峠もやはり積雪。チェーンを巻く車を横目にノーマルで行ける所まで行こう(親の車なのでチェーンを積んでいるのかさえ不明)ということでシャーベット状の雪道をどんどん進んでゆきます。幸いスリップとかはなしで無事通過。反対車線では道のど真ん中でチェーンを巻く強者のせいで数キロに渡る大渋滞。帰りのことを考えるとぞっとしましたが、結局安全パイである紀伊半島グルッと一周してしまいました。
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朝から大阪を発っているのにやはり雪道とかがあって志摩についたのは夕刻。典型的なリアス式海岸(現在の教科書ではリアス海岸と教えるらしいです。)である英虞湾のど真ん中にあるともやま公園の展望台から見事なリアス海岸を見下ろします。海か湖か分からないような地形ですがとても見応えあり。この日は和具の新和具荘さんで海鮮三昧。
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翌朝朝一で不思議な仏さんを見るために志摩半島先端の御座へと。ここには干潮時になると海の中から現れる石仏「潮仏」さんがあります。海女さんの守り仏です。行った時はちょうど干潮だったようで仏さんが海から顔を覗かせていました。前の石仏は前立で後ろ側の自然石が仏さんです。ちょっとだけ沖には鳥居のある岩があったりしてこのあたりはやはり半島の先端部だけあって何かを感じます。
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志摩半島には立派なバイパスがあって大きい橋も何個かあります。そんな橋の上から見た風景ですが、川のような風景です。でもこれがリアス海岸なんです。冬の真っ青な海の色を見るのは久しぶりです。
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南伊勢町のリアス海岸と青い海を楽しみながらドライブしていると海苔の養殖場があり、朝日を浴びてキラキラ、緑色のグラデーションがとてもきれいでした。
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どの入江も穏やかな海面がキラキラ。
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途中案内板があったニラハマ展望台に寄ってみました。ちょっとした高台ですが、大きい入江に筏が浮かんでいるのがよく見えます。ここも海面がキラキラと美しい。
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鏡面のような海面ですが、たまに風が吹き抜けると水面にさざ波ができます。こういうのを風紋と言ったような。大きい入江ですがところどころでこの風紋ができていて見飽きません。
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次に大紀町の神武台から臨む尾鷲・熊野方面。神武とは神武天皇のことで、神武東征の折大阪の生駒山の麓で地元豪族に撃退されグルッと船で熊野まで回り込んでこの錦湾に上陸、大台ケ原を経て大和の地に進撃し周囲を征服、橿原の地でヤマト政権を樹立するという国造りの物語です。紀元前のお話ですが、九州高千穂に降臨した神々がヤマト政権を樹立する過程というのは九州の南方系民族=弥生人が近畿の在来民族=縄文人を駆逐するという大スペクタクルだったのでは、弥生人の元締が卑弥呼ではなかったのか、など想像するだけでも楽しいのですが、ここがその上陸ポイントということです。それにしても青い海に小さな島々が浮かんでいるといういい景色です。
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さて、紀伊長島のお鮨屋さんで海鮮丼の昼食の後、目指すは熊野です。大阪からとても遠くて行けない上に熊野三山やら鬼ヶ城などというミステリアスなスポットがあってとても惹かれていたところ。まずはその鬼ヶ城へと。紀伊半島の岩盤が熊野灘に突き出しているところで無数の海蝕洞があってとても複雑な地形をしているところです。確かに鬼の棲家とも言えなくもないし、その昔には海賊の根城だったようです。その海賊は熊野水軍となり熊野別当のもと源平合戦の壇ノ浦で活躍し、その後も戦国の世を生き抜いた、その守り神が熊野三山ということです。本当に熊野という地は天皇家を始めとした京都と結び付きが強いところです。これがさらにミステリアスさ加減を増しているということでしょう。
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鬼ヶ城では遊歩道があるのですが、崩落のためか通行止めになっていました。
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鬼ヶ城からすぐのところに獅子岩があります。本当に獅子が口をあけているような。しかしこの辺りは奇岩が多いです。紀伊半島の背骨が海に突き出ているところなんでしょう。
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獅子岩からすぐに花の窟神社です。ここも巨岩が海に突き出ているところです。巨岩自体がご神体で、はるか上の頂上部分から注連縄が伸びています。
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花の窟神社を過ぎると海岸線は急に穏やかとなります。世界遺産でもある七里御浜が彼方まで広がっています。この浜の真中あたりにウミガメが産卵に来るところがあって道の駅兼ミニ水族館になっております。ここで奥さんがウミガメにハマってしまい大幅な時間超過、まだ先は長いのに。
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熊野川を渡るとやっと和歌山県です。世界遺産熊野古道の構成要素の中でも印象的なのが巨石崇拝の証である花の窟神社と神倉神社のゴトビキ岩、神宮についたのはもう夕刻だったのですがまずは神倉神社に行ってみました。神倉神社社殿からご神体であるゴトビキ岩までは538段のとても急な自然石の階段で登るしかありません。この階段半端無く急で登っている途中で後ろを振り向くとその急さに驚きます。ご老人はちょっと無理なんではないでしょうか。(横には巻き道として女坂もありますが。)この階段、壇ノ浦で勝った源頼朝が寄進したらしいです。やはり源氏が勝ったのは熊野水軍あってのものだったのでしょう。もちろんここにも神武東征の際の伝説があります。
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夕刻間近でしたが恐い石段を登り終えてゴトビキ岩まで辿り着きました。山頂になぜかまるい巨石があって、それがゴトビキ岩です。まさによくも転げ落ちなかったというのが最初の印象。最近でも阪神淡路大震災の際にはこの辺りもかなり揺れたはず、それよりもっと揺れたであろう東南海地震の際にも転げ落ちずに留まっていたのです。これは何らかのパワーがあるのでは、と思わせてくれます。
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間近で見ると迫力があります。今にも転げ落ちてきそうな予感。この山頂はこのゴトビキ岩だけではなくて多くの巨石が鎮座されています。最も手前の転げ落ちそうな巨石がゴトビキ岩です。確かにいきなり山頂にこのような巨石があると崇拝もしたくなるし、神々が降臨された磐座と言う気もします。
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ゴトビキ岩に寄り添うように建っている社殿からは新宮の街が一望です。大阪まではまだまだなのですが、もう日が暮れてしまいました。
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もう気にしてもしょうがないので熊野速玉大社にも寄ってみました。お正月なので日没後ですが参拝できました。こちらも本宮とおなじように大きい神社です。この神社が新宮という地名の語源ですが、では旧宮は?、それがゴトビキ岩なんですね。本宮熊野大社だと思っていましたが。
この後、ひたすら紀伊半島の海岸線に沿ってドライブ、椿温泉で立ち寄り湯しようと国道沿いにある「椿はなの湯」に寄ってみましたが既に営業時間終了。
でも昔みたいにずっと下道ではなくて高速があるので心理的には楽でした。
結局日付が変わって南大阪にある実家に辿り着きました。
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