2015/01/21 - 2015/01/24
185位(同エリア520件中)
新美勝利さん
さいはての与那国島へ
沖縄那覇空港近くのホテルへ前泊して、与那国島への早朝便 RAC721便に搭乗
シートベルトを締めて窓から外を見ると、真っ赤な太陽が昇って来た。
我々の乗った
39人乗りのちっちゃなボンバルディア機を天空へ誘ってくれているようです。
日出が見えた割には雲も多く、風も強いようですが、南国の島々を眼下に見ながら
飛び続ける。RAC離島便は飲み物のサービスはありませんが、
アテンダントが黒糖飴と絵ハガキでもてなしてくれる。
宮古島、八重山地方の中心都市のある石垣島を通過しても、
さらに南西へ飛び続け国境の島
日本最西端の島、与那国島空港へ翼をばたつかせながら無事着陸しました。
那覇から1:40分ほどでした。
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2.巨大な岩山ティンダハナタ
与那国空港で出迎えてくれた
会社の名前もそのもの、最西端観光の小型バスに乗って与那国島内の観光を始める。
与那国島の中枢機関が集まっている祖納集落や美しい白砂の浜ナンタ浜を眺望できる
ティンダハナタに登る。
標高70mの切り立った巨岩で眺望もよいが遊歩道が整備されている。
岩盤からは湧水もあり、神の水として神事に使われるそうだ。
遊歩道登って行く途中には、
1500年前後にここに住み、島の指導者だった『巨体で剛力』な女性
サンアイ・イソバの碑や、
伝説のイソガンノの洞窟などがありました。
説明文が書かれていました
要約すると
大昔、久米島から中山王への貢納船が漂着した。一行の中に女一人と犬一匹が
加わっていたが、夜ごと男は殺され最後は犬と女だけがこの洞穴で暮らすところとなった。
その後、漁夫が悪天に会いこの島に漂流してきた。
女は猛犬がいるから早く島を出れと諭すが、女の美貌にひかれ犬を退治して夫婦になり
7人の子宝に恵まれる。
また時が流れふとしたことから女は犬が埋められた場所を知ってしまい、
犬の骨を抱きながら自ら命を絶ってしまったという話です。
人間よりも獣を愛した妖怪じみた話ですね。 -
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3.さいはての長閑な島 与那国
台湾が見えるほどの距離にある与那国島は中国が食指を伸ばす尖閣諸島にも近く
本土からは遥かに遠い国境の島ですが、想像とは違って水も豊富、米作も2回収穫、
漁業、サトウキビ栽培、畜産など産業も確り根付いているようだ。
現在の人口は1800人ほどで、過疎化が進んでいるようだがゆっくり流れる空間を
牛、馬が遊ぶ自然の牧場は観光産業の最後のターゲットになりつつある様です。
島内を観光していると長命草を栽培している農場を良く見かける。
昔から海岸などに自生していた長命草から作る長命茶が、
健康茶として注目され出し、
砂糖キビ栽培に比べて一年に二度収穫できるところから作付けが増えているそうだ。
資生堂にも納入しているとガイドが説明していた。 -
4.与那国馬が草を食む東崎
与那国島の中心地、祖納地区にある与那国町役場の前を通り抜けて島の東端、東崎展望台へ
向かう。
東崎と書いて「あがりざき」と読む、太陽が東から昇るからあがりざきですね。
かなり広い先端部分はテキサスゲートと柵で囲われた牧場になっていて牛や与那国馬が
強風の中でも悠然と草を食んでいた。
突然数頭で群れ戯れだした。どの馬かが寒いから遊ぼうよ!とでも馬声を掛けたのでしょうね。
テキサスゲートとは
牧場から牛や馬が外に出ないようにするために、道路に横溝の横断模様状のものなのです。
牛や馬は、このぐらいの溝でも足がはまってしまってうまく歩けない‥
それを学習していてここへは近寄らないそうだ。
牧場の背には風力発電が2基立ち、
東崎展望台の先、断崖絶壁には白亜の東崎灯台が海路をしっかり見守っていた。 -
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5.トンガリ帽子の 立神岩を
与那国島の南海岸にあるサンニヌ台展望台は最近の台風で足場が崩れ立ち入り禁止になっていた。
この付近も風光優美で NHK大河ドラマ琉球の風のロケ地でもあったそうだ。
南にもう少し移動したところにある、立神岩展望台から面白い写真の撮り方をガイドさんに教えてもらった。
荒波寄せる海中からスクット立ち上がった奇岩は自然の造形美と共に神々しさを感じ
信仰の対象にしてきたそうだ。
指差す下に立神岩が写る素敵なアングルです。
ある面からは済州島のトルハルハンにも似ていますよね。 -
6.本当なのか? 岩の割れ目 久部良バリ
かって人頭税に苦しめられた島民が、
幅3m,深さ7mの割れ目を妊婦に飛び越させて子供の生まれるのを抑えた
悲劇の場所です。
妊婦どころかアスリートでも難しそうな岩の割れ目です。
傍らには、
悲話に胸を打たれた後世の方がお地蔵さんをお祀りしたのでしょうね。
素適な海岸美の中に強大な廃墟が残っていた。
十数年前に廃業した製塩工場の残骸だそうだ。
人頭税の悲話は他にも、子ども達を突然緊急にトゥンクダ(人耕田)に集め、
遅れた子供を殺してしまったという信じられない悲話も聞かされました。 -
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7.海底遺跡を半潜水艇で
久部良港から半潜水海底観光船ジャックス・ドルフィン号に乗り込む、1時間ほどだが船酔いする人が
多いと聞いていたので前もって酔い止めを飲みました。
最初は甲板で外の景色を見ながら目的の海底遺跡場所まで高速で航行する。
船内マイクで、海底遺跡のことや景勝の説明をしてくれるのですが、
船のエンジン音でほとんど聞き取れない。
うるさい雑音としか思えない。
それでもDr.コトー診療所があちらに見えますと言うアナウンスだけは
聞き取れましたね。
島の南海岸沿いに20分ほど航行してから甲板の下、船底の方へ移動して
いよいよ話題の海底遺跡の見学です。
直角に切り取られたような壁、
平坦に削り取られたような部分、
階段状のテラスのようなところ
海底遺跡群に感嘆していると船長から腹這いになって反対側の窓を見なさいとのアナウンス
です。
今度は、深いところを見るのにこの姿勢が良いのだろう。
まさに海底に聳える建物群を上から見るようだった。
それに何よりも遺跡で戯れる魚が美しい、時々群れでやってくる魚群には
ハットさせられる。
ダイバーが青い海にあこがれるのが良く分かる気がします。
1時間余りで料金は6000円です。 -
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8.ホテルでカジキ丼を
与那国島唯一のAilandホテル内のレストラン
「ほくとしちせい」でカジキ丼を食べる。
長命草など島の野草も添えられていて、美味しかったです
日本最西端与那国島国際カジキ釣り大会が開かれるほどカジキが有名な
与那国島のカジキ丼ですから美味しいはずですよね。
ホテルの前にあったコンビニ風の店を覗いてみた。
生活用品やお土産品が売られていました。
外ではヤギさんが草刈り中?与那国ではヤギは食用にするそうだ。 -
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9.1億円?の凱旋門のあるお墓、
堀墓、積み墓、亀甲墓、破風墓、碑など大小様々な墓が連なる浦野墓地を車窓から見学する。
ガイドさんが説明すには与那国では今でも土葬でこの亀甲墓の中へ遺体を埋葬するそうだ。
総大理石で出来たあの墓は1千万円ぐらい、凱旋門のような門とピラミットのような
あの墓は1億円もすると評判だそうだ。
と言われた。凱旋門風の墓は
海運会社の社長さんの墓だそうだ。
この伝統的な家のおばあちゃんは今旅行中だとか何でも知っているガイドさん
この近代的な建物は保育所です -
10.泡盛工場見学
島に3つある泡盛工場の一つ 国泉泡盛合名会社を見学させてもらいました。
原料はタイ産の長粒米を蒸かして、黒麹を使ってもろみを発行させて蒸留する工程を
説明しながら案内してくれた。
泡盛を蒸留するとき最初に出てくる酒が花酒でアルコール濃度が60度前後まで達しているそうです。
試飲をさせてくれた。ほんの少しだけだったから思い切って飲んでみた。
熱いピリピリするものが喉を通っていっただけです。
これがお酒好きにはたまらないのかなあ〜 ?? -
11.ドクターコトー診療所
『Dr.コトー診療所』フジテレビ系列で放送されたテレビドラマのセットが其の侭
保存され公開されています。
本当の診療所でも使えそうなぐらいの本格的なコンクリート建物です。
テレビを見た人の懐かしさだけが取り柄のセットですが入場料が300円します。
外から見るだけで十分ですね。
白い砂浜、青い海景色は抜群海水浴の海の家に良いぐらいですね。 -
12.西崎展望台「日本最西端之地」碑へ
太陽が沈む岬だからいりざき展望台といい日本の最西端に位置する。
日本で一番最後に夕日が沈むのがこの地で、日本最西端之地」碑、展望台、
それに灯台が立っている。
この灯台から日本で最後に沈む太陽を見て見たいが今日は強風が吹き荒び
沈む太陽は無理かもしれないですね。
与那国町観光協会が発行している最西端に来た証明書を旅行社を通じて頂いた。
この「日本最西端の証」は1部400円ですが名前まで入れてくれた立派なものでした。 -
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3.自衛隊駐屯地工事中
与那国島西部では、
陸上自衛隊の沿岸監視部隊150人規模が配置される予定の駐屯地工事が進められていました。
大型重機が数台
長い腕を伸ばして整地作業を進めているようです。
中国を念頭に置いて南西諸島防衛の最前線になるのでしょうね。
与那国島には、まだ大手コンビニは進出していなくて
集落にはその地域共同売店という店が作られて生活必需品などを販売している。 -
14.トイレから見る海がきれい
ガイドさんがトイレから素敵な海が見えるところへ案内しますと言って
ダンヌ浜ビーチへ案内してくれた。
トイレの真中、丸い開口部から
眺める海の景色はなかなか良い感じです。
今日はそれほどでもないですが晴天なら紺碧の海が絵のように見える素敵なトイレ
だと思われますね
希望の碑が建っていました
ナチヌ ウブキ カンギイヤ ヨー (夏の たい木の 日陰は)
バァ イヤトウ タギンガイ ニシー (私の 父親と おなじ の ようだ)
フユヌ ドウシキ カタガヤ ヨー (冬の ススキの 風除けは)
バァ アブタヌ クルンナガ ニシー (私の 母親の ふところ の ようだ)
と書かれてます。
芹洋子さんが唄った四季の唄の原形みたいな詩ですね。 -
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16.石垣市内で遅い夕食
石垣新空港は郊外に作られたようで、空港から石垣市中心街までは
30分ほどバスを走らせた。
街灯もほとんどない真っ暗闇の中をバスの運転手さんは会話を交えながら
巧みに運転した。
石垣市中心街にある
「和風ダイニングみふね」で一人鍋豚しゃぶしゃぶを食べる。
島野菜と豚のしゃぶしゃぶ、刺し身、八重山そば、もずく、吸い物、漬物、
などがセットでネットで見ると1880円のようです。
21:00過ぎ、ルートイングランティア石垣 にチェックイン今日の日程を終えた。
ビジネスホテルルートインのプレミアムホテルです。
コンパクトですが大浴場もあって快適そうです。
沖縄野菜
ハンダマの葉は倒卵型で、表面は濃い緑色ですが、裏側は鮮やかな紫色です。
ハンダマには鉄分が豊富に含まれており、沖縄では、古くから「血の薬」といわれています -
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3日目
17.石垣島の朝
石垣島の朝は遅い、6:30からの朝食時間にはまだ夜の帳の中です。
ルートイングランティア石垣の朝食はバイキングですが、メニューには郷土食は
余り現われてなく美味しくいただきました。
沖縄のホテルですね。
大きなシーサーが睨みを利かせていました。
このホテルは繁華街の一角にあり、コンビニ、地元スーパーも目の前、
立地には優れています。 -
18.石垣港まで徒歩で・・・
島へ渡るために石垣港まで街を散策しながら歩く、公園の芝生の中に石垣を中心とした
各都市までのkmが書かれていた。
なんと!
東京・大阪より香港、台湾、フィリピンの方が
近い所にあるんですね。
え〜?
石垣島に・・・竹富町役場?
竹富島、西表島、小浜島、波照間島などの島々を含めて竹富町ですが、
石垣島を拠点に海路等が整備されているので役場が石垣にあった方がお互い便利だと言うことらしいです。 -
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19.離島ターミナルの具志堅用高像
桟橋の入り口に国際ボクシング殿堂入り 具志堅用高氏と書かれたたすきをかけた
具志堅サンの金色の像が立っていた。
天然ボケの具志堅さん若者にも人気があるのかかわるがわる
フラッシュを浴びていた。
この時漸く遅い太陽が具志堅さんの後光のように輝いてきた。
私たちは波照間島へのスケジュールを変更して、
高速船で西表島へ向かうことになった。 -
20.西表島へ上陸
石垣島から高速船で45分ほどで、西表島大原港へ入港した。
早速バスで観光です。
ドライバーは女性ですが、運転しながら観光案内までしてくれる。
子ども達の社会勉強のために設置されている交通信号だそうです。
島内に2ヶ所あるそうです。
冠鷲も、イリオモテヤマネコも見ることは出来ませんが、仲間川に架かる橋まで来ると
あ〜!
イリオモテネコですよ!
ドライバー兼用のガイドさんが
指さす方を見れば橋の欄干につくりものイリオモテヤマネコが乘っていました。
立派なヤマネコで高価なものらしいです。
イリオモテヤマネコが道路を渡らずに横断するトンネルなど
短い乗車時間でしたが丁寧な案内をしてくれました。 -
21.水牛車に乗って由布島へ
周囲2.15km、海抜1.5mの小さな由布島へ水牛車に揺られて渡ります。
島全体が亜熱帯植物園になっていて、
オオベニゴウカン、ブーゲンビリア、ハイビスカスが咲き乱れていた。
今回は日本最大級の喋々 オオゴマダラが舞う
喋々園を目指します。
白い羽に黒いゴマ紋が特徴の大きな蝶がビニールハウスの中を飛び交っていました。赤いブーゲンビリアにとまるオオゴマダラも美しいですね。
それに
オオゴマダラのサナギはなんと不思議な事でしょう 黄金色なんですよ。
いま由布島には水牛は40頭いるそうですが、もともとこの島に居たのではなく、台湾から
農耕用に連れてこられたそうだ。
今でも近親交配にならない様に毎年の様に輸入されているそうで。 -
22.仲間川マングローブクルーズを
西表島を流れる仲間川流域に植生するマングローブを見ながら上流へクルーズする。
チョットしたアマゾン川探検みたいな気分になります。
船長の巧みな操船と楽しい説明に、上って行く先にあるサキシマスオウノキが待ち遠しい。
クルーズの途中展望台への船着き場だと言う説明が有った。
ここで降りて展望台まで昇ると
緑なすマングローブ林の中を大蛇の如くくれる仲間川を上から見ることができるそうだ。
素適だろうね。
我々の船はどんどん上流にのぼり、サキシマスオウノキを見学する桟橋に着く、
遊歩道をほんの少し歩くと
樹齢400年の西表島最大のサキシマスオウノキが現われた。
巨大な板根のパワーに打ちのめされそうになるぐらいです。 -
23.巨大な ヤエヤマヒルギシジミ
船長が大人の手の平よりも大きいシジミを持ちながら説明した。
仲間川には、カニ、魚、貝などいろいろな生物が生息していますが、
マングローブの泥の中にはこんな大きなシジミが生息しています。
ヤエヤマヒルギシジミと言います。
シジミの味はするが地元の人は食べないです
あまり美味しくないです。
乗客の方に回してくれたので女性の手と一緒に撮ってみました。
仲間川マングローブクルーズは一旦海に出て大原港遊覧船ブースに停泊して
終えました。 -
4.日本最南端 波照間島へ
高速船に乗り換えて波照間島へ向かう。
波照間島(はてるまじま)は、
沖縄県の八重山諸島にある日本最南端の人口542人の島です。
西表島からは40分ほどで到着しました。
港の岸壁にはようこそ最南端の波照間へ
ミルク神 棒術の絵が描かれていた。
波照間では旧盆中日に「ムシャーマ」というお祭りを先導する神様だそうだ。
港近くの居酒屋 あがんで昼食です。
八重山そばセットです。
イカの刺身が美味しかったです。
地元の野菜サラダも食べられました。
八重山そばはあっさり味で,チョット物足りなかったです -
25.日本最南端の郵便
集落を散策する。
サンゴ礁石で囲まれた赤が藁葺の古い民家もまだまだ残っている。
バナナ、パパイヤが実り、サボテン風のドラゴンフルーツも垣根に纏わりついていた。
日本最南端の駐在所、拘置所?、日本最南端の郵便局も見られました。
全てが日本最南端です。小中学校は立派な校舎です
旧藩時代の火番所の石組がありました。
どの島にも火番所はありますね。
島のコンビニとしての 名石共同売店も覗いてみました。
お弁当まであるし
殆どなんでもあるようですよ。 -
26.日本最南端の碑
波照間島の南端の高那崎には、
日本最南端の碑や星空観測タワーがあります。
南十字星も見ることができる星空観測の拠点です。
最南端の碑は本土復帰前の1972年に訪れた学生が自費で作ったと言われています。
波照間の碑とそこへ続く遊歩道は、日本中の各県から持ち寄った石で
作った蛇のような形をしたオブジェがありました。
2匹の蛇が絡み合ったようになっています。
日本最南端に足跡を残したと言う証を貰いました。 -
27.日本最南端のニシハマビーチ
ハテルマブルー"とも称される八重山有数の美しさを誇る
日本最南端のニシハマビーチで遊んで波照間観光をすべて終える。
波照間港から高速船で石垣島へもどる。 -
8.石垣島ダイニングシーサーで
石垣市の繁華街美崎町でツアーの仲間3人と夕食をとる。
まずは美崎町にある店を品定めしてから広そうな
石垣島ダイニング シーサーと言う店へ入った。
営業は始まっているようなのに誰も出てこない。
今晩わ!
2〜3度声を掛けてやっと、ちょっとお待ちください〜
姿は見えないが返事が返ってきた。
居酒屋さんみたいだが・・・
南の島の接客はこんなものだろうか?
接客には
一瞬戸惑いましたが店内には音楽が流れ、照明もムードを盛り上げているような
素敵な明るさでした。
店内はカウンター席と掘り炬燵式席があり、
メニューから美崎牛ステーキと炙り寿司をオーダーした。
オーダー品が出てくる前に筍煮の小鉢が運ばれてきた、サービスかな?と思ったが
チャッカリ勘定には入っていた。
美崎牛はお洒落な盛り付けで味も良く美味しかった。
も炙り寿司も皿の片隅で小さな炎が燃えていた。
なんとおしゃれな!
ネタの魚は分からなかったが抜群に美味しかったです。 -
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4日目
29.公園に徳川家康公が!
ツアー4日目の朝、朝食を済ませて10:45分まだフリータイムができました。
石垣市内を散策しようと3人で街に出かけた。
ホテル近くの公園を通ると徳川家康60歳像が建っていました。近寄ってみると
岡崎市と親善都市提携をしているようで40周年記念に岡崎市が寄贈したものらしい。
石工の町岡崎市らしく仲よしの像と言う石像も置かれていました。
仲よしの像の様に、
都市同士も親善を保ちつつ困難な時には扶け合うのも必要な事ですね。 -
30.沖縄最古の木造建造物 桃林寺
ホテルから10分も歩かないうちに、
沖縄で最古の木造建造物
国の重要文化財に指定されている桃林寺が見えてきました。
桃林寺(とうりんじ)は、
臨済宗妙心寺派の寺院で本尊は観音菩薩
1614年に創建した八重山で最初のお寺だそうです。
山門の左右に仁王像
この仁王様は、沖縄最古の木造彫刻物で
ドシヌという八重山産の材木を用いた寄木造り。 -
30-1 桃林寺境内に 権現堂
桃林寺の隣にある権現堂は、
薩摩藩が尚寧王に寺社の建立を進言したことから1614年に桃林寺と同時に創建されました。
祭神は熊野権現を勧請したもので、八重山における寺社建立のはじめであり。その後、
その後大津波、戦争などではかされたが、何度か修復作業をし現在の姿になっている。
神殿
沖縄で最古の木造建造物の権現堂神殿。
柱に飾られた像の彫り物、棟上の龍頭、火焔宝珠などやはり沖縄らしい修飾がなされています。
桃林寺の向いに小さな公園があり井戸が有った、
説明書きはなかったが、何か言われのある大切な井戸なんでしょうね。
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