2014/11/12 - 2014/11/16
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appareさん
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3回目のソウルです。
韓国時代劇のDVDをいろいろ見た中で、特に「イ・サン」は、祖父英祖との関係、父、思悼世子への思い、数々の社会改革への挑戦など、全77話、とても面白かったです。
今回は、この正祖の足跡をいくつか訪ねてみました。
紅葉の美しい晩秋のソウルを歩く、4泊5日の記録です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝7時の成田空港です。
いよいよ旅の始まり、ワクワク♪。 -
大韓航空706便。
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ビジネスクラスのラウンジ。
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機内の座席。
往路のビジネスクラスは利用者も少なく、ガラガラでした。 -
機内食は今回もビビンバをチョイス。
熱々のわかめスープも一緒にサーブされました。
仁川空港まではあっという間、本当に近いです。 -
渡韓1回目の宿泊はロッテホテル、2回目はウェスティン朝鮮。
3回目の今回は、再びロッテホテルを選びました。
明洞・市庁エリアのホテルは、移動、食事、買い物、すべてに便利です。 -
ロッテホテル新館のロビー。
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お部屋。
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バスルーム。
バスタブのハンドシャワーとは別に、独立したシャワーブースもあります。 -
さっそく観光に出発しましょう。
前回2012年の旅行は、修復作業中の南大門(崇礼門)が最後でした。
今回はその南大門から旅の続きを始めることにします。 -
立派に、美しく修復されました。
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南大門から世宗大路を北に向かって歩きます。
ソウル特別市庁西小門別館という建物にやってきました。
徳寿宮(トクスグン)のすぐ南側です。
この13階の、貞洞(チョンドン)展望台へ上ります。 -
貞洞展望台は、無料で市民や観光客に開放されています。
目の下に広がる徳寿宮、その向こうの高層ビル群がよく見えます。 -
徳寿宮の石垣(トルダム)にそって続くトルダムキル。
秋の陽射しと紅葉を楽しみながら歩きます。 -
徳寿宮を右に見ながら、ゆるやかな坂道を北へ上ってきました。
周辺には、大使館、学校、教会などが点在し、落ち着いた雰囲気の街並です。 -
大通りに出たところで、休憩。
カフェベネで、チョコレートケーキとホイップクリームいっぱいのカフェモカ。
このクリームもこもこが、韓国のカフェに来たーっていう感じです。 -
ソウル歴史博物館です。
この博物館は慶煕宮(キョンヒグン)という王宮の敷地内に建てられています。
17世紀前半から長く王宮として実際に使われていた慶煕宮。
朝鮮王朝第22代王、正祖(チョンジョ)の即位式もこの地でとりおこなわれたということです。 -
博物館のエントランスホール。
入場は無料です。
この地が漢陽(ハニャン)と呼ばれていた李氏朝鮮の時代から、現代にいたるまでのソウルの街の変遷をわかりやすく展示説明してあります。
日本語のオーディオガイドを借りることができました。 -
現在のソウル特別市の1,500分の1のジオラマ。
青く光るのは漢江(ハンガン)の流れです。 -
景福宮(キョンボックン)、光化門(クァンファムン)の内側から見た街並みのジオラマ。
周囲の建物は、当時の公官庁だそうです。
幅の広い道を、壮麗な王様の行列が進んで行きます。
ピ〜ヒャララ、ピ〜ヒャララ・・・、ドラマで聞いた笛や太鼓の音が聞こえてきます。 -
これは反対側から見たところ。
韓国って、博物館などでのジオラマ模型での見せ方が上手だと思います。
これもとても大きなジオラマなのですが、細部まで丁寧に作ってあって、見ていると自分もその中の世界に入っているような気がしました。 -
ジオラマの世界から抜け出して、実際の世宗大路(セジョンデロ)に出てきました。
景福宮から南に延びる昔からある広い道の両側に、片側5車線ずつの車道、さらに歩道、そしてビル群と、現在の光化門広場周辺の景色です。 -
朝鮮王朝第4代、世宗大王像です。
ハングル文字の創製で知られた有名な王様ですが、ドラマ「大王世宗」全86話の中でその部分は本当に最後の方のエピソードでした。
科学技術の研究開発に尽力した世宗大王は、天文観測器具、水時計、測雨器、日時計などの発明に大きな功績を残しました。
手前に写っているのはその天文観測器具(簡儀 カニ)の模型です。
世宗大王像の背中側から地下に降りると、王の功績を展示してある博物館があります。 -
世宗大王の博物館を見学して、光化門の教保文庫で文具や雑貨の買い物をして、清渓川(チョンゲチョン)の方まで戻ってきました。
日はすっかり暮れました。
ランタンフェスティバルの灯りが水面に反射してとてもきれいです。 -
セブンイレブン明洞店で両替。
この旅行中のレートは、1万円で、ちょうど10万ウォンに相当するくらいでした。
円安の影響が、ちょっと悲しい・・・。 -
今日の晩ご飯は、モッシドンナ明洞店へ。
COCO壱番屋の2階です。 -
三清洞の本店と、メニューも味も、注文を紙に書いて手渡す方法もすべて同じ。
シーフードのトッポッキにチーズ、ラミョンを加えて、締めはポックンパッ。
おいしく完食です。
時間帯のせいか、観光客はあまりいなくて、地元のお勤め帰りの若い女性たちがたくさんいました。 -
食後は明洞の雑踏の中を歩いて、化粧品などのお買い物。
中国人観光客はもちろんたくさん見かけるのですが、その他の東南アジアからの観光客もずいぶん多いと感じました。
最後はハーモニーマートで買い物をすませ、他の店で買ったものも一緒にEMSで送ってもらって、手ぶらでホテルへ帰ることができました。 -
ロッテホテルの前のクリスマスイルミネーション。
とてもきれいでした。
セルカ棒で写真を撮っているカップルがいっぱい! -
2日目の朝です。
きょうは、列車に乗って、水原(スウォン)へ行きます。 -
ソウル駅構内。
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7時50分発ムグンファ号のチケットを購入。
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ホームにはもうムグンファ号が入線していました。
この列車は、ソウルから釜山の海雲台まで行く長距離列車です。 -
朝日を浴びて、列車は漢江を南へ渡ります。
この日、韓国は、修能(スヌン)というセンター入試の試験日。
受験生が試験会場に遅れないようにパトカーが先導するとか、官公庁が始業を遅らせるとか、試験会場の門の前で後輩たちが先輩受験生を応援するとか、いろいろ聞きます。
みんな、無事に試験を受けられたかな? -
30分ほどで、水原の駅に到着しました。
駅前のバスターミナルから、隆健陵(ユンゴンルン)へ行くバスに乗ります。
駅の建物側にもバス停留所がたくさんあるのですが、そこから横断歩道を半分渡った中之島みたいなバス停から、46番のバスに乗りました。
最初乗り場がわからなくて、バスを待っている人に聞いたら、周辺にいた何人もの人が一緒になって路線図を見て教えてくださいました。
皆様のご親切に、カムサハムニダ〜。 -
世界遺産、隆健陵でバスを降ります。
水原駅からは30分くらいかかったと思います。 -
右の方へ行くと隆陵(ユンルン)、左へ行くと健陵(コンルン)。
隆陵は正祖の両親、思悼世子(サドセジャ)と惠敬王后(ホンギョンワンフ)のお墓。
健陵は正祖自身と孝懿王后(ヒョウィワンフ)のお墓です。
まず隆陵にお参りすることにします。 -
静かな雑木林の中を進みます。
-
紅箭門(ホンサルムン)という名前の赤い門。
王様の陵墓の前に立てて、これより先は神聖な地域であることを知らせるのだとか。 -
祭礼を行う丁字閣。
遠くに見えているこんもりとした小さな土の山が、思悼世子のお墓です。
父王、英祖(ヨンジョ)によって米びつに閉じ込められ、非業の最期を遂げた思悼世子。
ドラマ「イ・サン」の中で、正祖が即位後真っ先にその父の名誉回復を宣言し、立派なお墓に作り直したことが描かれていましたが、その作り直したお墓がこの隆陵。
正祖自身も、何度もここへお墓参りに訪れたということです。 -
雑木林の中を今度は反対側へ歩いて、健陵へ向かいます。
-
こちらが健陵。
隆陵とよく似た作りですが、陵を取り巻く石囲いや魔除けの石の置物などは、父である思悼世子の隆陵よりも格下の作りになっているそうです。
親を思い、親を敬い、これぞ、the 親孝行! -
丁字閣。
祭祀をとりおこなうための建物。 -
正祖と孝懿王妃の陵であることを示す石碑。
それにしても孝懿王妃の「懿」っていう字、むずかしいわ・・・。
パソコンだから出てくるけれど、自分で書いたら絶対ひとマスに収まらないと思う。 -
右側の丸い山が正祖のお墓です。
父思悼世子が27歳で亡くなった時、正祖は10歳でした。
その正祖が第22代王に即位したのが24歳、亡くなったのが48歳。
まだまだやりたいことはいっぱいあったんじゃないかな。
でも両親のお墓のそばに眠ることができて、正祖はきっと幸せに思っているはず。
ちなみに、祖父である第21代王英祖は、在位51年7ヶ月、82歳まで長生きしたそうです。 -
再び46番のバスに乗って、水原華城(スウォンファソン)を目指します。
八達門(パルダルムン)のそばを通ってバスは城壁内に入ります。 -
華城行宮(ファソンヘグン)でバスを降ります。
正祖が水原に華城を築城した後、父のお墓参りで水原を訪れる時のための別邸です。
お墓参りと言っても、日帰りで簡単に往復できるわけでもなく、大行列で数日間かけてやってくるのですから、ちゃんとした離宮、行宮が必要だったのでしょう。
そしてこちらに滞在中も王としての執務があり、役所機能も設置されています。
母、惠慶宮の盛大な還暦祝いの宴も、この華城行宮で開かれたそうです。 -
門の前で、武芸24技の公演をやっていました。
パク・テスとソ・ジャンボとカン・ソッキね♪。
1790年に正祖によって編纂された武芸図譜通誌(ムイェトポトンシ)という武芸の図解書が元になっています。 -
中に入ってすぐの建物、書吏庁(ソリチョン)。
文書記録などを担当する役所。 -
維與宅(ユヨテク)。
正祖が行幸の間、臣下を接見した所。
華城行宮はドラマ「イ・サン」だけではなく、「チャングムの誓い」その他、多くのドラマや映画のロケにも使われているそうです。 -
長楽堂(ジャンラッダン)。
正祖の母、惠慶宮の寝殿で、母の健康と長寿を願って正祖自ら扁額を書いたとされています。
本当に親孝行・・・。
この建物は「チャングムの誓い」の中では内医院の建物として使われたとか。 -
華城行宮の建物の北側にある華寧殿(ファリョンジョン)の入口。
-
華寧殿の正殿の内部にある、正祖の肖像画。
華城殿は、正祖の死後、息子の第23代純祖(スンジョ)が建てたもので、亡くなった先王の肖像画を描いて、生前と同じように泰安している場所です。
しかし、正祖が48歳で亡くなった時、息子純祖は10歳。
ちゃんとした政務をおこなえる年でもなく、まだほんの子供でした。
英祖の後妻(英祖との年の差50歳!)、貞純(チョンスン)王后はしぶとく生き残って、この純祖を操り、思うままに垂簾聴政を行ったといわれています。 -
華虹門(ファフォンムン)。
水がまったくないけれど、城郭内を南北に流れる水原川の北の水門です。
向こうに見えている煙突みたいなもの、あそこのヨンポカルビでお昼ご飯にします。 -
骨付きのヤンニョムカルビ定食、ドーン!
熱源は炭火です。
おかずもいっぱいで、どれもおいしい。
特にカッテギがおいしかったです。 -
1人前400gのヤンニョムカルビ、そんなに食べられないと言ったら、骨付きなので肉の正味はもっと少ないとのこと。
そっか〜、それなら大丈夫ね・・・って、やっぱりお肉、大きいやないかー! -
華城築城の労働者のためにパワフルな食べ物を、ということで正祖が牛の食用を特別に許可したのが、水原の名物、牛肉の始まりだったとのこと。
牛は農耕に欠かせないものだったので、それまでは食用は禁じられていたのだそうです。
それが発展して、この水原には韓国で一番大きな家畜市場もできたということで、始まりは正祖様のおかげで、私たちもおいしい味付けカルビをいただけました。
チャルモゴッスムニダ〜。
これから城壁の上を歩いてみます。 -
水原川。
城壁を一周すると約5.7?。
遠くに見える山(八達山)の頂上を通ってぐるりと一周すると、距離だけではなく、高低差もかなりあるハードなコースになるそうです。 -
なるそうです、というのは、私たちは一周していないからです。
雰囲気を味わって、同時に体力も温存できる選択肢とも言います。 -
1794年に着工し、完成は1796年、正祖44歳の時でした。
自然石そのままではなく規格化されたレンガと石を使い、また、建築重機なども新しく発明して、当時の最新の技術で作られた華城。
正祖は都をこの地へ移すことも考えていたようですが、王朝内部の反対勢力の抵抗でそれはかないませんでした。
あの貞純王后と老論派のやりたい放題、なんとかならんかったのか・・・。 -
水原華城博物館。
建物の一部に、城壁の石積みのモチーフが! -
はい、ここでもジオラマ模型。
チョン・ヤギョンが開発した「挙重機」です。 -
ヤンニョムカルビ食べて、お仕事がんばっているところ。
小さな人形ですが、けっこうリアル。
力仕事をする時の、エイっていう感じなんか、よく出ていると思いました。 -
思悼世子のお習字。
上手だわ〜。
1743年とあるので、思悼世子が8歳くらいの時のものらしい。
本当に上手だわ〜。 -
正祖が、母恵敬宮の還暦を祝って華城行宮の奉寿堂(ポンスダン)で開いた宴の様子。
ドラマではこういう時、正面のちょっと高くなったところに王族がずらりと並んでいるのですが、この絵では建物には御簾が下ろされ、やんごとなき方々はその中にいらっしゃる模様。
確かに実際には、あんな外の吹きっさらし、しかも狭い石段の上でぎゅうぎゅう詰めで座らされて飲んだり食べたりなんて、ありえないかも。
中央で、くるくる回って踊っているきれいなお姉さんたちも、たくさん描かれていました。 -
3日目。
ロッテホテル新館のクラブラウンジです。
大陸方面からの団体ツァー客はいないので、朝ご飯、お茶、夕方のカクテルなど、静かな雰囲気の中でいただけます。
白い帽子のコックさんが卵料理を目の前で作ってくださいました。 -
ソウルの街と山を見ながら、朝ご飯。
クラブフロアの宿泊者のチェックイン、チェックアウトは、下のロビーではなく、このクラブラウンジ入口のカウンターで行われます。
行き届いたサービスとホスピタリティは、さすがだと思いました。 -
窓から見下ろす、乙支路(ウルチロ)1街の交差点。
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地下鉄に乗ってやってきたのは東大門(トンデムン)です。
これから東大門総合市場へ行きます。 -
前回ここではビーズのパーツなどを買いましたが、今回はテーブルクロス、ランナー、ランチョンマット用の布地を買うのが目的。
洋服地、韓服地、ホームテキスタイルなど、それぞれの布地の専門のお店がたくさん並んでいます。
布地を扱っているお店だけでも、確か、2フロアか3フロア、あったはず。 -
壁の高いところにあるあの生地が見たいと言うと、生地のロールを足場にして、するすると曲芸のようによじ登って取ってくれます。
あらかじめテーブルのサイズを測ってメモしていったものをお店の人に見せると、すぐに用尺を計算してくれました。 -
ビルの地下には業務用のミシンを備えたこんな感じのプロの縫子さんたちがたくさんいます。
買った生地を持って行って寸法を伝えると、その場ですぐに製造開始!
裏を付けたり、リバーシブル仕立てにしたり、タッセルを付けたり、どんな注文も大丈夫です。
機会があったら、次はクッションカバーをお願いしてみようかな。 -
縫製の出来上がりを待つ間、上のお店をながめて歩き回りました。
ビーズ、リボン、レース、アクセサリーのパーツ、コサージュ、、、、本当にここ、女性は一日いても飽きないと思う。
これはA棟5035、アイロンで付けるキラキラシールのお店。
階段横です。 -
小さなものは500ウォン(約50円)、左上の大きな王冠で3000ウォン(約300円)。
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無地の帆布のトートバッグにこんな風に付けてみました。
ちょっとキラキラ、ちょっと嬉しい。 -
こちらはA棟5009、フェルト小物のお店。
季節柄、かわいいクリスマスの小物がいっぱいありました。 -
本日のお昼は、陳玉華(チンオックヮ)ハルメ元祖タッカンマリ。
前回この店に来る途中に、焼き魚のいい匂いにつられてそちらでお昼を食べてしまいました。
細い路地の両側には庶民的な食べ物屋さんがずらりと並んでいて、どれも魅力的なのです。 -
今回はちゃんとお店まで到達しました。
お昼には少し早い時間だったので、並ばずにすぐに入れました。
席に着くとほとんど同時に、鶏まるまる一羽(タッカンマリ)が入ったお鍋が目の前に置かれます。 -
タデギ、酢、にんにくなどを合わせたタレを用意して待っているうちに、鶏が煮えました。
お店の人が、万能韓国食卓はさみでチョキチョキしてくれます。
鶏は柔らかく、澄んだスープはコクがあって、本当においしかったです。 -
出来上がったテーブルクロス類をいったんホテルに置きに帰って、午後は昌徳宮(チャンドックン)へとやってきました。
入口の大きな門は1412年に作られた敦化門(トンファムン)、ソウルに残っている木造の二層門としては最古のものだということです。 -
ソウル市内外には朝鮮王朝の宮殿や建物がいくつもありますが、16世紀の文禄・慶長の役、日本統治時代や朝鮮戦争による破壊や戦乱、火災など、昨日行った水原行宮も含めて、作られた当時のオリジナルのままの建物は実はそんなに多くありません。
そんな中、この昌徳宮は昔のままの建物がかなりよく保存されていて、ユネスコの世界遺産にもなっています。
一日目に行ったソウル歴史博物館のある場所、慶煕宮で1776年に即位した正祖は、本宮を慶煕宮からただちにこの昌徳宮に移し、ここで主な政務を行ったとのことです。 -
仁政殿(インジョンジョン)。
公的行事を行う昌徳宮の中心的な建物。
重臣たちが身分ごとに並ぶ品階石(プムゲソク)、これは即位後、重臣たちの間の秩序が乱れていることに気付いた正祖が1782年に初めて設置したものだそうです。
ドラマの中でもイ・サンが苦労していたけれど、まったく、どれだけ乱れていたんだか・・・。
正三品上までは大殿の板の間(堂)に上がって椅子に座る資格がある堂上官(タンサンガン)と呼ばれ、赤い官服。
正三品下から従九品までは堂に上がれないので堂下官(タンハガン)と呼ばれて青い官服。
正一品、従一品、正二品の呼称は大監(テガン)、次の正三品上までは令監(ヨンガム)、それより下の身分の呼称はナウリ、だそうです。
ふむふむ、たしかにイ・サンの場面を思いおこすと、官服の色とか、呼び方とか、そうだったかも。
ホン・グギョンも最初青い官服だったのが途中から赤い官服になったし。 -
仁政殿内部の王の御座所。
立派です。 -
宣政殿(ソンジョンジョン)。
王が日常的な政務を行った便殿。
現在韓国に残っている唯一の青い瓦の宮殿だということです。 -
お付きの人を何人も従えて、正祖もここを歩いたのかしら。
韓国時代劇ドラマの中で、前傾姿勢をずっと続ける従者たちがよく出てきますが、あの姿勢は、俳優さんたち、本当に大変だと思います。
監督さんの「カット!」の声と同時に、う〜ん、と腰を伸ばすのではないかと想像します。 -
昌徳宮の前半エリアは自由観覧ができますが、後苑(フウォン)または秘苑(ピウォン)と呼ばれる後半エリアは、別料金でガイド付きのツァーに参加しないと見ることができません。
午後2時半の日本語ガイドツァーを、昌徳宮のHPからあらかじめ申し込んでおきました。 -
前半の宮殿部分が「公」の役割を持つのに対して、後半の秘苑は、「私」の意味合いが強いということです。
苑内はとても広く、自然な雑木林が残っていたり、また、ちょっとした山登りのような場所もあります。
芙蓉池(プヨンジ)を見下ろす高台に建っているのは正祖が作った学術研究機関、奎章閣(キュジャンカク)が入る宙合楼(チュハンヌ)。
党派や身分を超越して、国の将来を担う人材を育てようとした正祖の思いが込められた、象徴的な建物。
今回の旅行で、一番来たかった場所です。 -
宙合楼の扁額は、正祖の直筆。
-
宙合楼の隣にある暎花堂(ヨンファダン)。
こちらの扁額は、祖父、英祖の直筆。
この建物は、もともとは王族の花見など遊興のためのものだったそうですが、正祖の時代からは、科挙の試験場として利用されるようになったとのこと。
党派に関係なく人材を等しく登用する、という意味の蕩平策(タンピョンチェク)という政策は、英祖が始めてそれを正祖も引き継ぎましたが、常に既得権益者という反対勢力と戦わなければなりませんでした。 -
一枚岩をくりぬいて作られた不老門(プルロムン)。
この門をくぐると長生きできるといわれています。 -
紅葉がきれいでした。
自然の地形を生かした回遊式庭園、いくつもの池や川、そしてあずまや。
王族が花や紅葉を愛でたり、舟遊びをしたり、時には秘密のデートをしたり、という秘苑です。 -
尊徳亭(チョンドクチョン)。
六角形の二重屋根になっているあずまやで、比較的大きなものでした。 -
あずまやの内部の龍の天井。
掲げられた木版は正祖が書いたもので、王の権力の強化と臣下たちのさらなる忠誠を要求しているものだとか。
字が細かすぎて、よく見えない・・・。
韓国の古い建物独特のこの彩色は、特殊な染料を使って何十年に一度かは塗りなおしているものだそうです。 -
東大門総合市場、昌徳宮と、よく歩きました。
夕方は再び東大門に戻り、夫は疲れた体をほぐすマッサージへ、私はその間、東大門周辺のファッションビルを見てまわりました。
再び落ち合って、ミルクパッピンスの人気店、雪氷(ソルビン)へ。 -
釜山発祥の伝統スイーツカフェです。
一番人気のきな粉餅雪氷(インジョルミソルビン)、これ、本当においしい!
氷はふわふわ、文字通り雪、しかも粉雪みたいに細かくてサラサラしています。
中にお餅と、アーモンドスライスのトッピング、上からたっぷりときな粉がかかっていて、別添えのコンデンスミルクをかけていただきます。
ここでとっておきのミニ情報をひとつ。
コンデンスミルクをかけるときは、きな粉のかかっている部分を少しどけて、氷の上にかけるようにしましょう。
きな粉の上から直接かけると、ほとんど器の外にそのまま流れ出てしまいます。
・・・はい、私たち、それ、やりました。
からっぽになってしまったコンデンスミルクの容器とお財布を持ってカウンターに行き、もう一杯ください、おいくらですかとたずねると、お店のお姉さん、笑いながら無料でたっぷり注いでくれました。
コマウォヨ〜。 -
すっかり夜になりました。
-
2014年にオープンしたばかりの東大門デザインプラザです。
宇宙船が降りてきたような、不思議な形。 -
外部も内部も曲線でつながっている建物の中に、ミュージアム、デザインショップ、アートホール、カフェなどがあります。
流線型の階段とか、ぐるぐる歩いて行くといつの間にか屋上に到着する遊歩道とか、とにかく不思議な建物です。 -
芝生の屋上では、LEDライトの造花を一面に配したイベントを開催中。
一輪一輪が夜の闇に白く浮かび上がって、とても幻想的でした。 -
幻想的な現代の花園の向こうに見える、東大門周辺のファッションビル群。
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おしゃれな東大門デザインプラザから、歩くこと約10分。
開発されていない昔ながらの東大門周辺の街の中、ローカルというか、レトロというか、ちょっと怪しい雰囲気の路地へと入っていきます。 -
やってきたのは、ペクチョンウォンの元祖サンパッチ、というお店。
ガイドブックにも載っている有名なお店です。
外には行列がない! と思ったら、お店の中で何組も順番待ちしていました。 -
カンナで削ったようにくるっとまるまっている豚の三枚肉の薄切り。
これをお醤油ベースのタレにつけて、鉄板の上で焼きます。 -
写真の左側に写っている、長い板の上に盛られた30種類もの葉野菜が、ここの売り物。
焼けたお肉を好きなように葉っぱにくるんで、特製味噌ダレにつけながら食べます。
サニーレタスやチコリー、青梗菜、エゴマの葉あたりはわかりますが、中には見たこともない、初めて食べるような野菜もありました。
お肉は薄くてさっぱり味、野菜との組み合わせ方で味に変化も出て、とてもおいしかったです。
靴を脱いで上がるオンドルの座敷スタイル。
金曜日の夜だったせいか、満員でした。
最後にはヌルンジというおこげスープも出て、おいしく、大満足の晩ご飯でした。 -
今回の旅行に持ってきた通信機器は、夫と私、それぞれのiPad mini と、iPhone 、モバイル充電器、それから成田で借りたWi-Fiのルーターです。
観光情報、地図etc. 、タブレットにはなんでも入れられて、これからはもうガイドブックを持ち歩く旅行はなくなることでしょう。
この他にデジカメもあるし、同時に複数の機器を充電できるようにテーブルタップも持ってきましたが、これは便利でした。 -
4日目。
龍仁MBCドラミアと民族村へ行きます。
それぞれは電車なりバスなりで自力で行けそうでしたが、一日でその両方をまわるのは2か所を結ぶ交通の足が不便なので、これはツァーに参加しました。
ガイドさんの詳しい説明も聞けたし、これは参加して正解でした。
善徳女王、トンイ、イ・サン、朱蒙のパネルがお出迎え。 -
広大な敷地に時代劇のオープンセットが連なっています。
大道具、小道具を変えることによって、いろいろな時代に対応できるのだとか。
あー、見たことある景色だわー。 -
悪者に追われて走って逃げる路地裏とか。
-
居酒屋とか。
どこも、見たことあるあるー。 -
手前の茅葺きの屋根(庶民の家)と奥の瓦屋根(両班の家や宮殿)が隣接している景色なんて実際にはありえませんが、撮影の仕方によって、違和感のない画面に仕上がるのだそうです。
CGももちろん使われます。
後方に見える山もMBCが買い取って、観光開発などができないようにしているとガイドさんが説明してくれました。 -
王宮の内部。
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見たことあるあるー。
何分にも韓国時代劇視聴初心者なので、先輩諸氏のように、どのドラマ、第何話、どのシーンで誰と誰がなんたらの場所と明記できなくて、見たことあるあるー、ばかりで申し訳ないです・・・。 -
この渡り廊下もよく出てきます。
貞純大妃が石の上に膝まづいて、チョナ〜、と泣きながら王に許しを請うシーンとか。
あの涙にだまされてはいけなかったのでは・・・。 -
大殿とその前庭。
かなり広いです。
でもドラマの画面では、もっと大きく本物のように見えました。 -
あ、これはわかる。
トンイが洗濯していた井戸。 -
見たことあるあるー。
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ここもあるあるー。
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建物の彩色は、撮影のたびに塗りなおすのはたいへんなので、印刷された紙を貼りつけてあるのだそうです。
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こんな風に半分はがれちゃってるところ、発見!
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こちらの屋根も・・・。
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ほら、端っこが、はがれちゃってます。
新しいドラマの撮影が始まる前には大がかりにメンテナンスをして、こういうところも全部貼りなおすそうです。
色を塗るのも大変だと思いますが、この複雑な屋根の木組みに一枚一枚紙を貼っていく作業も大変そう・・・。
オープンセットの奥の方には車の入れないような細い道の場所もあって、重い本物の屋根瓦をしょいこで背負って運びこむ作業をしている人たちもいました。
ドラマを観ている時は、ついつい俳優さん、女優さんの顔ばかり見て、セリフを聞く方に注意がいきがちですが、背景の建物や景色、カメラアングルの工夫などもこれからは興味深く見ていきたいと思いました。 -
休憩所に飾ってあった、イ・サンの主役、イ・ソジンさんのサイン。
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MBCドラミアを見学した後そのままソウルへ戻るグループと別れ、午後は我々夫婦とガイドさん、運転手さんだけのツァーとなります。
ドラミアから車で小1時間、韓国民族村へ到着しました。
朝鮮半島各地の伝統家屋を移築展示、衣・食・住・農業・工芸・文化などを総合的に展示してある文化野外博物館です。
2日目に行った水原華城の水原駅から無料シャトルバスも出ているようです。 -
この民族村も時代劇のロケによく使われる場所だそうです。
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チャングムの誓いの一部もこの民族村で撮影されたとか。
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園内では伝統的結婚式、馬上武芸、農楽などの伝統公演が行われています。
この時は広場での綱渡りの曲芸を観ることができました。
綱渡りをしている方はこの曲芸の人間国宝的な有名人。
扇子ひとつでバランスを取りながら面白いことを言って観客を笑わせます。
ドラミアも民族村もどちらも大変広いので、ガイドさんに効率的に案内していただけたのは助かりました。
綱渡りの実演も、その時間に合わせてルートを考えてくださったし。
ソウルまでの帰り道は渋滞しましたが、観光情報以外のこと、ソウルの住宅事情とか兵役義務のこととかもいろいろ話を聞けて、おもしろかったです。 -
5日目、最終日です。
-
清渓川の壁画を見るために、鐘路2街あたりで川べりの遊歩道におります。
「正祖班次図」という絵をもとにしたタイルの壁画で、長さ192mもあるとても大きなものです。
この絵は、1795年に正祖が母親の惠慶宮洪氏の還暦祝いのために水原華城まで行く行列を記録したもの。
1799人の随行員と779頭の馬が描かれているそうです。 -
ひとりひとり丁寧に描かれていて、役職名などもわかるようになっています。
-
白い馬に乗った人、振り向いて後ろの人と何かお話していますよ。
もとになった絵のスケールもすごいけれど、そもそもこの王様の行列が、すごいわ!
圧倒的な権力を持っていたことは確かだし、また、こういう大イベントを通してその権力の強さを改めて誇示するということなのだと思います。 -
城壁で囲まれた漢陽の街。
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左の方に景福宮(キョンボックン)。
中央に、3日目に行った昌徳宮と、この後行く昌慶宮(チャンギョングン)。
秘苑のガイドさんが、昔はこのふたつの宮殿はつながっていて、今のように塀はなかったと説明してくださいましたが、たしかにこの古地図をみると、ひとつの敷地に描かれています。 -
その昌慶宮の正門、弘化門です。
この正門の前で、Visit Seoul のウォーキングツァーのガイドさんと待ち合わせています。 -
このVisit Seoul のガイドさんはすべてボランティアの方々です。
HPを通して予約しますが、宮殿や有名な観光スポットだけではなく、ごく普通の街歩きもガイドさんが同行して案内してくださるので、おもしろいと思います。
これは中門にあたる明政門(ミョンジョンムン)。 -
正殿、明政殿(ミョンジョンジョン)。
紙ではありません、彩色(丹青というらしい)されています。 -
王の執務室、文政殿(ムンジョンジョン)。
この文政殿の前庭が、正祖の父、思悼世子が米びつに閉じ込められて亡くなった場所。
勢力争いによる陰謀、思悼世子自身の精神的混乱や奇行などいろいろな説があるようですが、読書好きで武芸にも優れ、とても賢い世子さまであったことは間違いないようです。
水原華城博物館で見た思悼世子8歳の時のお習字だって、すごくしっかりとしたものだったし。 -
景春殿(キョンチュンジョン)。
昌慶宮の王と王妃の私的生活空間の建物。
正祖はこの建物で1752年に誕生しました。 -
少し高台になっているところから見下ろせるこの屋根の建物は、集福軒(チッポッコン)と迎春軒(ヨンチュノン)です。
集福軒では1735年に思悼世子が生まれました。
迎春軒では1800年に正祖が亡くなっています。
正祖は主にこの迎春軒で生活をしていたようです。
この右側の方にさらに大きな通明殿(トンミョンジョン)という、王と王妃が暮らした内殿の中でも一番大きい建物があります。
ここは、66歳の英祖が、15歳の貞純王妃を2番目の正室に迎えて婚礼を挙げた場所だそうです。
この貞純王妃こそが、朝鮮王朝第21代英祖、思悼世子、第22代正祖、第23代純祖に至るまで、あらゆる意味で王の治世に強い影響を与えた存在だったと思います。
彼女は19世紀まで長生きしました。 -
歴史にタラレバはないのはわかってはいても、いろいろなことを考えさせられるドラマ「イ・サン」でした。
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旅の最後の食事をいただくために、仁寺洞へやってきました。
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仁寺洞の路地を少し入ったところ、SK HUB プラザビルの1階にある、「チファジャ」という韓国伝統宮廷料理のお店です。
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席の間に衝立があって、落ち着いた店内。
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朝鮮王朝最後の厨房尚宮が宮廷料理の伝授をしたのが起源。
パンフレットのこのご婦人がそれを引き継ぎ、伝統を守りながら料理を体系化させました。
さらにその技術を継承した方が、ドラマ「チャングムの誓い」の料理を監修したのだそうです。
化学調味料や添加物を一切使わずに、素材の味を生かした洗練された料理をコースでいただけます。 -
私たちが頼んだのは、その名も長今晩餐(チャングムマンチャン)、チャングムの誓いに出てくる料理を再構成したコース。
まず最初に出されるのは宮廷乾き物、というおつまみのお皿。 -
牛乳のおかゆと水キムチ。
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筍を熟した柿のソースで和えたもの。
熟した柿が甘味として料理に使われていることを幼いチャングムが言い当てて、皆が驚く場面がありました。 -
串焼きと高麗人参の揚げ物。
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野菜のマンドゥ。
どのお料理も、油や塩分を抑えてあってヘルシー、とてもおいしいです。
普通に街で食べるいわゆる韓国料理とは、全く異質なもの。 -
海鮮神仙炉(シンソルロ)鍋。
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お口直しの小豆のシャーベット。
すでに一口食べてしまった後です・・・。 -
宮廷風プルコギと生高麗人参とサラダ。
お肉、柔らかーい。 -
冷麺。
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デザートの韓国伝統菓子。
お店で買うこともできます。 -
伝統的な韓屋の建具の内装。
晩秋の午後の陽射しです。
おいしいお料理を心のこもったサービスでゆっくりと味わいました。 -
ホテルに戻って預けておいた荷物を受け取り、いよいよ帰途につきます。
漢江を渡って、一路、仁川空港へ。 -
仁川空港チェックインフロア。
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ブルガリの上の大韓航空ラウンジへ。
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ラウンジ内部。
成田と違って、広いです。 -
18時35分発の705便。
外はもう真っ暗です。 -
お席。
帰りのビジネスクラスはほぼ満席でした。 -
ハーモニーマートで買ったもの。
左から、ハヌルホスの化粧水、ハンドクリーム、虫除けスプレー、筋肉疲労時リフレッシュスプレー、上はリップクリーム。
一番右は、サンダンファの済州島椿オイルのクレンジング。 -
これもハーモニーマートで。
呂のトリートメントと、illi (一理)のシートマスク。
他の店で買ったものも一緒にここから国際宅急便を発送。
ボトル類はプチプチシートでひとつひとつ包むなど、ハーモニーマートのスタッフの方が実に丁寧に梱包してくださいました。 -
水原の帰りに寄った龍山駅のEマートで。
出汁用のティーバッグ、蒸し器用シート、Ziploc。
Ziploc は、16.5cm × 8.2cm という横長のサイズ。
薬など細かい物を入れて化粧ポーチに入れて使っています。 -
ロッテデパート地下で買った皇室海苔と、醤類何種か。
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「正祖(イ・サン)の足跡を訪ねて」という大きすぎるテーマ設定でしたが、テーマを決めることによって、旅行に出発する前から予習が楽しかったです。
表紙に使った写真は、NHK出版の「イ・サン」ドラマガイド。
ドラマのあらすじだけではなく、年表、人物相関図、歴史的背景、王朝の身分社会、宮中のしきたり、俳優さんへのインタビューなど、とても詳しく書かれた3冊でした。
また、コネストやソウルナビなどをはじめとした各種情報サイトを広く参考にさせていただきました。
そしてこのフォートラベルに投稿された皆様の旅行記を繰り返し読ませていただき、その場に実際に行った方ならではのこまやかな情報のひとつひとつに本当に助けられました。
どうもありがとうございました。
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