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(表紙写真・・・朝日に輝くドブロヴニク旧市街)<br /><br /><br />ドブロヴニク観光<br />バルカン半島の旅8日目。今日は今度の旅の最後の山場となるドブロヴニクの観光である。窓外を見ると、空は晴れ渡って申し分のない天気。最高の舞台設定ができて快適、メモリアルな観光ができそうだ。今日は終日この町にひたり切って過ごす予定だ。昨夕の遠景写真でも分かるように、このドブロヴニク旧市街は完全に城壁で囲まれたコンパクトな町なのである。<br /><br /><br />ドブロヴニクのこと<br /> アドリア海沿岸に位置する都市で“アドリア海の真珠”と称えられるクロアチアきっての観光地で、人口約44000人。「アドリア海の真珠」とうたわれる美しい町並みを誇り、1979年に世界遺産に登録された。周囲2kmの高い城壁に囲まれた可愛い町で、その面積も500m×500mの範囲にまとまっている。<br /><br /><br /> 町の起源は古くローマ帝国時代、あるいはそれ以前にさかのぼるとされている。ボスニア・ヘルツェゴビナの唯一の海港であるネウムが回廊状態で分断しているため、クロアチア本土とは陸続きではなく、飛び地となっている。このアドリア海に突き出した旧市街は、一度見たら忘れることができない強烈な印象を旅行者に刻みつける。<br /><br /><br /> 旧市街の中心を貫くメインストリートである200mほどの目抜き通りには、ショップやカフェ、銀行、旅行会社などが並び、両サイドには網の目のように細い路地がのびている。 重厚な城壁に囲まれた路地にはレストランやショップ、住居が混在し、独特の雰囲気がただよっている。<br /><br /><br />この町は17世紀(1667年)、バルカン半島で起こった大地震により大被害を受けている。この地震の被害は甚大で実にドブロヴニク市民の約半数が死亡したとされている。さらにまた、1991年のクロアチア独立時の内戦ではユーゴスラビア連邦軍の攻撃を受け、城壁などかなりの被害が出た。しかし、こうした幾たびかの自然災害、戦火にもかかわらず歴史的遺産、建築物を市民の力で修復、保全、保存してきたのである。一時名を連ねた世界遺産の危機遺産リストからも98年に除外された。<br /><br />旧市街観光<br /> 朝6時に起きて身支度を整え、バイキングの朝食を終えると出発準備OKである。9時に出発したバスは、すぐ道路下の城壁門入口へ向かう。ここで下車すると 高い城壁を見上げながら堀にかかる石橋を渡り、木製の吊り橋を渡ってメインゲートのピレ門を入って行く。この門の壁面には、この町の守護聖人・聖ブレイスの彫像が祀られている。見上げる青空がなんとも素晴らしく、さんさんと降りそそぐ陽光に城壁が輝いている。<br /><br /><br /> 門をくぐって通り抜けると、正面にメインストリートのプラツァ通り(200m)が輝くように直線で伸びている。町の中心を貫くこの通りは、大理石張りなのか路面がピカピカつるつるである。早くもその通りは観光客で埋まっている。すぐ右手には天然の湧き水が吹き出る大オノフリオの噴水がある(小噴水はストリートのどん詰まりの鐘楼台の近くにある)。<br /><br /><br />フランシスコ修道院<br /> 最初に向かったのは、左手にあるフランシスコ修道院である。門を入ると、その先に素敵な回廊が伸びている。このゴシック様式の回廊が実に素晴らしく、2本ずつ整然と並ぶ列柱の様子が修道院らしい優しい雰囲気をただよわせている。また回廊越しに眺める中庭の落ち着いた風景が素敵で心を和ませてくれる。<br /><br /><br /> 院内の一角には修道士たちへの薬の処方が目的で設けられたという欧州最古の薬局があり、また廊下には昔の町の古い縮図絵が掲げられている。院内は観光客であふれているが、ひっそりとした時間帯には心も洗われて心休まる場所に違いない。<br /><br /><br />ルジャ広場へ<br />修道院を後にすると、細い路地を通り抜けてシナゴーグ(ユダヤ教の教会)の前へ出るが、時間が早いのでまだ開門されていない。現在、ここは資料館になっているようだ。ここの細い路地から見上げる紺碧の空がとても印象的で、その素敵さに見とれながら歩んで行く。<br /><br /><br /> ここからメインストリートのプラツァ通りへ出ると、ピカピカのストリートを西端の鐘楼が立つ方へ移動する。通りの両側にはしゃれたカフェやレストラン、ショップなどが列をなし、観光客で賑わっている。この通りは鐘楼台の前のルジャ広場でどん詰まりとなり、この周辺にはスポンザ宮殿、ドミニコ会修道院、大聖堂、旧総督府などの歴史的建物が寄り集まっている。<br /><br /><br />ここを抜けて右へ曲がると旧港波止場へ出る<br /><br /> この港はその昔、海洋貿易都市として栄えたこの町にとっては重要拠点だったに違いない。今は沖合いに浮かぶロクルム島への渡し船や観光チャーター船などの発着基地になっており、またレジャーボートの船だまりにもなっている。この波止場からは、堅固な城壁の様子や沿岸地域の斜面に広がる素敵な家並み、そして背後にある標高412mのスルジ山が見渡せる。なお新港は少し離れた新市街にあり、フェリーなどの発着基地となっているようだ。<br /><br /><br />旧総督府前のパフォーマンス<br />再び時計塔前に戻ると、総督府の軒下では3人の演奏者がストリートパフォーマンスをやっている。ここのはクラシックで、皆を楽しませている。しばし立ち止まってその素敵な音色に聴き入る。<br /><br /><br /> ここからすぐ横手のブニック広場に出る。そこには18世紀時代のドブロヴニクの著名な詩人イワン・グンドリックのブロンズ像が立っている。この広場では毎朝、近郊農家から持ち込まれた新鮮な野菜や果物類で市が立っている。<br /><br /><br /> ここからローマのスペイン階段を思わせる階段を上り、聖ブラホ教会へ回る。堂内の片隅では蝋燭が灯り、中央裁祭壇は金色に輝いている。正面祭壇の上段には珍しくパイプオルガンも置かれている。普通は背後に置かれているのだが・・・。堂内の空間は割りと狭いが堂を支える大きな石柱が重々しく、荘重な雰囲気を醸し出している。ここを最後に午前の旧市街観光は終わりとなる。これからランチタイムに入る。<br /><br /><br />昼食は旧港が見えるレストラン<br />昼食は旧港を見下ろす高台にある素敵なレストランで、室内からも居ながらにして景色を眺められる絶好のロケーションにある。目の前には先ほど見たばかりの港の風景が広がり、ヤシの木陰越しに眺める城壁や古都の景色がレストランのムードを高めている。<br /><br /><br /> 昼食のメインメニューは珍しくムール貝で、これに野菜サラダが添えられ、デザートはアイスクリームである。ムール貝は昨日の移動中に養殖風景を見たが、その養殖貝なのかもしれない。ムール貝はこれで二度目の試食になるのだが、その度に味ではアサリ貝のほうが勝っているなあと思う。<br /><br /><br />(この続きはこちらへ・・・⇒ http://yasy7.web.fc2.com/)<br /><br /><br /> <br /> <br />

ドブロブニク観光

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2008/05/21 - 2008/05/22

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yasyas

yasyasさん

(表紙写真・・・朝日に輝くドブロヴニク旧市街)


ドブロヴニク観光
バルカン半島の旅8日目。今日は今度の旅の最後の山場となるドブロヴニクの観光である。窓外を見ると、空は晴れ渡って申し分のない天気。最高の舞台設定ができて快適、メモリアルな観光ができそうだ。今日は終日この町にひたり切って過ごす予定だ。昨夕の遠景写真でも分かるように、このドブロヴニク旧市街は完全に城壁で囲まれたコンパクトな町なのである。


ドブロヴニクのこと
アドリア海沿岸に位置する都市で“アドリア海の真珠”と称えられるクロアチアきっての観光地で、人口約44000人。「アドリア海の真珠」とうたわれる美しい町並みを誇り、1979年に世界遺産に登録された。周囲2kmの高い城壁に囲まれた可愛い町で、その面積も500m×500mの範囲にまとまっている。


町の起源は古くローマ帝国時代、あるいはそれ以前にさかのぼるとされている。ボスニア・ヘルツェゴビナの唯一の海港であるネウムが回廊状態で分断しているため、クロアチア本土とは陸続きではなく、飛び地となっている。このアドリア海に突き出した旧市街は、一度見たら忘れることができない強烈な印象を旅行者に刻みつける。


旧市街の中心を貫くメインストリートである200mほどの目抜き通りには、ショップやカフェ、銀行、旅行会社などが並び、両サイドには網の目のように細い路地がのびている。 重厚な城壁に囲まれた路地にはレストランやショップ、住居が混在し、独特の雰囲気がただよっている。


この町は17世紀(1667年)、バルカン半島で起こった大地震により大被害を受けている。この地震の被害は甚大で実にドブロヴニク市民の約半数が死亡したとされている。さらにまた、1991年のクロアチア独立時の内戦ではユーゴスラビア連邦軍の攻撃を受け、城壁などかなりの被害が出た。しかし、こうした幾たびかの自然災害、戦火にもかかわらず歴史的遺産、建築物を市民の力で修復、保全、保存してきたのである。一時名を連ねた世界遺産の危機遺産リストからも98年に除外された。

旧市街観光
朝6時に起きて身支度を整え、バイキングの朝食を終えると出発準備OKである。9時に出発したバスは、すぐ道路下の城壁門入口へ向かう。ここで下車すると 高い城壁を見上げながら堀にかかる石橋を渡り、木製の吊り橋を渡ってメインゲートのピレ門を入って行く。この門の壁面には、この町の守護聖人・聖ブレイスの彫像が祀られている。見上げる青空がなんとも素晴らしく、さんさんと降りそそぐ陽光に城壁が輝いている。


門をくぐって通り抜けると、正面にメインストリートのプラツァ通り(200m)が輝くように直線で伸びている。町の中心を貫くこの通りは、大理石張りなのか路面がピカピカつるつるである。早くもその通りは観光客で埋まっている。すぐ右手には天然の湧き水が吹き出る大オノフリオの噴水がある(小噴水はストリートのどん詰まりの鐘楼台の近くにある)。


フランシスコ修道院
最初に向かったのは、左手にあるフランシスコ修道院である。門を入ると、その先に素敵な回廊が伸びている。このゴシック様式の回廊が実に素晴らしく、2本ずつ整然と並ぶ列柱の様子が修道院らしい優しい雰囲気をただよわせている。また回廊越しに眺める中庭の落ち着いた風景が素敵で心を和ませてくれる。


院内の一角には修道士たちへの薬の処方が目的で設けられたという欧州最古の薬局があり、また廊下には昔の町の古い縮図絵が掲げられている。院内は観光客であふれているが、ひっそりとした時間帯には心も洗われて心休まる場所に違いない。


ルジャ広場へ
修道院を後にすると、細い路地を通り抜けてシナゴーグ(ユダヤ教の教会)の前へ出るが、時間が早いのでまだ開門されていない。現在、ここは資料館になっているようだ。ここの細い路地から見上げる紺碧の空がとても印象的で、その素敵さに見とれながら歩んで行く。


ここからメインストリートのプラツァ通りへ出ると、ピカピカのストリートを西端の鐘楼が立つ方へ移動する。通りの両側にはしゃれたカフェやレストラン、ショップなどが列をなし、観光客で賑わっている。この通りは鐘楼台の前のルジャ広場でどん詰まりとなり、この周辺にはスポンザ宮殿、ドミニコ会修道院、大聖堂、旧総督府などの歴史的建物が寄り集まっている。


ここを抜けて右へ曲がると旧港波止場へ出る

この港はその昔、海洋貿易都市として栄えたこの町にとっては重要拠点だったに違いない。今は沖合いに浮かぶロクルム島への渡し船や観光チャーター船などの発着基地になっており、またレジャーボートの船だまりにもなっている。この波止場からは、堅固な城壁の様子や沿岸地域の斜面に広がる素敵な家並み、そして背後にある標高412mのスルジ山が見渡せる。なお新港は少し離れた新市街にあり、フェリーなどの発着基地となっているようだ。


旧総督府前のパフォーマンス
再び時計塔前に戻ると、総督府の軒下では3人の演奏者がストリートパフォーマンスをやっている。ここのはクラシックで、皆を楽しませている。しばし立ち止まってその素敵な音色に聴き入る。


ここからすぐ横手のブニック広場に出る。そこには18世紀時代のドブロヴニクの著名な詩人イワン・グンドリックのブロンズ像が立っている。この広場では毎朝、近郊農家から持ち込まれた新鮮な野菜や果物類で市が立っている。


ここからローマのスペイン階段を思わせる階段を上り、聖ブラホ教会へ回る。堂内の片隅では蝋燭が灯り、中央裁祭壇は金色に輝いている。正面祭壇の上段には珍しくパイプオルガンも置かれている。普通は背後に置かれているのだが・・・。堂内の空間は割りと狭いが堂を支える大きな石柱が重々しく、荘重な雰囲気を醸し出している。ここを最後に午前の旧市街観光は終わりとなる。これからランチタイムに入る。


昼食は旧港が見えるレストラン
昼食は旧港を見下ろす高台にある素敵なレストランで、室内からも居ながらにして景色を眺められる絶好のロケーションにある。目の前には先ほど見たばかりの港の風景が広がり、ヤシの木陰越しに眺める城壁や古都の景色がレストランのムードを高めている。


昼食のメインメニューは珍しくムール貝で、これに野菜サラダが添えられ、デザートはアイスクリームである。ムール貝は昨日の移動中に養殖風景を見たが、その養殖貝なのかもしれない。ムール貝はこれで二度目の試食になるのだが、その度に味ではアサリ貝のほうが勝っているなあと思う。


(この続きはこちらへ・・・⇒ http://yasy7.web.fc2.com/




旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0
同行者
社員・団体旅行
交通手段
観光バス 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • ゴツイ城壁が見えてきた

    ゴツイ城壁が見えてきた

  • バス停付近からの眺め。正面がピレ門、塔はフランシスコ修道院。

    バス停付近からの眺め。正面がピレ門、塔はフランシスコ修道院。

  • 堀にかかる橋を渡ってピレ門へ

    堀にかかる橋を渡ってピレ門へ

  • 朝日に輝く城壁

    朝日に輝く城壁

  • 門から眺めたプラツァ通り。左はフランシスコ修道院、<br /> 右は大オノフリオの噴水、前方奥の塔は時計台(鐘楼)。<br />

    門から眺めたプラツァ通り。左はフランシスコ修道院、
    右は大オノフリオの噴水、前方奥の塔は時計台(鐘楼)。

  • ルジャ広場より眺めたプラツァ通り。遠くの塔はフランシスコ修道院。<br />

    ルジャ広場より眺めたプラツァ通り。遠くの塔はフランシスコ修道院。

  • ここがルジャ広場。正面の石柱に下の写真の騎士像がある。<br />また石柱の右側前方の壁に小オノフリオの噴水(壁面に埋め込まれている)が少しだけ見えている。左側の四角い柱に見えるのが時計塔、その左の アーチ門を抜けて行くと旧港波止場へ出る。<br />

    ここがルジャ広場。正面の石柱に下の写真の騎士像がある。
    また石柱の右側前方の壁に小オノフリオの噴水(壁面に埋め込まれている)が少しだけ見えている。左側の四角い柱に見えるのが時計塔、その左の アーチ門を抜けて行くと旧港波止場へ出る。

  • ルジャ広場の石柱に立つ騎士オルランドの像(15世紀の<br />作とか)<br />

    ルジャ広場の石柱に立つ騎士オルランドの像(15世紀の
    作とか)

  • ここにも巨大ネクタイの広告が・・・(ルジャ広場)

    ここにも巨大ネクタイの広告が・・・(ルジャ広場)

  • 波止場よりの眺望。向こうの山はスルジ山。

    波止場よりの眺望。向こうの山はスルジ山。

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