2014/10/05 - 2014/10/05
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レオナルド・ダ・ヴィンチの晩年は不幸だと思っていた。
故郷を追われ、モナリザを抱いて、古老の老人がロバにまたがり、アルプスを越えてフランスに来たと何故か、ず〜っと思っていた。
でも、それは大きな間違いだった。
偉大な才能を理解してくれる若き王の庇護のもと、最後の最後まで、自分の才能を発揮した偉大な天才にふさわしい晩年を、ここアンボワーズで過ごしたんだ。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ロアール川の高台にそびえたつアンボワ―ズ城。
麓の街も、お城と同じ青い屋根と白い壁で素敵な街だ。 -
車を川沿いの駐車場にとめて、お城に向かいます。
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急な坂道を、のぼりながら登城します。
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入場料10.7ユーロ、オーディオガイド込みだと14.7ユーロ。
お城の維持に貢献できるなら、ありがたい。 -
お城の全景です。分かりやすい。
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王族の居住棟です。
左がシャルル8世の棟、右がフランソワ1世の棟です。 -
サン・テュベール(狩人の守護聖人)の礼拝堂。
よーく見ると尖塔には鹿の角があります。
この礼拝堂がアンボワ―ズ城、最大の見どころ。 -
1519年5月2日、67歳で死去した
偉大なる天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの
お墓があります。 -
お城の教会にお墓、
そう、いかに当時の王様(フランソワ1世)に
ダ・ヴィンチが愛されていたかわかります。 -
偉大な王、フランソワ1世22歳と
天才エンジニア、レオナルド・ダ・ヴィンチ64歳。
40歳以上離れていても、お互い不世出の天才同志、
お互いが、お互いを深く理解しあったんだと思う。
いつか、このあたりの歴史書読んでみたいと思う。 -
お庭にも、ダ・ヴィンチの胸像が、凛としている。
本当は、ここに、サン・フロランタン参事教会があり埋葬されていた。 -
お城から見るロアール川。
見てわかるように浅瀬がある。これが、ここに城が築かれた理由。
兵隊が簡単に浅瀬を渡れるから。
ロアール川は自然の国境だったんだね、古くは503年、西ゴート族のアラリック王とフランク王のクロヴィス王が、ここで接見している。 -
王の居住棟も、ちょっとだけ見ますか。
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シャルル8世(1470-1498)とアンヌ・ド・ブルタニュー
フランス史は難しいよね。フランソ1世の2代前の王様。
どうしてシャルル8世がというと、このアンボアーズ城を中世の要塞から豪奢な城に建造したのが誰かというとシャルル8世。40m下から馬でのぼれる騎兵棟を建設している。 -
左に見える円い大きな塔が騎兵塔、ミニームの棟。
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傾斜路になっており馬で、登城できます。
解説では、現在の駐車場の原形だそうです。なるほど。 -
騎兵塔、ミニームの塔から40m下を見たところです。
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会議の間。
当時の王様は、参勤交代ならぬ王様自身が家臣を連れて、領地をまわったそうです。だから壁にかけるタペストリーとか家具なんかも移動に適したものになっていたわけですね。また家臣とパーティをやる大きな部屋も必要だったんですね。 -
アンボワ―ズの城下町です。
赤い蔦の家が気になります。 -
そして小路の先(400m先)の山の上に、クロ・リュセ城が見えます。
理系の神様、レオナルド・ダ・ヴィンチ様が晩年を過ごされた、お屋敷です。
歩いて十分いけそうです。 -
見逃しちゃ駄目よ!
の大きなポスターもアンボワ―ズ城の出口にあります。 -
アンボワ―ズ城の出口は
もう、ひとつの騎兵塔、ウルートーの塔から出ます。
下から見ると、これまた大迫力です。 -
途中、城壁に掘られた、住居がたくさんありました。
きっと既得権なんでしょうね。
ケルンにはローマ時代の城壁に住んでいる人もいますよ! -
クルーの館(クロ・リュセ城)に到着です。
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日本だったら、まさに聖地ですな、大宰府に相当するだろうな、
なんて、くだらないこと考えてしまいました。 -
クロ・リュセ城の全景です。
お庭には、ヘリコプターの模型があります。
そう、あの全日空の模章になっているやつですね。
クルクルまわすことが出来ます、でも残念ながら空は飛びません。 -
お〜お〜っ !!!!!!!!!!
思わず床にふれひしたい。
この部屋です。1519年5月2日、不世出の天才
レオナルド・ダ・ヴィンチが67歳で、まさに息を引き取った
部屋です。 -
まさに、その瞬間をとらえたアングロの絵です。
フランスの王権を築いた若きフランソワ1世(25歳)が、
まさに息を引き取るダ・ヴィンチを抱いて......
もの凄い深い友情を感じます。ダ・ヴィンチの晩年3年間は
とても幸せだったそうです。 -
部屋からはアンボワーズ城も見えます。
ダ・ヴィンチは、この風景をとても愛しデッサンも残しています。 -
またアンボワ―ズ城とクロ・リュセ城は、地下通路で繋がっていたそうです。
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ほら、新しいアイデアを思いついて
ガッツ・ポーズで、お城へと出かけていく、ダ・ヴィンチが見えます。 -
大広間には、イタリアから大事に持ってきたモナ・リザの絵も飾られています。
一生懸命、見ていたらフランス人に、
ソレハ偽物ダヨ。本物ハ、ルーブル二アルヨ。
だって。アホか、そんなこと知ってるわい。でも、ルーブルにある本物よりも、この部屋にあるほうが何倍も素敵だと思いました。 -
お庭には、ダ・ヴィンチが考えた模型が実物大で展示されていました。
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お城から見て気になった、赤い蔦の家はピザ屋さんでした。
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ランチにピザを食べました。
なんとトッピングに生玉子が。
欧米人はサルモネラ菌が恐くて、生玉子は食べないと思っていましたが、さすが、おフランス美食の国です。
ランチを食べながら、1519年といったら日本は、どうだったのだろうと思ってネットで調べたら今川義元の生まれた時代でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ピザが美味しそうだったら、是非、いいね!押してください。
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