2005/06/05 - 2005/06/06
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yasyasさん
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(表紙写真は2つの尖塔に守られたエティガール寺院)
カシュガル到着
機は1時間40分かかってカシュガル(喀什)空港に到着。飛行場に降り立つと、空はどんよりとして周囲の風景はかすんで見えない。これはなんだ? 朝もやにしては少し違う感じである。ひょっとして、これは黄砂か? いや、ここは砂漠の本場だけに黄砂ではなく砂嵐というのだろうか? いよいよ砂漠の中に来たのだという実感がわいてくる。タラップを降りて徒歩で到着ロビ−へ向かう。日照りがないのでそれほど暑くないが、やはり動くと汗がにじむ。
のんびりと歩いて到着ロビーへ。遠くは砂塵に煙っている。
国境の街カシュガル
ここカシュガル(喀什)は、標高1300mのオアシスの街でパミ−ル高原の北麓にあり、タクラマカン砂漠の西端に位置する国境の街でもある。敦煌からシルクロ−ドを西へ向かうと途中で天山南路と西域南道に分かれるが、ウイグル語で「入ると出られない」を意味するタクラマカン砂漠を命がけで通り抜けた果てに、この2つのル−トは合流する。そこがガシュガルで古代から要衝の町として重要な位置を占めている。中国最西端のタシュクルガンに次ぐ西端の町カシュガルであるが、ここから中巴公路(カラコルム・ハイウェイ)でパミ−ル高原を抜け、国境のクンジェラブ峠(標高5000m)を越えるとパキスタンへ通じるのである。
人口38万人のこの街は、9世紀以降にモンゴルより多数のウイグル人が押し寄せ、10世紀にはウイグルとイスラムの色彩を強くし、18世紀に入って清朝の支配権が確立する。そのこともあって、人口の74%はウイグル族で、その他、ウズベク、キルギス、タタ−ル、オロスなど多くの少数民族が暮らしている。カシュガルとは古代イラン語やペルシャ語で「玉の市場」を意味するそうで、この玉はもちろんホ−タンの玉を意味している。また、ウイグル語では「色とりどりの煉瓦でできた家」を意味するらしい。
日本語を上手に操る好青年の地元ガイド君の出迎えを受けて、マイクロバスへ移動。そのまま市内観光が始まる。
エティガ−ル寺院
最初に到着したのは街の中心にあるエティガ−ル寺院で、ここは中国最大のイスラム寺院である。中央アジアのメドレセ(イスラム神学校)の門と同じ形のものだが、その歴史的伝統がここにも見られる。黄色のレンガでつくられた柔らかい感じの寺院だが、“エティ”はアラビア語で「祭り」を、“ガ−ル”はペルシャ語で「場所」を意味し、これを合わせて「お祭りの場所」となるそうだ。ここのウイグル族のほとんどがイスラム教徒(スンニ派)だそうである。
その建立は1798年、その後何度か修復されて現在の姿になっている。金曜日になると多数のウイグル人信徒が集まり、導師が朗読するコ−ランに合わせて西方のメッカに向かい熱心な祈りを捧げるという。寺院の前には広大な広場があるのだが、お祭りの時はここが人で埋め尽くされるという。
いま、門の横手のベンチにはウイグル帽をかぶった男の老人たちが何することもなく、のんびりと腰掛けながらのどかな時を過ごしている。これは中央アジアと同じ風景だ。おや? 隣の椅子にはのんびり憩う女性の姿も見られるぞ……。のんびり過ごす男性老人の姿はよく見かけるのだが、こんな女性の姿は珍しい。
礼拝堂へ
門をくぐって中に入ると、ポプラ並木に覆われた奥の礼拝堂へ通じる大理石張りの美しい参堂がある。
そこを歩いていると、左手の木陰にある礼拝所でいま、1人の信者が敬虔な祈りを静かに捧げている。チベット仏教の五体投地の祈りもそうだが、大地や床に平伏しながら懸命に祈る人間の姿は感動的でさえある。そこに祈りの真髄を見るような気がするからだろうか? とは言え、この静かなるイスラム信徒の姿の中にもジハ−ド(聖戦)のためなら自爆テロで命をも投げ出す激しい心の動きが秘められているとは俄に信じ難いのだが……。
本殿横の外側には、グリ−ンに塗られた頑丈な列柱が並んだ礼拝堂がある。ワインカラ−の絨毯が何枚も敷きつめられた礼拝所は、今はがら〜んとして藻抜けの空だが、ここにぎっしりと並んで祈りを捧げる信徒の姿が目に浮かぶようだ。
ここを通り過ぎて、すぐ隣の本殿に入る。そこは細長い白壁造りの礼拝堂だが、ここにも緑の柱が並び立ち、装飾された天井を支えている。中央に貫禄のある説教台が置かれた以外は、具像崇拝否定の教義らしく何の対象物もなく、ただシンプルな空間が静かに広がっているだけである。
ガイド君が言うには、ムスリム(イスラム教徒)が必ず守らなければならないことが5つあるという。その一つは神を忘れないために毎日5回の祈りを捧げること。二つ目は、条件が整えば生涯に一度はメッカ巡礼をすること。三つ目は、毎年ラマダンの時期には1ヶ月間断食を行なうこと。生活が豊かになっても貧しい時のことを忘れないために断食をするのだという。お祈りは男子は12歳、女子は9歳から始め、断食も同様だという。四つ目はお祭りの時に羊を殺した際には、貧しい人にその3分の1を恵まなければならない。そして、五つ目はザカ−トで、1年以上所有している財産、例えば貯金などはその2.5%を貧者の救済として差し出さなければならない。これは自由な喜捨ではなく、義務的で制度的な財産税の性格を持っている。
きれいな公衆トイレ
礼拝堂でこんな話を聞いてから、ここを後にする。門を出ると、公衆トイレに案内するというので後について行くと、広場の横手の所にきれいなトイレがある。見学だけで中には入らなかったが、有料トイレで1人5角(=7円:1角は1元の1/10=1.3円で)という。
あっと驚くビリヤード
トイレから戻ろうとすると、広場の横手に何やら台が並んでいる。近づいてみると、なんとビリヤ−ドの台が何台も並べられ、お客が楽しんでいるではないか! この砂漠の最果ての地でウイグル人が西洋生まれのビリヤ−ドを楽しんでいる。この奇妙な組み合わせがどうしてもイメ−ジ的にわいて来ない。そういえば、彼らは西洋の血を引くトルコ系民族であることを思えば、納得できないこともないのだが……。それにしても、いったい誰が持ち込んだのだろう? 玉のサイズはやや小さいが、れっきとした玉突き台なのだ。この地の人たちには球技が人気らしく、こんな商売が成り立つのだろう。このビリヤ−ドは後のカラクリ湖でも見ることになる。
職人街へ
ここから商店が並ぶ通りをぶらぶら歩きながら、寺院の裏手にある職人街へ向かう。砂塵が降り注ぐ中、歩道にはさまざまな露店が並んで歩けない。骨董品を売る店、ウイグル人の主食であるナンを作る店、絨毯屋、家具屋、杏子を売る店、もうもうと煙をあげながら、おいしい匂いを漂わせるシシカバブの店、羊の肉を丸ごとぶら下げている肉屋さんなど、変化と活気に満ちたウイグルの人たちの生活臭がぷんぷんと漂っている。地元の人たちにとっては平凡な日常の生活が、われわれ旅行者には珍しい異文化となって新鮮な驚きを与え、それが旅の醍醐味ともなるものである。
この円形台にナンの生地を乗せ、それを釜の中にペタンと貼り付ける。
(この続きはこちらをご覧ください。・・・⇒ http://yasy7.web.fc2.com/taklamakan-2.htm)
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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