2013/07/04 - 2013/07/08
1085位(同エリア2003件中)
ちゃおさん
インドの歴史は隣の中国の歴史と比べ、我々日本人には馴染みが薄い。インドについて知っていることと言ったら、お釈迦さんの生まれ故郷で、イギリスの植民地になって、その独立闘争のガンジー、ネールを知る位だ。隣国中国の隋、唐から始まって、明、清に至る中国3000年の歴史の知識と比べたら、インドについては、白地のキャンパスみたいなものだ。
だから、ムガール帝国と言っても、その名前を嘗て聞いた程度で、その祖が、モンゴルを発祥としている、などは、今日初めてガイドから聞き知った次第である。そうしたガイド氏の説明やら、渡されたガイドブック等の記述によれば、このムガール帝国は、ほぼ江戸時代と同じ頃、インド北部からパキスタン、アフガニスタン、ペルシャの辺りまで版図を収めた広大な帝国で、従って、財政も豊かだった。
丁度徳川幕府と比肩されるように、初代アクバルが家康、2代目のフマユーンが2代将軍秀忠又は3代家光、5代シャージャハーンが5代綱吉と言った具合に、足並みを揃えている。そして、丁度明治の大政奉還で徳川幕府が潰えたように、丁度その頃、インドでもポセイの大乱が起き、ムガール帝国は崩壊し、インド亜大陸の支配者は英国に代替わりした。
日本は明治の文明開化で新生日本に生まれ変わったが、インドは逆に更に厳しいイギリスの支配下に置かれることになったのだ。が、幸いなことに、新たな支配者になったイギリスは、ムガール朝下の建物、遺構、文物などは破壊せず、むしろ保存に努めた結果、130年経た今日でも、我々遥か遠方の極東の島国からやってきた観光客も今日こうして、幾つもの世界遺産を見ることが出来るのだ。
「フマユーン廟」はこれから約100年後に建設された「タージマハール廟」の原型を為すものと言われているが、シンメトリーな左右に均整の取れた建物である。その中央のホールの真ん中には綺麗な装飾を施された大理石の石棺があり、その中にフマユーン帝の遺骨が納棺されている。日本からやってきた外国人にとっても荘厳な、厳かな気持ちにさせられる。又、左右の部屋には息子3人の石棺、及び妻子女の石棺が納棺されている。日本の天皇陵と違ってここではオープンなものであるが、それはそれで愁然とした気持ちにさせられた。
- 旅行の満足度
- 5.0
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正面にあるのがフマユーン廟だ。
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赤砂岩と大理石で造られた豪壮な建物だ。
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石段を登って、建物の中に入って行く。
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ここが廟のメインの建物、中央部だ。
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ああ、廟から眺めると、先刻のお墓の屋根が見える。
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廟の真ん中、メインのホールにはユフマーン皇帝の石棺が置かれていた。
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左右二つに分かれたホールには、それぞれ、妻子の石棺がの安置されていた。
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だおれが妻ので、どれが子息のものかは、メモしてなかったので、今は判然としないが・・。
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石棺にはそれぞれ、素晴らしいアラビック模様の彫刻が施こされている。
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透かし窓から外の景色を眺める。
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泉水の畔にはカラスが水を飲みにやってきている。
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ここは動物、鳥も人に苛められることはない。
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ああ、大きな蟻もいる。
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最後の皇帝、溥儀では玉座の下のコウロギだったが、ここでは、大きな蟻か・・
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