2014/09/18 - 2014/09/19
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andoorinnさん
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日本人はハワイを好きな人が多い。しかしながら、人工ビーチのワイキキと広大なショッピング・センターで、ママは安売りのブランド品を買うのに必死で、疲れたパパが幼児を抱えベンチでぐったりしていては真のハワイは解らない。我々日本人がまるで他府県を訪れるようにハワイに行くのは、近い所為もあるが必死で働いた日本人移民一世、ヨーロッパで戦った二世の努力の基に成り立っているのではないだろうか。
ハワイ島のヒロは日本人移民の歴史を識るには格好の場所だ。幸いにもヒロには買い物狂いになるような店舗もない。ホノルルと同様に美味しい食べ物もない。あるのはハワイの風とハワイの歴史と、廉いパパイヤくらいだ。
欧米の商業主義に染まったコナではなく、一度ゆっくりとヒロに滞在をして先人達の歴史に触れる旅をしてみたらいかがだろうか。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- レンタカー 自転車 ヒッチハイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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誰もが訪れるレインボーフォールの先に、ピホヌアという地がある。まるで日本の地方のような雰囲気がある。ここは1904年から沖縄県豊見城の人達が移民として来た土地で、砂糖黍農園で奴隷のような扱いを受けながら暮らした所だ。
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晴れならば、方角的にもマウナケアが望めるのではないがろうか。(レインボーフォールではない)
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今では砂糖黍産業は撤退し、広大な土地が蒼い空の下に残っているだけだ。
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連日続く辛い作業でも、移民たちは事あるごとに、この建物に集まり、相談をしたり、地主に最低限の要求を嘆願することを決めたり、としたのだろう。
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會舘という文字に古が感じられる。今でも使っているのか、と訊きたかったが、この日は誰も近所を歩いていなかった。
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ヒロのダウンタウンから車で3〜4分ほどのパパイコーという町に建つ、プランテーション・ミュージアムは、日本語で説明をうけることができる。
808-964-5151 -
ポルトガル人に打たれた鞭や、砂糖黍畑に持っていった弁当なども陳列され、他の国から来た移民よりも最も低い賃金で働いていたことが解かる賃金表も陳列してある。
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土台のコンクリートだけが残っている。注意をしないと見過ごすこの土地は『ヒロ独立日本人学校』の跡地。1933年の最盛期には190校、43.606人の生徒が学んでいたハワイ・日本人学校の一つ。
ヒロ本願寺学園から宗派名を嫌い、1916年に分離・独立をした。因って『独立』を校名の頭につけた、と語られている。
(以上は友人のブログから要点を拝借した)
辛い農園での作業でも、子ども等には日本の教育をという願望を強く抱いた希望の夢の跡に立つと、願望が叶ったのを知らせたい衝動に駆られる。
現代ハワイ州の約3割以上の会社、団体は日系人が指導者だ。
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