2014/08/22 - 2014/08/23
86位(同エリア544件中)
かっちんさん
昭和37年に国鉄北陸トンネルが開通するまでは、敦賀から今庄間を山中越えと呼び、25/1000の急勾配を12箇所のトンネルとスイッチバックの信号所を通りながら、SLとディーゼル機関車が列車をけん引し、この難所を登っていました。
その後、廃線となったこのルートは地元の生活道として使われていたため、トンネルなどほぼ原形のまま残り、今でも通ることができます。
鉄道雑誌の写真を見て「いつか行ってみたい」と思っていた旧北陸本線(通称杉津線)が、このバスツアーで実現し、当時の土木技術と鉄道を走らせる過酷な状況を知ることができました。
この近代化遺産ツアーは10月まで残り5回開催されます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
敦賀駅からツアーに参加
近代化遺産である旧北陸本線トンネル、今庄宿、北前船主の館、敦賀鉄道資料館などを巡ります。
京都新聞旅行センターが主催し、昼食付きの7時間コース、4,980円の料金です。
敦賀と今庄を知るボランティアガイドさんが同行し、詳しい説明が聞けます。
ツアーは7月から10月まで12回開催されます。
今回は平日に20名参加しました。 -
旧北陸本線のトンネル「樫曲隧道」
敦賀駅を出発し、最初のトンネルです。
明治29年(1896)開通当時12の隧道が造られ、現在10個が残されています。 -
近代化遺産周遊ルート
旧北陸本線は、敦賀から新保、杉津、山中を通り、内陸部の今庄へ抜けています。
北陸トンネル西側の山間部を通っています。
近代化遺産になっているものは、当時のトンネルとスイッチバック跡です。 -
敦賀−今庄間の断面図
明治中期には、北陸トンネルのような長いトンネルを掘削する技術がまだありませんでした。
旧北陸本線の勾配は25/1000(1000m行くのに高さ25mまで登る)、北陸トンネルの勾配は少し緩やかな11.5/1000です。 -
レンガ造りのトンネル
側壁はイギリス積み(長手レンガと短手レンガの段が交互)、天井アーチは長手積みになっています。
長さ86mのトンネルを歩いて見学します。 -
天井のアーチ
SL時代のススが染みつき、長い年月を経た歴史を感じさせます。 -
バス車内でDVD鑑賞
貨物列車を、DF50形電気式ディーゼル機関車とSLのD51が重連でけん引します。 -
そしてD51が補機として後押し
SL機関士はトンネル内の煙で苦しめられていました。 -
イチオシ
次の葉原トンネルを通過
ここの側壁は切石が布積みされています。
アーチは長手積みレンガですが、何かでカバーされています。 -
次のトンネルがもう見えています
-
杉津(すいつ)駅跡に到着
海抜179mのところにいます。
当時の海水浴はこの駅から下に見えている海岸に降りていったそうです。
交通の便はこの鉄道しかなかったのですね。 -
再び旧北陸本線をバスで走ります
トンネルが連続していますね。
D51の形状は、このトンネルの大きさにあわせて製造されています。 -
伊良谷隧道に対向車がやって来ます
このトンネルは途中で曲がっていて出口まで見通しがきかないので、3分ごとに切り替わる信号機があります。 -
いよいよ山中隧道
1番長い1200mのトンネルです。
この先が旧北陸本線の頂点です。 -
海抜265mの山中信号所跡
ここで見学時間があります。
右側が敦賀から急勾配を登って来た山中隧道です。
左側の線路跡は、今庄から登って来た列車が一旦入るスイッチバック用の折り返し線です。 -
スイッチバックの説明
山中信号所には列車の停車や通過列車の待避を平坦なところで行うため、スイッチバックの設備が設けられています。 -
待避線(左)と今庄へ向かう本線(右)
ここから今庄へ向かって、25/1000の勾配を下ります。 -
大桐駅跡
雨が強く降って来ました。窓からの眺めです。
今庄にて旧北陸本線の旅は終わります。 -
今庄の旧旅籠若狭屋
ここで昼食をとります。 -
あれっ、駅弁売りのおじさん
ボランティアガイドさん、雰囲気を作ってくれています。 -
イチオシ
懐かしい御弁当が出てきました!
敦賀駅で今でも駅弁を販売している「塩庄」さんが、昭和10年の駅弁を復活させました。
値段は30銭です。 -
御弁当の中身は現代風にアレンジ
若狭湾の鯛寿司、敦賀湾の甘エビの唐揚げ、北前船を思わせるにしんの昆布巻き、若狭の焼き鯖、三種の神器(焼き鯖、玉子焼き、かまぼこ)、大野産里芋、黒河マナの野菜、おにぎりなど、敦賀でしか味わえない食材に感激です。 -
今庄の宿場町を散策します
ここは酒屋さんです。 -
京藤甚五郎(きょうどうじんごろう)家
1830〜1844年頃の建物で、当時造り酒屋です。
土蔵造りで、2階に袖うだつがあり、完全な防火構造になっています。
赤味の強い瓦は越前瓦です。 -
座敷
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土人形が飾られています
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昭和会館
昭和5年に、今庄の田中和吉氏が社会教育を推進する目的で建てたコンクリート製の建物です。 -
3階の講堂
壁の彫り物に特徴があります。
これから平成25年に完成したホノケ山トンネルを通り日本海側へバスで向かいます。 -
お嬢さんの顔みたいな民家
今庄周辺で見つけました。 -
北前船主の館 右近家に到着
江戸中期から明治にかけて、大阪から蝦夷地を結ぶ北前船の船主として活躍しました。 -
イチオシ
ややっ 目玉の大群!
浮き球が並べられ、こちらを見ています。 -
ウサギの瓦
飛び跳ねていますね。 -
イチオシ
青空に浮かぶ母屋の屋根
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裏山にある西洋館に入ります
昭和10年に11代目右近が建てた洋館です。 -
お洒落なタイル
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玄関の窓から海が眺められます
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西洋にいるようなお庭
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素敵なステンドグラス
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チェック柄の床
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西洋館から見た街並み
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海の向こうには丹後半島がうっすらと見えます
これから海岸沿いをバスで敦賀へ戻ります。 -
敦賀湾での海水浴風景
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旧敦賀港駅に到着
ここに北陸本線の歴史を語る鉄道資料館があります。 -
交流電化
北陸本線の長浜〜敦賀間の柳ケ瀬線、敦賀〜今庄間の杉津線はSLの煙で機関士泣かせの区間でした。
その近代化として、昭和32年にわが国初の本格的交流電化が導入され、ED70形電気機関車が登場します。 -
旧北陸本線の機関車
SLにD51、ディーゼル機関車にDD50とDF50が投入されました。
鉄道資料館では、北陸地区の鉄道史を学ぶことができました。
この後、敦賀駅へ移動し、ツアーが解散となりました。 -
敦賀駅に残されているSLの給水塔
敦賀駅から、米原を経由し、ムーンライトながらで東京へ帰ります。 -
琵琶湖に沈む夕陽
真っ赤に燃えるような夕焼けになりました。 -
イチオシ
翌朝、朝日が昇ります
横須賀線で多摩川を渡っているところです。 -
武蔵小杉の高層ビル群に日が当たっています
旧北陸本線の近代化遺産は、廃線になってから50年経ちますが、今でも当時の面影が残っていて、感動しました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 横浜臨海公園さん 2014/09/19 11:50:17
- 杉津線跡
- かっちんさま、こんにちは。
旧北陸本線とたどる貴重な体験を拝見させて頂きました。
北陸トンネル開通前の敦賀-今庄間は25‰の勾配とスイッチバックの連続した路線で、北陸本線として輸送の隘路と化していた所です。
小生は乗車する機会がございませんでしたが、今でも旧路線跡を活用した北陸高速自動車道路で通ると、敦賀湾の立体的な眺めが印象的な所ですが、凄い山奥だとのイメージは変わりません。
今庄も機関区も無くなり、列車が通過する様になった事から、駅弁も立ち食いそばも無くなってしまい、駅は委託扱いとなり、今庄そばは名古屋メルサで盛況です。
横浜臨海公園
- かっちんさん からの返信 2014/09/20 22:45:44
- RE: 杉津線跡
- 横浜臨海公園さま
こんにちは。
旧北陸本線は私も乗っていないのですが、雑誌で知ることができ、一度は行ってみたいなと思っていました。
たまたまツアーに参加でき、当時の最高技術で作り上げた路線と認識できました。
さらに今でも使われているトンネルには感動しました。
旧北陸本線の歴史をご存知の横浜臨海公園さんには印象的な旅行記だったと思います。
かっちん
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