2014/05/27 - 2014/05/27
3位(同エリア17件中)
ベームさん
5/27(火)、2日目。曇り。
今日はパリから日帰りでパリの南西約150キロ、シャンパーニュ地方の古都トロワ/Troyesを訪ねます。
トロワ:人口6万3千。北ヨーロッパと地中海を結ぶ交通の要所として栄えました。12~13世紀には当時の大国際市場であったシャンパーニュの大市の主要開催地でもありました。
ここの職人は美術工芸に秀で、この地方一帯の教会、館には彼らの優れた技が見られます。旧市街地サン・ジャン地区にはルネッサンス期の木組みの家が密集しています。
もう一つトロワが歴史上にその名を残すのが1420年この町で結ばれたトロワ条約です。
当時イングランドとフランスは100年戦争の最中。フランスのシャルル6世は発狂しており、国内は国王シャルル6世派とイングランドと気脈を通じるブルゴーニュ公フィリップ3世を中心とするブルゴーニュ派に分かれて対立していました。
王位を狙うブルゴーニュ公はイングランドのヘンリー5世と手を結び、ヘンリー5世とシャルル6世の娘カトリーヌとが結婚しシャルル6世の亡き後は後継者/フランス王をヘンリー5世とすると定めた。そしてシャルル6世の息子/王太子シャルル(後のシャルル7世)を廃嫡した。これがトロワ条約です。
ロワール川流域に退いて王位継承をを主張する王太子シャルルを助けるために現れたのがジャンヌ・ダルクです。トロワ条約がなくすんなりと王太子シャルルがシャルル7世になっていたらジャンヌは歴史上に現れなかったでしょう。
もう一つ、十字軍時代に活躍したテンプル騎士団の創設が決まったのが1129年のトロワ会議でした。
こんな歴史を思い浮かべながら町を歩きました。
写真はサン・ジャン地区、木組みの家と石畳。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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地図右。
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朝のパリ東駅。
これから乗るアンテルシテ(地方都市間長距離列車)。
フランス国鉄SNCFの列車の種類で、このほかTGV、テー・ウー・エル(地方内普通列車)、トランジリアン(パリ近郊路線)があります。
TGVはすべて座席指定だがそのほかは同じチケット、パスで自由に乗れます。
今回の旅行は一日の移動距離によりレイルパスと個別チケットを使い分けました。 -
東駅発7:42、トロワ着9:13。
フランスの鉄道は遅れないことには走らないドイツの鉄道に比べ意外に正確でした。後日ストライキが始まるまでは。 -
トロワ駅。
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駅前のマレシャル・ジョフレ通り。
碑が有ります。”1870~1871年、祖国のために亡くなったオーブの若者たちの思い出に”。
フランス各地でよく見かける普仏戦争の慰霊碑です。オーブとはこの地方のこと。
フランスでもドイツでも第1次世界大戦、第2次世界大戦の戦没者慰霊碑は見ますが、フランスで多いのは普仏戦争の慰霊碑です。フランスは負け、その悲しみと多分犠牲者も多かったのでしょう。 -
駅前から続くジェネラル・ド・ゴール通り。
フランスの通り、広場、橋などにかっての戦争の英雄、将軍の名前(ド・ゴール、ジョフレ、フォッシュなど)、文豪の名前、アメリカ大統領の名前(ケネディ、ルーズベルト、ウイルソンなど)が付けられているのをよく見かけます。偉人好きですね。
ドイツ、イギリスとは永年敵対していたのでそちらの人物の名はないようです。 -
まだ閑散としています。
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最初に見えてきたサン・マドレーヌ教会。
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12世紀の創建でトロワ最古の教会。
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ここで日本人のご夫婦に出合いました。
地方の古い教会でこの時いるのは日本人だけ、不思議な感じです。 -
予めご了解願いたいのですが今回の旅行記も教会の写真がいっぱい出てきます。日本人が国内を旅行するとお寺が有れば寄るようなものでご勘弁ください。
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内陣の手前の仕切りはジェベというそうですが16世紀のもので、トロワの職人の緻密な彫刻の技が見られます。
これから奥は聖職者しか入れません。 -
同行の友人は建築士なので興味があるでしょう。
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祭壇。
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マドレーヌ劇場。
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ジェネラル・ド・ゴール通りを進みます。
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屋内市場。
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ド・ゴール通りの尽きる辺りにサン・レミ教会。
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サン・レミ教会。
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後ろ姿。
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テアトル・ド・シャンパーニュ。
ジェネラル・ド・ゴール通りがダンピエール河岸に突き当たるところ。 -
シャンパーニュ劇場。
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街を流れるトレヴォワ運河。
右が駅から続く旧市街、左が大聖堂のある地区。 -
この運河はセーヌ川に繋がっています。
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運河を渡った所。オテル・デュー/市立病院。
オテルは公共の建物、デューは神。神の館ですが普通公立の病院を意味するようです。ここに入ると神様が住んでいて病を治してくれるからでしょう。
オテル・ド・ヴィルは市の建物、市役所のことです。 -
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病院の庭に兵隊さんの人形がいます。
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「1814年。ナポレオンのシャンパーニュ。歴史はオーブから始まる」と看板には書かれています。
1814年といえばナポレオンが諸国同盟軍に敗れ皇帝位を退位しエルバ島に流された年で今年はその200年。
トロワはオーブ県の首都、ここでその年に戦いでもあったのだろうか。 -
シテ通りを行くとトロワの大聖堂サン・ピエール・サン・ポール大聖堂がそびえていました。
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重々しい石の建物です。
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入口。
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13~17世紀にかけて建てられ、奥行114、高さ50、幅29mの大きなものです。
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堂内。
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ステンドグラスは13~14世紀のもの。
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今回初めてのジャンヌ・ダルク。
ランスへの途上トロワもイングランド軍から解放しています。 -
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昔の町の上流婦人?
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大聖堂の向かいにある近代美術館/旧司教館。
むむっ、何やら視線を感じる。 -
と思ったら窓から人が覗いていました。
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大聖堂の先にサン・ニジェ教会。
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古都だけあり教会の多い町です。
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屋根がブルゴーニュ地方のものに似ています。ここから少し南に行くともうブルゴーニュですから。
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サン・ニジェ教会。
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初めてピエタ像にお目にかかりました。
今回もピエタの一編を作るつもりです。 -
横たわるキリスト。マリアだけでなく大勢でキリストを哀悼しています。
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再び運河を渡り旧市街地に戻りました。
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運河のそばの立派な建物だがなんであったか思い出せません。三色旗が掲げられているので郡庁か何らかのお役所でしょう。
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サン・チュルバン聖堂。
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さして広くもない地域に教会がいくつもありました。
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回転木馬はフランスあちこちで見かけました。
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市庁舎/オテル・ド・ヴィル。
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アレクサンドル・イズラエル広場側の市庁舎。
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石畳と木組みの家が密集する旧市街地の中心サン・ジャン地区に入ります。
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ここから先、狭い道の両側に木組みの家が櫛比しています。
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ルネッサンス期の古いものだそうです。
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前の道路が狭いので見上げる写真ばかり。
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これだけ密集していたら火事になればひとたまりもないでしょう。
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1階は飲食店、土産物店など。
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サン・ジャン地区の真ん中にあるサン・ジャン教会。
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サン・ジャン教会。
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中に入れませんでした。
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ジュヴェナル・デ・ウルサン館。
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リュエル・デ・シャ/猫小路。
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猫がようやく通れるほどの細い路地ということですか。
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お相撲さんなら横向きにならないと難しいかな。照国や鏡里関なら横向きでも無理か。
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両側の家が突っかい棒で支え合っています。
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奥は工房のよう。
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道具と仕事の博物館。トリニテ通り。
フランス中のあらゆる手仕事の道具が集められているそうです。職人の町らしい博物館。 -
この建物もルネッサンス期のものだそうです。
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中庭。
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サン・パンタレオン教会。
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狭い区域に本当に沢山の教会があります。
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身廊の天井。
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ピエタ。
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ヴォールイザン館。
トロワ歴史博物館になっている。 -
商工会議所。
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サン・ジャン地区のビュッフェ式のレストランで昼食。
ソーセージはトロワ名物アンドゥイエット。臓物のソーセージだがまったく臭みがない。 -
ビュッフェだとデザートまで欲張ってしまいます。
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サン・ジャン地区は狭いがまさに木組みの家で埋め尽くされています。
ドイツでもこれほどのものは見なかった。ツェレやハン・ミュンデンも木組みの家が多かったが道がもう少し広く個々の建物が大きくカラフルで、これほどの密集感はありませんでした。 -
さらに街を散策し14時12分の電車でパリに帰りました。
パリで解決しなければならないことがあるのです。 -
パリ、ヴァンドーム広場のショーメ。
それは何か。実はこの日最初のパプニングが起こりました。6月1日のナントからパリへのTGVのレイルパスの座席予約をしに朝北駅に行ったところもう満席というのです。東駅に行っても同じでした。パス用はおろか一般の座席も空いていないというのです。困りました。パリからナントまでは数日かけて在来線で行くのですが、ナントからパリへはTGVでしか帰れない。TGVはすべて座席予約が必要なのです。
ナント行を諦めるか。しかしホテルのキャンセルは有料だしパリで新たにホテルを手配しないといけない。それともナントまで行ってあとは運を天にまかせるか。
そういう心配事を胸に抱えながらのトロワなのでした。 -
ショーメの軒下のプレート。「フレデリック・フランソワ・ショパン。1849年10月17日この館で死す」。
TGVの件、一度「JCBプラザ」にいって相談しようとトロワから帰ってオペラ座の近くリュウ・ド・ラ・ペにある同所を探す。ようやく見つけて入ったのがクローズ時間の5時を少し回っていた。ところが受付の女性、勿論日本女性、にこやかに「どんなご相談でしょうか?」と応対してくれました。フランス人ならピシャっと「ノン」だったでしょう。友人がJCBカードを持っていたのも幸いしました。 -
ヴァンドーム広場。
これこれの事情です、と話すとすぐパソコンを開いて、「一般の空席ならまだあるようです」とのこと。さらに「ここでは切符の手配は出来ないので確かなことはHISに問い合わせます」とすぐ電話でHISに連絡する。暫くやり取りしていたが「大丈夫です、HISでeチケットを発行しファックスでこちらに送ってもらいます」とのこと。待つことしばし、eチケットが送られてきた。 -
ヴァンドーム広場。
余分な出費になりましたが(93ユーロ)なんという僥倖。時間外にもかかわらず親切に粘り強く折衝してくれた女性社員が女神に見えました。フランス国鉄SNCF職員のいい加減な応対に腹が立つとともにJCBの大フアンになりました。SNCFは全くひどい、旅の後半にはストライキまでやってくれました。 -
胸のつかえが下りピラミッドからルーヴル辺りを散歩しました。
ピラミッド広場のジャンヌ・ダルク像。
フランス北部には各地にジャンヌ・ダルク像があるのにパリではあまり見かけません。ジャンヌが活躍した当時北フランス、パリはシャルル王太子やジャンヌと対立するブルゴーニュ公国、イングランドの支配下にあった。北フランス各地はジャンヌが次々に解放していったのに対しパリ解放は果たせなかった。パリ市民はジャンヌに良い感情を持っていなかったのです。 -
オルレアン、トロワ、ランスなどを解放した後1429年ジャンヌはイングランド軍の支配するパリに進軍した。9月ジャンヌが攻撃を仕掛けたのはサン・トノレ通り、パレ・ロワイヤル近くのサン・トノレ門だった。この戦いでジャンヌは負傷し攻略は失敗、退却している。その戦いの場所が騎馬像付近でした。ジャンヌ神話が陰り始めたのです。
パリでジャンヌが認められるようになったのはナポレオン1世の登場によるもので、彼はジャンヌをヒーローとして祭り上げ自分の姿に重ね合わせたのです。
1874年、この金ぴかのジャンヌ・ダルク像がサン・トノレ通りに近いピラミッド広場に建てられたのもそのような経緯からかも知れません。 -
カルーゼル凱旋門。
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ルーヴル美術館。
TGVの一件落着、ほっとした気持ちでホテルに帰りました。
明日からは4泊5日のロワール川流域旅行です。
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この旅行記へのコメント (4)
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- dankeさん 2014/09/19 08:27:58
- トロワ 美しいですね スト大変でしたね
- ベームさん
トロワの木組みの建物、とても素敵です。町並みも古さがとてもよく残っていますし、教会も素晴らしいですね。
それにしてもベームさんの前回の旅行記、パリのリュパブリック、バスティーユ、ボージュ広場は私の今回の2日目の午後のコースとほぼ同じでした。リユパブリックはなんて事ないよ、ってカフェのお兄さんに言われたのに、私も結構写真とりました。
ストの件、本当に大変でしたね。私はフランスのニュースを追っていたので、五年ぶりくらいのこんな長い期間のストをやっている、と聞いてフランス行くのって大変だな、と思いましたが、即考えを変えて7月から準備して8月に行ってきてしまいました。一昨日もニュースでエアフランスのストで東京〜パリ間もキャンセルになって大打撃って…そりゃあたまりません。
ベームさんの旅行記は小説を読んでいるみたいに深いです。
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- frau.himmelさん 2014/06/30 22:10:51
- 始まりましたねー。
- ベームさん、いよいよ始まりましたね。
地図を見たら凄い充実した旅程!
ドイツのみならずフランスもあちこと不自由なく旅が出来るベームさん、羨ましいです。
私も「ダヴィンチ・コード」を読んだとき、ゼッタイこのコースを回ってみよう!と思ったものでした。
でも結局、安心なドイツ旅行になってしまいます。
いろいろハプニングもおありになった模様、それも楽しみに(ごめんなさい!)拝見させていただきます。
最初のハプニング、TGVの空席がなかった件、読んでいて私のことのようにドキドキしました。
続きも楽しみにしています。
あまり早いと読むのが追いつきませんのでホドホドにね(笑)
追伸
さっきアップした私のケルン編、ベームさんに助けを求めています。
お暇なときにでも読んでいただければうれしいです。
himmel
- ベームさん からの返信 2014/07/01 10:19:14
- RE: 始まりましたねー。
- himmelさん、
お早うございます。帰国して2週間がたつというのに時差ボケが完全には治まりません。夜寝られなくて困ります。
充実した旅なんてとてもとても、ただむやみと駆け回っただけです。それに後半は鉄道のストライキで自由どころか不自由の連続でした。
それにしてもTGVは不便です。予めレールパスを取得してもインターネットで座席だけの予約は出来ないし、現地での予約には私のようなケースが起こったりします。その点ドイツのICEは自由席で良いですね。
不慣れなお二人とご一緒の旅行、食事の場所まで気を遣わねばならずご苦労様です。フリュー・アム・ドームは私も行きました。懐かしいです。私の一人での食事とhimmelさんの3人でのテーブルの賑やかさはずいぶん違います。やはり食事は複数で楽しくでないと食欲もわきませんね。
大聖堂の柱像の7人の乙女にかしずかれた聖女?はどなた分かりません。こういう像は初めてです、調べる課題が出来ました。
ステンドグラスの中のピエタ、キリストが横臥しているピエタは気が付きませんでした。確かに私の写真のステンドグラスにも写っていました。ピエタ収集家の私としたことが。
今日オルレアン編をアップしました。アップのペースほどほどに、けれども8月にはドイツですのでそれまでには仕上げねばと思っているのですが。そういえばhimmelさんの昨年の旅行記は終わっていましたっけ。
では、お互い頑張りましょう。
ベーム
>
- frau.himmelさん からの返信 2014/07/02 09:16:12
- RE: RE: 始まりましたねー。
- ベームさん おはようございます。
時差ぼけはその後いかがですか?
あんな素晴らしい旅行記をお書きになるベームさん、時差ぼけなんか関係ないように思えますけど・・。
さて、無理なお願い申し訳ありません。
私も調べますけど、お暇なときでよろしいので一緒に調べていただけませんか?
あの女性像、どこかで見た、とその時は思ったのです。
よく考えたら、マールブルクの聖女エリーザベト、それからナウムブルクのウタに似ていると思ったのでした。
今自分の旅行記を見返してみたら、単に同時代の服装をしているだけでした。
そうか、ベームさんがお急ぎになる理由は次のドイツ旅行のことがあるからですね。
私は昨年の旅行記もまだ完結しておりません(泣)。
では。
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