2014/03/06 - 2014/03/11
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フカショーさん
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2014年2月25日から4月5日までトルコから中国まで一人旅をしてきました。訪れた国は、トルコから始まり東へ進み、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタン、最後は中国の計7か国。トルコからイランは飛行機で、他はすべて陸路移動でした。聞きなれない国々が多いかと思いますが、どの国もシルクロードの交通路として重要であり、アジアとヨーロッパを結ぶ道として今もなお昔の姿を残している国ばかりです。
トルコから二か国目のイランにやって参りました。テヘランでトルクメニスタンのビザをとりイスファハーンでカウチサーフィンで知り合った友達の家に5日間泊めてもらいました。
イランの人たちのホスピタリティに感激でした。また行きたい国です!
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3月6日
2時30分、イマームホメイニー空港に到着し、さっそくビザの申請。VISAと書かれた看板に進み、紙をもらう。今までイランに来たことがあるのかとか聞かれたが、大した質問もされずにさっそく記入。あらかじめアライバルビザをあとった人のサイトを見て真似ただけなのですんなり書くことができた。父親の名前も書く欄があった。提出すると、隣の銀行で50ユーロを支払い、受領書をもらい、完了。30分くらい待たされたけど、ビザは発行できた。念願のイラン入国。事前に調べたとおり全然大丈夫だった。でも今日はトルクメニスタンビザの申請という難関が待ち受けている。うまくいくのか不安。入国審査を終え、荷物は当然ベルトコンベヤーに乗っていなく、カウンターで受け取ったのは3:30くらい。 -
ふらふら歩いていると、客引きが来て、タクシー乗らないかと言ってくる。6時になったら乗るよと言っても、なかなか引き下がらない。両替(170TL+100$=590万リアル)を手伝ってもらい、恩つけがましいことをしやがるなと思いつつ、一階のカフェで休憩。6万のココアを頼んだ。カウンターのひとは少し英語を話せるので、通訳してもらった。まだ30分しか経っていないのにもう行くぞと言ってきた。俺はまだ行かないと断固として言うと、相手も折れてくれたのはいいが、おまえのために時間を割いてやったんだチップをよこせと言ってきた。10$をせがんできたが、5$あげた。別にあげなくてもよかったと思うのだが、しつこいからあげてしまった。朝食にサンドイッチを買い、歯を磨いたり、トイレに行ったりしながら時間をつぶした。
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6:30になったのでそろそろタクシーで向かうかと思い、玄関を出るとまたしても客引きに出会う。50万でどうだというから20万って言ったら呆れられた。結局45万でトルクメニスタン大使館まで乗っけってってもらうことにした。そう考えたら、いい値段だったかもしれない。メトロに乗って歩いて大使館まで行く労力を考えたら安いくらいかも。タクシーの運ちゃんにペルシャ語を教えてもらった。大使館までの道まで人に聞いたり、GPSを駆使しながら8:15に着いた。9時開館らしく、それまで待ってろとのこと。
あたりを散策し9時前に戻ってくると、10人くらい窓口の前にいる。みなイラン人っぽい。中にはポルトガルから南米とかいって、今に至るまで車で来たという強者3人もいた。なかなか開かず、白紙と申請用紙をもらったのだが、再びしまってしまった。サイトに書いてあったとおりのことを書き記した。周りのイラン人の人に確認してもらい、写真を張ってもらいホチキスでしめてもらった。イラン人とも少し話し、めっちゃ英語の得意な人から日本の空手をやってたことがあるとかトルクメニスタンはこんなところだとアドバイスをいただいた。窓口が空いたのは11:15。かなり待たされた。 -
テヘランでは旧アメリカ大使館に行きたかったので、そこまでタクシーで行くことにした。この運ちゃんも場所がわからず、人に聞きながら、ようやくたどり着いた。30万。やや高いがいいでしょう。がんばってくれたんだし。アメリカ大使館は見どころは骸骨姿の自由の女神くらいしかなく、ちょっと拍子抜け。
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またすぐにタクシーに乗り、ハギーターミナルに到着。10万。ここで昼食を食べた。フィッシュサンド。飲み物と合わせて20万
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紙に書かれたペルシャ語は全く読めないので、バス会社の人にどのバスに乗ればいいか聞いてみた。すると、一本早いのでのれるから、乗らないかといってきた。よーわからんが、早めに乗れることにこしたことはないので、乗ることにした。13:30出発。中はカーテンですべて閉められ、席はかなり広い。悠々と座れる。7割くらいの乗客率。トルコと同じように、食べ物とか配られた。Wifiは装備してあるっぽいけど使えなかった。何もない荒野を進んでいく。着いたのは20時。
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ここでアリから連絡が来て、自宅に向かった。奥さん子供たちは実家にいるそう。なので二人きりで飯を食ったりした。家はかなり広い。アリの英語もやさしく丁寧に話してくれて助かる。これでもぎりぎりだが。
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3月7日
昨日砂漠を見に行くということになったので9:30頃家を出た。洗濯をしてもらった。ここから砂漠まで120kmあると言っていたので、札幌旭川くらいまでの道のりと同じである。アリから周辺に建っている建物や歴史について説明を受けた。さすが教師だ。わかりやすい英語で話してくれる。でも、こっちから何か話さなくてもアリが話を振ってくれるのでありがたい。途中でアリの奥さんと子供たちがいる実家に立ち寄らせてもらった。みんなとてもいい人たちばかり。ジュースをいただき、夜はここで夕食を食べるということを聞いた。 -
砂漠に着いたのは13時くらい。ご飯はどうするのかと思いきや、アリが昨日作ったイラン伝統料理のジュジュケバプと炭、コンロを持ってきて、ここで焼いて食うということだった。ちょいびっくり。
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うまく火も焚けたし、いい具合に肉が焼きあがったので、コーラと一緒に食す
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砂漠をバイクでてっぺんまで駆け上がる若者たちや家族連れの人々で人が多かった。気温は26度。砂に足を踏み入れると、靴はどうでもよくなって、中は砂でいっぱいで気持ち悪くなる。一つ目の丘に登ると絶景が広がっていた。砂の波模様、影の当たり具合、風で砂が一直線になった頂上。遠くを見渡しても荒野。大地を感じた。もう一つの丘までのぼった。そこは今日誰も登っていなく、ほとんど足跡とかも見つからず、独り占めできた。車まで戻るのはそれほど酷ではなかった。車を走らせ、戻ることになった。
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再び、奥さんホダの家へ帰って、夕食をいただいた。大豆でできた麺スープ、パン、ヨーグルト。娘のレイラには日本語を少し教えてあげた。名前を漢字で中ててみたら、とても喜んでくれた。
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3月8日
イランの休日は木金。今日は土曜日なので学校があるそうなので、ハスティーやレイラも学校だし、アリは教師なので出勤。午前中だけなので、俺は自宅でゆっくりし、午後からアリとエスファハーンを観光することにした。日記を書いたり本を読んだりしていた。ホダも自宅にいる。料理を作ったり、パソコンをいじっていた。二人きりとは中々気まずいものだ。12時過ぎにみな帰ってきて、昼食。エビの入ったカレーライスみたいなやつ。うまし。その前にアリが携帯を貸してくれて、母親に電話をかけていいよ、俺の携帯からかけると安いからと言われたのでかけてみた。びっくりしていた。レイラは宿題をやったり、ハスティーは昨日プレゼントしたシャボン玉で無邪気にあそんでいた。 -
13:30頃、家を出発し、ホダたちは昨日訪ねた母のところに今日も行くとのことで、途中まで一緒に乗っていった。ホダたちをおろし、エスファハーンに到着。車は路駐させ、歩いて数分のところに長方形のエマーム広場に入った。鳥肌がたつくらい圧倒された。外国から来た観光客はほとんどいない。イラン人の観光客もそれほどいないので、思う存分写真を撮ることができた。
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広場のくさっぱらで楽しむ家族連れやカップルが多い。天気にも恵まれた。広場の中央に貯水所がある。
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一番奥にイスラム芸術の集大成と言われるマスジェデエマームというモスクがあり、まずはそこに行ってみることにした。15万リアル。とてもつもなく壮大で緻密な芸術作品だ。いったいどのくらいの年月と人でをかけてつくりあげたのだろう。アリによると500年ほど前に作られたのだそうだ。今も変わらず人々はここで祈りをささげ続けている。
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土産物屋さんを物色しつつ、アーリーガープ宮殿に行った。10万。ここは王が音楽ホールとして使っていた。天井部分には楽器の形をした穴が空けられているが、これは余分な音を効果的に吸収させるためだそう。木で作られているようにみえるが、漆喰らしい。7階から眺めるエマーム広場は絶景である
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次にマスジェデジャーメに行った。ここも10万。似たような作りだが、日が傾き始めていい光の当たり具合をする。最後にアリがここのタイルは一番美しいと言っていた寺院に入ろうとしたが、残り5分で閉まるとのことだったので急いで入ることにした。10万。こじんまりとしたところだったのですぐに見終わり、中のドームだけ写真を撮った。確かにすばらしい。
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グランドバザールも見た。本当に迷路みたいな路地に服や雑貨、銀でできためちゃくちゃ高い装飾品が並んでいた。
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少しおなかがすいたのでファルデという乾麺をアイス状にした甘いおやつを食べた。レモンをかけるとうまく調和して美味しい。座ったところに子ウサギが気持ちよさそうに眠っていた。
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さらに奥にあるバザールにも行った来た道を戻ろうとしても道に迷ったらしく、適当に歩いていたら、なんかエマーム広場に似たところに来た。ほとんどコピーのような形。太陽はもう少しで姿を消していく。月夜に移るミナレットが美しい。ラマダーンの時は月を目印にして、断食の時間を判断していたのだそう。夜になると、エマーム広場には暖色が灯り一層幻想的にさせる。
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3月9日
この日も午前中はゆっくりして、午後から行動開始。昼食は大豆とナスの煮込み。レイラと折り紙で遊んだりしながら、2時過ぎに出発。一緒に折り紙作るの楽しいな。貝やバック、犬を作った。車に乗った時点ですでに眠気が。アリからはショウタロウは車に乗ったらいつも寝るよねって言われた。笑ってごまかした。最初は1500年前にできたといわれる岩丘に来た。上ることも可能だったが、アリの靴が適していなかったので写真だけ撮った -
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ここエスファハーンにはキリスト教者が住んでいる地区があって、博物館がある。アルメニア住人が移住してきて、ムスリムが大多数のイランにキリスト教を広めた。博物館に入ると、壮麗な絵が壁一面に描かれていた。15万リアルで入ったけど、これ見れただけで十分な価値がある。
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さらに奥には、当時の装飾品や美術品、本が展示してあった。髪に刻まれた文字、0.5mm四方くらいの世界一小さい聖書には7か国で文字が刻まれている。どの展示物もとても古いもので中にはBC500年の石があった。
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次はスィーオー橋を見に行った。ここの橋は33個の小さい橋をつなげてできていて、10年前まではいつも川には水でいっぱいだったが、今は1年のうち3か月だけしか水が流れない。今は乾いている。川が流れていたらもっときれいだろうに。橋からまた歩いて再びエマーム広場を目指した。ずっと歩いているから疲れてきた。アリは何度も疲れていないかと聞いてきてくれた。実際少し疲れているけど、ちょい我慢。
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お土産屋さんでお菓子50000リアルを買った。250円くらいか。5000って値札には書いてあるけど、日常使っているのはトマーンという単位で書いてある値段の十倍する。アリはシーシャが吸える店を探してくれたけど、見つからなかった。アリが以前行ったお店でとても良いレストランを知っていたから、そこで夕食。イランの夕食は20時頃に食べるそうで、レストランに訪れた時間は18時。なので、人はまったくいなく店員さんも準備中。羊肉とご飯を合わせたチョロケバプそういえば海外に来てから食生活が変わったため大便は大量に出るわおならはしょっちゅう出るわで、嫌だ。でもおなかが痛くなっていないのでいいか。ビール飲みてー。お会計はすべてアリが払ってくれた。
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夜のスィーオー橋
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アリの同僚の先生が日本時の俺に興味をもってくれたそうで、彼が副業でやっている小物の製造所をおとずれることになった。4人の同僚の人がいてみな6年生を持っているようで、午前中の授業が終わったら、午後はここでものを作っているんだってさ。久しぶりのアルコールをいただいた。40度のアルコール。一気飲みした。少し焼酎に似ている。日本と違ってイランではこういった人々が集い他愛もない話をしながら、楽しんで毎日を過ごしているんだなと思うと、少しなつかしととともにうらやましくなった。
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3月10日
いつも通り8時30分に起き、飯を食って午前中はゆっくり過ごした。この日はハスティーの学校はないので、一緒に居た。恥ずかしがりやなのでお母さんがいないとすっごい静か。お母さんが帰ってくると、水を得た魚のようにはじゃいでかわいらしい。昼頃にレイラ、14時くらいにアリが帰ってきて、チキンとポテトとご飯を食べた。生憎今日は雨が降っていて、外へはでられない。でもちょうど一通りエスファハーンをみれていたからよかった。午後はずっと家にいて、トルクメニスタンへの入りかたを調べたり、折り紙で遊んだりしていた。折り紙楽しいね。アリたちはまた不動産の交渉をしに行くとかで2時間ほど出て行った。ご飯を食べたのは20時くらいで、サンドイッチ。食べている途中で昨日製造所で会ったアリの友達がフットサルをしているとかで来ないかという電話が来た。まさかイランまで来て、サッカーするとは思わなかった。楽しそうだったので行ってみることに。家から車で15分のとこにある体育館で6対6でやっていた。年齢層は20前半くらいから40後半くらいまでの大人たち。 -
俺も混ぜてやってみた。超ひさしぶりにボールを触ったから、感覚をつかむのに時間がかかったけど、2ゴール。怪我しないようにと気をつかっていたから、足のほうは大丈夫だった。45分間プレーした。みなからは君がベストプレーヤーだなんて言葉が出たけど、全然動けてなかったな。終了後みなで記念撮影をした
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3月11日
朝はいつも通り8:30起き。便が大量に出る。朝ごはんのチーズ、バター、パンを食べ、荷造りをしていると、ホダが彼女の友達を連れてきた。ホダに目玉焼きを作ってもらった。昼になり、ハスティーレイラがこんにちはっと言って帰ってきた。レイラがノートに何かメッセージを書いてくれって言ったので、日本語と英語で書いた。レイラは日本語が美しいって。アリも帰ってきて、昼食。魚のフライと大豆スープ、ご飯、ポテト。うまい。皆で記念撮影した。ノウルーズ用に卵に模様を描いたものをハスティー、レイラ、ホダそれぞれ一個ずつくれた。
次の目的地マシュハドまで列車で行く。
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