2014/04/09 - 2014/04/22
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Yoshi65さん
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犬山の明治村に村民登録して、運動不足解消のため、展示されている各施設を、見てまいりましたので、写真を添えて紹介します。
明治村概要:
昭和37年(1962年)7月16日、谷口吉郎(初代館長)と
土川元夫(名古屋鉄道社長)の二人が、財団法人明治村を発足
昭和40年(1965年)3月18日、開村当時は施設物が15件であったが、
現在は67件に達している (重要文化財10件を含む)
敷地は約100万平方メートル
役割は、明治時代の建築を保存するとともに、歴史資料を収集・保存・管理する
博物館として運営
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
-
No. 1 第八高等学校正門(名古屋市瑞穂区) 建築年代:明治42年(1909年)
赤煉瓦と白御影石を積み、扉・柵に鉄材を軽やかに使ったデザインは、明治期に導入されたネオ・ルネッサンス様式である。明治42年(1909年)に建造されて以来、わが国の学校制度改革と運命を共にした由緒ある教育の門である
昭和45年(1970年)3月から明治村の正門となった -
No. 2 大井牛肉店(神戸市生田区)牛鍋
建築年代:明治20年(1887年)頃
正面は神戸の外国商館や住宅を模して2階にベランダを設け、コリント式の柱で飾った西洋風だが、玄関は戻り鶴をあしらった唐破風庇を取り付けて、日本風の趣を醸し出している和洋折衷の意匠が特徴である。 -
No. 3 三重県尋常師範学校・蔵持小学校(三重県名張市)ボランティアセンター
建築年代:明治21年(1888年)
小学校教師の育成を目的として、三重県尋常師範学校の本館として津市に建てられ、その後、昭和3年(1928年)名張市の移築されて蔵持小学校として使われた。 -
No. 4 近衛局本部付属舎(東京都千代田区)(住民登録受付)
建築年代:明治20年(1987年)
皇宮警察署庁舎として着工されたが、工事中に用途が変更され、宮城の守護と儀杖に当たる近衛局(明治22年に近衛師団に改称)の本部となったもの。 -
No. 5 赤坂離宮正門哨舎(東京都港区) 建造年代:明治41年(1908年)
哨舎とは門番が立哨している建物で、これは赤坂離宮正門両脇の内外に、離宮警備のために設けられた4基の哨舎の一つである。
赤坂離宮(現迎賓館)は、当時皇太子であった大正天皇のための東宮御所として、明治42年(1909年)に竣工した、明治を代表する洋風宮殿である。 -
No. 6 聖ヨハネ教会堂(京都市下京区)(重要文化財)
建築年代:明治40年(1907年)
設計者はアメリカ人宣教師で建築家のガーディナーである。 1階を煉瓦造り、2階を木造、屋根に軽い銅板を葺いた構造は、耐震性に配慮していると言える。 正面入口の尖頭アーチに見られるように、細部はゴシック風にデザインされている。 -
No. 7 学習院長官舎(東京都豊島区)
建築年代:明治42年(1909年)
学習院長の公邸であって、接客や実務を行う洋館と、住まいとしての和館とをつないだものである。
明治後期にはこのような和洋を折衷する形式がみられた。 -
No. 8 西郷従道邸(東京都目黒区)(重要文化財)
建築年代:明治10年(1880年)頃
西郷隆盛の弟、西郷従道が建てた住宅のうち、接客用に設けられた洋館である。
設計にはフランス人レスカスが関与していると伝えられている。
2階には、日本三景が描かれた陶板で飾った暖炉も設置されている。 -
No. 9 森鴎外・夏目漱石住宅(東京都文京区)
建築年代:明治20年(1887年)頃
この建物は、明治の文豪 森鴎外(明治23年から1年半ほど)と夏目漱石(明治36年から約3年)が時を隔てて借りた家であるが、当初は医学士 中島襄吉の新居として建てられたものである。「吾輩は猫である」はここで書かれており家の様子がよく描写されている。 -
No. 10 東京盲学校車寄(東京都文京区)
建築年代:明治43年(1910年)
自然の様々な曲線をとりいれたアールヌーボー風の装飾が施されている。
この建物のように柱、筋違いなどを表に現した構法をハーフティンバーといい、
明治末期の学校建築などに多くみられる。 -
No. 11 二重橋飾電燈(東京都千代田区) 建築年代:明治21年(1888年)
二重橋は江戸時代には、西ノ丸下乗橋(木橋)と呼ばれていた。
この下乗橋は木橋のため老朽化し、明治21年(1888年)鉄橋に架け替えられた。
その後、さらに昭和39年(1964年)この鉄橋は、昭和宮殿の建設にあたり、
鉄橋と飾電燈と共に更新された。 -
No. 12 鉄道局新橋工場(東京都品川区)、 明治神社もある
この中に、明治天皇・昭憲皇太后御料車(鉄道記念物)がある
建築年代:明治22年(1889年)
東京新橋駅構内に鉄道の木工場として建てられた。大正8年(1919年)に大井工場に移築され、第二旋盤職場として昭和41年(1966年)まで使用された。 -
No. 13 三重県庁舎(三重県津市)(重要文化財)常設展示:明治の時計
この中で、明治のくらしよろず体験が出来る
建築年代:明治12年(1879年)
県令(現在の知事)岩村定高の発案による洋風の庁舎である。
昭和39年(1964年)まで使用された。 -
No. 14 千早赤坂小学校講堂(大阪府南河内郡千早赤坂村)常設展示:立体写真館
建築年代:明治30年(1897年)
1階を雨天体操場、2階を講堂として使用していた。
当初は大阪市北区大工町の堀川尋常小学校にあったもので、昭和4年(1929年)に南河内郡の赤坂尋常小学校に移された。 -
No. 15 第四高等学校物理科学教室(石川県金沢市)
建築年代:明治23年(1890年)
近代化を進める明治政府は、自然科学教育に重きをおき、このような実験ができる教卓を備えた教場を建設した。 屋根に出ている煙突は、煙や有毒ガスの発生する実験を行うためのドラフトチャンバーと言う小室の換気装置である。 -
No. 16 東山梨群役所(山梨県山梨市)(重要文化財)明治村村長室
建築年代:明治18年(1885年)
左右対称形や正面を廻るベランダは、当時の官庁建築の典型な特徴である。
正面の列柱は洋風のフルーティング(溝彫り)を模し、壁面の出隅は煉瓦造りや
石造りの建築に良くみられる隅石積を漆喰で模している。 -
No. 17 清水医院(長野県木曽郡大桑村)
建築年代:明治30年(1900年)
中山道木曽の須原に生まれた清水半次郎が、東京で医学を学んだ後に、故郷に戻って開業した医院である。 日本古来の土蔵造りに、アーチ型の入口や窓など洋風のデザインを組み合わせており、宿場町須原では目立つ建物であったと考えられる。 -
No. 18 東松家住宅(名古屋市中村区)(重要文化財)
建築年代:明治34年(1901年)
東松家は明治20年代後半まで油屋を生業とし、その後昭和の初めまで堀川貯蓄銀行を営んでいた。 明治34年に3階以上を増築。 -
No. 19 京都中井酒造(京都市中京区)京甘味所なか井茶寮
建築年代:明治3年(1870年)
京都御所近くにあった造り酒屋。 狭い間口に比べて奥に長い建築は町屋と呼ばれる商店建築で、通りの土間の片側が座敷など住まいの部分、他方が吹き抜けの作業場となっている。 -
No. 20 安田銀行会津支店(福島県会津若松市)明治体験処ハイカラ衣装館
建築年代:明治40年(1907年)
黒い漆喰で塗られた土蔵造りは、日本の伝統的な造りで火災に強い特徴がある。
建物内に廻らされたカウンター、その上の溝彫りされた円柱、明るい吹き抜けなど、要所に洋式の手法が取り入れられている。 -
No. 21 札幌電話交換局(札幌市大通)(重要文化財)
建築年代:明治31年(1898年)
明治23年(1890年)に東京−横浜間で始まった電話交換業務が、北海道で行われるようになったのは、明治33年(1900年)のことであった。 これに合わせて、高価な交換機を火災から守るために、札幌近郊の石材を用いて建てられた。 -
No. 22 欠番
No. 23 京都七条巡査派出所(京都市下京区)市電京都七條駅
建築年代:明治45年(1912年)
京都駅近くの西本願寺・龍谷大学の入口角にあった交番。
木骨造りで内部は漆喰塗り、外部は煉瓦タイルとモルタル洗い出し仕上げ。 -
No. 24 京都市電
製造年代:明治43〜44年(1910〜1911年)梅鉢鉄工所製
日本最初の市街電車が、京都の街を走ったのは明治28年(1895年)2月1日。
現在明治村を走っている京都市電は、昭和36年(1961年)に廃線となった北野線を走っていたもの。 -
No. 25 北里研究所本館医学館(東京都港区)
常設展示:北里柴三郎記念館、結核との闘いの歴史
建築年代:大正4年(1915年)
ドイツでロベルト・コッホに師事し、細菌学を研究した北里柴三郎博士が伝染病の研究所として創立したもの。 ドイツ・バロック風を基調としている。 -
No. 26 幸田露伴住宅「蝸牛庵」(東京都黒田区)
建築年代:明治初年(1868年)
隅田川東岸の向島寺島町にあった酒類商甲州屋(雨宮家)の別棟であった。
露伴はやどかりのように幾度となく住まいを変えたため、自宅を「かたつむりの家(蝸牛庵)」と呼んだ。 また、次女の女流作家幸田文はこの家で生まれた。 -
No. 27 西園寺公望別邸「座漁荘」(静岡県清水市)
建築年代:大正9年(1920年)
この建物は駿河湾の興津の海岸に建てられた別荘である。
「座漁荘」の名には、”のんびり座って魚を釣って過ごす”と言う意味が込められている。
公望はフランスに10年間留学した後、明治、大正、昭和と平民主義を貫いた政治家である。 -
No. 28 茶室「亦楽庵」(京都市北区)
建築年代:明治10年(1877年)頃
この建物は京都の医者で漢学者であり、また茶人でもあった福井恒斉が、自宅の庭に建てたものと伝えられている。
千利休の孫に当たる千宗旦が造った、裏千家の茶室「又隠」を模したといわれている。 -
No. 29 品川燈台(東京都港区)(重要文化財)
建築年代:明治3年(1870年)
品川燈台は観音崎、野島崎につぎ明治3年に点燈された洋式燈台である。
フランス人技師ウェルニーによって設計され、レンズや金属部をフランスから輸入したため、風見の西はフランス語(OUEST)の頭文字をとって”O”で表されている。 -
No. 30 菅島燈台附属官舎(三重県鳥羽市)(重要文化財)常設展示:明治の燈台
建築年代:明治6年(1873年)
燈台の灯りを管理する係員の住宅。
官舎はお雇い外国人のイギリス人技術者ブラントンの指導により建設されたもので、イギリス流のレンガ造りであるが、正面にベランダを造る形は、東南アジアの植民地風でもある。 -
No. 31 長崎居留地二十五番館(長崎県長崎市)常設展示:明治の厠(トイレ)
建築年代:明治22年(1889年)
安政6年(1859年)に開港した長崎では、大浦を中心に東山手、南山手の居留地(外国人が居住を許可された地域)が設けられ、この住宅は南山手に建てられた。
創建時には三菱長崎造船所マネージャーのスコットランド人コルダーが住んでいた。 -
No. 32 神戸山手西洋人住居(神戸市生田区)
建築年代:明治20年(1890年)頃
母屋と別棟を組み合わせた構成は、神戸洋館の典型とされる。
別棟の室内は日本間で、窓の一部が和風になっているが、全体は洋風にまとめられ、その一階部分は使用人の住居とされた。 -
No. 33 宗教大学車寄(東京都豊島区)
建築年代:明治41年(1908年)
東京郊外の巣鴨に新築された宗教大学本館の正面に設けられた。
車寄の高さが6.9mにもなることから、本館が壮大な建築であったことがうかがえる。 -
No. 34 第四高等学校武術道場「無声堂」(石川県金沢市)
建築年代:明治6年(1917年)
「無声堂」は柔道、剣道、弓道の3つの道場からなっている。 一見伝統的な造りに見える建物だが、柔道場の床の弾力を高めるためスプリングを入れ、剣道場の反響を良くする目的で床下に溝が掘られ、また弓道場の的場では全面開放が可能である。 -
No. 35 日本赤十字社中央病院病棟(東京都渋谷区)
建築年代:明治23年(1890年)
我が国が明治19年(1886年)に万国赤十字条約に加盟した際、皇室から賜った御料地に建てられた大規模病院である。
西洋の病院にならった分棟式で、9棟の病棟が中庭を囲んで配置された。 -
No. 36 歩兵第六聯隊兵舎(名古屋市中区)矢場・射的・暗夜回廊、和雑貨楽
建築年代:明治6年(1873年)
歩兵第六聯隊は、名古屋に置かれていた東京鎮台第三分営という部隊が、明治6年(1973年)に名古屋鎮台に昇格した時に新しく編成された部隊である。
名古屋城跡に兵営が設置され、営庭を取り囲むように兵舎が配置された。 -
No. 37 名古屋衛戍病院(名古屋市中区)(愛知県有形文化財)
建築年代:明治11年(1878年)
分棟式という洋式大病院の典型的形式をとっており、6棟の病棟が管理診療棟と渡り廊下で結ばれていた。 -
No. 38 シアトル日系福音協会(アメリカ・ワシントン州シアトル市)
建築年代:明治40年(1970年)頃
シアトルの新興住宅地に建てられたアメリカ人の住まいであった。
その後、日系移民の住居となり、第二次世界大戦後には日系一世が、礼拝や移住当時の苦難を語り合う福音教会として使われた。 -
No. 39 ブラジル移民住宅(ブラジル・サンパウロ州レジストロ市)
建築年代:明治8年(1919年)
長野県出身の久保田安雄氏の入植住宅である。 屋根には地元産のスペイン瓦を葺き、2階にはベランダが取り付けられ素朴なスパニッシュ様式となっているが、日本人大工の手が加えられているため、木材の組み立て方に和風の工法が混入している。 -
No. 40 ハワイ移民集会所(アメリカ・ハワイ州ヒロ市)
建築年代:明治22年(1889年)
ハワイ島へ移住した日本人が教会堂として用い、その後、集会所として利用したものである。
建物周囲が湿地であったため、高床となり、また入口が橋のように作られている。
構造は2X4の前のバルーン・フレームという構法である。 -
No. 41 六郷川鉄橋(東京都蒲田・神奈川県川崎間)
建築年代:明治10年(1877年)
日本初の複線用鉄橋である。(昔は全て木橋であった。)
錬鉄製トラス6連からなる本橋は、全長が約500mであった。 -
No. 42 尾西鉄道蒸気機関車1号
製造年代:明治30年(1897年)
西尾鉄道が開業するにあたって、アメリカのブルックス社(Brocks Locomotive Works)から購入し、現在の名古屋鉄道尾西線を中心に走った一号機です。 -
No. 43 蒸気機関車12号・三等客車
製造年代:明治7年(1874年)イギリス シャープ・スチュワート社製
日本で最初に開業した新橋−横浜間を走った機関車の中の1機です。
動態展示されているものの中では日本最古の蒸気機関車です。 -
No. 44 鉄道寮新橋工場(機械館)(東京都品川区)
この中に、リング精紡機(重要文化財)、菊花御紋章付平削盤(重要文化財)がある
建築年代:明治5年(1872年)
日本で初めて鉄道が走った新橋−横浜間の起点、新橋停車場に機関車修復所として建てられた。 -
No. 45 工部省品川硝子製造所(東京都品川区)常設展示:ガラス絵ギャラリー
この中に、品川硝子ショップ、デンキブラン汐留バーがある
建築年代:明治10年(1877年)頃
ガラス工場施設の一部で、当時は大きな窯場や倉庫が隣接していた。 -
No. 46 宇治山田郵便局舎(三重県伊勢市)(重要文化財)
この中に、明治村簡易郵便局(はあとふるレター受付)がある
建築年代:明治42年(1909年)
この庁舎は伊勢神宮外宮前の神域正面角地に新築された。
L字型平面の角が入口で、公衆溜りと呼ばれる円形のホールとなっている。 -
No. 47 本郷喜之床(東京都文京区)
建築年代:明治末年(1910年)頃
明治後期から大正初期にかけての商家の形式である。
店の正面をガラス張りにしているのは当時の新しいスタイルである。
この建物の2階2間を間借りして、家族と生活していたのが、歌人石川啄木である。 -
No. 48 小泉八雲避暑の家(静岡県焼津市)駄菓子屋八雲
建築年代:明治初年(1870年)
小泉八雲(1850〜1904)は元の名をラブガディオ・ハーンと言う。
明治23年に来日し、英語教師として各地に赴任した。 明治29年に日本に帰化し、同年東京帝国大学に招かれ教鞭をとるようになると、毎年夏を焼津で過ごすようになった。 -
No. 49 呉服座(大阪府池田市)(重要文化財)
建築年代:明治25年(1892年)
当初は戎神社付近(現在の池田市)にあったところから戎座と言う名であった。
呉服座と呼ばれるようになったのは、明治25年(1892年)に猪名川の川岸に移築されてからである。 -
No. 50 半田東湯(愛知県半田市)天然水足湯
建築年代:明治43年(1910年)頃
1階奥の浴室に置かれた浴槽は、男湯と女湯がつながっており、目隠しだけで仕切られている。 銭湯は江戸時代以来、地域の社交場として欠かせない存在であって、湯上りの常連客などは、二階に上がって雑談に時を過ごした。 -
NO. 51 聖ザビエル天主堂(京都市中央区)
建築年代:明治23年(1890年)
日本にキリスト教を伝えたイエズス会宣教師、フランシスコ・ザビエルを記念して、建設されたカトリックの教会堂である。 内部は身廊、側廊のある三廊式で、大アーゲード、トリフォリウム、丸窓のあるクリアストーリーの三層で構成されたゴシック様式である。 -
No. 52 金沢監獄正門(石川県金沢市)
建築年代:明治40年(1907年)
煉瓦と石で造られた重圧感のあるデザインで、監獄の門という特殊な用途のため、外側と内側の装飾の差が著しい。 外は凹凸が多く、内は足がかりとなる装飾は一切ない。 -
No. 53 小那沙美島燈台(広島県佐伯郡沖美町)
建造年代:明治37年(1904年)
大小の島が浮かぶ瀬戸内海は、巨大な燈台を設置しても燈台の役割を十分に果たすことが出来ないので、このような小さい燈台が数多くたてられた。
窓枠には真鍮が用いられ、燈火は回転ではなく、不動の白色であった。 -
No. 54 天童眼鏡橋(山形県天童市)
建造年代:明治20年(1887年)
現在の天童市内、旧国道が倉津川を渡るところに架けられた「多嘉橋」である。
この橋は石造アーチ橋の典型であり、半円が水面に映じて真円となる姿から眼鏡橋と呼ばれた。 -
No. 55 隅田川新大橋(東京都中央区)
建造年代:明治45年(1912年)
隅田川に架けられた吾妻橋・厩橋・両国橋・永代橋と共に明治五大鉄橋と呼ばれた。
新大橋は高欄の装飾に見られるように曲線を多用したアールヌーボー風意匠を特徴としている。 -
No. 56 大明寺聖パウロ教会堂(長崎県西彼杵群伊王島)
建築年代:明治12年(1879年)
日本でキリスト教が許されてから最も早くに建設された教会堂の一つである。
正面の鐘楼と入口の土間は、昭和20年代に信者の浄財を元に増築されたものである。 -
No. 57 川崎銀行本店(東京都中央区)常設展示:明治の銀行建築ギャラリー
建築年代:昭和2年(1927年)
東京日本橋にあった川崎銀行本店の正面左角の外壁部分を復原したものである。
ルネッサンス様式を基調としており、当時の銀行建築の代表的な建物であった。 -
No. 58 皇居正門石橋飾電燈(東京都千代田区)
建造年代:明治20年(1893年)頃
皇居正面前の石橋の高欄の親柱上に設置されたものである。
橋の両側に3基ずつ、計6基建てられていた。獅子頭と旭日をあしらい、脚に獅子の足を取り込んだ飾電燈下部の姿は、近代以前のバロックのデザインである。 -
No. 59 内閣文庫(東京都千代田区)常設展示:世界のミニチュア建築
建築年代:明治44年(1911年)
明治政府が中央図書館として建てた、内閣文庫庁舎の主屋部分である。
江戸幕府から引き継いだ古文書に加え、各地の古文書や海外の書籍が買い足され、蔵書の内容は充実していた。 -
No. 60 東京駅警備巡査派出所(東京都千代田区)
建築年代:大正3年(1914年)
東京駅丸の内側の駅前広場に建てられた交番である。
煉瓦、白い帯、玄関上のアーチ形の庇、ドーム等は駅舎のデザインを写したものである。 -
No. 61 前橋監獄雑居房(群馬県前橋市)
建築年代:明治21年(1888年)
この建物は看守所を中心にして、十字放射型に配された監房棟の一部分である。
雑居房は江戸時代の牢獄の形式に近く、一室に多人数収容していた。
排便施設も取り込まれたいるため、衛生面を重視して吹きさらしにされている。 -
No. 62 金沢監獄中央看守所・監房(石川県金沢市)常設展示:明治の監獄体験
建築年代:明治40年(1907年)
八角形の看守所を中心に、5つの監房棟が放射状に並ぶ洋式の配置である。 -
No. 63 宮津裁判所法廷(京都府宮津市)
建築年代:明治19年(1886年)
裁判所全体は左右対称の厳格な構造のH型であり、その右翼部分が明治村に移築された。 -
No. 64 菊の世酒蔵(愛知県刈谷市)梅園
建築年代:明治初年(1868年)
もとは愛知県碧南市で穀物蔵として使用されたもので、明治28年(1895年)に刈谷市に移築されて、「菊の世 廣瀬酒造」の仕込蔵として使用された。 -
No. 65 高田小熊写真館(新潟県上越市)
建築年代:明治41年(1908年)
1階には応接室、暗室のほかに住まいがあり、2階に写場(スタジオ)が設けられている。
当時は人口照明がなかったため、外光を取り入れる必要があり、やわらかい均一な光の入る北側をガラス屋根にしている。 -
No. 66 名鉄岩倉変電所(愛知県岩倉市)
建築年代:明治45年(1912年)
名古屋電気鉄道(現在の名古屋鉄道)犬山線の変電所として、岩倉駅構内に建てられた。
岩倉変電所の背面は、半円アーチ、円弧アーチ、柱型やくぼみなど、様々な幾何学模様の装飾が特徴である。 -
No. 67 帝国ホテル中央玄関(東京都千代田区)喫茶室・売店
建築年代:大正12年(1923年)アメリカの著名な建築家フランク・ロイド・ライトが設計した国際的な一流のホテルである。 建物内外は幾何学模様に彫刻された大谷石や、櫛目を入れた煉瓦で装飾されている。 帝国ホテルのお披露目当日(大正12年9月1日)関東大震災が発生したが、周囲の建物が倒壊炎上した中で、この建物の被害は少なかった。 -
No. 68 柴川又右衛門邸(兵庫県西宮市)
建築年代:明治44年(1911年)
明治29年(1896年)に開設した甲東農園内に、週末を過ごすための別荘として、当時京都高等工芸学校で教鞭を執っていた、武田五一の設計により建てられたものである。
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