2014/02/07 - 2014/02/07
142位(同エリア233件中)
たかぎさん
司馬遼太郎さんが亡くなられてもう20年近い年月が流れました
ご自宅横に造られた記念館にはぜひ訪れようと思っていたのですが、なかなか機会に恵まれませんでした
今回ようやく訪問することが叶いました
奇しくも訪問出来たのが2月7日
2月12日の菜の花忌に併せてアップさせていただきます
表紙は絶筆となった街道をゆくが連載されていた当時の週刊朝日
少し見えますが左側にその時読んだ際の付箋が何枚も付いています
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
近鉄八戸ノ里で下車、東大阪市になります、合併前は布施市
東大阪市を訪れるのは初めてです
司馬さんのエッセイでは小さな町工場の多い空気のそんなに良くない雑多な町
そんな書き方をされておられたように思うのですが、普通の少し郊外の街でした -
駅で「司馬遼太郎記念館へ行きたいのですが…」、と尋ねると駅員さんが専用の地図を渡して下さりました
そして歩道にはこのように道順が -
府立布施高校のフェンスネットにも道順
-
布施高校に沿って南側を歩きます
ブロック塀の下にはまだ花は咲いていませんが菜の花のプランター -
ここを左折のようです
後ろに映る街路灯もシックなもので司馬さんの言われる喧騒な町とは思えません
意地悪く考えれば順番が逆で、しきりに司馬さんがそう書くのでこのように整備をしていったのかもしれません -
到着しました
のんびり歩いて約10分、さっさと歩けば7、8分で着きます
司馬さんエッセイにある東隣の田んぼが木造2階建て24戸のアパート(歴史の世界から、願望の風景)、となっていますが、現在は普通の民家ですね -
司馬さんの字から作成された表札
下に映る菜の花の鉢植えには個人の方の名前が出ています
これについてはあとで -
司馬さんエッセイからこじんまりとした居宅をイメージしていたのですが、敷地全体で数百坪はありますね
-
「自然そのままにしてくれ」
そんな司馬さんの言葉通りの庭
里山に足を踏み入れたような感覚です -
「執筆に疲れた時にはぼんやりと庭を眺める」
そう書かれた庭からサンルームとその奥にある書斎が見えてきました -
書斎、サンルーム前には菜の花がいっぱい
-
左手側が少し拓けて椅子が置かれ公園風になってます
-
すると正面に記念館が現れました
樹々で隠れていたのがどん、と出現する
そんなイメージでした -
建物はアールにデザインされ建築されています
それに沿って歩みを進めていくと入り口があり、入館してから地下に降りていく構造になります
地下と言っても吹き抜けで上から自然光が差し込んでおり、目立つ場所に『二十一世紀に生きる君たちへ』の全文が掲示されています
司馬さん作品で人気があるのは『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』なんですが、私自身は『翔ぶが如く』『菜の花の沖』そしてたった数ページしかないこの『二十一世紀に生きる君たちへ』です
「書き終わって」で始まる最後の1行が特に好きで、館内掲示でそこまで読んだ時に目頭が熱くなりました
http://www.midorii-clinic.jp/images/index/season110905_12.pdf
記念館内部は撮影禁止
展示品の数々、ホールで上映された2つのビデオ
いつの間にか3時間近くを館内で過ごしていました -
出口の売店で買ったもの
これが鉢植えに繋がるようです -
記念館の裏側には記念碑が
-
窓越しにちょっとサンルームと書斎を覗いてみましょう
-
チェアにはサムソナイト鞄の紐でふわりとした敷物を固定していました
ここに座って庭の樹々を眺めていたんでしょうね -
奥の書斎にはされていたメガネが机の上にあり、また廻りの本棚や机の上には絶筆となった街道をゆくの濃尾参州記の資料がそのままとなって保存されています
-
記念館を出て時計回りに建物の周囲を歩くとこの道案内がありました
-
この旅日記の表紙にした平成8年3月1日号の週刊朝日の中から
このことばを二十一世紀を生きる君たちの一人である私たちは、もう一度よく考え直さないといけない時にあるように思われます
了
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