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うちの実家がある大阪府南河内郡太子町界隈は「近つ飛鳥」とよばれ、奈良県明日香村と同じく古墳が点在しています。<br />近つ飛鳥の谷(ここには日本最初の官道である竹内街道が通っています。)には聖徳太子、推古天皇(33代)、用明天皇(31代 聖徳太子の父)、敏達天皇(30代)、孝徳天皇(36代)のご陵墓やその他古墳もあり王家の谷または王陵の谷と呼ばれています。<br />聖徳太子の御陵がある叡福寺から歩き始めて太子町内をうろうろします。<br /><br />それにしてもこの辺りも含めて奈良京都大坂というのは歴史の宝庫です。<br />昔日本史で習った日本の古代史をもう一度勉強したくなりました。<br />

近つ飛鳥の王家の谷日本版を早朝お散歩

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2014/01/03 - 2014/01/03

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みなみん

みなみんさん

うちの実家がある大阪府南河内郡太子町界隈は「近つ飛鳥」とよばれ、奈良県明日香村と同じく古墳が点在しています。
近つ飛鳥の谷(ここには日本最初の官道である竹内街道が通っています。)には聖徳太子、推古天皇(33代)、用明天皇(31代 聖徳太子の父)、敏達天皇(30代)、孝徳天皇(36代)のご陵墓やその他古墳もあり王家の谷または王陵の谷と呼ばれています。
聖徳太子の御陵がある叡福寺から歩き始めて太子町内をうろうろします。

それにしてもこの辺りも含めて奈良京都大坂というのは歴史の宝庫です。
昔日本史で習った日本の古代史をもう一度勉強したくなりました。

旅行の満足度
5.0
  • お天気も良いので朝飯前のお散歩開始です。まずは叡福寺から。聖徳太子の御陵があるお寺です。お正月三日の8時前ですがまだ誰も来ていません。

    イチオシ

    お天気も良いので朝飯前のお散歩開始です。まずは叡福寺から。聖徳太子の御陵があるお寺です。お正月三日の8時前ですがまだ誰も来ていません。

  • 叡福寺は大きい境内のあるお寺さんで多宝塔とかもありますが、普通のお寺さんと違うのは境内の最奥に古墳があることです。この階段の上に聖徳太子陵墓とされる古墳があります。

    叡福寺は大きい境内のあるお寺さんで多宝塔とかもありますが、普通のお寺さんと違うのは境内の最奥に古墳があることです。この階段の上に聖徳太子陵墓とされる古墳があります。

  • 聖徳太子の存在自体が確定されていないのですが、こんなに立派な古墳がある訳でしてやはり相応の立派な身分の方がお祀りされていることは確定的です。聖徳太子は遣隋使(小野妹子とされますが)に信書を持たせ、その内容が「日出ずる処の」で始まるもので隋の煬帝を激怒させたというものですが、聖徳太子という人がいなくてもそれなりの人が居たことは確かな訳で、その人がここに眠っておられるということでしょう。玄室への入り口には純和風の立派な建物があります。もちろん門の扉には菊の御紋があります。

    聖徳太子の存在自体が確定されていないのですが、こんなに立派な古墳がある訳でしてやはり相応の立派な身分の方がお祀りされていることは確定的です。聖徳太子は遣隋使(小野妹子とされますが)に信書を持たせ、その内容が「日出ずる処の」で始まるもので隋の煬帝を激怒させたというものですが、聖徳太子という人がいなくてもそれなりの人が居たことは確かな訳で、その人がここに眠っておられるということでしょう。玄室への入り口には純和風の立派な建物があります。もちろん門の扉には菊の御紋があります。

  • この聖徳太子の御陵とされる古墳は円墳で山の斜面を一部削るような形になっており、ぐるっと一周できます。

    この聖徳太子の御陵とされる古墳は円墳で山の斜面を一部削るような形になっており、ぐるっと一周できます。

  • 古墳の周りにはビシッと石柱が取り囲んでいます。この古墳は宮内庁によって管理されており、囲いがあって中には入れないようになっています。

    古墳の周りにはビシッと石柱が取り囲んでいます。この古墳は宮内庁によって管理されており、囲いがあって中には入れないようになっています。

  • 叡福寺の境内です。まだ誰もいません。

    叡福寺の境内です。まだ誰もいません。

  • 叡福寺正門から道路を挟んだ反対側に「西方院」があります。このお寺は聖徳太子の乳母であったという三人の女性(蘇我馬子の娘、物部守屋の娘、小野妹子の娘)が聖徳太子没後尼となって聖徳太子の冥福を祈ったとのことです。蘇我氏と物部氏の娘が一緒とは。蘇我氏と物部氏とは仏教伝来時に仏に帰依するか否かで争い、物部氏が滅亡しているのですが、ここでは娘が仲良く聖徳太子に祈りを捧げていたとは。

    叡福寺正門から道路を挟んだ反対側に「西方院」があります。このお寺は聖徳太子の乳母であったという三人の女性(蘇我馬子の娘、物部守屋の娘、小野妹子の娘)が聖徳太子没後尼となって聖徳太子の冥福を祈ったとのことです。蘇我氏と物部氏の娘が一緒とは。蘇我氏と物部氏とは仏教伝来時に仏に帰依するか否かで争い、物部氏が滅亡しているのですが、ここでは娘が仲良く聖徳太子に祈りを捧げていたとは。

  • 西方院の門前から東に集落の中を通っていると途中で個人のお宅の庭に由緒のありそうな石塔があります。説明板もあって、これは蘇我馬子の塚、または小野妹子の塚という伝説が有るらしいです。この王家の谷日本版は蘇我氏に関係があるというのは当然のこと、蘇我馬子と聖徳太子は手を組んで仏教を広めようとしていたんですね。<br />小野妹子の墓はこの東の山手にあります。

    西方院の門前から東に集落の中を通っていると途中で個人のお宅の庭に由緒のありそうな石塔があります。説明板もあって、これは蘇我馬子の塚、または小野妹子の塚という伝説が有るらしいです。この王家の谷日本版は蘇我氏に関係があるというのは当然のこと、蘇我馬子と聖徳太子は手を組んで仏教を広めようとしていたんですね。
    小野妹子の墓はこの東の山手にあります。

  • さらに東に歩くと推古天皇陵があります。立派な御陵です。我が国最初の女帝が推古天皇で、その摂政が聖徳太子であります。

    さらに東に歩くと推古天皇陵があります。立派な御陵です。我が国最初の女帝が推古天皇で、その摂政が聖徳太子であります。

  • 推古天皇陵から田んぼの中を進むと二子塚古墳です。振り返ると田んぼの中に大きい推古天皇陵が見えてます。やはりかなり大きい古墳ですね。

    推古天皇陵から田んぼの中を進むと二子塚古墳です。振り返ると田んぼの中に大きい推古天皇陵が見えてます。やはりかなり大きい古墳ですね。

  • さて、その二子塚古墳ですが天皇陵とされる古墳と比べて管理がされておらず古墳の上に登れます。ここは2つの方墳が合体しており、ピークが2つあります。

    さて、その二子塚古墳ですが天皇陵とされる古墳と比べて管理がされておらず古墳の上に登れます。ここは2つの方墳が合体しており、ピークが2つあります。

  • 片方の古墳では玄室の中が丸見え、少々狭い空間です。<br />地元ではこの二子塚古墳が推古天皇陵とされているそうで、もう一つの古墳は推古天皇のお子さんである竹田皇子であるとのこと。

    片方の古墳では玄室の中が丸見え、少々狭い空間です。
    地元ではこの二子塚古墳が推古天皇陵とされているそうで、もう一つの古墳は推古天皇のお子さんである竹田皇子であるとのこと。

  • 二子塚古墳ですが畑の中にある小高い塚という感じです。この辺りにはこのような小さい塚がたくさんあるようです。

    二子塚古墳ですが畑の中にある小高い塚という感じです。この辺りにはこのような小さい塚がたくさんあるようです。

  • 少し山側に行くと小野妹子墓とされる塚があります。小高い丘の上にあり、階段が続いています。小野妹子は聖徳太子をお祀りする際に朝夕花を活けたということでこれが活花の始めとなり池坊さんから道祖という称号を受けておられます。

    少し山側に行くと小野妹子墓とされる塚があります。小高い丘の上にあり、階段が続いています。小野妹子は聖徳太子をお祀りする際に朝夕花を活けたということでこれが活花の始めとなり池坊さんから道祖という称号を受けておられます。

  • 小野妹子墓も小高い塚となっており古墳です。

    小野妹子墓も小高い塚となっており古墳です。

  • 小野妹子墓のある丘の麓には科長神社(しながじんじゃ)があります。<br />結構大きい神社です。

    小野妹子墓のある丘の麓には科長神社(しながじんじゃ)があります。
    結構大きい神社です。

  • 村落の中の坂を下って帰途につきます。途中用明天皇陵に寄ります。大きい陵墓できっちり管理されております。

    村落の中の坂を下って帰途につきます。途中用明天皇陵に寄ります。大きい陵墓できっちり管理されております。

  • 聖徳太子のお父さんの陵墓で、聖徳太子の御陵のすぐ近くにあります。<br />この周辺は都市化の波が押し寄せてきており、新興住宅地が御陵のすぐそばまで建てこんできております。<br />ということでこの辺りの陵墓をめぐってみて、やはり聖徳太子に縁のある方々が中心となってこの王家の谷に葬られておりました。

    聖徳太子のお父さんの陵墓で、聖徳太子の御陵のすぐ近くにあります。
    この周辺は都市化の波が押し寄せてきており、新興住宅地が御陵のすぐそばまで建てこんできております。
    ということでこの辺りの陵墓をめぐってみて、やはり聖徳太子に縁のある方々が中心となってこの王家の谷に葬られておりました。

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