2013/10/12 - 2013/10/12
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tsunetaさん
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10月12日、堀川用水、朝倉三連水車に立ち寄った後、本日のメインの訪問地である秋月城下町へ行った。
午後0時過ぎに到着して、先ずは秋月城跡を目指した。 駐車場より歩き、野鳥橋を渡って桜の名所・杉の馬場を約500m歩いた。 秋月城跡、長屋門、黒門等は歴史を感じる素晴らしいたたずまいをしていた。黒門より垂裕神社へ上がって行ったが紅葉の時期は素晴らしいと思われた。 この後、黒田家菩提寺である古心寺を訪ねた。
*写真は黒門
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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初めての訪問であるが先ずは秋月城跡を訪問する。
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桜の名所・杉の馬場の通り
ここから城跡まで約500mを歩く -
野鳥橋を渡る
野鳥川が流れていた -
野鳥橋を渡る
野鳥川が流れていた -
秋月城下町の案内図
分かりにくい -
秋月郷土館入り口
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ここに郷土美術館や戸波半九郎屋敷跡がある。
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杉の馬場の通りには色々な土産物、茶店がある。
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我が国種痘発祥の地があった。 下記は説明文による
1980年世界保健機構が天然痘の終息宣言をした後、現在まで天然痘に罹患する人は皆無といっても差し支えありません。、古代エジプトでは「ラムセス五世」が天然痘で死亡していたことが明らかにされています。
「緒方春朔」(1748〜1810年)は、1798年エドワード・ジェンナーが天然痘ワクチンを開発する6年前に我が国で初めて人痘種痘方を開発した種痘の始祖とも言える人で、秋月が発祥の地とされています。
「緒方春朔」の偉業を称え、平成16年に黒門茶屋横に種痘発祥の地、秋月の碑が建立されています。「緒方春朔」は秋月の長生寺に眠っています。 -
旧藩主黒田家御祈願所
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日照院の案内
藩主黒田家の祈祷寺として不動明王を始め虚空菩薩像が安置されている。 -
秋月付近の山とコスモスの花
のどかである -
草木染め店と黒田官兵衛の幟
黒田官兵衛のゆかりの地であることをしめす。 -
県指定史跡 秋月城跡
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瓦坂
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県指定史跡 秋月城跡と瓦坂
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秋月城跡に秋月中学校がある
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秋月城跡の濠
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秋月の歴史に着いて
原田種雄 1203年〜385年間 16代続いた
黒田長興 黒田長政の死後、三男の長興より廃藩置県迄12代 246年間 続いた。 -
秋月城 長屋門
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県指定有形文化財 長屋門
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県指定有形文化財 長屋門
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長屋門付近の風景
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黒田家職制
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秋月城本門 (黒門)
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県指定有形文化財
秋月城本門 (黒門) -
黒門
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秋月城下町・・・説明文による
秋月は元和9年(1623)に黒田長興を藩主とする秋月藩の城下町として成立し、江戸時代を通じて城下町として繁栄した。近世城下町としての町割が原型となっており、現在も街路構成、屋敷地の地割、水路網などの基本的構造がよく保持されている。また近世から近代にかけての武家屋敷や町家及び寺社建築等が残り、城下町らしい歴史的風致をよく伝えている。 -
秋月重要伝統的建造物群保存地区の図
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黒門をくぐって階段を上って行く
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急な階段が続く
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垂裕神社があった。
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垂裕神社の由来記
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垂裕神社
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垂裕神社
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垂裕神社
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垂裕神社
藩祖 黒田長興を祀る -
秋月城跡より駐車場に戻って行く
杉の馬場の通り -
途中に柿の実がなっているのが見られた
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杉の馬場の通りに着物姿の人たちが通る
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杉の馬場の通り
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秋月美術館は閉まっていた
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次いでに黒田家の菩提寺である古心寺へ
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古心寺の由来
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丁度、ホトトギスの花が咲いているのが見られた
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ホトトギスの花
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この中に黒田家代々の廟所がある
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黒田家ゆかりの墓所の境内 - 中央が長政公の墓
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長興公の墓
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