1984/01/25 - 1986/03/30
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falanさん
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2008年のアイゼンヒュッテンシュタット訪問記に載せなかった1980年代の現地の写真を中心とした番外編です。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 航空会社
- JAL ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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1984年1月に着任、2月に着工。EKO内の現場事務所の前で記念撮影。
事務所のすぐ前に酸洗塔の排気口があって、しじゅう真っ赤な粉塵が噴き出していて、風向きによっては辺り一帯が赤い煙に包まれます。
事務所のなかまで侵入してきますし、工場まで歩くあいだもそれを吸い込むので、環境がよいとは言えませんでした。 -
社会人1年生
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アイゼンヒュッテンシュタットの市街地図です。
私たちの宿舎のAWH3は地図の中央の緑の天辺と運河が交わるところにあります。 -
2008年に撮ったAWH3の写真です。当時と変わっていません。
建設工事には日本人のほか、下請けのユーゴスラビア人作業員も大勢加わっていました。最初は4,50人、多いときは100人ほどいたはずです。彼らもこの宿舎で暮らしていました。
壁の崩壊後、ユーゴスラビアでは内戦が勃発。いっしょに働いていた彼らも敵と味方に分かれて戦っているのだろうと思って、胸が痛みました。 -
誕生日会が毎月おこなわれていました。
はじめの頃は、所長、工事長ら幹部もふくめ全員が交代で夕食を作るなど和気あいあいとした雰囲気でした。
工事が佳境にさしかかると作業員の人数が大幅に増え、交代で突貫工事です。もう作業員が料理を作っている余裕はありません。料理人が2人呼び寄せられました。
食材はそれまでは私などが西ベルリンに買出しに行くことも多かったのですが、ハンブルクの日本食品店から運んでくるようになりました。 -
生鮮食品以外の食品、薬品、日用品などはコンテナで日本から送られてきます。かなり贅沢に使い放題。DDRへは西側の書物雑誌の持ち込みが禁止されていましたが、日本の新聞、週刊誌などはほぼフリーパスでした。
DDR市民は日本語が読めないので、悪影響をおよぼす心配はないと判断されたのでしょう。
左のひげの男は運転手。彼に運転してもらって西ベルリンに出かけることもよくありました。シュタージ関係者なので顔をそむけています。どこで何をしたかが当局に筒抜けになるので、あえて日本人が運転していくこともあります。 -
宿舎の私の部屋のすぐ下にあった資材倉庫がある夜、火事になりました。まったく火の気のないところでの不審火。
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現場のオペレータ室でSさんと。試運転が始まるとドイツ人のオペレータのOJTも開始。
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このオブジェは日本製の特殊鋼です。冷間圧延機の内部の作業ロールの一部です。上下から鋼板をはさんで高速回転するロールの表面はたいへん硬くできています。それでも鋼板を数百トンの圧力をかけて薄くするためのものですから、ちょっとした操作ミスで表面に傷がついたりします。
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オペレータたちが熟練するまで、板が切れてしまうことが毎日のようにありました。するとロールが傷つくので交換となります。取り出したロールは高温になっています。熱が冷めて収縮するとき、傷があると破裂することがあります。
特殊鋼の破片が数十メーター飛び散ります。
当たってケガをした人もいました。時限爆弾と呼ぶ人もいました。 -
私の耳元をかすめていった破片を記念に持ち帰りました。
ナイフになるくらい、とてもシャープです。 -
とりあえず完成。本社から来た重役さんたちといっしょに、ちゃっかり写真におさまっています。
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ホテルルーニックの2008年の写真です。
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ルーニックで開かれた完成記念パーティ。
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DDR側は技師や管理職ばかりで、仲のよい作業員たちが来ていないので、ちょっとさみしいです。
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記念メダルをもらいました。
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でもここからが実は本番。オペレータたちによる操業で所定の性能を発揮するまで、延々と改良工事が続きます。
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DDRのお土産1.フランクフルト(オーダー)に行ったときに手に入れたオブジェ。若いアーティストたちの作品を展示しているギャラリーで買いました。ポーズの異なる3個セットでしたが、あと二つは壊れてしまいました。
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DDRのお土産2。ツアイス製の単眼鏡です。小さくても倍率は8倍。今でも旅をするとき持って行きます。この形でケースに収納。
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使用するときは90度折り曲げます。たくさん買って日本に持ち帰り、友だちに配りました。けっこう好評でした。
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DDRのお土産3。ベルリンの博物館島のボーデ博物館の売店で購入したメドゥサ。10個買って日本で配りました。
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裏側。マイセン磁器です。
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物置から鉄道模型を引っ張り出してきました。
埃だらけで申し訳ありません。 -
Deutsche Reichsbahnの文字がまぶしい!
宿舎の個室の床に線路を敷いて走らせていました。 -
ばらばらになっていたのを、即席で組み立てました。
線路の上に乗せるのを忘れたのに気づいて持ち上げたら、またばらばらに。 -
貨車にもDRの文字が。
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当時のパスポート。DDRはスタンプの色をときどき変えていました。偽造防止のためのようです。
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