2013/06/01 - 2013/06/01
108位(同エリア860件中)
ottoさん
ミュンヘンから90km(約1時間)をチャーターバスで走り、船で15分の湖上遊覧を楽しみつつ目的の小島へ。
ドイツ・バイエルン州の最大の湖といわれるキームゼー湖はオーストリア・ザルツブルグ国境に近い風光明媚な淡水湖。
ルイ14世を崇拝していたバイエルン王ルートヴィヒ2世は、この島にベルサイユ宮殿に酷似した宮殿の建設を命じ、1878年から国費を傾けての建設が進められたが、謎の死により完成には至らなかった。庭園も美しく淡水魚の料理も楽しめるレストランが出来るなど 今では内外から多くの観光客が訪れる名所になっており、ルートヴィっヒ二世の悲劇性とフランス風バロック形式の建築美に惹かれるのかもしれない。(画像は美術館の絵葉書より)
午後はミュンヘンに戻り市内を散策。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ANAセールス
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ミュンヘンの朝は早い。通勤の人々を乗せてトラムが走っている。
あいにくの空模様。
ミュンヘンは大陸性気候でアルプスの影響下、雨も多く年間気温の差が激しい。
夏は5〜9月で冬には降雪も多い。
1158年塩の交易路に面し関所と貨幣鋳造、市場の町として創建されている -
ミュンヘンはバイエルン州最大の都市で州都である。イザール川河畔にあり、バイエルンアルプスの北側に位置する。ベルリン、ハンブルクに次いでドイツでは3番目に大きな都市で、市域人口は140万人近くに達する。
大戦後に修復された旧市街の建物を車窓観光。 -
イザ−ル門はかつてミュンヘンが城壁に囲まれていた時代の名残り。14世紀前半にバイエルン公ルートヴィヒによって建設された。ルートヴィヒはハプスブルク家のフリードリヒ美公と神聖ローマ帝国の皇帝位を巡って争い、1322年にミュールドルフの戦いで勝利した。環状道路側から眺めると、2つの塔の間に細長いフレスコ画が描かれている。三つ残された門のうちで最も美しい。
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イザール川を渡る。
ミュンヘンはアルプス山脈北縁から50km離れたオーバーバイエルンの高い平野に位置し海抜520mである。市内をイザール川とヴュルム川 が流れる -
湖畔の小さな町プリーン(Prien am Chiemsee、プリンアムキームゼー)の船着場からヘレンインゼル島行きのボートが運行している。
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この湖はバイエルン州のローゼンハイム(Rosenheim)とオーストリアのザルツブルク(Salzburg)の間にあり、面積は79.9km2で、「バイエルンの海」(Bayerisches Meer)と形容される淡水湖。
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チケット売り場に向かう。
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乗船準備が始まる。
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大きなケーキが運ばれてきた。何だろう?
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と....結婚式の一団が乗ってきた。
どうやらウェデイングケーキのようだ。 -
真ん中のお二人が主役かな?
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時折ぱらつく空を見上げながら面積2.4km2の小島ヘレンインゼルに着く。
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ここから森の道を少し歩くようだ。
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島の船着場は緑豊かな癒しの空間。
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歓迎か?誰何の眼差しか?すっくと立って此方を見ている。
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雨上がりの草が生き生きと輝いている。
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大きな噴水の向うに王宮キームゼー城が見えてきた。
(城と言うより宮殿) -
Neues Palaisはクリスチャン・ヤンク、フランツ・ザイツ、ゲオルグ・ドールマンによってデザインされ、1878年から1886年にかけて建設された。それはヴェルサイユ宮殿をそっくりそのまま模倣したものであるが、ルートヴィヒ2世の生前に中央の1部分だけが建設されたのみだった。
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1886年に湖畔を散策中にルートヴィヒ2世が謎の死を遂げた。もともと深刻な財政難だったため建設が中止され、70部屋のうち、50部屋は現在でも未完成であるという。
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チケットは8ユーロ。
城内は撮影禁止とて見学後ライブラリーで買った絵葉書で2,3箇所を追体験。 -
ヘレンキームゼー城の中にあるNeues Palais(意味は「新しい宮殿」)は、もっとも有名で、ルートヴィヒ2世が実際に建設した3つの城にある建築物で1番大きい。そこはある意味でルートヴィヒ2世が崇拝していたルイ14世への記念碑となっている。宮殿の「鏡の回廊」の天井は、ルイ14世の25個の壁画がある。鏡の回廊」はヴェルサイユ宮殿のそれより8m長い。
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Neues Palaisはクリスチャン・ヤンク、フランツ・ザイツ、ゲオルグ・ドールマンによってデザインされ、1878年から1886年にかけて建設された。
ヘレンキームゼー城はヴェルサイユ宮殿の完全に正確な模倣にしなければならなかったが、いくつかの箇所でヴェルサイユ宮殿よりも勝っているところがあり、ほぼ2世紀の技術進歩、生活様式の変化の跡も窺える。 -
食堂にはマイセン陶磁器の世界一巨大なシャンデリアがある。ヴェルサイユ宮殿にはトイレが造られなかったが(17世紀は用におまるが使用され、ただ1つ取り入れていた水道水は外の噴水に使われていた)、ヘレンキームゼー城には多数のトイレがあり、さらに温水プールも存在する。
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此処にはルートヴィヒ2世博物館や絵画ギャラリーが併設されている。
此処からは撮影OK.
正面はルートヴィヒ像。 -
暗い館内を足早に見て回る
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ルートヴィヒ2世はこの城のほか、ノイシュバンシュタイン城など3つの城を建設したが、この3つの城の中でヘレンキームゼー城は最も規模が大きい。
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明日訪れる予定のノイシュバンシュタイン城模型。
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館内から庭園を見たところ。
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正式なフランス庭園は、ヴェルサイユの典型的な形式とされる古典様式、またはルートヴィヒ2世が好きだったロマン主義の典型的な形式とされ、すばらしい様式の噴水と像で占められる。(美術館絵葉書) -
噴水は洋風庭園に相応しく、水の勢いが心に響く。
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広大な敷地。
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優美なものあれば
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力強い彫刻あり、職人の技が見事。
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船着場で次の船が入ってくるまで待機しているとき
出会ったのがチャーミングな母子。 -
あどけないこの子達が大きくなる頃はどんな世界になっているだろう。
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予約したレストランに入る。雨が又ひどくなってきた。
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こぎれいな食堂に席が設けてあった。
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ウサギの餌みたいに盛りだくさんの野菜サラダ。
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湖でとれたマス料理は美味しかった。
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デザートもあっさりした甘味で口当たりが良かった。
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入れ替わりに結婚式披露宴のグループが大挙して入場してきた。
ブライダル・メイドの女の子も。
南ドイツの人たちは総じて陽気でフレンドリー。 -
アコーデイオン奏者もスタンバイ。
披露宴の盛り上がりを参観したい! -
雨の中、彼らの車が並んでいる。
”ジューン・ブライド”はどちらに? -
あった! 花飾りの新婚さん専用カー。
末永くお幸せに.... -
ミュンヘン市内に戻ってきた。
1945年のアメリカの占領後、ミュンヘンは細部に至るまで完全に再建され他の戦争で荒廃した西ドイツの都市に比べても保守的な計画により戦前の道路網などは保たれている。1957年にミュンヘンの人口は100万人を超えた。 -
ミュンヘンは1972年にミュンヘンオリンピックの開催都市となったがこの間、テロによる悲劇もあったがミュンヘン地下鉄やミュンヘンSバーン(英語版)などの鉄道網が整備されたのもこの時代である。ほとんどのミュンヘン市民は高い質の生活を謳歌している。
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壊された中世の城壁の城門が今日でも3つ残され、東側には今朝車窓観光したイーザル門(英語版)が南側にはゼンドリンガー門(英語版)、中央駅方にはカールス門(英語版)があり、
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カールス門をくぐり歩行者天国に入ってマリエン広場に進む。
カールス広場(英語版)とマリエン広場の間の歩行者天国は、おびただしい数の店やレストランがあり、混雑する地域である。 -
ミュンヘン新市庁舎
ルートヴィッヒ1世の命により1867年から1909年にかけて建設されたネオゴシック様式の市庁舎。迫力ある正面壁面にはバイエルン王、寓話や伝説の英雄、聖人などの像が飾られている。内部は見学できないが、高さ85mの塔にはエレベータで上ることができ、ミュンヘンの街が一望できる。 -
塔にある仕掛け時計が観光客の人気!、時間前になると広場にはたくさんの人が集まって来る。 5〜10月は。11時、12時、17時に10分間、仕掛け時計が動く。32体の等身大の人形が回転式に現れ、馬上槍試合等を演じる大掛かりなもの。下のマリエン広場は大賑わい。
路上のレストランで、昼から生ビールを飲みながら、集まって来た人達。
随分前に知人と来た時と雰囲気は変わらないなと感慨に浸る。 -
マリエン広場に隣接するペーター教会は、12世紀からの歴史を誇るミュンヘン最古の教会。18世紀のロココ調の内部も美しいが、ここでのおすすめは教会の塔。階段の一部が急で少し体力を要するが、306段の階段の先には旧市街の最高の眺望が待っていて、ミュンヘンで一箇所だけ塔に登るなら、must to visit!
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中世に、市場や決闘は、この広場で行われた。マリエン広場は、スウェーデンの占領が終わったのを祝い、1638年に広場の中心に建造されたマリア像、Mariensäuleに因んで名付けられている。
ミュンヘン市民はカトリック教会に40%弱、プロテスタント教会に15.8%弱、ユダヤ教には0.3%が属しているといわれているが、教会への帰属意識は減少しているという。 -
ミュンヘン聖母教会(英語版)は1468年の着工から僅か20年で完成した
個性的な2本の塔を持つ後期ゴシック様式のミュンヘンのシンボル的な教会。2つの鐘楼を持ち、1方は99メートル、もう1方は100メートルの高さがある。 聖母教会のあるフラウエン広場は、マリエン広場から歩いて10分ほどの距離で、ミュンヘンの中心部にある。それまでマリア礼拝堂があった場所に、1468年に建設が始まり、約20年かかって完成。そして、この教会の塔にルネサンス様式の円蓋が加えられたのは、完成から37年後のこと。その後、1821年からは南バイエルン教会圏の首教会となっている。(画像は資料転載) -
高い生活の質や安全性からミュンヘンには英語話者の住民の間では「トイタウン」という愛称が付いている。ドイツ人の住民からは "Millionendorf" 「百万人の村」と言う愛称で呼ばれている。
世界の「住み易い町」の上位を占めているらしい。 -
夕食はホテル外のレストラン[HAXNBAUER]で。
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8時過ぎだというのに外は明るい。
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バイエルンで一番有名なスープはレバークネーデルスープ (Leberknödel) で、レバークネーデルはパンを団子状にし味付けしレバーやタマネギを加える
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きびきびとサービスするメッチェン。
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ヴァイスヴルストには甘いマスタードと新鮮で焼いたプレッツェルが添えられる。 -
ヴァイスヴルスト (Weißwurst) はミュンヘンの名物料理で、冷蔵庫が登場する以前はいたみ易かったため伝統的に昼の12時前までに食す料理であった。
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ポピュラーなデザートにはアプフェルシュトゥルーデルApfelstrudelがありバニラソースが添えられる。
他クリームシュトゥルーデル(ドイツ語版)はクリームチーズのシュトゥルーデルで、ダンプフヌーデンDampfnudelnは団子状のものにカスタードを添えて食す。 -
ほとんどが予約客らしい。途切れることなく席が埋まる。
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帰りがけに見たオープンキッチンでは
チキンが次々と焼かれてゆき瞬く間にお客の胃袋に。 -
旧市街のナイトライフが始まる。
右手に見える白とブルーの格子模様の旗はバイエルン州旗で地元の有名レストランが店を構える。
ホテルまで距離があるので乗り合いタクシーを利用。 -
ミュンヘン・マリテイムホテルはスチーマーで程よく暖められた部屋で広さも十分
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ミュンヘン最後の夜、歯を磨き明日の出発に備えて荷物をまとめる。
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WCも使いやすく清潔。
ゆっくりと身体を温めて..一日を振り返る。
まだまだシーズンにあわせた見所がありそうで、是非又訪れたいと考えながら眠りに落ちた。
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