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個人的なお付き合いで、彼のご家族とご一緒しました。毎年、お誘いを断っていたのですが、といいますのも、スロバキアという小国は、日本人がよく訪れる有名な観光地ではないので、なんとなく。。。行く気になれませんでした。<br />ブラスチラバでホームステイ、ボイニチェに小旅行した記録です。

スロバキア初訪問

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2011/06/22 - 2011/07/04

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lady

ladyさん

個人的なお付き合いで、彼のご家族とご一緒しました。毎年、お誘いを断っていたのですが、といいますのも、スロバキアという小国は、日本人がよく訪れる有名な観光地ではないので、なんとなく。。。行く気になれませんでした。
ブラスチラバでホームステイ、ボイニチェに小旅行した記録です。

同行者
家族旅行
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
自転車
航空会社
フィンランド航空
旅行の手配内容
個別手配

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  • かのマリア テレジア( ハプスブルク家・ オーストリアの「女帝」。ハンガリー女王、ボヘミア女王。マリー・アントワネットの母。 オーストリア大公女マリア・テレジア)...の即位戴冠式が行われたので、旧市街の繁華街広場に見に行って参りました。

    かのマリア テレジア( ハプスブルク家・ オーストリアの「女帝」。ハンガリー女王、ボヘミア女王。マリー・アントワネットの母。 オーストリア大公女マリア・テレジア)...の即位戴冠式が行われたので、旧市街の繁華街広場に見に行って参りました。

  • オーストリアを支配していた神聖ローマ皇帝カール6世の長女。カール6世の男子は早世しており、ハプスブルク家の男系は彼の代で絶えることが明確になっていたため、なんとか娘のマリア・テレジアがハプスブルク家の領土を継承できるように取り計らった。<br />カール6世は、首都ウィーンに留学に来ていたロレーヌ公子フランツ・シュテファンを気に入り、娘のマリア・テレジアも彼に愛情を抱きやがて両者は結婚する。当時のヨーロッパの王族において、恋愛結婚はまさに奇跡であった。<br /><br />

    オーストリアを支配していた神聖ローマ皇帝カール6世の長女。カール6世の男子は早世しており、ハプスブルク家の男系は彼の代で絶えることが明確になっていたため、なんとか娘のマリア・テレジアがハプスブルク家の領土を継承できるように取り計らった。
    カール6世は、首都ウィーンに留学に来ていたロレーヌ公子フランツ・シュテファンを気に入り、娘のマリア・テレジアも彼に愛情を抱きやがて両者は結婚する。当時のヨーロッパの王族において、恋愛結婚はまさに奇跡であった。

  • 1740年にカール6世が崩御し、マリア・テレジアはハプスブルク家の領土を継承、夫のフランツが共同統治者になる。しかしヨーロッパ各国はこの即位に異を唱え、かくしてオーストリア継承戦争が始まる。<br />

    1740年にカール6世が崩御し、マリア・テレジアはハプスブルク家の領土を継承、夫のフランツが共同統治者になる。しかしヨーロッパ各国はこの即位に異を唱え、かくしてオーストリア継承戦争が始まる。

  • 本当に、渋谷か大阪の心斎橋かと混同するほどの人だかりで、式典まで2時間待ちました。トホホ...な体験でございました。

    本当に、渋谷か大阪の心斎橋かと混同するほどの人だかりで、式典まで2時間待ちました。トホホ...な体験でございました。

  • 土壇場に追い込まれたマリア・テレジアはハンガリーのプレスブルク(現在のスロヴァキアの首都プラチスラヴァ)に赴き、それまでオーストリアに非協力的だったハンガリー貴族に救援を要請する。長い交渉の上なんとかハンガリーの援助を取り付けたマリア・テレジアは反撃に出てフランス、バイエルン等を撃退。カール7世が病死したこともあり神聖ローマ皇帝位に夫のフランツ(1世)を就けることができた。<br /><br />

    土壇場に追い込まれたマリア・テレジアはハンガリーのプレスブルク(現在のスロヴァキアの首都プラチスラヴァ)に赴き、それまでオーストリアに非協力的だったハンガリー貴族に救援を要請する。長い交渉の上なんとかハンガリーの援助を取り付けたマリア・テレジアは反撃に出てフランス、バイエルン等を撃退。カール7世が病死したこともあり神聖ローマ皇帝位に夫のフランツ(1世)を就けることができた。

  • このドナウ川のほとり、芝生の上を歩いた時間が足にも良かったです。<br />皆さん、寝転んで読書したり、思い思いに過ごしてらっしゃいました。<br /><br />そういえば、小さい金髪の坊やが、よちよち付いて来てしまいました。彼が話しかけてましたが、坊やはにこにこしてずっとついてきたので、その坊やのおじいさんが飛んできて、ひっぱり連れて行きました。

    このドナウ川のほとり、芝生の上を歩いた時間が足にも良かったです。
    皆さん、寝転んで読書したり、思い思いに過ごしてらっしゃいました。

    そういえば、小さい金髪の坊やが、よちよち付いて来てしまいました。彼が話しかけてましたが、坊やはにこにこしてずっとついてきたので、その坊やのおじいさんが飛んできて、ひっぱり連れて行きました。

  • この手編みのショールは彼の母親が編んだものです。<br /><br />このドナウ川は国境の分かれ目になっていて、対岸はもうオーストリアなんですね。<br /><br />彼のお話です。ウィーンに最も近接した首都ではあるのですが、ベルリンの壁崩壊まで、資本主義の国には行けませんでした。社会主義体制のチェコスロバキア時代、貧困から逃れようと、何人もの勇者がこの川に飛び込み、夢と自由を求めてオーストリアのウィーンを目指したそうですが、辿り着いた人より、見張りの護衛に射殺されたり、溺れたり、身を捨てる結果になったそうです。プラハのヴルタヴァ川とは違い、とても流れが速く、ヨットやボートでは危険です。泳いで渡るなんて、命を投げ出すも同然の行為だったのです。

    この手編みのショールは彼の母親が編んだものです。

    このドナウ川は国境の分かれ目になっていて、対岸はもうオーストリアなんですね。

    彼のお話です。ウィーンに最も近接した首都ではあるのですが、ベルリンの壁崩壊まで、資本主義の国には行けませんでした。社会主義体制のチェコスロバキア時代、貧困から逃れようと、何人もの勇者がこの川に飛び込み、夢と自由を求めてオーストリアのウィーンを目指したそうですが、辿り着いた人より、見張りの護衛に射殺されたり、溺れたり、身を捨てる結果になったそうです。プラハのヴルタヴァ川とは違い、とても流れが速く、ヨットやボートでは危険です。泳いで渡るなんて、命を投げ出すも同然の行為だったのです。

  • プラチスラヴァ城はやはり、ひっくり返したテーブルでした。

    プラチスラヴァ城はやはり、ひっくり返したテーブルでした。

  • 正面だったかな?

    正面だったかな?

  • 再建中でしたが、内部の美術館が開催されてるというので、期待して入場しましたが、入場料を払うまでもない古い岩石や狩猟の道具だけでした。

    再建中でしたが、内部の美術館が開催されてるというので、期待して入場しましたが、入場料を払うまでもない古い岩石や狩猟の道具だけでした。

  • UFOといわれている天文台?レストランが入っているそうですが、お味はよろしくないそうです。それから、この写真、彼の鼻が反射しておもしろいです。

    UFOといわれている天文台?レストランが入っているそうですが、お味はよろしくないそうです。それから、この写真、彼の鼻が反射しておもしろいです。

  • 高台にはロシア軍の記念碑があります。モルベリーの木が実をつけていて、彼がしきりに食べていました。プラチスラヴァ城が遠くに見え、町も一望できます。

    高台にはロシア軍の記念碑があります。モルベリーの木が実をつけていて、彼がしきりに食べていました。プラチスラヴァ城が遠くに見え、町も一望できます。

  • Bojniceのお城のツアーを待ちに野鳥を見に行きました。

    Bojniceのお城のツアーを待ちに野鳥を見に行きました。

  • この方に野鳥を触ってごらんと言われたので、何種類か触ってみました。

    この方に野鳥を触ってごらんと言われたので、何種類か触ってみました。

  • 大砲の上でツアー待ち。

    大砲の上でツアー待ち。

  • ここのスパは野外と館内に数種類あり、楽しめました。とても、ぬるいので、泳げました。男女混合ですのでカップルでも楽しめます。

    ここのスパは野外と館内に数種類あり、楽しめました。とても、ぬるいので、泳げました。男女混合ですのでカップルでも楽しめます。

  • あいにくの雨になった動物園。<br /><br />動物達の多くは雨に濡れるのが嫌なようで、中に入ってしまいました。雨がきつくなったので、私たちも象さんの小屋で雨宿りするはめに。この世のにおいと思えないほどの異臭でしたから、雨に打たれた方がましだったかも。

    あいにくの雨になった動物園。

    動物達の多くは雨に濡れるのが嫌なようで、中に入ってしまいました。雨がきつくなったので、私たちも象さんの小屋で雨宿りするはめに。この世のにおいと思えないほどの異臭でしたから、雨に打たれた方がましだったかも。

  • 白鳥はパン、すごく食べます。

    白鳥はパン、すごく食べます。

  • Bojnice城で4泊しましたが、シンプルな部屋でした。<br />一番印象に残っているのは、とてもゴージャスなメインホールでアメリカの交響楽団のオーケストラが聞けたことです。

    Bojnice城で4泊しましたが、シンプルな部屋でした。
    一番印象に残っているのは、とてもゴージャスなメインホールでアメリカの交響楽団のオーケストラが聞けたことです。

  • あまり写真を撮らなかったので、次回の旅行では撮るようにします。<br />ちなみに彼はカメラをもってません。

    あまり写真を撮らなかったので、次回の旅行では撮るようにします。
    ちなみに彼はカメラをもってません。

  •  この写真は彼の携帯で撮影したものです。Bojnice(ボイニチェ)には車で片道約3時間ほどの移動でしたが(彼が道に迷ってぐるぐるしたので)、ブラチスラバからすぐ、延々と続くひまわり畑が、長い夏日に照らされていたので、おもわず映画『向日葵』が彼の大好きな優しい祖母と重なりました。<br /><br /><br /> 祖母が結婚してまもなく第二次世界大戦が勃発、そして夫だったドイツ人の祖父はナチスヒットラーの命令の下、ドイツ兵として軍に徴集されたのでした。当時、身重だった祖母はそれが最後の別れだとは思わなかったことでしょう。やがて、女児(現在の彼の母)を一人で出産。<br /><br /><br />終戦後、夫の帰りを待ちわびていましたが、帰ってくることはありませんでした。<br /><br />敗戦国となったドイツは東西に分断、容易に出国出来なくなったのでした。<br />そうこうしているうちに、ドイツで家族ができたのでした。それを知らされた祖母は精神的なダメージが、子育てが出来ないほど大きかったのです。幼い女児は、チェコで親戚の住む町に預けられました。祖母はその後、誰とも結婚することもなく、女片腕で娘を育て、成長した娘は19歳の時、彼を産みました。とても、綺麗好きで、家事の上手なお母様でした。<br /><br /><br />彼の大好きな優しい御婆様は戦争が全てを壊して人の心も失わせたので、もう神様を信じなくなったそうで、彼も、もし神様がいたら、こんなひどいことにはならなかったと言っておりました。神様がいたら、世界中の罪のない不幸な人々が存在しませんよね。<br /> http://www.youtube.com/watch?v=YMwGHVzBBFA<br /><br /><br />   彼が17歳の時、祖父からの一通の手紙で、ドイツまで、家族で面会することになり、彼はドイツ語も話せるように勉強しました。当時、正式な書類で認められた者だけが、資本主義の国に行くことが許され、彼の家族も公に認められたにもかかわらず、国際警察の尋問が厳しく、帰国後すぐ、日記を全員に書かせたそうです。<br /><br /><br /> 

     この写真は彼の携帯で撮影したものです。Bojnice(ボイニチェ)には車で片道約3時間ほどの移動でしたが(彼が道に迷ってぐるぐるしたので)、ブラチスラバからすぐ、延々と続くひまわり畑が、長い夏日に照らされていたので、おもわず映画『向日葵』が彼の大好きな優しい祖母と重なりました。


     祖母が結婚してまもなく第二次世界大戦が勃発、そして夫だったドイツ人の祖父はナチスヒットラーの命令の下、ドイツ兵として軍に徴集されたのでした。当時、身重だった祖母はそれが最後の別れだとは思わなかったことでしょう。やがて、女児(現在の彼の母)を一人で出産。


    終戦後、夫の帰りを待ちわびていましたが、帰ってくることはありませんでした。

    敗戦国となったドイツは東西に分断、容易に出国出来なくなったのでした。
    そうこうしているうちに、ドイツで家族ができたのでした。それを知らされた祖母は精神的なダメージが、子育てが出来ないほど大きかったのです。幼い女児は、チェコで親戚の住む町に預けられました。祖母はその後、誰とも結婚することもなく、女片腕で娘を育て、成長した娘は19歳の時、彼を産みました。とても、綺麗好きで、家事の上手なお母様でした。


    彼の大好きな優しい御婆様は戦争が全てを壊して人の心も失わせたので、もう神様を信じなくなったそうで、彼も、もし神様がいたら、こんなひどいことにはならなかったと言っておりました。神様がいたら、世界中の罪のない不幸な人々が存在しませんよね。
     http://www.youtube.com/watch?v=YMwGHVzBBFA


       彼が17歳の時、祖父からの一通の手紙で、ドイツまで、家族で面会することになり、彼はドイツ語も話せるように勉強しました。当時、正式な書類で認められた者だけが、資本主義の国に行くことが許され、彼の家族も公に認められたにもかかわらず、国際警察の尋問が厳しく、帰国後すぐ、日記を全員に書かせたそうです。


     

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