2013/04/28 - 2013/04/28
5238位(同エリア5910件中)
みみさん
名古屋市科学館
2013年3月16日(土)〜5月6日(月)
ドラえもんの科学みらい展
入場料:一般1000円 高・大生700円
小・中生500円 未就学児無料
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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栄二丁目の駐車場に車を停めました
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銀色のプラネタリウムドームBrother Earthがとっても目立ちます
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早速ドラえもん科学みらい展の会場
地下二階のイベントホールへ向かいます -
ドラえもんのひみつ道具は、現在の科学技術でどこまで実現されているのか。
体験してきます! -
ロボットと暮らす未来を予感する・・・
空を自由に飛びたいな♪
マントを着ると透明に・・・
などなど楽しめました。 -
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休憩室にて、休憩中。
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常設展も見ていきましょう
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生命館
五階:生命のひみつ
四階:人体のしくみ
三階:生活のわざ
二階:地球のすがた(地球工房) -
マプサウルス
「ティラノサウルスだ!」と思ったら大間違い。その顔つき、強力そうな大きな顎、ステーキナイフのような歯、三本の鋭い爪がある指などを見れば、ティラノサウルスを思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、これは「マプサウルス」。ティラノサウルスよりも少し面長な感じです。2007年に命名されたばかりの恐竜ですから、映画に登場したこともなく、恐竜ファン以外でその名前を知っている人は少なかったのですが、テレビドラマ「ガリレオ」(2013年)の撮影に使われ、少し有名になったかもしれません。ちなみに「マプサウルス」とは「大地のトカゲ」という意味。約1億前(白亜紀)に南半球にあったゴンドワナ大陸で繁栄した典型的な肉食恐竜です。
アルゼンチン・ネウケン州で発見されたマプサウルスの骨格化石は、同じ場所から大量に発掘され、全部で7個体分以上もあること、その体長は6〜13mとまちまちであることがわかりました。このことからマプサウルスが群れをつくっていたと考えられ、大型肉食恐竜は単体で行動するという従来の定説を覆すことになりました。もしかすると、群れをなして獲物を追っていたかもしれません。この展示では、親子が仲良く寄り添うように復元されています。
【復元骨格とは 】
復元骨格は実物化石ではありません。重くてこわれやすい化石は、運搬も組立ても大変です。実物化石は大切に保管しておく必要もあるため、そっくりそのままのレプリカを軽くて丈夫な素材でつくって研究します。発見されなかった骨格については、科学的根拠に基づいてその形状を推測し、全身がどのような骨格だったかを復元します。つまり、恐竜など大型動物化石の全身復元骨格は、研究者たちの考えで完成させた“作品”と言って良いでしょう。全身骨格をレプリカで組み立てることが、その動物がどんな姿であったか復元することにつながり、過去の生態系や地球環境を探る手がかりにもなるわけです。
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【生物の進化を促した大量絶滅 】
恐竜は約6500万年前に絶滅しました。同時に恐竜以外の動物もたくさん絶滅したことがわかっています。このように、ある時期にたくさんの種類の生物が絶滅してしまうことを「大量絶滅」と言います。大量絶滅の原因については、隕石の衝突説や大規模な火山活動などを発端とする急激な環境変動と考えられています。
地球の歴史において大量絶滅は何度もあったことがわかっており、とくに規模が大きい大量絶滅が5回あったとされています(オルドビス紀末、デボン紀末、ペルム紀末、三畳紀末、白亜期末)。最も壊滅的だっと言われるのはペルム紀末(約2億5000万年前)で、海洋生物の約95%と陸上生物の70%が絶滅したと推定されています。大量絶滅の時期を生き延びた生物は、その後、急激に多様化しており、生物は絶滅と多様化を繰り返しながら進化してきたと言えます。 -
地球工房
鉱物・貝・植物など天然素材を利用したものづくり。子供から大人まで楽しめます。参加費は有料。
開催日
土曜日:13時〜16時
日曜日:11時〜16時 -
今回は体験できなかった
竜巻ラボ、放電ラボ、極寒ラボ、プラネタリウムも機会があれば体験してみたい。 -
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理工館
二階:不思議のひろば(水のひろば) -
巨大万華鏡
覗き込むと面白いことが・・・ -
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B6型蒸気機関車
【B6型蒸気機関車とは】
1898(明治31)年に鉄道作業局(現在のJRの前身)が機関車の形式称号を定めました。このとき、この蒸気機関車につけられたのがB6という称号です。D51(デゴイチ)はよく知られています。
B6型蒸気機関車の基本設計はイギリスで行われました。B6には、製造年、製造所によって、2100、2120、2400、2500の4つの形式があります。科学館に展示した2412号は、1904(明治37)年、ドイツのハノーファー社で製造されました。日露戦争の軍事物資を輸送するために輸入されたといわれています。
その後、1905(明治38)年4月から鉄道作業局の所属となりました。大正時代には中央線、昭和になってからは武豊線、高山線を走りました。そして、1948(昭和23)年1月に高山機関区で配車となってから、石原産業株式会社四日市工場に払い下げられ、1968(昭和43)年7月まで、工場内の専用線で貨物、社員の通勤輸送のために使われました。
名古屋あるいは中部地域にゆかりの深い蒸気機関車のひとつといえましょう。 -
市電1400型ボギー車
【1400形車両とは】
名古屋に市電が登場したのは、1898(明治31)年5月のことでした。笹島町から県庁前(現在の中区役所付近)の区間で営業運転されました。名古屋電気鉄道によるこの事業は、京都に次ぐ全国2番目の快挙でした。1922(大正11)年に市営となり、1974(昭和49)年に全線廃止されました。
この1400形車両は、名古屋市電気局や日本車輛の技師が設計し、1936(昭和11)年に製造されたものです。それまでの車両は重く、電気の消費量が大きい欠点がありましたので、これを解消するために軽量化を目指し、また流線型のデザインを取り入れるなどして生まれました。それ以前の車両から大きくモデルチェンジした画期的な車両で、かつ、昭和戦前期の日本の路面電車を代表する形式のひとつといえましょう。
1400形は、1936(昭和11)年12月から1937(昭和12)年2月にかけて、まず20両が製造されました。汎太平洋平和博覧会の観客を輸送する目的でした。その後も5回にわたって増備され、1942(昭和17)年4月までに総計75両が製造されました。
戦後も同じ形の流れをくむ車両が何台か作られましたが、多くは廃棄されました。最後まで生き延びたのがこの1400形でした。
【台車の構造】
ボギー台車を装備していることにも特徴があります。ボギー台車とは、車体に対して水平方向に回転可能な装置を持つ台車の総称です。ボギー台車をもつ車両のことをボギー車とも呼んでいます。
車体の短い小型車では、2本の車軸と車体を直接サスペンションでつないでいました。次第に輸送能力を上げるために車両が大型化し車体が長くなると、固定車軸では曲線の軌道上を走行することが困難になってきました。
そのため、車体とは独立してある程度回転できる機構をもった台車が考案されるようになりました。これがボギー台車です。 -
栄二丁目の駐車場料金
5時間8分で1800円
大須観音へ移動
名鉄協商パーキング 大須ういろビルに駐車 -
納屋橋饅頭万松庵 万松寺通店
揚げまん棒(一本:130円)
はいからサンド(最中アイス一個200円)
大須ういろ 大須北店
一口ういろ15個入り(1575円)
喫茶高原
アイスコーヒー(350円)
クリームソーダ(480円)
名鉄協商パーキングの駐車料金
1時間31分で1000円
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