2013/05/02 - 2013/05/07
111位(同エリア720件中)
尖椒土豆絲さん
- 尖椒土豆絲さんTOP
- 旅行記30冊
- クチコミ0件
- Q&A回答6件
- 71,577アクセス
- フォロワー18人
鳥インフルエンザ・尖閣諸島問題が勃発する中、周囲の心配をよそに、1年ぶりの中国旅行に行って来ました。
旅行中の5月3日憲法記念日前後の中国CCTV放送は、安倍政権の日本右傾化を前面に押し出した報道ばかり。
街で出会う中国の人たちはとても親切なのに、何だか複雑な気持ちになりました。
とは思いつつも、今までに旅した人たちのブログを参考にして、旧城・城壁・墓陵巡りに突撃、何とか無事に旅行を終え、帰国しました。
魅力たっぷりの北京近郊の様々な史跡群、私たちと一緒に旅をしましょう。
それでは、北馬南舟の歴史を鑑みながら、いざ天津へ出発!!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
東京羽田空港から北京首都空港迄のフライト中、進行左手に富士山が見えるとの機内アナウンスが有り、慌ててカメラに収めました。
日本一高い富士の山、登ったことは無く、いつも飛行機から眺めるばかり・・・。 -
自宅では第3のビールしか飲まない我家、海外旅行の楽しみの一つは何と言っても機内食です。
笑顔のアテンダントのお姉さんに躊躇せずにプレミアムモルツを注文しました。
続いて白ワインにも舌包み、そうこうしている間に北京首都空港に到着です。 -
まずは今回の旅のスタート地点の天津に移動します。
北京首都空港から天津天環客運站までは約2時間30分のバス移動(82元)です。
結構頻繁にバスが出ているようで、私たちは13時15分発に乗りました。 -
天津天環客運站到着後、すぐ傍の伝染病医院站まで歩き、地元の路線バスを待ちます。
最初の観光目的地は呂祖堂です。
少々時間がタイトでドキドキ・ハラハラしながら待つこと20分、52路バス(2元)に乗り込み明華里站(呂祖堂站)に移動したのですが・・・
観光時間16時30分に間に合わず、外観を眺めるだけ・・・(ん〜残念!)。
呂祖堂(2元・入場できず)は、道教寺院というより義和団記念館としての方が有名です。 -
今度は明華里站(呂祖堂站)から669路バス(2元)に乗り込み柳口路站で降車。
旅行初日の宿はネット予約済みの天津西青区揚柳青の天津天華賓館(190元・朝食無し)で、何とか無事にチェックイン。
上海豫園商城と同じような街作りの揚柳青は、古い町並みを再現したテーマパークといった感がありました。
楊柳青は、春節(旧正月)の飾りに欠かせない“年画”の産地として、中国全土で有名なところだそうです。
あちらこちらの店で“年画”が売られていました。 -
夕食は毎度毎度の尖椒土豆絲を舌包み。
1年ぶりの海外旅行、楽しみにしていた大好物の尖椒土豆絲がメニューに有るや否やで食事処が決まります。
さてさて、食事後は、本日のもう一つの目的、楊柳青の夜景散策です。 -
いやはや幻想的です。
22時頃迄、煌々と楊柳青は輝いていました。 -
おまけのワンショット!
金・金・金・・・日本人には理解不能・・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・。 -
2日目は、ホテルに朝食を提供する仕組が無く、近くの早点の看板を掲げる店で、雲呑(ワンタン)と焼餅を頼みました。
というか、周りで食べている人を指差して、注文しただけですが・・・。
さてさて、楊柳青のメイン観光地の石家大院(天津楊柳青博物館・27元)からスタートです。
石家大院とは、清朝末期の天津八大家の一つと言われている富豪・石家一門の「尊美堂」の邸宅だそうです。
この博物館には沢山の白菜の置物があり、結構大きく立派なものでした。
中国の人々が白菜を好む理由は、白菜の中国語の発音が多くの財を生むという意味合いの単語と似ているかららしいです。 -
この石家大院周辺は大規模再開発が進行中で、周辺の四合院を壊して巨龍古玩城なる一大観光商業施設を建設中。
中国では経済発展に伴う旅行需要の高まりで、全国各地の古鎮等の改修工事が進んでいます。
昔のままの方が良い場合も多いのに・・・。
石家大院裏手の安家大院(楊柳青年画館・入場せず)は破壊せずにそのまま保存ですが、写真の関帝廟は微妙に作り替えられていたみたいです。 -
中を覗いてみると・・・関羽・張飛・趙雲が祀られていました。
確か、自宅の押し入れに北方謙三著の三国志全14巻が眠っているはず・・・。
もう1回、読み直ししなきゃ!! -
この巨龍古玩城は工事中にも関わらず、既に地元民と観光客が出入りしていました。
胡同も綺麗に整備されていました。
完成予定日は分かりません。
外観の大半は完成し、今後は内装に移るのかな?
夜間も作業は続いていたことを考えると、とても早く完成するのでは?と思われます。 -
午後の天津旧城観光に向けて楊柳青站から便民9路バス(3元)に乗車、約40分で鼓楼北口站に到着です。
鼓楼商業街の露天食堂で昼食中、私たちが日本人だと分かると、80歳位のお店のお婆さんが寄って来て何やら話しかけて来ました。
私たちが中国語が全く分からず呆気にとられていると、今度は何やら紙に書いて来るではありませんか・・・。
「安倍右傾軍国主義化」と書いて見せて来ました。
お婆さんの言いたいことが・・・何となく分かりました。
「中日友好・戦争反対」とその紙に書いて渡すと、頷いて握手を求めて来ました。
草の根の大切さを感じた体験でした。
その晩、CCTV放送をホテルのテレビで見て事態が掌握できました。
憲法記念日の本日、日本の軍国主義化が急速に進むとして警笛を鳴らすような報道の仕方ですね。 -
さてさて、その鼓楼ですが、入場しようと思ったら、11時〜13時30分は休憩時間で閉館中。
入口の服務員のオジ様に登楼の意思を示すと、隣の広東会館(10元)に入場すれば鼓楼は無料と言っている・・・多分。
実際、広東会館の入館券を購入した際に副券が付いて来て、その副券を渡して鼓楼に登りました。
う〜ん、ナイスビューです!! -
続いて東隣の広東会館(天津戯劇博物館)観光です。
会館内には精巧な彫刻が施された“戯楼”が有り、とても芸術的な空間でした。
清代に広東系の富豪が四合院様式で建築したことで、“広東会館”と呼ばれてきたようです。 -
この柱がない半球型鶏籠式吊り天井の舞台は、素晴らしい音響効果を醸し出すらしいのです。
残念ながら現在は京劇は行われていません。 -
更に鼓楼東街を東へ歩き、今度は徐家大院(天津老城博物館・10元)観光です。
ここは中華民国時代に英国銀行と取引を行う商人だった徐朴庵という人の邸宅だったところ。
貴重な文物や建物が綺麗に保存されています。 -
更に更に東へ歩き、次は文廟(天津文廟博物館・30元)観光です。
入場してみると正面に孔子像、奥に向かって大成門・大成殿・崇聖祠と並んでいました。
東西並行のような2対の建物が並び、ちょっと変わった文廟でした。
尚、今回はパスしましたが、鼓楼南街に典型的な清朝晩期の建築で、格格府(10元・入場せず)という清光緒年間の貴族和碩格格の屋敷も公開されていましたよ〜。 -
古文化街観光は明日に回し、水閣大街を東進、海河(変な川の名前・・・)へ出て川沿いを南に向かって歩くことにしました。
歩行街の鉄橋を渡ると旧オーストリア・ハンガリー帝国領事館・旧原袁氏邸宅等の旧租界地時代の名残を色濃く残した建築群が続きます。
う〜ん!ここは中国か?欧州か?
旧イタリア租界との境で北安橋を渡り返し、和平路を歩行者天国終了地点まで歩いてホテル探しです。
今日も、予めネット予約しておいた南苑e家商務酒店天津勃海店(256元・朝食無し)にチェックイン、今夜も休憩後に夜景散策です。 -
ホテルで少々足を休めて・・・さあ歩くぞ!!
濱江道を北上、天津環球金融中心の超高層ビルの脇を摺り抜け、旧金融街のレトロな洋風建築群が並ぶ解放北路を散策。
日本で言うと小樽や横浜の趣ですね。 -
次に外灘エリア津湾広場・アート的な北沽橋等を見て回りました。
個人的には津湾広場の夜景の素晴らしさが印象に残りました。
何より人が少なく、同じ租界地の有った上海外灘よりも優雅に観光出来ます。 -
津湾広場から海河越しにライトアップされた天津火車站を眺めます。
外灘エリアの次は、旧フランス租界の夜景鑑賞が待っています。 -
ホテルがある旧フランス租界は、和平路や濱江道が歩行者天国になっていて、夜景鑑賞にうってつけ・・・綺麗だな〜。
途中、地元の農家菜の店で我家定番の尖椒土豆絲や水餃を食した後、濱江道南端の西開天主堂のライトアップも楽しみました。 -
3日目は、まずは朝食をホテル1階に入っている個人食堂で、雲呑(ワンタン)と焼餅を食べてエネルギー充電です。
何だか雲呑にハマリそうです・・・。
さてさて、旧フランス租界・旧日本租界の散策で観光スタートです。
旧フランス租界は重厚な洋風建築群で埋め尽くされていました。
和平路を歩き、続く旧日本租界に入ると何だか建物の高さが急に低くなっています。
当時の国力・財力の差を感じてしまいました。
そうそう、日露戦争の英雄秋山好古少将もこの旧日本租界地に来ていますよね!。 -
その旧日本租界内にある静園(20元)から観光しましょう。
ここ静園は「ラストエンペラー」で有名な清朝最後の皇帝溥儀が天津を離れるまでの2年間を過ごした場所です。
最近まで人民が暮らしていたようですが、政府が保護・改装して一般公開したようです。
私たち庶民から見れば大豪邸で、な〜んと部屋が50前後も有るとか。
溥儀一家の貴重な家族写真や執務室・寝室など多数見られるようになっていました。 -
次は静園から鞍山道を少し北上したところにある張園です。
馮玉祥の部下鹿鐘麟に紫禁城から追い出された溥儀が、日本領事館の手引きで密かに北京から天津に来て、旧日本租界の張園に住みつきました。
この張園、元は清朝末期の駐武昌第八軍長張彪の私邸だそうです。
庭園横の駐車場が工事中で門が開いていた為、勝手に庭に入って観光しました。
やがて私たちに気付いた門番の服務員のオジ様に何やら叫ばれて・・・退散することに・・・。
でも、この張園、溥儀が暮らしていた頃の建物は残っていないそうです。
-
次は昨日やり過ごした古文化街散策です。
古い町並が再現されており、“泥人形”を扱う店や“狗不理包子”を提供する食事処が多数有りました。 -
土曜日だからか?それにしても凄い数の観光客です。
私たちは、天后宮(天津民族博物館・10元)内に逃げ込みました。
天后宮内は空いていて、ゆっくり参拝出来ました。
海の女神=天后を祀り、「先有天后宮、後有天津城」といわれるように天津の歴史よりも長いこの廟は天津のシンボルになっているとのことです。 -
古文化街散策を続けます。
天后宮前の戯楼を見て、次に向かったのが玉泉閣。
入場するのに10元必要・・・入ろうか?止めようか?思案して・・・入りました〜。
外から見るだけで充分だったかな〜?10元が勿体無かった気がしました。
古文化街散策の最後は通慶里を見学して終了となりました。 -
さあ、次の観光地に向かいましょう。
玉泉閣正面の海河を渡り、フランス・カトリック会派の教会である望海楼天主堂を仰ぎ見て・・・う〜ん、ここは中国か?欧州か?。
過去の義和団運動の際、2度破壊され、2度とも建て直されているそうです。
昼間ということもあり、教会内部は見られませんでした。 -
今度はそのまま海河東路を北上、大悲禅院(5元)を参拝しました。
天津市内では最も規模が大きく、歴史のある寺院で、創建は明末清初まで遡る事ができるそうです。
多くの参拝者と一緒に家内安全を祈って来ました。
大悲禅院参拝後、近くの金鋼橋站から1路バスで工程学校站(河北長途汽車客運站)まで乗車(2元)、遅めの昼食後にいよいよ薊県に移動です。 -
天津河北長途汽車客運站内の案内ボードを見てみると、薊県行きのバスは頻繁に出ているようです。
途中の町に寄りながら薊県に向かうバスは30元。
午前中は12分毎、午後は7分毎に設定されています。
集票処で“薊県二張”と紙に書いて渡したところ、80元との回答。
60元?では無く、中国では極当たり前の値上が有ったのかな?と解釈して切符を購入しました。
乗車して分かったことですが、私たちは15時24分発の1人40元の薊県高速の切符を購入していました。
津薊高速をノンストップでかっ飛ばし、約90分をかけて16時50分に薊県長途汽車客運站到着です。 -
薊県長途汽車客運站は薊県旧城西郊外に新設されており、大駐車場に到着したバスを待っていたのは大勢の客引でした。
観光写真の載ったパンフレットを持った客引同士が、如何にも観光客モードの私たちへの交渉権を巡って大混乱。
結局、私のデイパックに手をかけ続けていたオジ様がずっと付きまとう形になりました。
オジ様は必死に観光地(黄崖関長城・清東陵)の写真入りパンフレットで何かを説明しています(中国語ワカリマセン・・・)。 -
薊県長途汽車客運站内で明後日の清東陵の情報収集中もオジ様は離れません。
清東陵迄は、石門鎮行き7時20分・8時15分発と清東陵直通10時20分発の2通りのバスが有ることが判明。
情報収集後、薊県路線バス停に向かって歩き出した私たちを見て、やっと付きまといを諦めたオジ様でした(ちょっと可哀想だったかな・・・)。
気を取り直して534路バス(1.5元)を待つこと20分、薊県旧城中心部の漁陽南路站まで移動です。
今日も予めネットで連泊予約しておいた漢庭快捷酒店天津薊県鼓楼支店(170元・1名のみ朝食付き・1名有償で18元)に無事にチェックインです。 -
4日目は、ビュッフェでお腹を十二分に満たしてから旧城中心地の散策でスタートです。
漁陽南路を北へ歩いていくと、鼓楼広場と漁陽鼓楼が現れます。
昨夜、夜景目的で訪れましたが、ライトアップは全く無しでした。
ここの鼓楼は登楼できず、周りから眺めるのみです。 -
鼓楼から西に連なる武定街は、鼓楼広場同様に古い町並デザインで統一されており、一帯は歩行者天国になっていました。
-
その歩行者天国の武定街を歩くと独楽寺(40元)に辿り着きます。
独楽寺の観音閣は中国国内最古の木造建築物と言われています。
この観音閣にある十一面観音は、現存する最大(高さ16m)で最古の塑像(土で作成された彫像の総称)だそうです。
1,000年以上も昔に作られた彩色塑像が見れる・・・ここの入場料40元は他2ヶ所との共通券でもあり、一見の価値ありです。 -
独楽寺前から塔西胡同を南下、次は白塔観光です。
先程の独楽寺で購入した共通チケットで、後述する魯班廟共々観光が可能です。
さてさて、白塔観光後、武定街と長城大路交差点で黄崖関長城行きのミニバスを探します。
赤いSUZUKI製の軽車両が数台並んでおり、長城と書いた札が付いている・・・。
値段を聞くと15元と紙に書いてくる笑顔のお姉さん・・・(高いじゃないか!!!)。
その紙に10元と書いて渡すとあっさり了承・・・6人乗りのミニバスに8人が押し込められて黄崖関に向かって出発〜(狭いよう・・・苦しいよう・・・)。 -
このミニバスは乗合バス(タクシー)のような存在で、途中で1人また1人と降車、結局黄崖関まで乗車したのは私たち夫婦のみ。
黄崖関集票処で入城料65元(事前のネット調査では50元・・・)と大平寨迄のカート代20元を合わせた85元×2名分を支払い、いざオープンカートで出発! -
私たちは、東側の男坂を上りはカート・下りは徒歩という長城散策を選択しました。
下山後、今度は西側の女坂の長城散策を目論んでいたのですが・・・。
女坂散策は敢え無く中止〜。
歳には勝てません・・・。 -
さてさて、カート終点の大平寨にゴーカート状態で約10分で到着、いよいよ長城散策の始まりです。
右側の城壁を見上げてみると、岩山に吸い込まれるように整備・修繕された黄崖関長城が続きます。 -
今度は寡婦楼方面に歩きますが、アップダウンが多く、かなりのハードコースです。
下山用馬乗場をやり過ごし(乗馬100元と高額)、修繕されて歩きやすくなったばかりの歩道をひたすら下ります。
様々な人々のブログによると、以前は獣道のような酷い状況だったようですが・・・。
女坂散策を諦めた私たち、最後は黄崖正関・博物館・八卦城等観光となりました。 -
長城観光を終えた私たち、ミニバスのお兄さん・お姉さんと復路値段交渉開始です。
私たちの他に公共交通機関を使って来た観光客は見当たらず、独楽寺まで1台60元(2人で60元・1人あたり30元)と言われ暫く思案。
往路は1人10元だったと交渉するも決裂、6人集まるまで待つことに・・・(集まる訳ないジャン・・・)。
約20分程待ったところで“乗れ”との合図・・・(してやったり!!)。
予想通り、途中で村人を乗せたり降ろしたりして、約1時間後に無事に独楽寺に到着しました。
1人10元・2人で20元を支払って、笑顔で“再見”と明るく言って別れました。
様々な方々のブログによる事前情報が役立ちました(助かった〜)。 -
さて、遅い昼食後、独楽寺で購入した共通券で鼓楼北側の魯班廟観光へ向かいます。
独楽寺と白塔の観光開放時間が16時迄なのに対して、魯班廟は18時迄です。
1日の時間配分を上手く使って薊県旧城の観光も無事に終了です。
昼食が遅かったことから、夕食は夜食へと変更。
ウイグル料理店が煌々と光を放ち営業中だったので、ビールの有無を確認。
取り扱い有りで、めでたし!めでたし! -
5日目は、最も心配で気がかりな清東陵観光です。
朝食にゆったりと時間を費やしたい私たち・・・結局遅い出発の東陵行き10時20分で向かうことにしました(この判断で、後々、時間が押して来ることに・・・)。
ホテル近くの漁陽南路站から534路バス(1.5元)に乗車、朝一の目的地は、2日前に降り立った薊県長途汽車客運站です。
集票処で東陵行き(13元)10時20分発のチケット2枚を購入し、いざ未踏の地に出発です。 -
乗車口は3ヶ所だけの長途汽車客運站ですが、東陵行きのバスの表示が無く、代わりに馬蘭峪行きの表示・・・。
服務員にチケットを見せると、ここで待てとの指示。
どうやら東陵は終点では無いようです。 -
実際に乗車するバスの表示を見て安心しました。
ドライバーに清東陵と書いた紙を見せて、いざ出発です。
このバス、薊県内で何回も人を乗せては降ろします。
私たちが泊まっていた漢庭快捷酒店近くの漁陽南路站にも止まりました(なんてこった〜)。
長途汽車客運站発馬蘭峪行きのバスは、このホテル前の人民西大街を走っていたのです。
始発では無い為、座席の確保の保証は有りませんが、わざわざ西郊外の長途汽車客運站まで行く必要が有ったのかな?という感ですね。
自游旅行を考えていらっしゃる方、途中乗車も有りですよ!
やがて定員オーバーのまま馬蘭峪に向かって一般道をひた走ります。 -
唐山市遵化との市境の馬伸橋手前の北仇庄子村で左折、やがて東陵路と名前が変わった田舎道をひた走ります。
途中の村で青空市が開かれており、暫く停車。
何と!降りていったドライバーが野菜を買い込んで戻って来ました(こら!職務中公私混同だろうに!!)。
再び走り出したバスは、遵化万佛園景区入口の看板を通り過ぎ、川を渡って視界が広がったと思ったら・・・ここが東陵站だと言われ〜私たちだけ降ろされました(え〜マジかよ〜訳わかりません状態です)。 -
その東陵站だと言われる場所には、急遽建てたであろうプレハブ作りの集票処と黄色いカートが2台、あとは広大な舗装もされていない駐車場が有るのみ・・・(ここは何処だ?今からどうすればいいのだ?・・・超〜心細くなった瞬間です)。
集票処を覗き込むと、食事中のお姉さんが何かを言っている・・・(私たちは中国語理解不能)。
紙に書いてもらったら・・・162元×2 とのこと・・・(めっちゃ高いじゃ〜ん!!)。
購入予定のチケットを見せてもらったら、入陵代132元・カート代30元と判明。
カート観光の仕組みが導入されていたようで、事前に全く情報が無く、正にビックリ驚愕Σ(゚д゚lll)・・・・・そういうシステムだったんだ〜。 -
どうやらバスから降ろされた地点は定陵の神道の手前らしく、ここから隣接のカート停車地点の菩陀峪定東陵・裕陵妃園寝がある慈禧陵中轉站まで、有無も言わさずカートに乗せられて連れて行かれました。
高額チケットの写真です。
表には清東陵参観券132元・観光車票30元と印刷〜(高いなぁ〜)。
裏には清東陵地図・有料拝観景点・カートコースが載っています。 -
ここは、菩陀峪定東陵・裕陵妃園寝前にある慈禧陵中轉站というカート乗場です。
乗車レーンが3本あり、主線が集票大庁(入口)・石碑坊・大碑楼・石像生・七孔橋・慈禧陵を巡るコース、副線が裕陵・孝陵・景陵を巡るコースと景陵・二郎廟・御苑山荘を巡るコースになっていましたね。
知らない間に、タクシーや三輪バイクをチャーターしなくても清東陵巡りが出来るようになっていたのです。 -
既に時計は正午を過ぎています。
事前に調べた遵化発北京行きバスの石門鎮の通過時刻は16時30分。
さっさと観光しなきゃ〜!!
まずは、この慈禧陵中轉站周辺の墓陵巡り開始です。
駐車場真裏にある乾隆皇帝皇后の墓陵「裕陵妃園寝」に向かいました。 -
ここ「裕陵妃園寝」は、地下宮殿が公開されていました。
その地下宮殿のある明楼の後方には、41人いる乾隆帝后妃の中で唯一ウイグル族の女性である容妃の塚も有りました。 -
続いて西太后・東太后の墓陵に移動です。
「裕陵妃園寝」から西へ横道徒歩5分、西太后墓陵「普陀峪定東陵」の碑楼と宮門の間に飛び出しました。
「普陀峪慈禧陵」は明楼の地下宮殿も公開されていました。
様々なガイドブックやブログに出てくる御路石の龍と鳳凰の位置関係もしっかり見て来ましたよ〜。 -
西隣の東太后墓陵「普詳峪慈安陵」は外から見るだけ、「普陀峪慈禧陵」と対の構造になっていました。
-
歩いて来た横道を戻らず、碑楼を見に行った為に一旦車道に出て慈禧陵中轉站に戻りました。
今度は東へ徒歩5分、定東陵横道と同様に乾隆皇の「裕陵」への横道も、碑楼と隆恩門の間に飛び出しました。
構図が気に入り「裕陵」の三路三孔橋と隆恩門の写真をパチリ! -
写真は乾隆帝の「裕陵」の明楼で、陵寝門を潜った正面から撮影しました。
どっしりして威圧感が有りますね〜。 -
この「裕陵」も明楼の地下宮殿が公開されていました。
精巧で緻密な地下宮殿に感嘆です。
でも、「普陀峪慈禧陵」同様に盗掘の被害に遭っているとのこと・・・。
今も昔も、悪さをする人はいるのですね〜。 -
こちらは宝頂一周の時に撮影しました。
壮大な「裕陵」観光後、またまた徒歩5分で慈禧陵中轉站に戻りました。
時計は既に14時を過ぎています。
カート乗場のドライバーさんに北京行きの手段について筆談にて確認。
私たちが北京行きの手段を確保していないことが分かると、中国人ガイドだけでなく英語が話せるガイドまでも寄って来て・・・何だかんだとお祭り状態。
筆談と英語を要訳?すると、石門鎮まで行かなくても、清東陵正面入口から16時発の北京行きバスが有るらしい・・・えっ!何々・・・本当なの?・・・多分・おそらく。
清東陵正面入口に有る金佳美という旅行代理店に行き、北京行きの切符を購入せよと言っているらしい・・・本当?・多分・きっと・・・。 -
神道を見たい私たち、悩んだ末、「どうせ墓陵の作りは同じだし・・・」と泣く泣く自らに言い聞かせ、本来行く予定だった孝陵・景陵観光を諦め、慈禧陵中轉站から清東陵正面入口の集票大庁(入口)行きのカートに乗り込みました(やはり薊県を8時15分に乗るんだった・・・少々後悔)。
正面に金星山を見ながらカートは走ります。
このカート、途中の観光地点で停車してくれます。
中国もサービス精神が向上して来ましたね。
停車場は神道(石像生)と・・・ -
石碑坊の2ヶ所でショート観光です。
観光客の皆様、カートを降車して、色んな石像と一緒に写真撮影大会の始まり始まり〜。 -
石碑坊から約3km走ってカート終点の集票大庁(入口)に到着です。
ここでビックリ仰天!!様々な方々のブログに載っている施設とは全くの別物の新築された集票処施設が有りました。
全てを壊して立て替えたようです。
周りには超市や食事処も完備されていました。 -
カート路線図や停車場が載っているボード写真です。
緑の線がカートで巡る遊覧車路線と記されています。
自游観光を考えていらっしゃる方は参考にして下さいネ! -
北京行きバスチケット(50元)を購入した金佳美という旅行代理店です。
筆談によると、遵化発のバスが清東陵入口に寄るので、そのバスに途中乗車するらしい・・・多分・おそらく。
16時まで少々時間が有ったので、隣の飲食店でビール&尖椒土豆絲で時間調整となりました。 -
金佳美社で購入した50元の北京行きチケット。
路線バスだったのか?旅游バスだったのか?結局わからずじまいです。 -
いよいよ北京に帰京です。
私たちの他に、7人の観光客が一緒にバスに乗り込みました。
遵化から来たであろう長距離バスは、薊県まで一般道を走り、薊県からは高速道路走行になりました。 -
途中休憩無し・渋滞有りで約2時間30分かけて到着したバスターミナルは四恵長途汽車站でした。
ここから57路の路線バス(1元)で珠市西口站まで約45分かけて移動です(始発で着座出来ました〜Lucky)。
今夜も予めネット予約しておいた前門大柵欄近くの北京西華京兆飯店(280元・朝食別料金ビュッフェ1名25元)に無事チェックイン。
今夜も休憩後、夜景散策です。 -
大柵欄を通り、前門大街を横切った先の再開発エリアに美食街が出来ていました。
オリンピックの頃は全て閉鎖状態だったエリアです。
前門大街同様にレトロな町並を再現しています。 -
この一角は台湾の映画に関するテーマパークの様相でした。
ライトの使い方が幻想的で、この新しい再開発エリアの夜景、とっても楽しめました。
但し、見るのは楽しいのですが、食事するには淋し過ぎる感じですね。
食事は以前から食事処が連なる前門大街の西側に並行しているゴチャゴチャした粮食店街に行きました。
鳥インフルエンザ報道の最中、大胆にも炙鶏(ローストチキン)を丸ごと食しました。
これで1羽たったの25元、安いし美味いし最高です。
やっぱりチェーン店よりも個人店での食事の方が会話(筆談)が有って楽しみなのです。 -
いよいよ旅行最終日の6日目になりました。
昨日行った前門大街東側の美食街を再度訪れてみました。
早点の営業をしている店も有りましたが、全体的には静かなものでしたね。 -
この台湾広場には、阿里山神木??のレプリカが立っていました。
故テレサ・テンのポスターが多数貼られた館が有ったりし、台湾文化を全面に押し出した空間が作られていました。 -
北京定番の前門(正陽門)です。
パレスチナ元首の来中が有ったようで、天安門広場は厳戒体制といった有様でした。
あちらこちらにパレスチナと中国国旗が掲揚されていました。 -
天安門に向かって右手にある入口(南門)から中に入ると、そこには太廟(労働人民文化宮・2元)が静かに佇んでいました。
天安門広場や故宮の喧騒が嘘のように静寂が支配していました。
結婚するカップルの写真撮影の場所に使われているようで、7組のドレスアップをしたカップルが、プロカメラマンの被写体となっていました(Love Loveです・・・)。
太廟正殿は別途15元を支払って観光しました。 -
太廟の南門を出て長安路を東進、最初の南池子大街を左折して中国最古最大の公文書保管庫である皇史成に向かいました。
が・・・游客止足の貼紙が有り断念・・・というより残念。
そのまま南池子大街を北上し普渡寺を参拝後、故宮天安門西側の中山公園に向かうことに。 -
故宮入口を横切って中山公園(10元)に入ると、ちょうどチューリップ花壇が満開で、多くのカメラマンが撮影に没頭していました。
園内に有る中山堂は別途10元の入場料が必要。
孫文に興味の有る方には有益な資料館なのでは?と感じました。
我家は外観のみで満足、中山堂前の社稷壇で暫く休憩です。 -
中山公園の三門を潜り、長安路を一路西単へ向かいます。
徒歩約15分で民航大厦に到着、西単から北京首都空港までリムジンバス(16元)で空港へ移動です。
渋滞が激しく、空港第3ターミナルに到着するのに80分もかかりました。
年々、北京の渋滞は激しさを増しているようです。
そういえば、昨夜CCTV放送で北京地下鉄10号線の第2環状線が全線開業したとのニュースも流れていたっけ・・・。
次回は地下鉄移動が賢明かな? -
帰国便の機内食は豚肉の中華風味で、最後まで中国色満載の旅行となりました。
このゴールデンウイーク時期の中国北部は毎年天気に恵まれます。
晴れ女の家内に感謝ですが、観光シーズンに適した時期なのでしょうかね。
鳥インフルエンザ・尖閣諸島問題の影響なのか、旅行中全く日本人に会いませんでした。
こんな事って有るものなのですね?
という訳で旧城・城壁・墓陵巡りの旅・・・如何でしたか?
東京羽田空港まで、少々眠ります(お・し・ま・い)。
来年も行けたらいいなぁ〜・・・
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この旅行記へのコメント (3)
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- ジンさん 2013/06/06 23:38:25
- 公共交通機関で。
- こんにちは。
旅行記拝見しました。
公共交通機関で、清東陵に行ったのは凄いですね。
私も行きましたが、中国人の友人に自家用車で連れて行ってもらいました。
バス等で行けるんですね。。。
清東陵は、玄室が見れたりして、凄いところだなと見応えがありました。
清西陵もあるようなので、こっちもいずれ行ってみたいと思っています。
それでは。
- 尖椒土豆絲さん からの返信 2013/06/08 00:49:22
- RE: 公共交通機関で。
- はじめまして、尖椒土豆絲です。
今回の清東陵個人旅行に際し、沢山ジンさんのブログに助けられました。
旅行記って思い出と共に、次の旅行者の参考にもなり、いいものですね〜。
いつか敦煌まで行ってみたいものです。
> こんにちは。
>
> 旅行記拝見しました。
> 公共交通機関で、清東陵に行ったのは凄いですね。
> 私も行きましたが、中国人の友人に自家用車で連れて行ってもらいました。
> バス等で行けるんですね。。。
>
> 清東陵は、玄室が見れたりして、凄いところだなと見応えがありました。
>
> 清西陵もあるようなので、こっちもいずれ行ってみたいと思っています。
>
> それでは。
>
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- アルデバランさん 2013/05/12 07:27:11
- 大変貌にビックリ
- 尖椒土豆絲さん こんにちわ
その節はありがとうございました
おかげさまで鶏鳴驛、何とか行ってくることができました。
想像をはるかに超えた村で虜になってしまいました。
天津から入って薊県、崖関長城、清東陵行かれたんですね。
拝見してあまりの変化に大変驚きました…
天津も歴史の舞台として登場してくるだけあって見どころ色々ありそうですね。
こんど行ってみよっと。
そうですか、運ちゃんの張さん、居ましたか
懐かしいです…
北京の太廟は私も好きな場所で、ちょっと時間があるとよく行きます。
静かだし、あの巨大な柱の建物はほんとうに落ち着きます。
アルデバラン
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