2013/04/28 - 2013/04/28
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hidamari09さん
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労働節の休みを利用して河南省に旅行に行きました。
今回の旅の目的は体力の強化を念頭に、中国五岳の一つ崇山を登ることです。崇山は中国の五岳の中心に位置する山で、別名中岳と呼ばれています。近くにある少林寺の方が有名かもしれません。主峰の峻極峰は1372mの高さです。
2週間前に山東省の泰山を登っているので、意気揚々と登り始めたのですが・・・
歩き始めて、足が鉛が入ったように重いことに気づきました。
どうしたことだろう?
夜行列車が暑苦しくて寝苦しく良く眠れなかった、2週間前の泰山の登山の疲れが取れていない?
道端の案内板に「普通の人は十分往復が出来る」と書いてあります。それを実証するように脇を農家のお婆さんグループが追い越してゆきます。
目の前に急な石段が延々と続きます。階段を15段登っては一休み。歩みは遅々として進みません。普通4時間でのぼれるというところを6時間掛けてやっと登りました。
反面、休んでばかりいたので、目の前に迫る垂直の岸壁風景を十分堪能出来ました。崇山登山も結構多く、人気があります。ただ泰山と比べると、頂上に宿泊設備がない等は別にして、ちょっと面白みに掛ける嫌いは否めません。
下山してみれば、主峰まで登ったものの、計画の半分も消化できませんでした。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
-
旅行1日目の移動の記録です。
鄭州火車站/汽車站--登封市汽車站--崇陽書院--崇山登山--崇陽書院--登封市汽車站--鄭州汽車站 -
1551/1554次の普通空調列車の朝の6時55分に鄭州の駅に到着しました。
切符が取れたのは、硬?(二等寝台)の中段でした。
出かけるときは寒かったので、長袖の下着とズボン下を着用していました。河南省に来てみると気温が大分高めのようです。 -
鄭州火車站広場、駅の真向かい左手に「鄭州長途汽車中心」があります。
ここで、登封市行きのバスに乗ります。登封市は鄭州の南西65kmほどに位置し、崇山、少林寺への登り口になります。
長距離バスの切符代は 28元でほぼ1時間半を要します。
切符を購入したら、手荷物検査(レントゲン装置)を受け、そのまま出発口を出て、並んでいるバスの中から目的の車両を探し出して乗ります。
中国語が離せない場合は、近場の係員に切符を見せると、バスの方向を教えてくれます。 -
長距離バスはこのようなタイプが主流を占めています。
椅子は多少くたびれ気味です。7:33a.m.に出発しました。 -
9:00a.m「登封汽車客運総站」に到着しました。
中国人の旅行記では「公共バス2路、1元」で登り口の「崇陽書院」まで行くと書いてありました。ここで、駅前のバス停の表示には「1路」と「3路」しか表示されておらず、「2路」のバス停が見当たりません。
早速、白タクの運転手が群がってきます。「崇陽書院」まで20元でどうかとふっかけてきます。
無視して、「2路」バスのバス停を探します。汽車駅の広場から外に出て、訪ねます。中国で道を尋ねるときの鉄則は、少なくとも二人に聞くということです。二人の言うことが違っていたら、更に聞く相手を追加して、どちらが正しいかを確認、情報の信頼性をあげます。中国は国土が広いので、間違った情報で動くとその後の挽回が大変になります。
広場を左手に出た通りのバス停で地元のおばさんに「2路」の方向を聞きました。さらにその方向に歩いている爺さん「南陽人」に確認してました。
「2路」のバス停は汽車総站から1kmほど離れた場所にありました。
歩くのが大変な場合は、白タクではなく正規の料金メーターをつけたタクシーに乗ることをおすすめします。 -
わかりやすいように案内図を載せておきます。
汽車駅から2路のバス停までは、1km弱の距離です。
「2路」バスに乗ったら、行き先は終点の「崇陽書院」です。
バスは登封市内の商店街を抜けていきます。結構賑やかで、これはこれで楽しめるかもしりません。 -
10:30a.m.2路バスにのり10:50a.m.崇陽書院バス停車場に到着しました。停車場の真向かい、川をはさんだところが「崇陽書院」になります。
川を渡る橋はバス停を降りて、両側にあります。
「崇陽書院」の門の右側に石橋があります。その石橋沿いに歩いてゆく道が崇山への登山道です。
「崇陽書院」の門票は40元で、学生・60歳以上は半額だそうです。
切符もぎの女の子に、崇山の登山にどの位の時間がかかるかと聞くと、4時間はかかるといいます。閉門は午後の6時だそうです。
そこで先に崇山に登って帰りに寄ることにしました。 -
登山道はこのように石段が敷かれています。ここはまだアプローチの場所になります。
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「呂仙廟」、「崇唐現」を経て崇山の停車場にきました。ここから先は門票が必要で40元です。学生・60歳以上は半額になります。
このあたりから、上りになるのですが、足が異常に重いことに気づきました。すでに汗だくです。太原が寒いので、長袖の下着とズボン下を履いたままでした。
多くの中国人は手ぶらで登山をしています。旅館ないしは駅の荷物預かり所に荷物を預けているのでしょう。
私も、デイパックを預けてくればよかったと後悔しましたが後の祭り。 -
石段の上りが急になってきます。
足取りは遅々として進まず、すでに汗だくです。
たまらず、人気がないところまでゆき、長袖の下着とズボン下を脱ぎました。そして、上着と共にビニール袋に詰め、岩陰に隠すことで、背負う荷物の軽量化を図ります。
この隠した場所が、帰路に良くない結果をもたらすのですが、この時点では思いもよりませんでした。 -
無級老姆洞に到着しました。
ここに、女性の道士がいました。門をくぐった右手の一団下がった場所に住居があり、女道士が食器を洗っていました。顔を洗わせてもらうと同時に、ペットボトルに水を補給です。寺の脇にある黒いビニール管を見ると、水道水かもしれませんが、選択している余地はありませんでした。 -
本殿の前に石造りの塔らしきものがあります。
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じいさま、ばあさまに抜かれる。なさけないと感じながら、なんとか「中岳行宮」が見える場所まできました。ここで、すこし道が平坦になるので一息が付けます。
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ちょっと右を向くと、谷向こうの岩壁に「第一山」と大きく刻まれています。
このちょっと先の道沿いの岩に「神嶽」と刻まれています。そこを過ぎると「崇陽運動」と地殻変動の地層がわかりやすい場所になります。 -
峻極宮までの間は、目の間20-30メートルに垂直の壁が覆いかぶさってくるようにそそり立ちます。頂きを見るには首を90度倒し、さらに反り返る必要があるくらいです。
圧巻の景色です。この写真は4枚の写真を合成したものです。 -
峻極宮に背後の垂直の岩壁が覆いかぶさっています。頂上への上りは手前側が登り口になります。
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先ほどの「第一山」と刻まれた岩場の上の景色です。わかりにくいかもしれませんが、山の途中に見える東屋から、一気に尾根の鞍部に向かって階段が続いています。ここから見ると、岸壁に石段がぶら下がっているように感じられます。
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ここは峻極宮から山の途中の東屋に向かうまでの階段です。「天梯」と呼ばれる部分になるのでしょう。とても急な階段です。
傾斜計を持参しなかったのが心残りです。 -
途中の東屋の裏手から尾根の鞍部に向かって一直線に急な会談が続きます。
鞍部に到着しても安心はできません、そこから頂上まではさらに尾根沿いの上りが続くのです。 -
頂上に向かう途中から、鞍部の方を見ています。鞍部は正面の崖の裏側、大分離れた場所にあります。
この絶壁沿いに登山道が設けられていて、深い谷を覗き込むことが出来ます。
切り立つという表現が実感できる場所です。 -
頂上一歩手前の高台です。
「登封壇」、695年に女帝武則天がここに登って「封禅」という儀式を行った場所とのことです。
今は、その建物の基礎の部分だけが残っています。 -
主峰「峻極峰」に到着しました。
幅2mx長さ3mほどの面積です。
中国人は、この石碑の上、左手の崖につきだした岩に登って記念撮影をしています。強い風が吹いてバランスを崩すと、奈落の底に落ちて逝くのですが・・・
10:15a.m.に料金所のゲートをくぐり、頂上到達が3:51p.m.です。計画では午後の2時には登頂する予定だったので、2時間ほど遅れたことになります。 -
計画では、頂上を超え別ルートを経由して崇岳寺塔を見学する予定でしたがとても歩けそうにありません。午後4時に下山を開始です。左手に「二仙洞」に向かう途中の「白鶴観」が見えます。無念ですが、ここもパスせざるを得ません。
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山頂で売られている飲料水その他は、担ぎ上げられています。普通の人は、鉄柵に捕まって登る急な階段を、足を踏みしめながら1歩1歩上がってきます。この時間に登ってくる登山客がいます。
「峻極宮」まで下ったところで、白タクに声をかけられました。ここまで自動車道が通っているようです。時間が押していることもあり乗りたかったのですが、衣服を隠した場所はかなり下の方で、回収して戻ってくる元気はすでにありません。泣く泣く、重い足を引きずって下山です。 -
「崇陽書院」のバス停に戻ったのは6:30p.mです。このまま登封市に宿泊しても、足の状態から明日再度登ることはできそうにありません。次の目標の開封に歩を進めるには、鄭州に戻った方が良さそうです。登封市から鄭州の長距離バスの最終は7:00p.m.です。「2路」バスに乗り、往路と同じ経路を戻ります。
バスの停車場から1kmの道を頑張って歩き登封市の長距離バス停広場に曲がる角に辿りついたのは7:05。道路の角に、「登封-鄭州」を表示した大型バスが停まっていまsした。1番乗りで乗り込みました。何か優待があると言っていましたが、料金は25元でした。
鄭州駅の汽車総站に午後9時に到着し、火車駅までは歩きました。鄭州駅の西口側は、ホテル等が少ないので公共バス213路で鄭州駅の東側に移動し、今晩の宿泊地を探すことにしました。 -
10:00p.m.、鄭州火車駅の北出口に到着しました。
駅前で仕事帰りの旅館客引きのおばさんが、駅真向かい右側のホテルを紹介してくれました。60元の人利用部屋はすでに無く98元の部屋がありました。ただ、パスポートを出したところで、対応出来ないと断られてしまいました。
前を背広を着た二人連れが、このホテルの脇の奥に入っていきます(写真右上)、そこでついて行ってみました。ホテルの前で、一人が荷物をおいて会場の3Fの受付に上がっていきます。1Fが何かの倉庫らしく、異臭が漂います。早々に退散です。
半径50m、通りの真向かいも当たりましたが、旅行者が多くどこも満室であったり、パスポートを出すと断られたりで・・・
時間も午前11時を回ったこともあり、火車駅から離れてみることにしました。 -
駅前を東に向かい通りを一本すぎたところで、若い女の子の客引きにつかまりました。パスポートで泊まれるという条件を先に出し、旅館に案内されましたが、すでに満室でした。
再度通りに出たところで、おばさんの客引きが待っていました。福州とベトナム人が経営する場所でパスポートでも大丈夫だとうけあいます。
人ごみの中をかき分けついてゆくと、ビルの中に入り、エレベーターで20Fに上がりました。降りる客も構わず乗り込むので大変です。かなり大きいビルのようです。通路の両側は、個人の住宅と住宅を改造した簡易旅館が並びます。案内されたのはその内の一つです。 -
入口を入るとホールの両側に部屋が3部屋ずつ並びます。案内されたのは螺旋階段を登った壁際の部屋です。
足元を見て108元を要求してきます。
そこで、石鹸を探してくることを条件に泊まることにしました。
左側にバストイレがあります。
TVとネットワークの使えるパソコンの設置は最近の旅館に増えています。
この時期でなければ50元が相場というところでしょうか。 -
洗面台で汗まみれになったシャツ、下着、靴下を洗い。シャワーを浴びてベッドに倒れ込んで旅行1日目が終わりました。
朝から口にしたものは、オレンジ2個、クッキー15枚、ソーセージ1本、乾燥梅1袋だけです。ウェスト周りが一気に凹みました。
20Fの高層ビル、水道やシャワーは水圧が低く、流れる水はほそぼそです。これが日常だとすると、普通の日本人はおそらく我慢ができないでしょう。 -
20Fの部屋から見た、徐州市内の風景です。
避難路は、通路の両側に幅2.5mほどの階段が設けられています。消火設備は供えられておらず、火災発生時には逃げられそうもないと感じました。 -
翌朝、ビルを出て宿泊した場所を撮影してみました。
なるほど、ここに宿泊したのですね。
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