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犠牲祭最後の休日。<br />友人から誘われて、「世界ふしぎ発見」で紹介された地上絵、カイトサイトに行くことになった。<br />別の友人が借りてきた4WDに乗り、ヨルダンの東アズラックを目指した。<br /><br />アズラックはアラビア語で青色という意味だけど、<br />そこにあるアズラック城というお城の遺跡は真っ黒の玄武岩で作られている。<br />この玄武岩は、国境を越えたシリアの火山の爆発によってできたもの。<br /><br />東を目指すが、まちがって北のマフラックへ行ってしまった。<br />そして、シリア国境にまたもやついてしまった。<br /><br />ここには、ザータルキャンプというシリア難民のキャンプがあるが、<br />もちろん近づくことはできない。キャンプにいるのは、パスポートを持たないで入国した人たち。<br />国連はじめ各国の支援が入っている。マフラックの治安は最近悪くなったときくが、<br />国境は今日も平和そのもの。シリアは犠牲祭の間は停戦すると言っていた。<br />ただ、それでも戦闘で数十人はなくなったというから、形だけの停戦らしい。<br />シリアに入国するトラック。<br /><br />ヒジャーズ鉄道も草ぼうぼう。<br />シリア間の列車はもうずっと動かないまま。<br /><br />シリア国境沿いの道々はきっと旧街道だったのだろう。<br />ローマ遺跡が道沿いに点在する。<br />せっかくだから、修復もされていない、説明書きもない地域の名前しかないそれらの遺跡を見学しながら<br />アズラックを目指すことになった。<br /><br />青い空と、左にシリアの街や火山をみながら、砂漠とブドウ畑と同じような小さなアラブの村々の続く<br />「ローマ街道」(勝手にネーミング)をだらだらとドライブ。<br />白と黒や白と赤のハッタ(男性が頭に巻く布)やトーブ(男性のロングドレス)を身に着けたアラブ男性の出現率が<br />アップ。女性はどこでもヒジャーブというスカーフとロングドレスのアバヤ姿。<br />彫りが深く少し色黒で、アンマンあたりの人と何だか少しだけ顔が違う気がする。<br /><br />ふと、野原の真ん中に真新しい4WDとともに腕に鷹を持った人たちに出くわす。<br />「何してるんですかあ~」<br />鷹狩なんて初めて見る。<br /><br />羽にはセンサーがついている。<br />トリはハヤブサで、この辺りをこの季節に通過する渡り鳥をつかまえさせるそうだ。<br />彼らは、カタール人で鷹狩のためだけに4WDを連ねてやってきた。<br />趣味だけに生きられるオイルマネーの恩恵にあずかる、きっと王子様たちだろう。<br />ハヤブサはかえってこないことがあるので、センサーを頼りに追いかけるそうだ。<br />放った2羽のうち1羽は帰ってこなかったので、彼らは車で探しに去って行った。<br /><br />ふうん、こんな人たちにも出会える今日の旅は<br />次に何が起こるかわからない、いきあたりばったりの旅になりそうな予感。 <br /><br />ローマ時代の遺跡といわれているけれど、<br />ビザンチンかもしれないなあと遺跡を見て思った。<br />円柱の柱はローマっぽいけど、教会跡とと思われるところが<br />世界遺産のウンムアルラサスにそっくりなのと、<br />地面にモザイクのかけらが落ちているので。<br /><br />遺跡の修復のおかねはこの国にはないので、<br />保護や修復ができるのは外国からの援助のはいったものだけ。<br />あとは朽ち果てるがままに放置されたり、後世の人たちが自分たちの家を積むのに<br />石を持ち帰ったり。<br />埋蔵金伝説がここかしこにあり、<br />どこかに埋蔵金があると信じている人が都会のハイソのなかにはいる。<br />遺跡ハンターも多い。<br /><br />で、外国人くらいしか見に来ない遺跡をそぞろ歩いていると、<br />この国の人たちは、よそ者=外国人をほおっておかない。<br />そおっとしておいてくれない。<br /><br />時刻はお昼を過ぎた。<br />同行者の一人が、やかんと紅茶を持ってきたというので、<br />木陰でお茶を沸かしてののもうということになった。<br />持ってきたおにぎりも食べたい。<br />しかし、木がない砂漠。どこにも影がない。<br /><br />ので、しかたなく次の遺跡の石の陰で薪を探してお茶を沸かすことになった。<br />ところが、木がないということは薪になるものもないということ。<br />それでも遺跡の中で木切れを探していたら、村の子どもやおばちゃんやおじちゃんがやってきた。<br />「アッサーラムアライクム。中国人?何してるんだ」<br />「お茶を沸かすのに木切れを拾ってる」<br />「お茶なら自分ちによって飲んでけ」<br />こういってくれる人が村に必ず一人か二人はいる。<br /><br />「いや、自分たちで火をおこしたいんだ」<br />そうすると、出てきた大人や子どもが木切れを拾ってきて、あっという間に薪が集まった。<br />おばちゃんは子どもたちを怒り散らしながら、薪を拾えと叫んでるみたい。<br />おばちゃんは、風が少ないところで石でごとくを作り、さっさとやかんを置いて火をつけた。<br />あら~、影がよかったのに。<br /><br />ということで、村人に見つめられながらおじちゃんと一緒に紅茶を飲んだ。<br />おばちゃんといえば、しょっちゅう携帯が鳴っていたから、忙しかったんだろう。<br />お茶が湧くと帰っていった。<br />おいしかったな~<br /><br />そして私たちがおいとまするころ、<br />「英語話す人を連れてきたよ」とまたやってきた。<br />さよなら、私たちはもう行くよ。アズラックに行くんだ。<br /><br />なんておもしろいドライブなんだろう!!<br />ありがとう、ヨルダンの人たち。 <br /><br />一緒にお茶を飲んだおじちゃんが、<br />ここから5分のところに<br />何かがある、中はきれいだ、連れて行くから見に行こうと<br />しきりに言う。<br /><br />どっちなの?<br />あっち。<br />シリアじゃん。<br /><br />だってどこが境界かわからないけれど、丘のどこかからはシリアで、<br />街が見えるのだもの。<br /><br />昨年4月の内戦前はおじちゃんも何度もシリアへ行ったことがあると言っていた。<br />今は、行けない。ズドンだからな。<br />フォト<br /><br /><br />丘のそこかしこにコンクリートの監視小屋みたいなのがあって、<br />ヨルダン軍、シリア軍それぞれの兵士がいるという。<br /><br />「いやいやそこはヨルダンだから問題ない」とおじちゃん。<br /><br />何があるのかわからないけれど、しょうがないので<br />おじちゃんを車に乗せて村から砂漠に出ていく。<br />4WDで来ていてよかったというくらいの悪路だった。<br /><br />きっと、シリア軍もヨルダン軍ももうこっちに気づいているだろうなあ。<br /><br />おじちゃんが連れて行ったのは横穴の洞穴だった。<br /><br /><br /><br />内部はぺトラにあるのとよく似ており、ローマ以前のナバタイの遺跡のようだった。<br /><br /><br /><br />後世の人は冬家畜の保管場所に使っていたという。<br />2つの家の小さい穴には煙突まであった。<br /><br /><br /><br />おじちゃんはその後家によってお茶飲んで行けとしきりに言い、<br />最後には泊まっていけ、scomitchの名前は自分の末娘と同じ名前だといって<br />家族構成から、妻が死んで今は3人目の妻がいるなどと家族構成まで丁寧に説明した。<br /><br />明日から仕事だから泊まれないよ、私たちはアズラックに行くんだ。<br />ありがとう、おじちゃん。<br /><br />おじちゃんちのらくだ。<br />おじちゃんからキャンディーをもらってこりこり食べていた。<br />おなかには赤ちゃんがいる。<br /><br />おじちゃんは最後に言った。<br />あんたたたちだけであの洞穴に行くのは危険だから、村のだれかといった方がいいな。<br />あったりまじゃん!<br /><br />アズラック、そろそろつくかな? <br /><br />アズラック地方は、昔は緑の多いところだったと思われる。<br />湿地帯も少し残っていて、野生動物が保護されている。<br />渡り鳥の中継地点でもあるから、鷹狩の人たちが来るのだろう。<br /><br />アズラックはお城の遺跡でも有名。<br /><br />ハラナ城は十字軍の要塞だったが、その後宮殿やキャラバンの宿として使われていく。<br /><br />アズラック城は、3世紀ごろ、ローマ自体の要塞がその後ビザンチン、ウマイヤ、マムルークと受け継がれていく。<br /><br />世界遺産のアムラ城には、天体図や入浴する女性の色鮮やかな壁画も残っていて、<br />浴室、井戸もある。<br /><br />アムラを見ていると、王子様たちが召使を従えてやってきて、<br />狩りをし、夜は宴を行ったのではないかと想像を膨らませてしまう。<br />そうなると、現代の鷹狩りは、きっとアンマンの5つ星ホテルに滞在しながら<br />アズラックやマフラックの砂漠で鷹狩に興じているというのが、時代を超えても<br />受けつがれているのではと思えるのだ。<br /><br />さて、朝7時にアンマンを発って、そろそろ午後の3時を迎えるころ、<br />カイトサイトに到着。<br /><br /><br />これはもっと時代をさかのぼる5000年前~12000年前といわれるから、気が遠くなる。<br />狩猟時代。気が遠くなる。<br /><br /><br />グーグルアースの写真を見てみると、ちょうど凧の形をしていて、<br />動物を追い込むための形に玄武岩が積まれているのがわかる。<br />中には捕獲した動物の保管場所、住居跡もある。<br /><br />上から見ると、菊のご紋のように花びらを合わせたような形もある。<br />私たちが立ち寄ったのは直径100メートルくらいの花びら型。<br />そもそもカイトは数十か所確認されており、残念ながらTVで紹介されたところは、<br />自分たちの今のステイタスでは行くことを禁じられている地域に当たり、行けなかった。<br /><br />玄武岩のところなのに、中には固いとがった石の破片が落ちていたりする。<br />動物の皮をはぐ矢じり。<br />矢じり探しが始まった。<br />誰かがIPODで「矢切りの渡し」を流し、<br />演歌を歌いながらしたばかり向いて探す探す。<br />それらしき石をお土産に、<br />西に沈む真っ赤な太陽をおいかけながら、長い1日は終わった。<br /><br />連れて行ってくれた友人のみなさまに感謝です。

シリア、ヨルダン国境へ~目的地まで8時間

12いいね!

2012/10/29 - 2012/10/29

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scomitcheese

scomitcheeseさん

犠牲祭最後の休日。
友人から誘われて、「世界ふしぎ発見」で紹介された地上絵、カイトサイトに行くことになった。
別の友人が借りてきた4WDに乗り、ヨルダンの東アズラックを目指した。

アズラックはアラビア語で青色という意味だけど、
そこにあるアズラック城というお城の遺跡は真っ黒の玄武岩で作られている。
この玄武岩は、国境を越えたシリアの火山の爆発によってできたもの。

東を目指すが、まちがって北のマフラックへ行ってしまった。
そして、シリア国境にまたもやついてしまった。

ここには、ザータルキャンプというシリア難民のキャンプがあるが、
もちろん近づくことはできない。キャンプにいるのは、パスポートを持たないで入国した人たち。
国連はじめ各国の支援が入っている。マフラックの治安は最近悪くなったときくが、
国境は今日も平和そのもの。シリアは犠牲祭の間は停戦すると言っていた。
ただ、それでも戦闘で数十人はなくなったというから、形だけの停戦らしい。
シリアに入国するトラック。

ヒジャーズ鉄道も草ぼうぼう。
シリア間の列車はもうずっと動かないまま。

シリア国境沿いの道々はきっと旧街道だったのだろう。
ローマ遺跡が道沿いに点在する。
せっかくだから、修復もされていない、説明書きもない地域の名前しかないそれらの遺跡を見学しながら
アズラックを目指すことになった。

青い空と、左にシリアの街や火山をみながら、砂漠とブドウ畑と同じような小さなアラブの村々の続く
「ローマ街道」(勝手にネーミング)をだらだらとドライブ。
白と黒や白と赤のハッタ(男性が頭に巻く布)やトーブ(男性のロングドレス)を身に着けたアラブ男性の出現率が
アップ。女性はどこでもヒジャーブというスカーフとロングドレスのアバヤ姿。
彫りが深く少し色黒で、アンマンあたりの人と何だか少しだけ顔が違う気がする。

ふと、野原の真ん中に真新しい4WDとともに腕に鷹を持った人たちに出くわす。
「何してるんですかあ~」
鷹狩なんて初めて見る。

羽にはセンサーがついている。
トリはハヤブサで、この辺りをこの季節に通過する渡り鳥をつかまえさせるそうだ。
彼らは、カタール人で鷹狩のためだけに4WDを連ねてやってきた。
趣味だけに生きられるオイルマネーの恩恵にあずかる、きっと王子様たちだろう。
ハヤブサはかえってこないことがあるので、センサーを頼りに追いかけるそうだ。
放った2羽のうち1羽は帰ってこなかったので、彼らは車で探しに去って行った。

ふうん、こんな人たちにも出会える今日の旅は
次に何が起こるかわからない、いきあたりばったりの旅になりそうな予感。

ローマ時代の遺跡といわれているけれど、
ビザンチンかもしれないなあと遺跡を見て思った。
円柱の柱はローマっぽいけど、教会跡とと思われるところが
世界遺産のウンムアルラサスにそっくりなのと、
地面にモザイクのかけらが落ちているので。

遺跡の修復のおかねはこの国にはないので、
保護や修復ができるのは外国からの援助のはいったものだけ。
あとは朽ち果てるがままに放置されたり、後世の人たちが自分たちの家を積むのに
石を持ち帰ったり。
埋蔵金伝説がここかしこにあり、
どこかに埋蔵金があると信じている人が都会のハイソのなかにはいる。
遺跡ハンターも多い。

で、外国人くらいしか見に来ない遺跡をそぞろ歩いていると、
この国の人たちは、よそ者=外国人をほおっておかない。
そおっとしておいてくれない。

時刻はお昼を過ぎた。
同行者の一人が、やかんと紅茶を持ってきたというので、
木陰でお茶を沸かしてののもうということになった。
持ってきたおにぎりも食べたい。
しかし、木がない砂漠。どこにも影がない。

ので、しかたなく次の遺跡の石の陰で薪を探してお茶を沸かすことになった。
ところが、木がないということは薪になるものもないということ。
それでも遺跡の中で木切れを探していたら、村の子どもやおばちゃんやおじちゃんがやってきた。
「アッサーラムアライクム。中国人?何してるんだ」
「お茶を沸かすのに木切れを拾ってる」
「お茶なら自分ちによって飲んでけ」
こういってくれる人が村に必ず一人か二人はいる。

「いや、自分たちで火をおこしたいんだ」
そうすると、出てきた大人や子どもが木切れを拾ってきて、あっという間に薪が集まった。
おばちゃんは子どもたちを怒り散らしながら、薪を拾えと叫んでるみたい。
おばちゃんは、風が少ないところで石でごとくを作り、さっさとやかんを置いて火をつけた。
あら~、影がよかったのに。

ということで、村人に見つめられながらおじちゃんと一緒に紅茶を飲んだ。
おばちゃんといえば、しょっちゅう携帯が鳴っていたから、忙しかったんだろう。
お茶が湧くと帰っていった。
おいしかったな~

そして私たちがおいとまするころ、
「英語話す人を連れてきたよ」とまたやってきた。
さよなら、私たちはもう行くよ。アズラックに行くんだ。

なんておもしろいドライブなんだろう!!
ありがとう、ヨルダンの人たち。

一緒にお茶を飲んだおじちゃんが、
ここから5分のところに
何かがある、中はきれいだ、連れて行くから見に行こうと
しきりに言う。

どっちなの?
あっち。
シリアじゃん。

だってどこが境界かわからないけれど、丘のどこかからはシリアで、
街が見えるのだもの。

昨年4月の内戦前はおじちゃんも何度もシリアへ行ったことがあると言っていた。
今は、行けない。ズドンだからな。
フォト


丘のそこかしこにコンクリートの監視小屋みたいなのがあって、
ヨルダン軍、シリア軍それぞれの兵士がいるという。

「いやいやそこはヨルダンだから問題ない」とおじちゃん。

何があるのかわからないけれど、しょうがないので
おじちゃんを車に乗せて村から砂漠に出ていく。
4WDで来ていてよかったというくらいの悪路だった。

きっと、シリア軍もヨルダン軍ももうこっちに気づいているだろうなあ。

おじちゃんが連れて行ったのは横穴の洞穴だった。



内部はぺトラにあるのとよく似ており、ローマ以前のナバタイの遺跡のようだった。



後世の人は冬家畜の保管場所に使っていたという。
2つの家の小さい穴には煙突まであった。



おじちゃんはその後家によってお茶飲んで行けとしきりに言い、
最後には泊まっていけ、scomitchの名前は自分の末娘と同じ名前だといって
家族構成から、妻が死んで今は3人目の妻がいるなどと家族構成まで丁寧に説明した。

明日から仕事だから泊まれないよ、私たちはアズラックに行くんだ。
ありがとう、おじちゃん。

おじちゃんちのらくだ。
おじちゃんからキャンディーをもらってこりこり食べていた。
おなかには赤ちゃんがいる。

おじちゃんは最後に言った。
あんたたたちだけであの洞穴に行くのは危険だから、村のだれかといった方がいいな。
あったりまじゃん!

アズラック、そろそろつくかな?

アズラック地方は、昔は緑の多いところだったと思われる。
湿地帯も少し残っていて、野生動物が保護されている。
渡り鳥の中継地点でもあるから、鷹狩の人たちが来るのだろう。

アズラックはお城の遺跡でも有名。

ハラナ城は十字軍の要塞だったが、その後宮殿やキャラバンの宿として使われていく。

アズラック城は、3世紀ごろ、ローマ自体の要塞がその後ビザンチン、ウマイヤ、マムルークと受け継がれていく。

世界遺産のアムラ城には、天体図や入浴する女性の色鮮やかな壁画も残っていて、
浴室、井戸もある。

アムラを見ていると、王子様たちが召使を従えてやってきて、
狩りをし、夜は宴を行ったのではないかと想像を膨らませてしまう。
そうなると、現代の鷹狩りは、きっとアンマンの5つ星ホテルに滞在しながら
アズラックやマフラックの砂漠で鷹狩に興じているというのが、時代を超えても
受けつがれているのではと思えるのだ。

さて、朝7時にアンマンを発って、そろそろ午後の3時を迎えるころ、
カイトサイトに到着。


これはもっと時代をさかのぼる5000年前~12000年前といわれるから、気が遠くなる。
狩猟時代。気が遠くなる。


グーグルアースの写真を見てみると、ちょうど凧の形をしていて、
動物を追い込むための形に玄武岩が積まれているのがわかる。
中には捕獲した動物の保管場所、住居跡もある。

上から見ると、菊のご紋のように花びらを合わせたような形もある。
私たちが立ち寄ったのは直径100メートルくらいの花びら型。
そもそもカイトは数十か所確認されており、残念ながらTVで紹介されたところは、
自分たちの今のステイタスでは行くことを禁じられている地域に当たり、行けなかった。

玄武岩のところなのに、中には固いとがった石の破片が落ちていたりする。
動物の皮をはぐ矢じり。
矢じり探しが始まった。
誰かがIPODで「矢切りの渡し」を流し、
演歌を歌いながらしたばかり向いて探す探す。
それらしき石をお土産に、
西に沈む真っ赤な太陽をおいかけながら、長い1日は終わった。

連れて行ってくれた友人のみなさまに感謝です。

同行者
友人
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
レンタカー
  • シリアとヨルダンの国境ゲート

    シリアとヨルダンの国境ゲート

  • ヒジャーズ鉄道<br />詳しくは↓<br />http://4travel.jp/traveler/scomitcheese/album/10783084/

    ヒジャーズ鉄道
    詳しくは↓
    http://4travel.jp/traveler/scomitcheese/album/10783084/

  • 名前は忘れましたが、一番目に立ち寄った遺跡。<br /><br />Umm As Srhanだそうです。<br />遺跡の名前というより集落の名前をとっています。

    名前は忘れましたが、一番目に立ち寄った遺跡。

    Umm As Srhanだそうです。
    遺跡の名前というより集落の名前をとっています。

  • 今となってえは記憶が定かではありませんが、ウンム アル ジマルだったかな?<br /><br />Umm As Shirabだそうです。<br />シラブとは蜃気楼を意味します。<br />ウンムはお母さん。「シラブのお母さん」という地名。

    今となってえは記憶が定かではありませんが、ウンム アル ジマルだったかな?

    Umm As Shirabだそうです。
    シラブとは蜃気楼を意味します。
    ウンムはお母さん。「シラブのお母さん」という地名。

  • 巨大サボテン。<br />夏にはこぶしほどの大きさの熟した実を食べます。<br />熟した柿を食べる感じで、甘いです。

    巨大サボテン。
    夏にはこぶしほどの大きさの熟した実を食べます。
    熟した柿を食べる感じで、甘いです。

  • 遺跡3つ目。<br /><br />Umm Al Barjと教えてもらいました。

    遺跡3つ目。

    Umm Al Barjと教えてもらいました。

  • 孫を抱いたおじちゃんが、しきりに家によってお茶を飲んでいけと誘ってくれました。

    孫を抱いたおじちゃんが、しきりに家によってお茶を飲んでいけと誘ってくれました。

  • カタールから来た鷹狩の人たち

    カタールから来た鷹狩の人たち

  • 現代のアラブの王子様なのかしら?<br />

    現代のアラブの王子様なのかしら?

  • 4つ目の遺跡、Khirbat Dayr al Kahf。

    4つ目の遺跡、Khirbat Dayr al Kahf。

  • おばちゃんがお茶を沸かしてくれました。<br />れもんはちみつを入れていただきました。

    おばちゃんがお茶を沸かしてくれました。
    れもんはちみつを入れていただきました。

  • シリア・ヨルダン両軍の塚が見えました

    シリア・ヨルダン両軍の塚が見えました

  • おじちゃんが案内してくれた遺跡〜外国人で訪れたのは初めてみたい

    おじちゃんが案内してくれた遺跡〜外国人で訪れたのは初めてみたい

  • シリアの街もみえました

    シリアの街もみえました

  • 道端に羊の群れ。

    道端に羊の群れ。

  • やっとアズラックに着きました。<br />目印のT字路から北へ来た道を戻り、車のメーターでかっきり測って1.5キロに車を止めます。<br /><br />車を降りて東の方角に目分量で300mくらい歩くと、到着です。まるで、宝さがしみたいでわくわくします。<br />凧のような形の狩猟あと。<br />GPSで用意周到に調べてくれた友人がいるので、ありがたくたどり着けます。<br />そうじゃないと絶対無理です。<br /><br />石器時代の狩猟のあと、カイトサイト<br /><br />次に行ったときには、このカイトサイトの北2〜300mのところに、石を並べなおしてフットサル場ができていました。ゴールも石で囲ってありました。現代のカイトサイト。後世の人たちはこれを見て、何の跡って思うんでしょうね?

    やっとアズラックに着きました。
    目印のT字路から北へ来た道を戻り、車のメーターでかっきり測って1.5キロに車を止めます。

    車を降りて東の方角に目分量で300mくらい歩くと、到着です。まるで、宝さがしみたいでわくわくします。
    凧のような形の狩猟あと。
    GPSで用意周到に調べてくれた友人がいるので、ありがたくたどり着けます。
    そうじゃないと絶対無理です。

    石器時代の狩猟のあと、カイトサイト

    次に行ったときには、このカイトサイトの北2〜300mのところに、石を並べなおしてフットサル場ができていました。ゴールも石で囲ってありました。現代のカイトサイト。後世の人たちはこれを見て、何の跡って思うんでしょうね?

  • 帰りに通ったハラナ城。(写真は別の日に撮ったものです)<br /><br />35m四方の真四角のお城です。敷地の外のテントのわきには、無造作に大きな魚の化石がごろごろ。保存しなくていいの?風化しちゃうよ。<br />

    帰りに通ったハラナ城。(写真は別の日に撮ったものです)

    35m四方の真四角のお城です。敷地の外のテントのわきには、無造作に大きな魚の化石がごろごろ。保存しなくていいの?風化しちゃうよ。

  • 世界遺産のアムラ城、壁画が鮮やかに残っています。<br /><br />アムラ城やアズラック湿地帯はこちら↓<br />http://4travel.jp/traveler/scomitcheese/album/10783084/

    世界遺産のアムラ城、壁画が鮮やかに残っています。

    アムラ城やアズラック湿地帯はこちら↓
    http://4travel.jp/traveler/scomitcheese/album/10783084/

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