2001/08/12 - 2001/08/19
84位(同エリア219件中)
鼻毛マンさん
砂漠の国オマーン。
ここに住む人々からは、人を騙す、人を陥れるという感情をまったく感じませんでした。
人になにか頼られると精一杯答える文化があるかのようでした。
訪れてみて気づいた事は極めて過酷な生活環境。
水を求めて彷徨ってきた過去からか、人が困っているときは助けてあげないと、後に自分が困ったときに助けてもらえないから。
そんな風に感じ取ることができました。
この過酷な環境では、人に頼らないと本当に死んでしまうからなのだと受け取っています。
水のあるところに人が集まり、水のあるところに子供達の笑顔がある。
そしてUAEに越境した途端、水で溢れかえった街と文明。
多くの事を学びとることができた旅行でした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 1.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
8月12日(日) 日本出国
当初の目的地であるオマーンへは直通便は無く、香港とドバイ2箇所の乗り継ぎを経てやっと辿り付く旅程となっている。
香港までが約4時間。ドバイまでが約10時間。オマーンまでが約1時間。
乗り継ぎ時間を合わせると、トータル21時間の長旅だ。
ユナイテッドのきれいなスチュワーデスを覗き見しながら気を引き締めると、じきに香港に着いた。
98年7月にオープンしたばかりの、このきれいな空港に降り立つと、その広さに驚く。
ターミナルの広さは以前の空港のおよそ6倍。
充分なスペースを余すことなく巧みに利用した機能的で美しい作り。
あまりに多くの出発ゲートの数に、遠くのゲートが霞んで見える。
新しい空港が出来たお陰で、香港の代名詞とまでなった市街スレスレ飛行を見る事はできなくなったが、そんな気持ちをも払拭するほどの素晴らしい空港だ。
国際都市香港を彷彿とさせる空港。
人は、香港インターナショナルエアポートと呼ぶ。 -
8月13日(月) 乗り継ぎを経てオマーン入国
香港時間22時25分発のドバイ行きエミュレーツは、ドバイ時間4時25分に着く10時間の真夜中フライト。
ドバイからマスカットまでは直線距離にして300Kmと近く、1時間弱のフライト。
それでも国際線には違いなく、朝食が慌しく出た。
上ったと思ったら朝食で、食ったと思ったらもう下る。実に慌しい。
マスカットに降り立つと、香港、ドバイで見たような国際都市空港の様は見られず、普通の地方都市空港のそれが気分を落ち着かせる。
ガイドの名はラシャーダ。
彼が今日と明後日のガイドを担当してくれる、生粋のオマーン人だ。
オマーンの民族衣装は「ディシェダァーシャ」といい、白いポリエステルでできたロングで長袖のさらさらした服を着る。
暑くないのだろうか? とも思ったが、彼らは実に涼しげだ。
あまりにもキツイ太陽光線に、肌を隠すよう工夫をなしたものなのだろう。
頭には「マッサーラ」というタオルを巻いたものをかぶる。
ラシャーダと共にマスカット市内観光に繰り出す。 -
マスカット港の魚市場
-
マスカット湾
透明度の高さはさすが。 -
SOUQ(マーケット)
ここでオマーンの民族衣装は「ディシェダァーシャ」を着せてもらったが、まったく似合ってない。 -
門が堅く閉ざされていた。マスカット王宮
-
FORT(砦)を順に見て行く。
-
同時にガイドからオマーンの人々に関する様々な習慣について勉強する。
昼食は地元のローカルレストランで取ることになった。
オマーンはイスラム教であるため、肉は鳥と羊、稀に牛。
魚は普通に食べるが、豚肉とアルコールが無いのが特徴だ。
アルコールはホテルにはあるが、外で飲むのはダメ。
豚肉に関してはホテルにさえ無い。
そして出て来た食事の量に驚く。
日本人の3人分はありそうな、その量が1人分だという。
食事は手掴みで食べるのだが、これがけっこう難しい。
掴もうとしても少ししか掴めず、せっかく掴んだものも口に運ぶまでに大半がこぼれおちる。 -
8月14日(火) オマーン東部
オマーンに来たならばぜひとも行きたかった場所がある。
それがワディバニ・ハリー。
オマーンは国全土のほとんどが砂漠で埋もれた国。
その砂漠の中にいくつか点在するオアシスの中で最も美しい場所。
と、ガイドブックには書いてあった。
昨日、現地の旅行会社に無理言ってガイドと車を手配したのだ。
車に乗りながら今日のルートを聞く。
ワエバーサンド(砂漠)、ワディバニ・ハリー、イブラ、アルフェイラ、ムディブル..
初めて聞く地名を地図を見ながら確認しつつ、最初の目的地の砂漠まで3時間弱のドライブを楽しむ。 -
車が道脇に逸れ、イン・デサート。
砂でふにゃふにゃする車をイプラヘムのアクセルワークで制御しながら奥へ奥へ..
すると人が住んでいそうな掘建て小屋と木陰で休むラクダが現れた。
呑気なこと言って写真を撮るとガイドが言う。
「ここはベトウィンの家だ」
「住むところが無く、砂漠に住んでいるんだ」 -
ワディバニ・ハリーの入り口
ワディとは日本語で枯れた川を差す。
車が進むのをわくわくしながら見ていると、「ワディバニ・ハリー」の看板が出て来た。 -
看板の従い山越え谷越え進と、突然の行き止まり。
ガイドが車を降りて歩き出した。続いて歩く。
500mほど歩いただろうか。
青色の水を湛えた大きな池が眼下に広がる。
池の中と周りには土地の人々が水と戯れる。
皆、ニコニコとした笑いを例外無く身に纏っている。
水の中の若人が話し掛けて来る。「入らないの?」
実に屈託が無い。 -
奥に進み小高い崖の上に立ち、皆が戯れる姿を遠く見下ろすと、
笑顔の理由がしみじみとわかるような気がした。
「水が好きなんだな..」
日本ではさして珍しくもないコールドスプリングが、ここではこの上なく美しい場所に様変わりする。
その風景に暫しの時間酔うことができたことは幸運だったのかもしれない。 -
オアシスを後にし、ガイドに腹が減ったことを告げる。
写真は道中に立ち寄ったローカルレストラン。
注文の仕方はいたってシンプル。
牛か羊か鳥か?
ナンかライスか?
オーダー時に必ず伝えなければならないが"ノーホット"
これを伝えないと、現地の人と同じ容赦ない辛さの食事が出てきてしまう。
好みを伝えて出てきたのは、なにやら訳のわからない肉料理。
これがまた美味い。大阪のうどんより旨い。
そんな気がした素晴らしいランチだった。 -
イブラ、アルフェイラ、ムディブルを通過しつつ、男禁制の砦ナハルフォートを通過。
残念だがここには入れない。 -
8月15日(水) オマーンからUAEへ越境
今日はニズワに立ちよりつつUAEのアラインまで行く。
ニズワへの途中、遺跡のような家々が山の中腹に点在するファンジャ。
ここには美しいオアシスと古い町並みも存在する、宿町といったところ。 -
命の綱である整備された水路に水が流れ、子供たちがはしゃいでいる。
オアシスに来るとわかるのだが、人は水のまわりに集まり、そして水のあるところでは皆笑顔だ。
町の中心に豊富に湧き出る泉。
洗濯する、生活用水を得る、そして、水と遊ぶ。
水を求めて掘った井戸から黒いドロドロの液体が出た時、人はどういう気持ちになったのだろうか。
心に深く残る人々の笑顔を噛み締めながら、ニズワへ向かった。 -
ニズワのフォート
海の町であるマスカットは海産物が豊富だったが、内陸のニズワは野菜や果物が豊富だ。
この特色を生かし、マスカットとの間でトレードが盛んだと聞く。 -
フォートと隣接したキャッスルには入場して、フォートの最上部から町並みを
一望すると、ささやかな家々と広大なデェイトの木々。
この開けた町も、所詮はオアシスの一部に過ぎないのだ。 -
ホテルでランチBOXを受け取り、ジュベル・アフダルへ行く。
山らしき所に差しかかりはじめると、途端に舗装道路から4駆でないと登れそうもない高低激しいジャリ道に変化する。
かれこれ1時間はこうしていただろうか。
いい加減気持ち悪くなってきた頃、絶壁らしきものが見えてきた。 -
車を止め、外に出ると、そこはTVでしか見られないかのようなダイナミックなえぐれた岩山。
下まで数百メートル。
いや、千メートルを越すかのような谷。
こんな地形が、自分のすぐ目の前に姿を現していることの驚き。
ガイドが口を開く。
「ここは、世界中の登山家がトレッキングに来る場所なんだ。」
百聞は一見に如かず。
とても説得力のある説明を聞きながら、取って置きのランチタイムを体験した。 -
ジュベル・アフダルを後にしバハラァへ。
バハラァはニズワから50K程度離れた場所にある小さな村。
そしてこの村の周囲12Kを取り囲む城壁。
これがオマーンの万里の長城と呼ばれ、世界遺産にも登録されている。
現在は修復中で、城壁の中に入ることはできなかった。 -
しかし、郊外にあるジャブリンキャッスルには入場。
-
落とし穴、油流し窓、ダミー扉、抜け道..
まるで忍者屋敷のようだ。
今思えばこの時が一番暑く感じ、おそらく50度程度はあったように思える。
車に戻りがぶ飲みした水がとてつもない美味さ。
こんな美味い水は、そうそう飲めないのではないだろうか。 -
本日の観光すべて終了し、一路UAEへの国境を目指す。
バハラァから150Kの距離。
道の両脇に砂漠を従え、まっすぐUAE・アラインを目指す。
時間にして2時間程経ったのだろうか。
目の前の道に検問所のような建物が見える。
「あれがボーダーラインか..」
ガイドに問い掛けると堅い表情で頷く。
その表情を見て、この越境が簡単ではないことに気づいた。
しかしこの場に及んで心配しても仕方がない。
ラシャーダにすべてを委ね、さぁ越境。
オマーン出国クリア!
UAE入国前の保険手続きもクリア。
そしてUAE入国.. な、なんと失敗!
原因は自分にあった。
オマーンのビザは旅行会社が用意していてくれたが、UAEのビザが用意されていないのだ。
日本の旅行会社へ申し込んだ際、ビザはオマーンだけで良いのかと聞いて、UAEはビザがいらないから大丈夫だと言われたのを真に受けた
結果、このようなアクシデントに相成った。
直前に買ったガイドブックに、UAEはビザが必要。
しかも日本では取得できないと説明があったが、旅行会社がいらないといってるから大丈夫だろうという甘い考えが、無用のトラブルを招いたと
言っていいだろう。
ガイドは言う。
「今、旅行会社のボスが話を付けているところだ。」
「それでもダメなら、戻って違う国境から入ろう。」
オマーンとUAEの狭間で待つこと1時間。
ボスがUAE入国審査人を説得してくれ、ようやく30日間限りの緊急ビザの取得に成功。
以前、ペルーで列車に置いて行かれた時依頼の大ピンチだった。 -
なんとかUAE領土に立ち入ると、そこには水と緑が湧きかえる豊かな楽園が広がっていた。
途端に増える交通量と芸術性を持たせた建物達。
今夜の宿とするROTANAホテルは、そんなUAEアラインの街を代表とする五つ星ホテル。
ロビーの豪勢さ、中庭に存在する大きく美しいプール。
これまでオマーンで体験してきたことが、まるで嘘かのような一夜を過した。 -
8月16日(木) アラインからドバイへ
UAEのガイドはアルフレット。
アルフレットの運転する車に乗り込み、アラインの街を走り出すと、街の至るに噴水が点在しているのが見える。
富の象徴が水であることは、この国でも変わらないようだ。
博物館でUAEの歴史を勉強し、ラクダ市場へ移動。
アラブの石油王のような威厳のある富豪がステッキ片手に買い付けをしている姿には一見の価値を感じた。 -
小1,2時間を経てハッタプールというオアシスに立ち寄る。
ここはオマーンで観たワディバニ・ハリーの子供版といった風情だろうか。
ごく浅いプール状の水が清らかにたたずんでいる。
この地にいると、規模の大小に関わらず水のそばにいるというだけで、安心感を得られるのが不思議だ。
ハッタプールの近くで車を停め、アルフレットがランチの仕度を始めた。
するとランチの香りに近くの山羊達が集まりだした。
これは貴重なお昼だ。 -
お昼を終え、ハッタ村のフォート(見張り塔)が有名な場所に移動。
村の一角がテーマパークのようになっており、人々の暮らしが紹介されていた。
この炎天下の中、小1時間も観まわっただろうか、さすがにくたくたになったところで、いよいよドバイに移動だ。 -
2時間も車を海に向かって走らすと、遠く向こうにビルが霞んで見えて来た。
今までみたこともなかったかのような、ビル達が一箇所に列挙して群立している
その姿は、砂漠を見慣れたきった目に、実に新鮮に跳び込んでくる。
「あれがドバイかぁ..」
車を進める度に、ぐんぐんビルが大きくなる。 -
ビルの形は、皆総じてユニーク。
地震の無い、この地ならではの建築物ということなのだろう。
ホテルにチェックインの後、アラビア湾に面したドバイの街に出る。
目的はゴールドSOUQを中心とした市内観光と、クリーク(入り江)を渡す渡し船に乗ること。
ホテルからクリーク沿いにアブラと呼ばれる水上タクシーの発着地点を目指す。
距離にしてほんの2K程度の散歩道なのだが、なぜかとても疲れる。
どうやらこのとてつもない暑さが、体力を奪っているようだ。
(後でわかったのだが、このとき気温は50度を超えていた)
ホウホウの態でなんとかアブラ乗り場に着き、周りの人の真似をして乗ってみる。
船が客で一杯になると船乗りが客からお金を徴収しに来た。
隣の人の動きを見ながら50Fils(約15円)を渡し、さぁ出港。
船が移動する風が、体にとても心地いい。
乗っている時間は3分程度だっただろうか。 -
向こう岸に付き、颯爽と舞い降りて、辺り一面に広がるSOUQを見て周る。
雑貨、電気製品、洋服、床屋、パン屋..
ここには、ドバイの人達の生活の糧となるもの達ばかりが売られている。
日用品に取り囲まれると、あたかも自分が現地人になったような錯覚がまた楽しい。 -
再度、アブラを使って、もう一度向こう岸へ。
今度はゴールドSOUQの近くまで行くアブラを選んで乗ってみた。
金の街として世界的に有名なドバイを象徴する、このゴールドSOUQ。
学校の校庭程の敷地に、実に数百を数える金ショップが建ち並ぶ様は壮観だ。 -
夕方近く暗くなると一種異様な輝きが、このゴールドSOUQから発っせられる。
-
8月17日(金) ドバイ市内観光とバーベキューサファリ
バーベキューサファリの迎えが午後3時の予定だったのでそれまで街に出て、1時間だけクリークで船を借りてみた。
ドバイの美しい街並みを観ながら船が動くと、途端に心地よい風が作り出される。
ホテルに戻り3時の出発まで身体を休めていると、程なく迎えが来た。
迎えの4WDに乗り込むと、なんと日本人が4人もいる、そして2人は女の子。
ちょっと嬉しい。
と、思ったら、2人の男性はどうやらシンガポールから来た人のようだった。
しかし、2人の女性は紛れも無く純粋な日本人。
久しぶりの日本語の会話が実に懐かしい。
このツアーのテーマは4つある。砂漠を4WDで突っ走ること。ラクダ牧場でたくさんのラクダと戯れること。バーべキューディナーを楽しむこと。
そして、ベリーダンサーと一緒に踊ること。
砂漠に入る入り口まで4WDを乗り付けると、既に何台かの4WDが着いている。
そこでタイヤの空気を抜く作業を行い、何台かで連なって砂漠を横断してゆくらしい。
しばらくまつと、来るわ来るわ総勢12台の4WD。
12台の4WDが、砂漠の凹凸を連なって移動する姿は壮観だ。 -
ラクダ牧場に立ち寄りラクダと戯れてみた。
今思うとよく後ろ足で蹴られなかったものだ。 -
バーベキューポイントに到着し、砂漠ボードを楽しむ。そんなこんなでバーベキュータイム。
缶ビールが用意されていたので、ビールを飲みながらバーベキュー。
そのうち皆が中央のステージに集まり出す。
どうやらベリーダンスが始まるらしい。
いそいそとステージに近いところに移動すると、ステージの向こうの松明に
炎が燈され、一種官能的な音楽が流れ始める。
と、ステージに踊り子が入って踊り始めた。
ベリーダンスとは、「ベリー」が「おなか」、つまりおなかで踊るダンスのこと。
踊り子は美しいおなかを出して、優雅に踊り始める。
架橋に入ると、周りの客を引っ張り出して一緒に踊り始める。
僕も引っ張り出されたので、日本人の女の子2を引っ張って一緒に踊る。
思えば、この時が一番楽しかったような気がする。 -
8月18日(土) ドバイから香港へ
飛行機はドバイを午前3時15分に発ち香港に17時45分到着。
有名な夜景、足裏マッサージを経て一泊の後に帰国。
この旅程を終えた。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- fuzzさん 2013/12/18 07:16:32
- オマーン・UAE
- 鼻毛マンさん、はじめまして。
アラブの旅行記拝見しました。
私もUAEに行きましたが2012年でしたかね。
鼻毛マンさんは、2001年に行ったのですか〜
私がドバイを初めて知る一年前に行ったのですね(#^.^#)
情報早いですね。
とても、会社の方に「二世代くらい遅れている」なんて思えないですよ。
(プロフィール拝見しました)
鼻毛マンさんの旅行記を拝見して、私も、ドバイの写真アップしていないのが沢山あるので、思い出のとか旅行記を改めて作ってみようと思いました。
fuzz
- 鼻毛マンさん からの返信 2013/12/18 20:56:21
- いまは1.5世代の遅れに取り戻したそうです
- 初めまして! fuzzさん。
素敵なコメントありがとうございます。
fuzzさんのコメント読んで気になって、会社の人にツイッター登録したよ!って話したら、1.5世代の遅れに少し取り戻しましたねって言われました。
少しだけ進歩したみたいです。
世の中の旅人はフェイスブックを駆使していろんな人といろんな情報のやりとりしているみたいで、そろそろフェイスブック始めたらどうですか?って追加で言われてもしまいました。
う〜ん… フェイスブックってなんだろ?
ここから始めなければならないからたいへんです。
ドバイには2001年に行きましたが2008年にもトランジットで立ち寄ってます。
この間、変わったかな?って思いながら行きましたが、そんなに変わってませんでした。
急速に発展し続けていると言われるドバイですが、あまり変わらないのも一つの魅力なのかもしれません。
fuzzさん、まだUPしていない写真ありましたら、ぜひ整理してUPしてください。
全速力で見に行きますね。
鼻毛マン
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