2017/12/10 - 2017/12/12
35位(同エリア71件中)
地中海人さん
2017年12月10日から二度目のイラクリオン。3泊し、新装なったイラクリオン考古学博物館を訪問、11日はタクシーでゴルティス、クノッソス宮殿跡を回り、12日はバスでマリアパレス遺跡を訪問後、初めてアギオス・二コラオスの街歩き。
エーゲ海最南端で、最大の島、最古の歴史と文化を持つクレタ島は地中海とエーゲ海の境。
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第二回目の主な日程 (写真は年末帰国後)
2017年12月10日(日)
レシムノ→(バス 8.30ユーロ 1H30M)→イラクリオン
バスステーションから見えるアクイラ・アトランティック・ホテル3泊
早速、イラクリオン考古学博物館へ(休みなし。5ユーロ。6年前は工事中)
リゴ・クラシ リゴ・タラサでランチ(シーフードリゾットにFIX 18.50ユーロ)満員で帰ろうとしたらテーブルを一卓外の一番端に並べてくれた。
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12月11日(月)
ゴルティスとディクテオン洞窟2箇所を回るタクシーは150ユーロという。クレタ島最大規模のミノア遺跡でかつローマ時代は属州クレタの首都だったというゴルティス1か所だと80ユーロ、帰りはクノッソスと指定するとプラス10ユーロ。
で、ゴルティスとクノッソスへ
ランチは、リゴ・クラシ リゴ・タラサ(フライド・カラマリアにFIKX 14.30 ウーゾ小瓶1本おまけ。)チェックと言ってから30分以上かかる。
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12月12日(火)
月曜日休みだったミノア時代の遺跡があるマリアパレス(3ユーロ)へ(アギオス・二コラオス行のWIFIが飛ぶバス102番)
マリアパレス→(バス)→アギオス・二コラオス
アギオス・二コラオス発14.30→(毎時30分発バス)→イラクリオン
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12月13日(水)
アラクリオン空港発OA317便14.40→アテネ空港15.30予定
アートホテルアテネに一泊
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12月14日(木)
アテネ キフィスーバスステーションからスパルタへ
12月21日にまたアテネに戻る予定
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第一回目の主な日程
2011年12月9日 仙台→パリ3泊(ル グラン)
12月12日 パリ→アテネ3泊(キング ジョージ パレス)
12月15日 アテネ→イラクリオン2泊(アストリア カプシス ホテル)
12月17日 イラクリオン→パリ1泊(ル グラン)
12月18日 パリ→機内泊
12月19日 成田→仙台
交通機関
仙台発着パリ+ルグラン2泊はANA旅作Cクラス
アテネ・イラクリオン往復 [http://en.aegeanair.com/ AEGEAN航空]
2011年12月15日A3318便アテネ14.00発 イラクリオン14.50着
12月17日A3307便 イラクリオン12.30発アテネ13.20着
Saver Adults2 Total 243.28ユーロ
ANAマイル加算96X2
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イラクリオン空港←→エレフテリアス広場(アストリア・カプシス・ホテル)
タクシー(距離4キロ 往10ユーロ 復8ユーロ+2チップ)
復路、ホテル近くのTAX乗り場から乗ったタクシー運転手は、無口な男であったが、空港で降車時、我々を年配者と見たのか、スーツケースをおろした後真っ先に台車を取りに行ってくれた。
このようなことが他であるとは思えない!。
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ホテル
アストリア・カプシス・ホテル(日通ペリカントラベルギリシャ店HPから予約)
WiFi無料 朝食付き 2泊 194ユーロ
明るく、なついてくれそうなホテル・スタッフであった。
冬なので観光客は見当たらず、ビジネス客が少し。
冬は大手旅行サイトネット予約より地元旅行会社経由のほうが安い場合があるという。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2011年12月15日、アテネ空港からクレタ島・イラクリオン空港まで50分。タクシーで10分のイラクリオン旧市街のエレフテリアス広場にあるホテル アストリア・カプシスに荷を解き、暗くならないうちに一応土地勘をつかむため、オールドハーバーへ向かいました。
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写真は、ホテル前のエレフテリアス広場で、地元のテレビ局が長時間なにやらインタビューしていました。
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エレフテリアス広場からディケオニス通りへ
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12月、ここもクリスマス商戦。
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、ニク・フォカ広場から右へ曲がると、聖マルコ大会堂
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エル・グレコ広場を通り過ぎると、銀行、旅行会社、レンタカー会社が並んでいる25アウグストゥ通りというこの街一番のメイン通りを進みくだり、ヴェネツィア時代の要塞まではゆっくり歩いても20分とかからない。
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ギリシャやキプロスで、よく見かけますね。
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看板には、エステ全般?
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ギリシャの民族楽器、ブズキのコンサートポスター
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少年一人、夕陽を浴び、何を見ているのか、何が見えるのか?
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オールドハーバーにはアテネからのフェリーが。
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オールドハーバーにあるヴェネツィア時代の要塞です。
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25アウグストゥ通りの北終点から西へすぐ、海側にせり出す三角形の突端に、このレストラン 「リゴ・クラシ、リゴ・タラサ」。
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建物から張り出したテラスは、屋根、窓付きだが、もともと傾斜のあっる舗道上なので、テーブル、椅子は傾いたまま。
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英語のメニューが書いてあるシートに数だけ記入して注文する方式だ。
ポテトサラダ1皿(これは地元ではポピュラーのようで、翌日昼には三方向の隣席で食していた)
シーフードリゾット1皿(日本人なら3,4人分の量)、
カラマリア1皿(イカの唐揚げ、ボーイに写真を見せ記入してもらう)、
水、
赤ワイン(4.5ユーロ。カラフ(約1合強)で出てきた。グラスの欄はない。このカラフで出てくるのはうれしいですね。昔はフランスでもイタリアでも地元に根ざしたレストランはほとんどカラフで出てきました。)
隣の席は地元の中年6人、兄弟姉妹のようで、なにかのお祝い事があったのか一番の年長者が静かにゆったりとした民謡を歌っている。店の皆さんで拍手。
(この後、長い時間、店の外で通りがかりの知人と写真を撮ったり、談笑したりしていたところを見ると、6人のうちの誰かが久しぶりに帰郷し会食したのかもしれない。) -
オールドハーバー側にあるバスステーションAのチケット売り場で「クノッソス!」というと、「往復一人3ユーロ! すぐそこから出るー」と。
クノッソス行き近郊路線バスで、途中エレフテリアス広場など停車しながら30分、終点・クノッソス宮殿跡北入り口で降りる。
冬(午後3時閉館)で、入り口チケット売り場近辺には全く観光客は見えない。バスを終点で降りたのは我々だけであった。11時なのにガイド詰所には誰もいない。考古学博物館との共通券10ユーロ。
入り口に、1900年発掘し、神話を実在の宮殿と証明したイギリスの考古学者アーサー・エバンスの胸像がある。
宮殿が実在するからといって、神話に登場した人物も実在するかというと、ヘロドトスから今に至るも未だに、生粋の原ギリシャ人とすることは疑問視されていますね。 -
発掘当時の写真
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北の入り口から入り、
写真の王座の間(玉座背後の壁に描かれている一対のグリフォンは女性を守る図で描かれることが多いことからこの玉座に座って宗教的、もしくは世俗的な行為を行ったのが女性であった可能性が高いとされている。)、
奉納庫(陶製の蛇を持つ女神像や線文字Aが刻まれた粘土板が出土していることからは祭祀と行政が一致していた時代であるとされている。)
正面玄関入り口、
女王の間、
大階段、
東の要塞
など、反時計回りに一周できる。 -
ギリシャ神話の大神ゼウスは、クレタ島生まれです。フェニキアのシドンからエウロペーをクレタ島まで拉致して来て、王となるミノスを生んだという神話。
ゼウスは、ミノスなど三人の子孫は、エウロペーの名にちなんだ新しい大陸にすむであろうと予言。
神話からも、中近東の文明とミノア文明の関係、その後のミケーネ、ギリシャ古代文明への中継ぎであることが偲ばれます。 -
街歩き本
1 クレタ島を舞台とした小説
ギリシャ居住3年、池澤夏樹さんの、クレタ島西部を舞台とした小説「修道院」があります。( 角川書店 平成20年発行)
2 クレタ文明について
「失われた文明」 ニュートン プレス 1995年発行
3 「古代ギリシャ 11の都市が語る歴史」ポール・カートリッジ著 2011年発行 白水社 -
神話に登場するクレタ王ミノス、王妃パシパエ、名工ダイダロス、ミノタウロス、テセウス、アリアドネが行きかった1200もの部屋を持つ巨大な宮殿跡です。
城壁がありません。 -
3700年前ミノス王が建てたとされている宮殿は一辺160メートル、一部4階建て部屋数1200以上。
前1700年の大地震で被害を受け復旧された形跡があるという。
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現在も発掘中です。
ミノア人は、いまだに解読されてはいない線文字Aを、前1700年頃地震による大被害と復興の前後を通して使用していたといわれています。
前1450年のサントリーニ島の噴火は、110キロ離れたクレタ島に火山灰を降らせて農産物を奪い、またその大津波は船や港を消滅させ、ミノア人は壊滅的打撃を被ったに違いなく、その後線文字Bを使用する本土ミケーネの好戦的な人たちにより統治されるようになったのでしょう。
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前1400年頃のものと特定された、音節文字「線文字B」が刻まれた粘土板がこの宮殿から発掘され、1952年アマチュア暗号解読家が最古の形のギリシャ語を表記するため考案されたものだと発表されました。
線文字Bの粘土板は本土、コリントス湾南北の地から多く出土しています。 -
巨大な倉庫を備えていたことから、宮殿が支配領域内の物資を集積して再分配する機能を持っていたと考えられています。
エヴァンスは8万人から10万人、最新の説では14,000人から18,000人分の食料供給能力をこの宮殿は持っていたと考えられています。 -
紀元前1400年ごろにギリシャ本土ミュケナイのアカイア人がクレタ島に侵入、ミノア文明は崩壊したと言われていますが、オリエントの文明からミケーネ文明〜ギリシャ文明へと繋ぐ重要な役割を果たしたと考えられています。
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BC7000年頃からクレタ島に人が住み始め(小アジアからセム語族系?)、クレタ文明は紀元前3000年頃に始まり、紀元前18〜15世紀に当時の世界最高水準の文明だったとされています。
神話上から、またこのフレスコ画からもクレタ島でなんらかの形の牡牛崇拝が行われていたことが窺われます。
ホメーロスは、ポセイドンを「大地を揺るがす者」とか「雄牛を愛でる者」とか言っていますが、クレタ島で地震が起こりやすいことと、乱暴で予測できかねる動物の崇拝と関係があるのでしょうね。 -
宮廷美女
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まだここでは、四年ごとに競技大会は開かれてはいなかったはずですが。
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入口にあるカフェで。
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翌日昼リゴ・クラシ、リゴ・タラサ。
二人でシーフードスパゲティ1皿(日本人なら4,5人分くらいの量であるのを前日確認していた。)のみを注文。
見た目からもおいしく、このときも同じサービスがあった。ただしウゾ1合瓶はなし、前日1合飲めなかったのを覚えていた。隣のカップルは6皿だったためか、さらに2皿のデザートがサービスされていた。
前日、ボーイに、カンペイではなく日本語はカンパイであると教えたが、一度で覚え、私の顔を見てカンパイと言って、ウゾのお猪口を差し出した。
三時過ぎで満員。アップルのIDパスワードで無料WiFiポイントである。
このレストランのたたずまいは、本当に、ギリシャを感じさせ、その内外の夕景はいまでも脳裏に焼きついている。
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