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お客様を桶狭間古戦場へご案内した。。<br /><br />岩手県からお越しになったI氏は、歴史ファン、とりわけ戦国時代のファンという。はるばる愛知県までいらしたのに、桶狭間を見ずに帰すのはもったいないので、お忙しい仕事の合間、ほとんど拉致するように、桶狭間古戦場へご案内した。<br /><br />が、案内する当方は全くの歴史オンチ。<br />桶狭間とは、織田信長と今川義元の合戦の地で、信長が、圧倒的な軍勢を誇る今川を奇襲作戦により破ったという程度しか知らない。<br /><br />それでも行ってみればなんとかなるだろうと訪れた。<br />結果は、なんとかなった。<br />素晴らしい幸運が待っていた。<br />

桶狭間の戦いを桶狭間古戦場公園で追体験

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2012/11/30 - 2012/11/30

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ゆうこママ

ゆうこママさん

お客様を桶狭間古戦場へご案内した。。

岩手県からお越しになったI氏は、歴史ファン、とりわけ戦国時代のファンという。はるばる愛知県までいらしたのに、桶狭間を見ずに帰すのはもったいないので、お忙しい仕事の合間、ほとんど拉致するように、桶狭間古戦場へご案内した。

が、案内する当方は全くの歴史オンチ。
桶狭間とは、織田信長と今川義元の合戦の地で、信長が、圧倒的な軍勢を誇る今川を奇襲作戦により破ったという程度しか知らない。

それでも行ってみればなんとかなるだろうと訪れた。
結果は、なんとかなった。
素晴らしい幸運が待っていた。

交通手段
自家用車
  • やってきたのは、名古屋市緑区桶狭間。<br />名古屋市の南部に位置し、ほんの数分、車を走らせると、豊明市、大府市という場所。<br />緩やかな起伏の連なる地形で、いかにも郊外の新興住宅地という地域。

    やってきたのは、名古屋市緑区桶狭間。
    名古屋市の南部に位置し、ほんの数分、車を走らせると、豊明市、大府市という場所。
    緩やかな起伏の連なる地形で、いかにも郊外の新興住宅地という地域。

  • 国道1号線を京都方面から来て、名古屋市街を抜け、まもなく豊明市に入るという直前、「桶狭間」という交差点が現れる。<br />ここがまさに、桶狭間の戦いの舞台だ。<br />交差点を右折して走ること、数分。

    国道1号線を京都方面から来て、名古屋市街を抜け、まもなく豊明市に入るという直前、「桶狭間」という交差点が現れる。
    ここがまさに、桶狭間の戦いの舞台だ。
    交差点を右折して走ること、数分。

  • 最初に訪れたのは、長福寺。

    最初に訪れたのは、長福寺。

  • 桶狭間の戦いの後、今川義元らの首検証がされた場所と伝わる。

    桶狭間の戦いの後、今川義元らの首検証がされた場所と伝わる。

  • 境内の供養杉。<br />この杉の付近で、義元の首検証が行われ、後に供養がされたとのこと。<br />伊勢湾台風で枯れたため、これは、2代目の杉。

    境内の供養杉。
    この杉の付近で、義元の首検証が行われ、後に供養がされたとのこと。
    伊勢湾台風で枯れたため、これは、2代目の杉。

  • 元の杉は、根元だけが残っている。

    元の杉は、根元だけが残っている。

  • 首検証跡の石碑

    首検証跡の石碑

  • 境内にはほかに、合戦の供養塔があったり、

    境内にはほかに、合戦の供養塔があったり、

  • 血刀濯ぎの池があったりで、戦国武将のうめき声が聞えてきそう。

    血刀濯ぎの池があったりで、戦国武将のうめき声が聞えてきそう。

  • 次に訪れたのは、桶狭間古戦場公園。

    次に訪れたのは、桶狭間古戦場公園。

  • 古戦場公園の入口の旗は、たぶん有松絞り。高級な旗だ。<br /><br />実は、長福寺の後、名鉄有松駅前の「絞(しぼり)会館」を訪れ、そこで古戦場公園のことを教えてもらって来ることにしたのだ。<br />絞会館の方によると、古戦場のことを知るには、ここが一番とのこと。<br /><br />しぼり染めの産地として有名な有松(ありまつ)は、桶狭間古戦場とは目と鼻の先。<br />古戦場には、その当時の面影は無いが、有松では東海道の古い町並みを見ることができる。桶狭間を訪れるなら、ついでに寄るのをお勧めする。

    古戦場公園の入口の旗は、たぶん有松絞り。高級な旗だ。

    実は、長福寺の後、名鉄有松駅前の「絞(しぼり)会館」を訪れ、そこで古戦場公園のことを教えてもらって来ることにしたのだ。
    絞会館の方によると、古戦場のことを知るには、ここが一番とのこと。

    しぼり染めの産地として有名な有松(ありまつ)は、桶狭間古戦場とは目と鼻の先。
    古戦場には、その当時の面影は無いが、有松では東海道の古い町並みを見ることができる。桶狭間を訪れるなら、ついでに寄るのをお勧めする。

  • 桶狭間古戦場公園で、奇跡が起きた。<br /><br />4トラ魂を発揮した私は、到着するとすぐ、公園の写真を撮っていた。<br />するとひとりの壮年の男性が現われ、桶狭間古戦場保存会のガイドさんと名乗られる。<br />ガイド氏いわく、公園のそうじに訪れたのだが、よろしければご案内くださるとのこと。<br />当方には、願ってもないうれしいお言葉。

    桶狭間古戦場公園で、奇跡が起きた。

    4トラ魂を発揮した私は、到着するとすぐ、公園の写真を撮っていた。
    するとひとりの壮年の男性が現われ、桶狭間古戦場保存会のガイドさんと名乗られる。
    ガイド氏いわく、公園のそうじに訪れたのだが、よろしければご案内くださるとのこと。
    当方には、願ってもないうれしいお言葉。

  • そこから60分間、ガイドさんのお話で桶狭間の戦い追体験が始まった。<br />が、残念なことに私にはそれを再現する能力がない。<br /><br />なので、以下のコメントは、桶狭間古戦場保存会のウェブサイトを参考にさせていただいた。<br /><br />http://okehazama.net/

    そこから60分間、ガイドさんのお話で桶狭間の戦い追体験が始まった。
    が、残念なことに私にはそれを再現する能力がない。

    なので、以下のコメントは、桶狭間古戦場保存会のウェブサイトを参考にさせていただいた。

    http://okehazama.net/

  • 古戦場公園の一帯は、桶狭間の戦いの中心地であり、おけはざま山の本陣から追われた今川義元が、服部小平太と毛利新介によって打ち取られた最期の地と言われている。

    古戦場公園の一帯は、桶狭間の戦いの中心地であり、おけはざま山の本陣から追われた今川義元が、服部小平太と毛利新介によって打ち取られた最期の地と言われている。

  • 地元では、田楽坪とも呼び、

    地元では、田楽坪とも呼び、

  • 今では住宅地になっているが、昭和初期はこんな具合。

    今では住宅地になっているが、昭和初期はこんな具合。

  • 一見すると、住宅地のなかのごく普通の公園のように見えるが、合戦当時の地形、城、砦などをジオラマ化し、

    一見すると、住宅地のなかのごく普通の公園のように見えるが、合戦当時の地形、城、砦などをジオラマ化し、

  • 織田信長と

    織田信長と

  • 今川義元の銅像を配し、「桶狭間古戦場公園」として、合戦から450年目の2010年に整備されたそうだ。

    今川義元の銅像を配し、「桶狭間古戦場公園」として、合戦から450年目の2010年に整備されたそうだ。

  • 織田信長や今川義元の進軍路や、山や川を様々な石や池・水路で表す凝ったつくりで、

    織田信長や今川義元の進軍路や、山や川を様々な石や池・水路で表す凝ったつくりで、

  • 砦を表す石標は、織田、今川で赤黒と色分け。<br />写真は、今川方の大高城を表す石標。

    砦を表す石標は、織田、今川で赤黒と色分け。
    写真は、今川方の大高城を表す石標。

  • 織田信長は黒色で、これは善照寺砦。<br />信長は、清須城を出て、善照寺砦、中島砦と進み、今川の本陣を目指す。 <br />

    織田信長は黒色で、これは善照寺砦。
    信長は、清須城を出て、善照寺砦、中島砦と進み、今川の本陣を目指す。

  • 今川は、駿府城から鎌倉街道、

    今川は、駿府城から鎌倉街道、

  • 沓掛城、

    沓掛城、

  • 東浦街道、

    東浦街道、

  • 大高道、近崎道を経て、

    大高道、近崎道を経て、

  • おけはざま山に陣を張る。<br /><br />

    おけはざま山に陣を張る。

  • 昭和初期のおけはざま山

    昭和初期のおけはざま山

  • 公園の裏に廻り、坂道を登ると、

    公園の裏に廻り、坂道を登ると、

  • 今川義元の本陣跡。<br />桶狭間の戦いについては、「信長公記」に、「今川義元おけはざま山に人馬の息を休めこれあり」と記されている。<br /><br />本陣は、先陣隊がいる巻山、幕山、高根山が一望できる西側中腹に作られていたらしい。<br />ガイド氏によると、信長が突撃したのは、このおけはざま山の本陣であり、桶狭間の戦いの主戦場となったとのこと。そして、義元は坂の下の深田であった古戦場公園辺りまで攻め込まれ、ついに討ち取られたそうだ。<br />

    今川義元の本陣跡。
    桶狭間の戦いについては、「信長公記」に、「今川義元おけはざま山に人馬の息を休めこれあり」と記されている。

    本陣は、先陣隊がいる巻山、幕山、高根山が一望できる西側中腹に作られていたらしい。
    ガイド氏によると、信長が突撃したのは、このおけはざま山の本陣であり、桶狭間の戦いの主戦場となったとのこと。そして、義元は坂の下の深田であった古戦場公園辺りまで攻め込まれ、ついに討ち取られたそうだ。

  • 本陣付近は、小高い丘の上の閑静な住宅地で、確かに見晴らし良好、陽当たり良好。

    本陣付近は、小高い丘の上の閑静な住宅地で、確かに見晴らし良好、陽当たり良好。

  • こちらの道は、合戦当時からあった古い道だそうだ。

    こちらの道は、合戦当時からあった古い道だそうだ。

  • 公園に戻って、さらに古戦場ゆかりのもの巡り。<br /><br />写真の塀は、熱田神宮の信長塀を表すもの。<br /><br />桶狭間の合戦では、信長自らが先頭に立ち今川義元本陣への少数精鋭による突撃を行い勝利したが、天候等の運にも助けられた際どいものであった。<br />信長は、熱田の神への感謝を表して熱田神宮へ塀を寄進し、以降このような戦法は用いなかったそうだ。 <br /><br />

    公園に戻って、さらに古戦場ゆかりのもの巡り。

    写真の塀は、熱田神宮の信長塀を表すもの。

    桶狭間の合戦では、信長自らが先頭に立ち今川義元本陣への少数精鋭による突撃を行い勝利したが、天候等の運にも助けられた際どいものであった。
    信長は、熱田の神への感謝を表して熱田神宮へ塀を寄進し、以降このような戦法は用いなかったそうだ。

  • 義元首洗いの泉:<br />義元水汲みの泉とも言われ、

    義元首洗いの泉:
    義元水汲みの泉とも言われ、

  • 泉の中にくるくる回る桶があったので、桶廻る狭間が桶廻間、桶狭間となったとも言われている。<br /><br />ガイド氏が、わざわざ持ってきて、実演してくださった。

    泉の中にくるくる回る桶があったので、桶廻る狭間が桶廻間、桶狭間となったとも言われている。

    ガイド氏が、わざわざ持ってきて、実演してくださった。

  • 馬つなぎの社松(ねず):<br />義元が馬をつないだと言われる「ねずの木」。触れると熱病に罹るとの伝承があり、ねず塚にあったものを移植し、今は枯木となっているが保存しているそうだ。

    馬つなぎの社松(ねず):
    義元が馬をつないだと言われる「ねずの木」。触れると熱病に罹るとの伝承があり、ねず塚にあったものを移植し、今は枯木となっているが保存しているそうだ。

  • 駿公墓碣(すんこうぼけつ):<br />田楽坪のねず塚から出土した「駿公墓碣」と刻まれた墓碑。昭和28年に偶然発見され知られるところとなった。<br />建立年は不明。<br /><br />当時の村人が敵軍の将を弔うことをはばかり、墓石を埋めてひっそり供養したのではないかと、ガイド氏。<br /><br />「駿公墓碣」の「駿」とは、優れた又は秀でたとの意で、駿公とは駿河の国(静岡県)の優れた立派な人との意味。墓碣とは頭部が丸い形状をした墓石のこと。

    駿公墓碣(すんこうぼけつ):
    田楽坪のねず塚から出土した「駿公墓碣」と刻まれた墓碑。昭和28年に偶然発見され知られるところとなった。
    建立年は不明。

    当時の村人が敵軍の将を弔うことをはばかり、墓石を埋めてひっそり供養したのではないかと、ガイド氏。

    「駿公墓碣」の「駿」とは、優れた又は秀でたとの意で、駿公とは駿河の国(静岡県)の優れた立派な人との意味。墓碣とは頭部が丸い形状をした墓石のこと。

  • 墓碣と並んで、昭和8年に建立された墓碑もある。

    墓碣と並んで、昭和8年に建立された墓碑もある。

  • また、周辺には、鞍流瀬川、幕山、大将ケ根、セナ薮など、合戦のゆかりの地名が残る。<br /><br />今川義元の最期の地は、隣の豊明市との説もあり、いまだに決着していないようだ。が、人と人との戦いは区画された範囲のなかで行われた訳ではなく、戦いがあり、命を落とした者がいた場所がすべて古戦場なのだと思う。<br />名古屋市緑区桶狭間、豊明市、大府市にかけて、多くの血が流されたのだろう。

    また、周辺には、鞍流瀬川、幕山、大将ケ根、セナ薮など、合戦のゆかりの地名が残る。

    今川義元の最期の地は、隣の豊明市との説もあり、いまだに決着していないようだ。が、人と人との戦いは区画された範囲のなかで行われた訳ではなく、戦いがあり、命を落とした者がいた場所がすべて古戦場なのだと思う。
    名古屋市緑区桶狭間、豊明市、大府市にかけて、多くの血が流されたのだろう。

  • 桶狭間への愛情いっぱいに語ってくださったガイドさん、どうもありがとうございました。<br /><br />桶狭間古戦場保存会 ガイド部ウェブサイトによると、<br />http://okehazama.net/modules/guide/index.html <br /><br />史跡や見どころを無料でご案内くださるそうです。<br />ほんっとに、面白かったので、皆さんも是非どうぞ。

    桶狭間への愛情いっぱいに語ってくださったガイドさん、どうもありがとうございました。

    桶狭間古戦場保存会 ガイド部ウェブサイトによると、
    http://okehazama.net/modules/guide/index.html

    史跡や見どころを無料でご案内くださるそうです。
    ほんっとに、面白かったので、皆さんも是非どうぞ。

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この旅行記へのコメント (4)

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  • hokkaさん 2013/02/18 01:23:58
    桶狭間
    えっ、ゆうこママさんが合戦場へ?なんて意外な感じでしたが、理由があってのことでしたね。コメントがとても詳しい説明で勉強になりました。
    桶狭間は、近くを車で通ったことぐらいしかなくて・・何もないんだろうと勝手に思ってましたが、きれいに公園としても整備されているんですね。

    4トラ魂で招いたボランティアガイドさんとの出会い、これこそ最強の味方です。桶まで用意して実演なんて、やはり郷土への想い・誇りがあるからこそいろいろ熱心に説明してくださるんでしょうね。
    戦国時代好き、信長好きの人には是非訪れてみたい場所だと思います。

    hokka

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2013/02/18 21:28:16
    RE: 桶狭間
    こんばんは、いつもありがとうございます。

    > えっ、ゆうこママさんが合戦場へ?なんて意外な感じでしたが、理由があってのことでしたね。コメントがとても詳しい説明で勉強になりました。

    →慣れない戦国時代なので、旅行記作成に取り掛かるまで、ずいぶん時間が経ってしまいました。
    もっと早く手をつけていれば、覚えていることも多かったと思うのですが、せっかくの面白いお話、ほとんど忘れてしまって・・・トホホです。

    > 桶狭間は、近くを車で通ったことぐらいしかなくて・・何もないんだろうと勝手に思ってましたが、きれいに公園としても整備されているんですね。
    >
    →知識のない私が、ガイドさん無しで古戦場公園を見ても、信長と義元の銅像があるな〜と思うだけで、ジオラマにも気づかなかったと思います。
    銅像にもこだわりがあると聞いたのですが、忘れました。

    > 4トラ魂で招いたボランティアガイドさんとの出会い、これこそ最強の味方です。桶まで用意して実演なんて、やはり郷土への想い・誇りがあるからこそいろいろ熱心に説明してくださるんでしょうね。

    →そう思います。深い愛着がにじみ出ていましたよ。
    熱い想いが、次代に歴史を伝えていくのですよね。

    > 戦国時代好き、信長好きの人には是非訪れてみたい場所だと思います。
    >
    →信長好きには、たまらない場所でしょうね。
    でも、霊感の強い人には無理だって、友人から言われました。
    命を落とした戦国武者の魂が漂っているのですって。
  • のーとくんさん 2013/02/17 13:08:15
    思わぬ幸運
    ゆうこママさん

    こんにちは。

    ほんとうでね。
    桶狭間、確かにその土地の説明など、苦しいものがありますね。
    ガイドさん、日ごろの行いのせいでしょうか、4トラのおかげなのでしょうか。
    それにしても、よかったですね。
    Iさんも、満足されたのではないでしょうか。

     のーとくん

    ゆうこママ

    ゆうこママさん からの返信 2013/02/17 19:20:11
    RE: 思わぬ幸運
    こんばんは、いつもありがとうございます。

    昨年の旅行記がやっとできました。ホッ。

    本当は、合戦前後の情勢や戦略、各軍の配置、今川、織田やその家来のその後、大小のエピソード、公園に込められた思いなどなど、公園内のジオラマだけでなく、写真や地図を使って丁寧に説明くださったのですが、詳細を忘れてしまい、旅行記に載せることができませんでした。

    私など聞いたことも無い家来の名前や研究者の名前が登場し、ガイド氏とI氏とで盛り上がってました。

    戦国時代ファンには、たまらない空間のようですね。
    I氏も喜んでくださったと思います。
    それに、私も楽しかったです。
    いつもは関西にワクワクしている私ですが、地元にも目を向けなくちゃと思いました。

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