2012/08/10 - 2012/08/10
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traveldogさん
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吉野ヶ里遺跡が注目されてから20年以上立つが一度訪れたいと思いつつ、何年も過ぎてしまった。かつて邪馬台国だと言われたこともあり、写真やテレビで復元した建物を見ていたので、あこがれのスポットだった。この夏、念願かなって吉野ヶ里遺跡に行くことができた。
吉野ヶ里公園駅から公園入口までは700メートル程だが、真夏の炎天下、とにかく暑い。途中かわいらしい弥生時代の男の子と女の子の案内板があったり、高床式建物が設置されたりと観光客へのサービスが感じられる。
公園ゲートの前では「暑さの中ご苦労さん」と緑のトンネルから冷たいシャワーがかすかに降り注ぎ、体温を冷やしてくれた。それでも暑い。それに園内は、かなり広そう。やる気なくなるわと思っていたら、園内にバスがあると聞いたので、早速それに乗って、最北端の北内郭まで行き、そこから南にもどることにした。
バス内では運転手兼ガイドさんが吉野ヶ里遺跡の案内をしてくれた。走りながら「ここは倉と市でございます。お金がなかった時代、物々交換で盛大な取引が行われていた場所と考えられています」というように説明してくれた。
バスを降りてテクテク歩く。北墳丘墓→北内郭→環濠→南内郭→展示館→南のムラ→弥生くらし館と次々と見てまわった。北内郭の主祭殿の中はさぞ涼しいだろうなと期待して入る。直射日光が防げるだけでも助かる。三階の部屋には、卑弥呼のような巫女さんが座って、祈祷か呪いをしている。二階の広間には男たちが集まって、そのお告げを待っているらしい。魏志倭人伝の世界だ。
北内郭は政治をつかさどった場所とのこと。南内郭は支配者階級の住いが、南のムラは庶民と身分で住む場所が分れていたらしい。うちの先祖は南のムラに住んでいたのかな。
1時半から歩き続け、頭も少しは使い、出たときは夕方5時を過ぎていた。いやあ、本当に旅行って体力が要るなという感じ。でも旅行は楽しいな。
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駅を出ると弥生時代の男の子、女の子のキャラが出迎えてくれる。ここから700メートルか。
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もう吉野ヶ里公園に着いたのかと思わせる高床式建物。だが、まだ半分も歩いてない。そんなときに吉野ヶ里に来たんだという気持ちを高めてくれるモニュメントだ。
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吉野ヶ里公園に着いた。炎天下の中、観光客を冷やしてくれるトンネル・シャワー。さわやかな水しぶきが冷たくていい。気が利くな・・・
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昼時だったので、入館前にレストランで吉野ヶ里遺跡を眺めながら食事。暑い日は、やはりカレーがいい。
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園内バスに乗って、北内郭近くまで行く。公園整備作業の人たちが仕事をしている。
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バスの運転手さんが、「ここは倉と市でございます。お金がなかった時代、物々交換で盛大な取引が行われていた場所と考えられています」といったように走りながらいろいろとガイドしてくれた。
バスは無料だ。 -
環濠を渡って、いよいよ歩き始め、まずは北墳丘墓に行く。
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祖霊が宿る柱と北墳丘墓。祖先の霊を祭った柱と北墳丘墓と北内郭の主祭殿は一直線に並んでいるとのこと。聖なるラインといったところ。聖なるラインを藤原京や明日香でも聞いたことがあったかな。
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北墳丘墓の中の甕棺墓。14基の首長クラスの墓とのこと。
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甕棺墓列。向こうに祭殿と祖霊が宿る柱と北墳丘墓が見える。
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北内郭の中の主祭殿。屋根の上のりっぱな飾りは、樋棟(ひむね)というらしい。ここで卑弥呼もどきの巫女が祈祷をして、クニの運命を決めていたのか。それにしても、かやぶき屋根の維持が大変そうとつまらないことを心配。
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下の部屋では、巫女のお告げをみんなが待っている。
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今、お告げがあります。
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北内郭の主祭殿から祖霊の宿る柱と北墳丘墓を望む。確かに一直線だ。
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北内郭は、二重の堀に囲まれていた。
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環濠に降りられるようになっていた。下に降りると上から槍が飛んできたら一発だ。
写真の左の方が内側、つまり堀が内側で柵が外側、あれっ、近世の城って、外側に堀があって、内側が塀だ。弥生人の感覚はどうなっているんだろう。 -
物見櫓からの景色(1)
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物見櫓からの景色(2)
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これが王の家だ。わが家の方が広いな。今の我々は幸せだと思う。
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南内郭から倉と市の方を臨む。何重にも堀がめぐらしてあるのが分る。
吉野ヶ里遺跡ってどのぐらい大きなクニだったのだろう。弥生後期に最大で40ヘクタールだったとのことだが・・・ 残念ながら邪馬台国ではないのだろうな。でも卑弥呼のような人もいるし、ミニ邪馬台国ってとこなのかな。 -
展示館で一休み。
北側の未公開地区の甕棺墓から女性人骨とともに発見された前漢鏡が展示してあった。前漢鏡の銘文が良かった。
「久不相見 長毋相忘」
(久しく相見えず、長く相忘るなからむことを)と読むとのこと。
長いこと会わなくても、お互い忘れないでいましょうねということか。ちょっといい言葉に出会った。当時の人も同じような気持ちだったのだろう。そろそろ年賀状の季節だな。だいぶご無沙汰している人が増えた。 -
さようなら、吉野ヶ里遺跡、また来ます。
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