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 バンコク・ラチャダーのサイアムビバリーホテル(現チャダホテル)で取引先であるパキスタン人からの電話を数日待っていたが、連絡が無い様なのでパキスタンの古都ラホールに向けて出立しよう。<br /><br /> 彼は日本から娘の留学先であるロンドンに立ち寄ってから自宅のあるラホールに戻ると言う。ただ予定がはっきりしない為、仮の約束をしておき、その約束の日にラホールに戻れなければ連絡を貰う手筈だったのだ。予定通りのお陰で面倒な航空券の変更をすることなくドンムアン空港に向かう。<br /><br /> パキスタン行きの急な出張が決まったのは1週間前だ。それと言うのも彼の帰省に合わせラホールに行くと前々から宣言していたのだが、彼が急遽ロンドンの娘に会う用事が出来たとかで、それならばラホールに帰省しようと決めたようだ。<br /><br /> 待て、パキスタンはビザが必要なはず。彼にその旨を伝えると、「心配ない」、と言う。私も知っている彼の会社に勤める若い男性が中近東の某大使館職員も兼ねているらしい。パスポートを彼に送れば即日パキスタン大使館に出向き発行手続きをしてくれるらしい。確かに送った翌々日には私の手元に半年間有効のビザスタンプが押されたパスポートが返送されてきた。ビジネスビザで90日の滞在、半年間有効だ。代金は受け取って貰えない。大使館業界の融通も存在する様だ。<br /><br /> さて、パキスタンの情報収集をしようと本屋に出向き、地球の歩き方パキスタン編を物色した。ところが店頭には無い。店員に尋ねてみると、「取り寄せになる」、とか。しかも掲載されている内容は数10年前の情報と言う。店員は「もし行かれるなら情報を出版元に提供してあげれば喜ばれますよ」、だって。<br /><br /> 仕方ないのでネットで情報を探してみたが少ない。ただ、前日の気温が摂氏47度。タイで暑いのには慣れているが、そこまではいかない。<br /> 航空便も直行便は無く東南アジア経由便だ。それならば大好きなタイでスタンばろうとタイ航空でバンコクまで来てブラブラしていたのだ。勿論会社には何時連絡が入るかもしれないと偽り、羽根を伸ばしていたのだ。<br /><br /> 便は夜にバンコクを発ち同日深夜ラホール着だ。待合室もそうであったが、機内に入るとパキスタン人で満載。日本人は多分私一人だ。水平飛行に移ると飲み物サービス。見るとパキスタン人は我先にとビールを頼み、豪快に飲みだす。イスラムの戒律は自国内だけ?<br /> そこに何やら良い匂いが。そう大好物のカレーの香りだ。続けてのミールサービスの準備が進行している様だ。<br /><br /> 席はいつもの通り最後部。後方ギャレーからカートに山盛りのカレー定食?が悲しくも私の横を通り過ぎ前方席から配膳を始めた。それを食べ始めたのだろうカレーの香りは先程にも増して強烈で嫌が上にも食欲をそそる。ようやく私のところに来た。しっかりテーブルを倒し準備万全だ。<br /><br /> が、私の前を通過し窓際席のパキスタン人に渡すと無残にも私を無視してCAはギャレーに戻ってしまった。「カートの分が終わったのだろう」、とまだ余裕をかましていたが、待てど暮らせど一向に持ってくる気配はない。周りは私を除いてみんなカレーを旨そうにパクついている。私は忘れられた存在なのだろうか?<br /><br /> しびれを切らしてコールボタンを押してCAを呼ぶ。訊いてみると、「あのカレーは特別食」、と言う。世にいう牛肉抜きのイスラム食だ。「ところで、お客様は肉にされますか、魚にされますか?」、とおもむろにマニュアル言語を発する。ここは迷わず肉だ。旨そうにカレーを食べているパキスタン人を羨ましくさせてやるのだ。日本人の食べ物の恨みは怖いんだぞ。<br /><br /> しばらくして配膳されたが、カートを使うまでもなくCAがイスラム食以外の乗客に手に提げての出前だ。それも全部で5食程度。これじゃ普通食が特別食みたい。<br /> でも特別食のカレーは旨そうだったな。次はイスラム食を頼んでおくかな…。<br /><br /> 食事を終わって手持ちぶさたにしていると、隣席のパキスタン人が話かけてきた。お約束の、「日本人か?」、「何処へ何をしに行くのだ?」、だ。適当に会話を続けていると、パキスタン人は自己紹介をしだした。「自分はパキスタン政府の高官だ」、そうだ。私の怪訝そうな表情を察したのか、おもむろに身分証を取りだし高官を強調する。何か魂胆があるのかな?<br /><br /> そうこうしているうちにラホールに到着。アラマ・イクバル国際空港だ。席が一番後ろなので最後に飛行機を降り高官氏と並んでパスポートコントロールへ向かう。パスポートコントロールは2ブースしか開いておらず長蛇の列。「ああ、これじゃたっぷり半時間はかかりそう」、と憂鬱な気分になっていると、かの高官氏がやにわに私の腕を取りパスポートコントロール係員のところまで引っ張って行く。そして私にパスポートを、出すように促し、「日本から来た大事な客人だ!」、と係員に私のパスポートを放り投げた。「イエス、サー」、とパスポートも見ず丁寧に入国印を押して返してくれる。<br /><br /> あらら、本当に高官だったのだ。彼の計らいでVIP入国?私は呆然とそのやり取りを眺めているだけ。いやそれよりも係員の横にマシンガンを抱えて立哨している兵士と後ろに並んでいるパキスタン民衆の冷たい目が気になって仕方がない。<br /><br /> 「先に行け!」、と言う彼に礼を言って空港の建物から出ると、パキスタン人が群れをなしている。男ばかりだ。パキスタンでは出迎え、見送りの人間は空港の建物に立ち入れないようだ。出迎えのパキスタン人達は私に遠慮のない視線を飛ばしくる。深夜、初めての異国の地と浅黒い肌と、幽霊衣装をまとった男達にちょっと構えてしまう。大男もいるが予想に反して体格は日本人と同等だろう。<br /> 約束している取引先のパキスタン人を探す、が見当たらない。出口は一つだし、見つからないはずは無い。公衆電話はあるが、コインは無し。<br /><br /> 出口付近を行ったり来たりしていると、かの高官氏がやって来た。「どうしたのだ?」、と尋ねる高官氏に「待ち人来たらず」、と事情を話す。「連絡先はわかっているのか?」、に「携帯の番号は知っているがコインが無い」、と窮状を訴えると、又しても公衆電話まで引っ張って行かれ、電話にコインをブチ込み、「これでかけろ!」と笑顔で言う。電話を直ぐにつながり、取引先の彼は、「えっ、もう出たの?今空港に向かっているのでもう少し待って」、と無事コンタクトに成功。それを聞いた高官氏は、安心したのか握手を求めてきて、「それでわ」、と去って行った。連絡が取れなかったら、取れるまで面倒をみてくれたのだろうな、場合によっては自宅に泊めてくれたかも。いずれにせよ、お世話になりありがとうございました、テロに巻き込まれない事を祈ります。<br /><br /> 取引先が運転するカローラに乗ってホテルに向かう。彼によると一年落ちの中古のカローラらしい。今は変更されたかもしれないが、当時は日本で新車登録されてから一年たった中古車は関税がガクンと落ちるので、これを購入したと言う。従って街には中古車ばかり。空港を離れると道は直ぐに真っ暗になる。時おり派手な軽トラを改造した様なタクシーと出合う。<br /><br /> 案内されたホテルはラホールで最高級ホテルの一つと言われるパール・コンチネンタルホテル・ラホールだ。まず驚いたのは入り口の全てで荷物をX線でチェックされる事だ。人間も金属探知機を潜らされる。そう、空港にある装置そのものだ。館内禁煙なので頻繁に表にでる私にはうざいたらありゃしない。もっとも数回後には警備員とも顔見知りになりフリーパスの特権をゲットした。<br /><br /> チェックインカウンターはロビー中心部に半円形状配置され、中央部が吹き抜けになり4基のシースルーエレベーターが上下するのが見える洒落た雰囲気だ。<br /><br /> このホテルのレストランを何回か利用した。レストランは禁煙らしかったが、食事の折りマネージャーらしき人物に喫煙の可否を確認してみた。応えはノーだ。ところが翌日食事をしていると、かのマネージャー氏が知人らしきテーブルに呼ばれ、やにわに制服を脱ぎ椅子の背に掛けて着席。そしてボーイにコーヒを持ってこさせ談笑の輪に加わった。その手にはタバコが。「何だ、客には禁煙を強いり、自分は喫煙かよ」。<br /><br /> <br /> その食事、取引先オフィスの横にあったレストランに案内された。レストランと言っても食堂に毛が生えた小汚ない店だ。だが、そこで食べたカレー、ナン、タンドリーチキンは旨かったな。機内で食べ損なったせいもあったがカレーは特に旨かった。<br /><br /><br /> 滞在中、日中は、あちらこちらに連れていかれる。ラホールの街は埃っぽい印象だ。会社の場合もあるが、個人宅もある。元陸軍の司令官なる人物の家を訪れた。30畳はゆうにあろう応接室に案内され、コの字形に配置された20人は座れるだろうリビングセットに落ち着く。情報収集が目的だ。言葉はてんでちんぷんかんぷんなので、時々内容を日本語に訳してくれる取引先の言葉にうなずくだけ。<br /><br /> ハプニングがあった。現地の最大手とされる企業を訪れた際、乗り合わせたエレベーターが突如途中で停止し真っ暗に。日本の様なビルではなく広い敷地に蛇の様に連なった低層階の建物の一角にあった旧式の歴史を感じさせるエレベーターだ。多分停電だろう、乗り合わせた現地人は慌てず騒がず悠然としている。よくある事の様だ。それにしても暑い。閉じ込められたのは10分程度だったが、ライターの炎の灯りだった時間が本当に長く感じた。<br /><br /> 薄汚れたビルの中にある会社にも案内された。パキスタンの老朽化さたビルは何軒か訪れたが、訪問した企業が入る建物の廊下の天井は揃って電気、電話、インターネットの配線が剥き出し埃で煤けている。<br /><br /> そういえば一箇所だけ観光に行った。ムガール帝国の遺跡バードシャヒ・モスクだ。ただ、夕方遅くだったので中には入る事が出来ず外周をぐるっと回っただけだ。ここでは頭にターバン、足にゲートルを巻いた白装束のインド・シーク教徒が多く参拝に訪れていた。重要な巡礼地らしい。<br /><br /> <br /><br /> さて、最終日まで現地の通貨は持たせて貰えなかった。全て取引先がアテンドしてくれ、お願いしても両替に連れて行ってくれない。しかし、最終日「土産を買いた〜い!」、と主張すると、街角で車を停め、一万円を預けると、建物に入り現地通貨に替えてきてくれた。その金を持ち郊外のショッピングモールに案内された。そこで、土産として男性用3、女性用2着の民族衣装(サルワール・カミーズ)を購入。女性用はカラフルで、上と下それにスカーフの3点セット。男性用はテレビなどでよく目にする白ばかりと思っていたが、いやいや黄色、茶色、青色、黒など色とりどり。加えて襟もワイシャツの様にレギュラー、ラウンド、スタンドなど。種類はノーアイロンタイプと要アイロンタイプだ。勿論ノーアイロンタイプの方が高い。サイズはほとんど関係ない。タイマッサージの時に着用するズボンを想像頂きたい。ブカブカのウエスト部分を折り返して履くのだ。裾丈は、民族、部族、地域で異なると言う。パキスタンは比較的長めらしい。3着の内一つは私用。黒のノーアイロンタイプのスタンドカラーだ。日本に戻り着てみたがなるほど着心地満点だ。長袖だが夏でも暑くない。ただ、残念ながら表に着て行く勇気は私にはない。<br /><br /> 全日程が終わり空港まで送って貰った。往路に搭乗した便の折り返しなので深夜発、早朝着の夜行便だ。いやはや此処でも警戒厳重。空港の建物に入るのにバッグを全て開けられ隅々まで点検。思わず高官氏を探してしまう。幸い荷物はほとんどバンコクに置いてきたので大した時間はかからなかったが、大きなバッグの乗客は大変な苦行。無論預け入れの際にもバッグ検査が待っている。<br /><br /> ようやく待合室にたどり着き一息。ポケットには土産を買った残りのコインが少々。コーヒスタンドでコーヒをオーダーすると、みんな店内のテーブルで飲んでいるのに、「待合室の椅子に掛けて待て」、と。しばらくしてトレーでオヤジウエイターがコーヒを持ってきてくれたので看板に表示していた金額に足るコインを渡す。お釣を貰う算段だ。だが、オヤジは一向に釣りを持ってこない。待合室まで持ってきたので配達料かな?もっとも店から私が座っていた場所まで10メートルだが・・・・。<br /><br /> まだ、コインがあったのでキラキラのガラスで出来たブレスレットを買う。円柱の芯にぎっしり20個ほど装着されたものだ。べらぼうに安い。ところが、パキスタンの物価は?と訊かれてもとんとわからない。前述の如く自分一人で支払いをしたのは、この空港でのコーヒとブレスレットだけ。参考に、ホテルのショッピング街に絨毯屋があったので冷やかしてみたが、日本で買えば10万円は下らないだろう豪華な玄関マットが一万円と言う。欲しかったが、現金を持っていなかったので見合せたが、本気でネゴすれば、その半分まではいくだろう。<br /><br /> さあ、バンコクに戻りもう一度骨を休め日本に帰ろう。<br /><br />

ラホールでVIP入国

4いいね!

2005/09/03 - 2005/09/06

110位(同エリア135件中)

0

2

ルート3

ルート3さん

 バンコク・ラチャダーのサイアムビバリーホテル(現チャダホテル)で取引先であるパキスタン人からの電話を数日待っていたが、連絡が無い様なのでパキスタンの古都ラホールに向けて出立しよう。

 彼は日本から娘の留学先であるロンドンに立ち寄ってから自宅のあるラホールに戻ると言う。ただ予定がはっきりしない為、仮の約束をしておき、その約束の日にラホールに戻れなければ連絡を貰う手筈だったのだ。予定通りのお陰で面倒な航空券の変更をすることなくドンムアン空港に向かう。

 パキスタン行きの急な出張が決まったのは1週間前だ。それと言うのも彼の帰省に合わせラホールに行くと前々から宣言していたのだが、彼が急遽ロンドンの娘に会う用事が出来たとかで、それならばラホールに帰省しようと決めたようだ。

 待て、パキスタンはビザが必要なはず。彼にその旨を伝えると、「心配ない」、と言う。私も知っている彼の会社に勤める若い男性が中近東の某大使館職員も兼ねているらしい。パスポートを彼に送れば即日パキスタン大使館に出向き発行手続きをしてくれるらしい。確かに送った翌々日には私の手元に半年間有効のビザスタンプが押されたパスポートが返送されてきた。ビジネスビザで90日の滞在、半年間有効だ。代金は受け取って貰えない。大使館業界の融通も存在する様だ。

 さて、パキスタンの情報収集をしようと本屋に出向き、地球の歩き方パキスタン編を物色した。ところが店頭には無い。店員に尋ねてみると、「取り寄せになる」、とか。しかも掲載されている内容は数10年前の情報と言う。店員は「もし行かれるなら情報を出版元に提供してあげれば喜ばれますよ」、だって。

 仕方ないのでネットで情報を探してみたが少ない。ただ、前日の気温が摂氏47度。タイで暑いのには慣れているが、そこまではいかない。
 航空便も直行便は無く東南アジア経由便だ。それならば大好きなタイでスタンばろうとタイ航空でバンコクまで来てブラブラしていたのだ。勿論会社には何時連絡が入るかもしれないと偽り、羽根を伸ばしていたのだ。

 便は夜にバンコクを発ち同日深夜ラホール着だ。待合室もそうであったが、機内に入るとパキスタン人で満載。日本人は多分私一人だ。水平飛行に移ると飲み物サービス。見るとパキスタン人は我先にとビールを頼み、豪快に飲みだす。イスラムの戒律は自国内だけ?
 そこに何やら良い匂いが。そう大好物のカレーの香りだ。続けてのミールサービスの準備が進行している様だ。

 席はいつもの通り最後部。後方ギャレーからカートに山盛りのカレー定食?が悲しくも私の横を通り過ぎ前方席から配膳を始めた。それを食べ始めたのだろうカレーの香りは先程にも増して強烈で嫌が上にも食欲をそそる。ようやく私のところに来た。しっかりテーブルを倒し準備万全だ。

 が、私の前を通過し窓際席のパキスタン人に渡すと無残にも私を無視してCAはギャレーに戻ってしまった。「カートの分が終わったのだろう」、とまだ余裕をかましていたが、待てど暮らせど一向に持ってくる気配はない。周りは私を除いてみんなカレーを旨そうにパクついている。私は忘れられた存在なのだろうか?

 しびれを切らしてコールボタンを押してCAを呼ぶ。訊いてみると、「あのカレーは特別食」、と言う。世にいう牛肉抜きのイスラム食だ。「ところで、お客様は肉にされますか、魚にされますか?」、とおもむろにマニュアル言語を発する。ここは迷わず肉だ。旨そうにカレーを食べているパキスタン人を羨ましくさせてやるのだ。日本人の食べ物の恨みは怖いんだぞ。

 しばらくして配膳されたが、カートを使うまでもなくCAがイスラム食以外の乗客に手に提げての出前だ。それも全部で5食程度。これじゃ普通食が特別食みたい。
 でも特別食のカレーは旨そうだったな。次はイスラム食を頼んでおくかな…。

 食事を終わって手持ちぶさたにしていると、隣席のパキスタン人が話かけてきた。お約束の、「日本人か?」、「何処へ何をしに行くのだ?」、だ。適当に会話を続けていると、パキスタン人は自己紹介をしだした。「自分はパキスタン政府の高官だ」、そうだ。私の怪訝そうな表情を察したのか、おもむろに身分証を取りだし高官を強調する。何か魂胆があるのかな?

 そうこうしているうちにラホールに到着。アラマ・イクバル国際空港だ。席が一番後ろなので最後に飛行機を降り高官氏と並んでパスポートコントロールへ向かう。パスポートコントロールは2ブースしか開いておらず長蛇の列。「ああ、これじゃたっぷり半時間はかかりそう」、と憂鬱な気分になっていると、かの高官氏がやにわに私の腕を取りパスポートコントロール係員のところまで引っ張って行く。そして私にパスポートを、出すように促し、「日本から来た大事な客人だ!」、と係員に私のパスポートを放り投げた。「イエス、サー」、とパスポートも見ず丁寧に入国印を押して返してくれる。

 あらら、本当に高官だったのだ。彼の計らいでVIP入国?私は呆然とそのやり取りを眺めているだけ。いやそれよりも係員の横にマシンガンを抱えて立哨している兵士と後ろに並んでいるパキスタン民衆の冷たい目が気になって仕方がない。

 「先に行け!」、と言う彼に礼を言って空港の建物から出ると、パキスタン人が群れをなしている。男ばかりだ。パキスタンでは出迎え、見送りの人間は空港の建物に立ち入れないようだ。出迎えのパキスタン人達は私に遠慮のない視線を飛ばしくる。深夜、初めての異国の地と浅黒い肌と、幽霊衣装をまとった男達にちょっと構えてしまう。大男もいるが予想に反して体格は日本人と同等だろう。
 約束している取引先のパキスタン人を探す、が見当たらない。出口は一つだし、見つからないはずは無い。公衆電話はあるが、コインは無し。

 出口付近を行ったり来たりしていると、かの高官氏がやって来た。「どうしたのだ?」、と尋ねる高官氏に「待ち人来たらず」、と事情を話す。「連絡先はわかっているのか?」、に「携帯の番号は知っているがコインが無い」、と窮状を訴えると、又しても公衆電話まで引っ張って行かれ、電話にコインをブチ込み、「これでかけろ!」と笑顔で言う。電話を直ぐにつながり、取引先の彼は、「えっ、もう出たの?今空港に向かっているのでもう少し待って」、と無事コンタクトに成功。それを聞いた高官氏は、安心したのか握手を求めてきて、「それでわ」、と去って行った。連絡が取れなかったら、取れるまで面倒をみてくれたのだろうな、場合によっては自宅に泊めてくれたかも。いずれにせよ、お世話になりありがとうございました、テロに巻き込まれない事を祈ります。

 取引先が運転するカローラに乗ってホテルに向かう。彼によると一年落ちの中古のカローラらしい。今は変更されたかもしれないが、当時は日本で新車登録されてから一年たった中古車は関税がガクンと落ちるので、これを購入したと言う。従って街には中古車ばかり。空港を離れると道は直ぐに真っ暗になる。時おり派手な軽トラを改造した様なタクシーと出合う。

 案内されたホテルはラホールで最高級ホテルの一つと言われるパール・コンチネンタルホテル・ラホールだ。まず驚いたのは入り口の全てで荷物をX線でチェックされる事だ。人間も金属探知機を潜らされる。そう、空港にある装置そのものだ。館内禁煙なので頻繁に表にでる私にはうざいたらありゃしない。もっとも数回後には警備員とも顔見知りになりフリーパスの特権をゲットした。

 チェックインカウンターはロビー中心部に半円形状配置され、中央部が吹き抜けになり4基のシースルーエレベーターが上下するのが見える洒落た雰囲気だ。

 このホテルのレストランを何回か利用した。レストランは禁煙らしかったが、食事の折りマネージャーらしき人物に喫煙の可否を確認してみた。応えはノーだ。ところが翌日食事をしていると、かのマネージャー氏が知人らしきテーブルに呼ばれ、やにわに制服を脱ぎ椅子の背に掛けて着席。そしてボーイにコーヒを持ってこさせ談笑の輪に加わった。その手にはタバコが。「何だ、客には禁煙を強いり、自分は喫煙かよ」。

 
 その食事、取引先オフィスの横にあったレストランに案内された。レストランと言っても食堂に毛が生えた小汚ない店だ。だが、そこで食べたカレー、ナン、タンドリーチキンは旨かったな。機内で食べ損なったせいもあったがカレーは特に旨かった。


 滞在中、日中は、あちらこちらに連れていかれる。ラホールの街は埃っぽい印象だ。会社の場合もあるが、個人宅もある。元陸軍の司令官なる人物の家を訪れた。30畳はゆうにあろう応接室に案内され、コの字形に配置された20人は座れるだろうリビングセットに落ち着く。情報収集が目的だ。言葉はてんでちんぷんかんぷんなので、時々内容を日本語に訳してくれる取引先の言葉にうなずくだけ。

 ハプニングがあった。現地の最大手とされる企業を訪れた際、乗り合わせたエレベーターが突如途中で停止し真っ暗に。日本の様なビルではなく広い敷地に蛇の様に連なった低層階の建物の一角にあった旧式の歴史を感じさせるエレベーターだ。多分停電だろう、乗り合わせた現地人は慌てず騒がず悠然としている。よくある事の様だ。それにしても暑い。閉じ込められたのは10分程度だったが、ライターの炎の灯りだった時間が本当に長く感じた。

 薄汚れたビルの中にある会社にも案内された。パキスタンの老朽化さたビルは何軒か訪れたが、訪問した企業が入る建物の廊下の天井は揃って電気、電話、インターネットの配線が剥き出し埃で煤けている。

 そういえば一箇所だけ観光に行った。ムガール帝国の遺跡バードシャヒ・モスクだ。ただ、夕方遅くだったので中には入る事が出来ず外周をぐるっと回っただけだ。ここでは頭にターバン、足にゲートルを巻いた白装束のインド・シーク教徒が多く参拝に訪れていた。重要な巡礼地らしい。

 

 さて、最終日まで現地の通貨は持たせて貰えなかった。全て取引先がアテンドしてくれ、お願いしても両替に連れて行ってくれない。しかし、最終日「土産を買いた〜い!」、と主張すると、街角で車を停め、一万円を預けると、建物に入り現地通貨に替えてきてくれた。その金を持ち郊外のショッピングモールに案内された。そこで、土産として男性用3、女性用2着の民族衣装(サルワール・カミーズ)を購入。女性用はカラフルで、上と下それにスカーフの3点セット。男性用はテレビなどでよく目にする白ばかりと思っていたが、いやいや黄色、茶色、青色、黒など色とりどり。加えて襟もワイシャツの様にレギュラー、ラウンド、スタンドなど。種類はノーアイロンタイプと要アイロンタイプだ。勿論ノーアイロンタイプの方が高い。サイズはほとんど関係ない。タイマッサージの時に着用するズボンを想像頂きたい。ブカブカのウエスト部分を折り返して履くのだ。裾丈は、民族、部族、地域で異なると言う。パキスタンは比較的長めらしい。3着の内一つは私用。黒のノーアイロンタイプのスタンドカラーだ。日本に戻り着てみたがなるほど着心地満点だ。長袖だが夏でも暑くない。ただ、残念ながら表に着て行く勇気は私にはない。

 全日程が終わり空港まで送って貰った。往路に搭乗した便の折り返しなので深夜発、早朝着の夜行便だ。いやはや此処でも警戒厳重。空港の建物に入るのにバッグを全て開けられ隅々まで点検。思わず高官氏を探してしまう。幸い荷物はほとんどバンコクに置いてきたので大した時間はかからなかったが、大きなバッグの乗客は大変な苦行。無論預け入れの際にもバッグ検査が待っている。

 ようやく待合室にたどり着き一息。ポケットには土産を買った残りのコインが少々。コーヒスタンドでコーヒをオーダーすると、みんな店内のテーブルで飲んでいるのに、「待合室の椅子に掛けて待て」、と。しばらくしてトレーでオヤジウエイターがコーヒを持ってきてくれたので看板に表示していた金額に足るコインを渡す。お釣を貰う算段だ。だが、オヤジは一向に釣りを持ってこない。待合室まで持ってきたので配達料かな?もっとも店から私が座っていた場所まで10メートルだが・・・・。

 まだ、コインがあったのでキラキラのガラスで出来たブレスレットを買う。円柱の芯にぎっしり20個ほど装着されたものだ。べらぼうに安い。ところが、パキスタンの物価は?と訊かれてもとんとわからない。前述の如く自分一人で支払いをしたのは、この空港でのコーヒとブレスレットだけ。参考に、ホテルのショッピング街に絨毯屋があったので冷やかしてみたが、日本で買えば10万円は下らないだろう豪華な玄関マットが一万円と言う。欲しかったが、現金を持っていなかったので見合せたが、本気でネゴすれば、その半分まではいくだろう。

 さあ、バンコクに戻りもう一度骨を休め日本に帰ろう。

旅行の満足度
3.0
観光
4.0
ホテル
3.5
グルメ
3.0
ショッピング
3.0
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
航空会社
タイ国際航空
旅行の手配内容
個別手配
  • パキスタンのビジネスビザ

    パキスタンのビジネスビザ

  • パキスタンの民族衣装

    パキスタンの民族衣装

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