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2012年9月5日(水)は間島パルチザンの足跡を辿り頭道溝日本領事館跡、薬水洞ソヴェート政府、そして白頭山へ出かけました。<br /><br />最初の訪問地・旧警察署では不思議な出来事があり・・・<br /><br />延吉では白頭山で活躍された方がついに引退、お話を伺ったり・・・<br /><br />この旅行記最後に、この旅を企画した戸田郁子さんのメッセージがあります。<br /><br />2012年秋 「間島」を訪ねる旅<br />1 延辺革命烈士陵、尹東柱縁の地、旧間島日本総領事館跡地 <br />2 延辺大学での交流会  <br />3 頭道溝日本領事館跡、薬水洞ソヴェート政府、白頭山 ←当旅行記

2012年秋 「間島」を訪ねる旅 3 頭道溝日本領事館跡、薬水洞ソヴェート政府、白頭山

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2012/09/05 - 2012/09/05

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enyasu

enyasuさん

2012年9月5日(水)は間島パルチザンの足跡を辿り頭道溝日本領事館跡、薬水洞ソヴェート政府、そして白頭山へ出かけました。

最初の訪問地・旧警察署では不思議な出来事があり・・・

延吉では白頭山で活躍された方がついに引退、お話を伺ったり・・・

この旅行記最後に、この旅を企画した戸田郁子さんのメッセージがあります。

2012年秋 「間島」を訪ねる旅
1 延辺革命烈士陵、尹東柱縁の地、旧間島日本総領事館跡地 
2 延辺大学での交流会  
3 頭道溝日本領事館跡、薬水洞ソヴェート政府、白頭山 ←当旅行記

旅行の満足度
5.0
観光
4.5
同行者
社員・団体旅行
交通手段
高速・路線バス
航空会社
ANA
旅行の手配内容
団体旅行
  • 2012年9月5日(水)はホテルが準備したお弁当を持ち5時半出発、和龍市へ。<br /><br />延吉市内は曇り空、同行者の皆さん少しそわそわ。なぜかと言うと午後の観光地白頭山天池は天候が良くないと見られないからでした。<br /><br />『なんとか見たいですね〜』<br /><br />午前中の最初の訪問地は和龍市頭道鎮にある頭道溝日本領事館分館跡地、草むらに覆われ廃墟になっていました。

    2012年9月5日(水)はホテルが準備したお弁当を持ち5時半出発、和龍市へ。

    延吉市内は曇り空、同行者の皆さん少しそわそわ。なぜかと言うと午後の観光地白頭山天池は天候が良くないと見られないからでした。

    『なんとか見たいですね〜』

    午前中の最初の訪問地は和龍市頭道鎮にある頭道溝日本領事館分館跡地、草むらに覆われ廃墟になっていました。

  • 日本家屋に使われていたレンガ<br /><br />同行の研究者の方が、これがいったいどこで作られ、運ばれてきたものなのか頭をひねっていました。<br /><br />ここで不思議な出来事がありました。<br /><br />出発前に現在役所として使われている元警察署跡地でトイレ(男女共用で2つ)を拝借。最後になったenyasuは、バスに乗り遅れる人がいたら大変と思い、トイレに向かって<br /><br />『もうすぐ出発しますよ。誰もいませんね〜』<br /><br />するとトイレの扉の中から絞り出す声で<br /><br />「もしもし・・・もしもし・・・日本・・・」<br /><br /><br />あれ、誰かいる。<br /><br />「もしもし・・・日本・・・」<br /><br />『先に行ってますね〜』<br /><br /><br />バスに戻り、同行者約30名を確認すると全員乗車している様子。<br /><br />『おかしいなあ。役所の人だったのかなあ。でも職員さんと誰も会わなかったはず。う〜ん・・・』<br /><br />ふと、思い浮かんだのは<br /><br />日本にいっしょに帰りたかった人が・・・間島には日本に戻りたくても戻れなかった日本人が多数いました。故郷に帰りたかったのかもしれません。

    日本家屋に使われていたレンガ

    同行の研究者の方が、これがいったいどこで作られ、運ばれてきたものなのか頭をひねっていました。

    ここで不思議な出来事がありました。

    出発前に現在役所として使われている元警察署跡地でトイレ(男女共用で2つ)を拝借。最後になったenyasuは、バスに乗り遅れる人がいたら大変と思い、トイレに向かって

    『もうすぐ出発しますよ。誰もいませんね〜』

    するとトイレの扉の中から絞り出す声で

    「もしもし・・・もしもし・・・日本・・・」


    あれ、誰かいる。

    「もしもし・・・日本・・・」

    『先に行ってますね〜』


    バスに戻り、同行者約30名を確認すると全員乗車している様子。

    『おかしいなあ。役所の人だったのかなあ。でも職員さんと誰も会わなかったはず。う〜ん・・・』

    ふと、思い浮かんだのは

    日本にいっしょに帰りたかった人が・・・間島には日本に戻りたくても戻れなかった日本人が多数いました。故郷に帰りたかったのかもしれません。

  • 次の訪問地は薬水洞でした。<br /><br />

    次の訪問地は薬水洞でした。

  • アヒルや鶏が歩き回っていました。

    アヒルや鶏が歩き回っていました。

  • 10分ぐらい歩き到着したのが

    10分ぐらい歩き到着したのが

  • 薬水洞抗日記念地<br /><br />ソヴェート政府の跡地<br /><br />朝鮮族ネット 朝鮮族近現代史 29.薬水洞ソビエト政府より<br />1930年5月27日、ここで東北で初めてのソビエト政府が設立された。(中略)薬水洞上村の八間家の庭先で開かれた群衆集会で申春は“薬水洞ソビエト政府が樹立された!”と荘厳に宣布した。これは東北で初めての人民政権の誕生だった。それも日帝治下と封建統治の輩たちの鼻先で開かれた歴史的壮挙だった。 <br />

    薬水洞抗日記念地

    ソヴェート政府の跡地

    朝鮮族ネット 朝鮮族近現代史 29.薬水洞ソビエト政府より
    1930年5月27日、ここで東北で初めてのソビエト政府が設立された。(中略)薬水洞上村の八間家の庭先で開かれた群衆集会で申春は“薬水洞ソビエト政府が樹立された!”と荘厳に宣布した。これは東北で初めての人民政権の誕生だった。それも日帝治下と封建統治の輩たちの鼻先で開かれた歴史的壮挙だった。

  • 申春は、ソビエト政府の創立大会で、薬水洞ソビエト政府創立の歴史的意義とその使命に対して、氷上を滑るように打ち明けた。申春の熱情的な演説は大会に参加した群衆たちの胸に熱い波を起こしてくれた。<br /><br />先祖代々、搾取と貧窮の頚木に押さえ付けられて、動物にも劣る生活を続けて来た貧しい農民、無権利農民たちに権利が与えられたのだから、これ以上の喜びがどこにあろうか。群衆はソビエト政府の構成員を選出し、スローガンを叫びながらデモ行進を断行した。 <br /><br />“日本帝国主義を打倒しよう!” <br />“国民党軍閥政府を打倒しよう!” <br />“地主の土地を没収して貧困農民に分けてやろう!” <br />“土地革命を行おう!” <br />“ソビエト樹立を援護する!” <br /><br />数百人の群衆たちはスローガンを叫びながらデモ隊列に加わった。薬水洞学校の宣伝隊員たちは、赤いネクタイをひらめかせつつ行進した。掛け声と歌声が一日中、薬水洞の空を震わせた。

    申春は、ソビエト政府の創立大会で、薬水洞ソビエト政府創立の歴史的意義とその使命に対して、氷上を滑るように打ち明けた。申春の熱情的な演説は大会に参加した群衆たちの胸に熱い波を起こしてくれた。

    先祖代々、搾取と貧窮の頚木に押さえ付けられて、動物にも劣る生活を続けて来た貧しい農民、無権利農民たちに権利が与えられたのだから、これ以上の喜びがどこにあろうか。群衆はソビエト政府の構成員を選出し、スローガンを叫びながらデモ行進を断行した。

    “日本帝国主義を打倒しよう!”
    “国民党軍閥政府を打倒しよう!”
    “地主の土地を没収して貧困農民に分けてやろう!”
    “土地革命を行おう!”
    “ソビエト樹立を援護する!”

    数百人の群衆たちはスローガンを叫びながらデモ隊列に加わった。薬水洞学校の宣伝隊員たちは、赤いネクタイをひらめかせつつ行進した。掛け声と歌声が一日中、薬水洞の空を震わせた。

  • デモは三日の間続いた。怒った群衆たちは罪悪がとりわけ多い親日派を何人か捕らえ、処断した。そして高利貸付業者たちの財物を没収して貧困な農民たちに分けてやり、彼らの高利貸文書と小作料契約書を暴き出して燃やしてしまった。李キョンチョンら10人により組職された農民赤衛隊は日夜を分たず見回りながら農民たちのデモ闘争を護衛した。 <br /><br />薬水洞の農民たちはソビエト政府創立大会の決意によって“5.30”暴動の激しい闘争に参入した。<br /><br />暴動の後、日本警察たちは薬水洞に乱入し、100人余りの青年を逮捕した。薬水洞ソビエト政府は日本の連続的な弾圧で活動を展開することができなくなった。そして薬水洞ソビエト政府は創立されてから3日後にやむを得ず地下に潜らなければならなくなった。<br />                              <br /><br />余談<br />この村を訪れた時、当初村民たちは「なぜ日本人がここにいるんだ。」怪訝そうな顔。しかし、間島パルチザンの足跡を辿る一行が訪問の目的を告げると、歓迎ムードに。槇村浩がそうさせたのかもしれません。<br /><br />薬水洞 → 白頭山へ。

    デモは三日の間続いた。怒った群衆たちは罪悪がとりわけ多い親日派を何人か捕らえ、処断した。そして高利貸付業者たちの財物を没収して貧困な農民たちに分けてやり、彼らの高利貸文書と小作料契約書を暴き出して燃やしてしまった。李キョンチョンら10人により組職された農民赤衛隊は日夜を分たず見回りながら農民たちのデモ闘争を護衛した。

    薬水洞の農民たちはソビエト政府創立大会の決意によって“5.30”暴動の激しい闘争に参入した。

    暴動の後、日本警察たちは薬水洞に乱入し、100人余りの青年を逮捕した。薬水洞ソビエト政府は日本の連続的な弾圧で活動を展開することができなくなった。そして薬水洞ソビエト政府は創立されてから3日後にやむを得ず地下に潜らなければならなくなった。
                                  

    余談
    この村を訪れた時、当初村民たちは「なぜ日本人がここにいるんだ。」怪訝そうな顔。しかし、間島パルチザンの足跡を辿る一行が訪問の目的を告げると、歓迎ムードに。槇村浩がそうさせたのかもしれません。

    薬水洞 → 白頭山へ。

  • 昼過ぎ<br /><br />白頭山の入り口・山門駐車場に到着。<br /><br />『よかった。晴れてきた!!』

    昼過ぎ

    白頭山の入り口・山門駐車場に到着。

    『よかった。晴れてきた!!』

  • 世界遺産登録に向けての準備なのでしょうか、1年前にはなかった建物があちこちに建てられていました。

    世界遺産登録に向けての準備なのでしょうか、1年前にはなかった建物があちこちに建てられていました。

  • 入場門

    入場門

  • ここから専用バスに乗ります(乗り降り自由)。

    ここから専用バスに乗ります(乗り降り自由)。

  • 所要15分ほどで

    所要15分ほどで

  • 天池を望む展望台に行く小型バス乗り場へ。

    天池を望む展望台に行く小型バス乗り場へ。

  • ワゴン車で頂上へ向かいます(以前はジープでした)。

    ワゴン車で頂上へ向かいます(以前はジープでした)。

  • 『出発〜』<br /><br />曲がり道多数<br /><br />20分ほどで

    『出発〜』

    曲がり道多数

    20分ほどで

  • 頂上の駐車場到着。

    頂上の駐車場到着。

  • ここから天池の見える所まではゆるやかな坂道、徒歩5分ぐらいです。

    ここから天池の見える所まではゆるやかな坂道、徒歩5分ぐらいです。

  • 第二次大戦前、白頭山山麓の密林は抗日パルチザンの拠点となっていました。

    第二次大戦前、白頭山山麓の密林は抗日パルチザンの拠点となっていました。

  • パルチザンの指導者であった金日成は、小白水の谷にある白頭山密営で生まれました(自称)。

    パルチザンの指導者であった金日成は、小白水の谷にある白頭山密営で生まれました(自称)。

  • 高知からの訪問団の旅行目的が受け入れられたのでしょうか。この日、天文峰展望台から、しっかりと天池を目にすることができました。<br /><br />『神様ありがとうございます。』

    高知からの訪問団の旅行目的が受け入れられたのでしょうか。この日、天文峰展望台から、しっかりと天池を目にすることができました。

    『神様ありがとうございます。』

  • 中国十大名山の一つ白頭山、その頂上にある白頭山天池は、火山口に長い間水が溜まり湖になった、海抜2189.1メートル、新疆ウイグル自治区にある天山天池より209メートル高い位置に位置する、中国最大の高山湖です。湖面の半分が中国、半分が北朝鮮領域です。<br />

    中国十大名山の一つ白頭山、その頂上にある白頭山天池は、火山口に長い間水が溜まり湖になった、海抜2189.1メートル、新疆ウイグル自治区にある天山天池より209メートル高い位置に位置する、中国最大の高山湖です。湖面の半分が中国、半分が北朝鮮領域です。

  • 南北の長さは4.4キロ、東西に3.37キロ、集水面積21.4平方キロメートル、水面面積9.82平方キロメートル、水面周囲の長さは13.1キロ、平均水深は204メートルで、最も深い所は373メートルにもなり総蓄水量は20.4億立方メートルです。

    南北の長さは4.4キロ、東西に3.37キロ、集水面積21.4平方キロメートル、水面面積9.82平方キロメートル、水面周囲の長さは13.1キロ、平均水深は204メートルで、最も深い所は373メートルにもなり総蓄水量は20.4億立方メートルです。

  • 天池の平均水温は0.7〜11℃、年平均気温は7.3℃、山の下が晴れていても山の上が大雨、また逆のこともあり温度差、気候の変化の激しい地域です。<br />

    天池の平均水温は0.7〜11℃、年平均気温は7.3℃、山の下が晴れていても山の上が大雨、また逆のこともあり温度差、気候の変化の激しい地域です。

  • また天池は中国東北部の3つの大きな川、松花江、鴨緑江、図們江の源流にもなっています。

    また天池は中国東北部の3つの大きな川、松花江、鴨緑江、図們江の源流にもなっています。

  • enyasuにとって白頭山は<br /><br />延辺生活5年半の中で(2003.3〜2008.7)一番思い出深い地です。

    enyasuにとって白頭山は

    延辺生活5年半の中で(2003.3〜2008.7)一番思い出深い地です。

  • 当時小学生だった子供達は慣れない異国での生活に順応しながら、学校では中国語、朝鮮語を使っての授業、英語も低学年からありました。帰宅後は毎日膨大な宿題、週末は習い事に通う生活、スポーツをする機会、環境もなく疲れきっていました。

    当時小学生だった子供達は慣れない異国での生活に順応しながら、学校では中国語、朝鮮語を使っての授業、英語も低学年からありました。帰宅後は毎日膨大な宿題、週末は習い事に通う生活、スポーツをする機会、環境もなく疲れきっていました。

  • こうした状況下にあって、白頭山旅行は何事にも代えられない次の1年の原動力となる家族の一大行事でした。<br /><br />その中でも特に、延辺日本人会会員の方が経営するホテルに宿泊させて頂いたことが印象的です。中国にいながら日本式温泉につかり、おいしいものを食べる。何とも言えない気分でした。<br /><br />家族で天池を見に行く時には、雄大な滝を眺めつつ勾配のきつい階段を登りました。天池に辿り着いた時には感動がありました。そこで食べるお弁当は本当においしかったです。

    こうした状況下にあって、白頭山旅行は何事にも代えられない次の1年の原動力となる家族の一大行事でした。

    その中でも特に、延辺日本人会会員の方が経営するホテルに宿泊させて頂いたことが印象的です。中国にいながら日本式温泉につかり、おいしいものを食べる。何とも言えない気分でした。

    家族で天池を見に行く時には、雄大な滝を眺めつつ勾配のきつい階段を登りました。天池に辿り着いた時には感動がありました。そこで食べるお弁当は本当においしかったです。

  • 今回、楽しい思い出が詰まった白頭山にあって、非常に寂しい思いを感じました。<br /><br />それは、家族で泊まった懐かしのホテルが閉館するとのこと。ホテルには立ち入り禁止なのでしょうか、ロープが張られていました<br /><br />『いったい、どうなって・・・涙』

    今回、楽しい思い出が詰まった白頭山にあって、非常に寂しい思いを感じました。

    それは、家族で泊まった懐かしのホテルが閉館するとのこと。ホテルには立ち入り禁止なのでしょうか、ロープが張られていました

    『いったい、どうなって・・・涙』

  • お世話になったホテル経営者の方に連絡すると、60周年記念行事の為に延吉にいらっしゃるとのこと。enyasu、延吉最終日の9月6日に会う約束をしました。<br /><br />

    お世話になったホテル経営者の方に連絡すると、60周年記念行事の為に延吉にいらっしゃるとのこと。enyasu、延吉最終日の9月6日に会う約束をしました。

  • 山の天気は変わりやすかったです。<br /><br />30分の見学時間が終わる頃には曇り空になっていました。わずかな時間内に天池を見せて頂いたことに感謝です。<br /><br />15時半過ぎ、ワゴン車に乗り下山。ワゴン車出発地点からは専用バスに乗り換え

    山の天気は変わりやすかったです。

    30分の見学時間が終わる頃には曇り空になっていました。わずかな時間内に天池を見せて頂いたことに感謝です。

    15時半過ぎ、ワゴン車に乗り下山。ワゴン車出発地点からは専用バスに乗り換え

  • 終点にある駐車場へ。<br /><br />16:15 滝の見学に向け出発。

    終点にある駐車場へ。

    16:15 滝の見学に向け出発。

  • 温泉が湧き出ており湯気がでています。

    温泉が湧き出ており湯気がでています。

  • 16:21 滝の下まで行くことができず、コース終了地点より滝を眺めました。<br /><br />

    16:21 滝の下まで行くことができず、コース終了地点より滝を眺めました。

  • 駐車場方面、下流に向かって歩きます。夕方でしたので観光客はほとんどいませんでした。<br /><br />

    駐車場方面、下流に向かって歩きます。夕方でしたので観光客はほとんどいませんでした。

  • 何やら人が集まる所がありました。

    何やら人が集まる所がありました。

  • 温泉卵屋さんでした。

    温泉卵屋さんでした。

  • 『戸田さん、間島を巡る旅、本当に勉強になりました。ありがとうございます!』

    『戸田さん、間島を巡る旅、本当に勉強になりました。ありがとうございます!』

  • 近くにあった案内板によると温泉卵はふつうに茹でた卵よりも栄養価があるようです。

    近くにあった案内板によると温泉卵はふつうに茹でた卵よりも栄養価があるようです。

  • 『また来ますよ!!』

    『また来ますよ!!』

  • 駐車場にて専用バスに乗車

    駐車場にて専用バスに乗車

  • 25分ほどで山門到着。

    25分ほどで山門到着。

  • 白頭山(長白山)の登り口は複数あり、今回は主に延吉から行く北景区からのコース、他には長白山空港から行く西景区、長白朝鮮族自治県から行く南景区などがあります。<br /><br />

    白頭山(長白山)の登り口は複数あり、今回は主に延吉から行く北景区からのコース、他には長白山空港から行く西景区、長白朝鮮族自治県から行く南景区などがあります。

  • 時間が遅くなったこともあり19時頃、麓の町・二道白河で夕食となりました。<br /><br />この日、延吉市内に戻ったのは23時過ぎでした。<br /><br />『いよいよ明日は最終日。寂しいなあ〜』

    時間が遅くなったこともあり19時頃、麓の町・二道白河で夕食となりました。

    この日、延吉市内に戻ったのは23時過ぎでした。

    『いよいよ明日は最終日。寂しいなあ〜』

  • 2012年9月6日(土)、午前中は以前の職場へ。<br /><br />昼は北朝鮮系のホテル・柳京飯店にて白頭山でお世話になった社長さんと昼食。<br /><br />長白山国際観光ホテル 朴正人社長<br />http://ryukeimi.jugem.jp/?search=2007+%C4%B9%C7%F2%BB%B3%B9%F1%BA%DD%B4%D1%B8%F7%A5%DB%A5%C6%A5%EB%A1%A1<br /><br />『オレガンマニムニダ!』<br /><br />朴社長の御話では、中国政府による長白山の世界遺産申請の為に、山門内にあるホテルは全て退去しなければならなくなったそうです。本年、ホテルを手放し、日本に戻られる決断。真遺憾〜。<br /><br />朴社長の功績は大きかったです。<br /><br />朝鮮民族の聖地にて北朝鮮同務(トンム)を招き、食事時の歌や踊りを通じ、本国の雰囲気を演出、世界各国から同胞を迎え入れました。<br /><br />露天風呂のある日本式ホテルでは館内を浴衣、スリッパで歩くことができました。日本風の癒しの場は中国にいて日本を感じさせるものでした。<br /><br />韓国人経営のホテルが次々となくなる中、最後まで“朝鮮民族の聖地”であることを誇り、永住の地の伝統文化“日本式”を続けられた、その信念、私の心に深く刻まれています。<br /><br />『朴社長、長い間、白頭山を守られましたね。本当にお疲れ様でした。日本でゆっくりされて下さい。前橋に行く時にはおみやげ持ってお店に行きます!!』<br /><br />珈琲珈琲<br />http://coffeecoffee.jp/<br /><br /><br />enyasuのこの旅についての感想<br /><br />間島、延辺朝鮮族自治州にてこの地を愛し、生きてきた人々の足跡をたどりながら思うことは、次の世代では、日本海を自由に行き来しながら、友好の歴史を築いてほしいということです。そのためにも交流につながる出会いを作っていきたい、個人的にはそう考えています。

    2012年9月6日(土)、午前中は以前の職場へ。

    昼は北朝鮮系のホテル・柳京飯店にて白頭山でお世話になった社長さんと昼食。

    長白山国際観光ホテル 朴正人社長
    http://ryukeimi.jugem.jp/?search=2007+%C4%B9%C7%F2%BB%B3%B9%F1%BA%DD%B4%D1%B8%F7%A5%DB%A5%C6%A5%EB%A1%A1

    『オレガンマニムニダ!』

    朴社長の御話では、中国政府による長白山の世界遺産申請の為に、山門内にあるホテルは全て退去しなければならなくなったそうです。本年、ホテルを手放し、日本に戻られる決断。真遺憾〜。

    朴社長の功績は大きかったです。

    朝鮮民族の聖地にて北朝鮮同務(トンム)を招き、食事時の歌や踊りを通じ、本国の雰囲気を演出、世界各国から同胞を迎え入れました。

    露天風呂のある日本式ホテルでは館内を浴衣、スリッパで歩くことができました。日本風の癒しの場は中国にいて日本を感じさせるものでした。

    韓国人経営のホテルが次々となくなる中、最後まで“朝鮮民族の聖地”であることを誇り、永住の地の伝統文化“日本式”を続けられた、その信念、私の心に深く刻まれています。

    『朴社長、長い間、白頭山を守られましたね。本当にお疲れ様でした。日本でゆっくりされて下さい。前橋に行く時にはおみやげ持ってお店に行きます!!』

    珈琲珈琲
    http://coffeecoffee.jp/


    enyasuのこの旅についての感想

    間島、延辺朝鮮族自治州にてこの地を愛し、生きてきた人々の足跡をたどりながら思うことは、次の世代では、日本海を自由に行き来しながら、友好の歴史を築いてほしいということです。そのためにも交流につながる出会いを作っていきたい、個人的にはそう考えています。

  • 最後にこの旅を企画した戸田郁子さん(作家・韓国)の感想を締めの言葉にしたいと思います。中国・平和の旅新聞・第37号より抜粋<br /><br />「かつて間島は、日本にとても近かった。目の前に日本海が広がる。朝鮮半島と汽車が行き来する。ロシア沿海州ともつながっている。そして間島には、大陸侵略への重要な足がかりだった。<br /><br />そして間島には、日本の「皇国臣民」である朝鮮人が集居していた。中国内で最も早く日本が侵略の駒を進めた間島は、激しい抗日闘争の舞台でもあった。<br /><br />苦難の時代に、高知に生まれた十九歳の詩人が、激しい間島の冬を生き生きと描写した。そればかりか詩人は、虐げられた朝鮮の民の心に寄り添い、その分身となって、日本帝国主義への憤怒と闘士を詠った。<br /><br />まさに驚嘆に値する。<br /><br />情報の溢れる今の時代にも、槇村浩の完成を越える者は現れていない。<br /><br />隣国との亀裂が入った原因は、日本が侵略の歴史を語り継がなかったからにほかならない。私たちは槇村浩にどう詫びられようか。<br /><br />今回の旅を通じて私は、過ぎた時代を伝えることの意義を、改めて深く胸に刻んだ。<br /><br />延辺を離れる朝、文革前夜に「間島パルチザンの歌」を延辺大学で教えたという九一歳の李成黴先生に会った。<br /><br />先生は、私の手を握り「貴女にはやることが沢山ある」と大きな励ましをくださった。<br /><br />その言葉が、私の耳の奥で、今も響いている。」<br /><br /><br />2012年秋 「間島」を訪ねる旅 終了です。

    最後にこの旅を企画した戸田郁子さん(作家・韓国)の感想を締めの言葉にしたいと思います。中国・平和の旅新聞・第37号より抜粋

    「かつて間島は、日本にとても近かった。目の前に日本海が広がる。朝鮮半島と汽車が行き来する。ロシア沿海州ともつながっている。そして間島には、大陸侵略への重要な足がかりだった。

    そして間島には、日本の「皇国臣民」である朝鮮人が集居していた。中国内で最も早く日本が侵略の駒を進めた間島は、激しい抗日闘争の舞台でもあった。

    苦難の時代に、高知に生まれた十九歳の詩人が、激しい間島の冬を生き生きと描写した。そればかりか詩人は、虐げられた朝鮮の民の心に寄り添い、その分身となって、日本帝国主義への憤怒と闘士を詠った。

    まさに驚嘆に値する。

    情報の溢れる今の時代にも、槇村浩の完成を越える者は現れていない。

    隣国との亀裂が入った原因は、日本が侵略の歴史を語り継がなかったからにほかならない。私たちは槇村浩にどう詫びられようか。

    今回の旅を通じて私は、過ぎた時代を伝えることの意義を、改めて深く胸に刻んだ。

    延辺を離れる朝、文革前夜に「間島パルチザンの歌」を延辺大学で教えたという九一歳の李成黴先生に会った。

    先生は、私の手を握り「貴女にはやることが沢山ある」と大きな励ましをくださった。

    その言葉が、私の耳の奥で、今も響いている。」


    2012年秋 「間島」を訪ねる旅 終了です。

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  • こまちゃんさん 2012/10/10 16:10:19
    天池
    烏魯木齊の天池よりもステキですね!
    向こうはもう商業化してしまって、大自然の中に踏み込んで息吹を仰ぐ・・・
    なんて言う情緒を味わうことが出来なくなりました。
    以前は湖畔まで自由に近寄れたのですが、承包(業者委託)してしまって、
    不講道理な有料攻勢で話無法地帯です。

    中国は、国営放送に広告があるのと同じで、国家所有の公園でも、
    個人業者へ権利販売出来ちゃうんですね。
    この辺りの考え方を変更しない限り、色々な「権利」への考えが、
    世界と食い違ったまま進み続けるのだと思います。

     こま

    enyasu

    enyasuさん からの返信 2012/10/11 12:30:15
    権利
    こまちゃんさん

    観光地化されると入場料が驚き価格になりますね。
    烏魯木齊行ってみたいですが、あちこちの名所旧跡でお金を払っていたら
    すぐに1万円ぐらい飛んでしまいますね。

    個人業者へ権利販売ですが、

    友人の友人が●京で必ず行く有名観光地のある権利を持っているのですが、

    友人の話では、

    コミッション 数%/人 

    何もしなくても1日で多い時には数十万円稼げるそうです。

    中国恐るべしですね。

                            enyasu

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