1999/05/20 - 1999/05/24
34位(同エリア180件中)
まりあさん
ふとしたきっかけで、1999年の5月に、アンダルシア州、ウエルバ県の自治体アルモンテにあるエル・ロシオ村の聖霊降誕祭を見に行くことができました。
エル・ロシオの起源は、15世紀にさかのぼり、羊飼いが犬の吠える所に行くと、聖母像を発見し、そこに祠を建てたのが起源と言われています。エル・ロシオは、セビーリャから60キロほど西南にある、人口1600人ほどの小さな村ですが、聖霊降誕祭の前後の一週間だけ、100万人もの巡礼がやってきます。各地の村から、今なお、幌馬車隊を組んでやってくるエルマンダー(講)も今だにあるそうです。
私は、エルマンダーに属す形ではなく、その下にあるアソシエーションに入る形で、エル・ロシオの村に民家に、28人のスペイン人とともに滞在して、一週間足らずの祭礼に参加しました。
なにせ、1999年の古い話ですので、写真はデジカメではなく、当時の写真をスキャナーで読み取りました。それゆえ、画質はイマイチですが、珍しい写真がたくさんあるので、掲載させていただきたいと思います。
表紙の写真は、シンペカードと呼ばれる、聖母の旗で、エルマンダーそれぞれにシンペカードがあり、祭礼の日には、神輿に入れて、巡礼路を練り歩くのです。
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エル・ロシオ村にある大聖堂は、スペイン南部の真っ青な空を背景にした、真っ白な建物でした。現在の建物は、13世紀、18世紀に次ぐ三代目の建物で、1969年に完成した白亜の建物です。
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村に到着した人々はまず、大聖堂の聖母像にあいさつに訪れます。
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この一画の民家を、うちのアソシエーションで借り切って、祭りの間、このカサ(家)で、共同生活をします。住人は、一週間、家を明け渡すことで、その家賃をいただくわけです。(1999年の私たちのカサを借りる料金が、80万円ほどだったと聞きました)
村の道は、舗装はされてませんが、祭りに参加する3500頭の馬を保護するためでもあるそうです。でも、おかげで、ホコリがもうもうとたちます。 -
スペイン全土に、ロシオ講のエルマンダーが100近くあり、それぞれのデザインで聖母のメダルがあり、それを首から下げて、所属するエルマンダーを示します。
これは、ミニチュアで、すべてのエルマンダーのメダルを額に入れたものです。 -
エルマンダーに所属する人は、そこで、このメダルをもらえますが、土産店でも、同じ形のメダルが売られています。ヒモの色も、エルマンダーそれぞれで伝統的に決まってますので、祭りの間は、このヒモの色で、自分のエルマンダーの人か、他のエルマンダーの人かが、一目で分かるのです。
また、このメダルを祝福してもらう、という儀式があり、大聖堂に行くと、このメダルを聖母の衣装に触れさせてくれて、それにより、聖母のご利益をちょうだいする、というような感覚みたいです。 -
大聖堂の裏手では、キャンドルを捧げます。
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聖母像は、ローズマリーの木のそばで見つかったとかで、ローズマリーは、聖母ロシオに欠かせないものとなっているそうです。
聖堂の入り口で、そのローズマリーを持っている人がいました。
友人は、私の耳元で、「あの人たちは、ジプシーで、ローズマリーを手渡して、お金を要求する場合もあるから、受け取らないように」と注意を受けました。 -
うちのカサのダイニングです。
この大きなテーブルで、皆で折々に食事したり、おつまみを食べたりしました。 -
寝室は、いくつかあって、私たちは、パティオに面した部屋の中の2段ベッド2つを利用しての4人部屋です。
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カサの仲間です。
この人は、サンチアゴ巡礼路もよく行くようで、サンチアゴのシンボルの貝殻をお持ちでした。いろいろと、巡礼路のことを教えてもらいました。 -
この巡礼祭の目玉のひとつは、この民族衣装です。
皆さん、人によると、毎日のように衣装を変えてます。
おかげで、民族衣装の色の洪水のような光景を楽しませてもらいました。 -
カサの前には、腰の高さの囲いが取り囲んだようなスペースがあり、ここに皆で腰掛けて、カスタネットや手拍子でリズムを取りながら歌を歌い、踊り上手な人が、真ん中で、その音楽に合わせて踊るのです。
たまたま、スペイン人の友人が、セビジャーナスというこの地方の踊りを習いにいった縁で、このアソシエーションの人と知り合い、この祭礼に招待されたご縁で、私も参加できたのでした。 -
レブヒートというカクテルを飲んでました。
マンサニージャという、リンゴ色をしたシェリー酒のようなワインを、セブンアップで割って、ミントの葉と氷をどっちゃり入れた飲み物で、とても爽やかなのどごしでした。 -
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もう、あちこちのカサで、皆さん、踊りまくってます。
カサの仲間の友人のカサなどに行き来して、交流しますが、その中心が、このセビジャーナスの踊りなのです。
ものすごい祭礼です。
食べて、飲んで、踊って・・・・
夜は更けて、朝方まで皆さん踊りますが、私は一人耳栓をして寝てました。 -
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朝早く、私たちのアソシエーションが所属しているイノホ村の教会のミサに参加しました。
そこから、聖母のシンペカードが神輿に積まれて、牛がひっぱる真っ白い神輿とともに、巡礼の始まりです。 -
イノホ村の出発風景。
ものすごい数の人たちです。 -
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地面は砂地で、半砂漠的な所なので、もうホコリだらけになって歩きます。
幸い、イノホ村は、エル・ロシオから20キロほどの所なので、1日の行程ですが、近隣の町からは、3日4日かけて、幌馬車で移動する町もあります。 -
ただ歩くだけじゃないです。
神輿の横では、聖母を讃える歌を歌いながら、皆さん踊られます。
神輿から離れた所でも、うちのカサのメンバーが、こうして、テーブルを囲んで、歌います。 -
踊る人あり、へたり込む人あり・・・
何でもあり、です。
よく言われたことは、「ロシオにブログラムはないのよ」と。 -
うちのカサのメンバーのためのカレータです。
トラックの荷台をトラクターがひっぱっていくような乗り物で、ここにテーブルや飲み物、食べ物が積まれていて、しっかりとした食事の時は、けっこうおいしい料理が並べられて、びっくりしました。
スペイン人は、手を抜きません。
遊ぶこと、踊ること、そして食べることも。 -
カレータの中の風景です。
けっこう狭いので、28人分の椅子はなく、残りの人は、下に座ったり、荷台の端っこから足をぷらぷらさせて座ったり。 -
巡礼路をみると、馬上の人、車の人、歩く人。
もう思い思いの姿です。 -
この祭礼には、独特の楽器が使われますが、これは太鼓で、聖母像の顔が描かれています。
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土曜の夜は、無礼講のパーティーが開かれました。
皆を楽しませるのが上手な、メンバーが、女装して踊ります。 -
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巡礼団が、全員エル・ロシオの村に入り、大聖堂でのミサです。
この折りには、もう皆さんが、とっておきの民族衣装に身を包むので、たいそう美しかったです。 -
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幌馬車隊も到着します。
この日は、すべてのエルマンダーが、ロシオに到着して、聖母像に顔見せする日です。
もう、それはそれは、賑やかでした。 -
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牛さんにもリボンで飾りつけされます。
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この日は、すべてのエルマンダーの聖母の旗、シンペカードの顔見せミサがありました。壇上に、90以上のエルマンダーの、それぞれの旗が大集合します。
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エルマンダーの建物の中に、コリアというのがありました。
コリア・デル・リオCoria del Rio という村には、「日本」という苗字の人がいる、と何かで読みました。
17世紀、伊達政宗の家臣、支倉常長が率いた、遣欧使節が、この村に一時的に滞在したそうで、その時に、村にいついた日本人の末裔、と言われる人々が、「日本」という苗字を持っているそうです。
ちょっと勇気を出して、この建物に入っていきました。 -
おお、なんと、いました。
セニョーラ・ハポン(日本)さんと、息子さんの、セニョール・ハポンさんです。 -
さて、いよいよ夜のミサが始まります。
半砂漠地なので、昼は暑く、夜はぐい〜んと冷え込みますので、皆さん、しっかり着込んでます。 -
深夜3時頃に、聖母像の盗み出し、という儀式があります。
Salto de Virgenと言いますが、男たちが、聖母像を盗み出し、夜中から翌日まで、それぞれのエルマンダーの建物を練り歩き、そこの聖母の旗であるシンペカードと聖母像が対面するのです。
サルトの瞬間を、今か今かと待つ群衆です。 -
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聖母像に触れるとご利益があると信じられて、人々は聖母像の近くに寄ろうとします。じっさいに触れれるのは、病気の人とか子供とか、窮している人とかで、それを判断するのは、かついでいる人たちの権限だそうです。
しかし、夜中から、翌日の昼過ぎまで、この状態が続くんですよね。
ものすごいパワーです。
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