2012/07/30 - 2012/08/12
112位(同エリア149件中)
eimeiさん
- eimeiさんTOP
- 旅行記141冊
- クチコミ3件
- Q&A回答4件
- 515,797アクセス
- フォロワー52人
走りに徹しきって、日本人の遠さ・広さの感覚を超える大陸の大きさを体感したい。天気がよければバイカル湖でゆっくりしたい。10日間でカザフスタン国境にたどり着きたいが‥‥‥。
※交通事故を起こしてしまい、予定変更し、モンゴルへ向かう羽目になった。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ハバロフスクからモンゴル入国までの広さ・遠さを体感したい。5年前の2000キロ未舗装で苦労したシベリアのチタまでの現状も報告したい。
-
7月30日、9時にカードが吸い込まれたままのATMへ行ったら、案の定、ATM係員は来ておらない。店の人に問い合わせてもらったら、11時に来るらしい。USドルを銀行でルーブルに換え、ホテルを先にチェックアウトし、10時45分にATMへ再び行ったら、係員がATMを開けるところだったので、すぐカードを返却してもらえた。ホテルへ帰り、小雨の中、レイン仕様で荷造りをし、12時頃ハバロフスクを出発した。雨の中200キロほど走ったら、新しいモーテルがあったので、係のおばさんに頼み込んで泊めさせてもらった。衣類などがベタベタ。明日は晴れてくれー。
-
7月31日、起きて外を見たら、雨。ガックリ。仕方ないので、レイン仕様で9時過ぎに出発。走り出して100キロをすぎたぐらいから、雨が止み、晴れ間も見えてきた。今日は500キロ走るぞ!
-
途中のガソリンスタンドで出会ったオーストラリア人夫婦。BMWのバイクを船便でウラジオストックへ送り、自分たちは飛行機で来て、モスクワ→サンクトペテルブルク→バルト三国→ヨーロッパと走る予定らしい。それにしてもリッチ。
-
途中で出会ったチャリダー。オーストリア人で中国を目指している。チャリダーの方が面白いので、必ず挨拶をするようにしている。
-
ウクライナ人で、中央アジアからロシアに入り、モンゴルを目指している。毎日、テント生活をしている。
-
一部工事中で、アスファルトでない道路があるが、オンロードバイクでも十分走れる。
-
ほとんどがアスファルト道路で、「シベリアハイウエー」と言ってもよい状態である。5年前の2000キロのオフロードは何だったのだ!
-
パーキングエリアも随所に設けられている。
-
ガソリンスタンドも100キロに一軒ぐらいの割合であるが、200キロほどスタンドがない区間もある。
-
途中に、新しく作られたモニュメントがあった。
-
時速80〜100キロで運転しているが、虫がどんどんぶつかってくる。ヘルメットも虫の死骸だらけ。
-
5年前、雨の中昼食をとった食堂だが、閉店していた。
-
道の両側には、大きな湿原が多数ある。
-
500キロ走った頃、新しいモーテルがあったので、泊めてもらおうとしたら「ニエット」と言われ、食事と買い出しをした。
-
少し走って、電波塔の下で野営。蚊がおらず快適。
-
8月1日、テントをたたみ、9時頃出発。少し走ったら、5年前、湿原が美しかったので野営した場所に着いた。
-
湿原も朝靄に包まれ、相変わらず美しい。写真では表現できない。
-
ほとんどが舗装道路のため、コンボイも多数走っている。
-
途中で昼食を取った新しいドライブイン。
-
バイキング形式で、サービスもよい。5年前に比べ、おばちゃんのサービスの質が格段に上がっている。笑顔までサービスしてくれる。
-
ハバロフスクとチタの中間にある新しいモーテル。泊まりたかったが、300キロしか走ってないのでパス。
-
さらに少し走ると、大きなインターチェンジがあり、北へ1056キロ進むとヤクーツク、3177キロ進むとオホーツク海に面したマガダンに着く。日本人の感覚では理解不能。
-
また5年前の美しいと思った場所。シベリア鉄道が風景にマッチしている。
-
またまた5年前の食堂。まだ経営していて、夕食と買い物をした。
-
700キロ走っても、モーテルもないので、5年前と同じ、シベリア鉄道沿いの場所で野営。シベリア鉄道の貨物列車が通るとテントが揺れる。日が落ちると急激に気温が下がり、朝方は寒さに震えていた。
-
8月2日、今日は600キロ先のチタまで走ろうと、8時に出発したが、寒いので60キロ走行。朝日に照らされた朝霧が美しい。
-
朝日を背に西へ向かって走る。
-
しばらく走ると5年前昼食を取った食堂を見つけたので、朝食兼昼食を取った。
-
道路の縁でパンク修理をしていた西海岸に住んでいるアメリカ人のチャリダー。飛行機を使って、ハバロフスクからヨーロッパを目指している。
また、西から来るリッチそうなバイカーには5人ばかりすれ違い、手で挨拶をした。 -
シベリアの代表的な村の風景。冬の寒さは並大抵ではない。
-
チタに近づくと、草原が多くなり、牛だけでなく、馬の放牧もなされている。
-
チタ近くのドライブインの駐車場に3台のピックバイクを止めていたロシア人と旅談義。
-
チタの街にもホテルを探しに行ったが、ビル・道路の工事がそこら中で行われていた。チタの街の地図を持ってないので、通行している人にホテルの場所を聞いても「ニエット」ばかりで、5年前と同様に素っ気ない。埒があかないので、ウランウデに向け走り始めた。20分ほど走ったら、新しいモーテル発見。ラッキー!3日ぶりにシャワーが浴びれる。
-
代金も1250Rと良心的。部屋は、今までのロシアのホテル・モーテルの中でナンバーワン。フロント近辺でWiFiまでOK!
-
しかし、モーテルの敷地の外の風景との落差に唖然。
-
8月3日、10時頃、チタのモーテルからウランウデへ向け、少し走ったら、雨が降ってきたので、バス停で1時間ほど雨宿りをし、再びウランウデへ向かって80キロほど走ったところまで記憶があるが、目を開いてみたら、キリスト様が私に向かって何か呼びかけている。ああ天国へ来てしまったと思った。
《ドイツ人のチャリダーとすれ違い、挨拶に行こうとして後方確認せずUターンし、後ろから来たカローラとぶっかったらしい。》(《 》の部分の記憶は飛んでおり、警察の写真やドイツ人チャリダー、カローラの運転手の証言による)
ドイツ人のチャリダーが、心配して英語で何か私に話しかけていたが、担架で救急車に乗せられ、小さな町ウレティ(Улеты)の地域病院へ直行。頭を何針か縫い、左鎖骨を骨折しただけのようだ。3日後、警察へ行き、日本語の通訳を介し、事情聴取を受け、荷物とバイクの確認をしたが、バイクは一応エンジンがかかったが、ダメージが大きいようだ。また、相手のカローラのバンパーが凹んだのは、私のバイク保険で処理ができた。荷物とバイクを警察に預けたまま病院へ戻った。警察官はとても紳士的で、5年前の賄賂を要求した時と全く違った印象を受けた。多分、警察官の給料が上ったのだろう。ロシアが安定してきた証拠? -
病院の窓から見える代表的なシベリアの村の風景。
私のせいで交通事故を起こし、まだ、しばらく病院生活が続く。今までの旅生活の中で一番落ち込んでいる。 今後の行程は、カザフスタンビザの期間が切れてしまうので、病院生活がどれだけ続くかにもよるが、
①ウランウデからモンゴルのウランバートルへいき、バイクを預け、いったん帰国。
②ノヴォシビルスクまで行き、カザフスタンビザをとり、予定通り中央アジアへ向かい、バイクを預け、いったん帰国。ただし、ノヴォシビルスクでカザフスタンビザが取れるか?
③ロシアをそのまま西へ向かい、モスクワからウクライナへ抜け、ブタペストのレッドバロンにバイクを預け、いったん帰国。
どれを選ぶにしても、バイクの程度、自分の体調、ビザ・ホテルなどの旅データを総合的に考えて選択しなければいけないので、一旦、チタ郊外のモーテルへ戻り、休養しながら結論を出したい。 -
村のメインストリート。病院の食事は、毎日、ワンパターンのロシア料理なので、近くの店へショッピングに毎日出かけ、ヨーグルト・ジュース・菓子パンなどを買い、間食していた。おかげで、体重は変わらず、メタボ気味。
入院中、食後、同室の3人がいなくなると思ったら、外でタバコを吸っていた。男性は入院患者のほとんどが喫煙者で、女性も半分を超えている。さすがにアルコールは病院内では御法度らしく、飲んでいる人を見たことはない。しかし、行きつけの店では、男性が酒(ウオッカ)を買うところを何回も見かけた。タバコと酒がロシア男性の平均寿命を短くしていることは、明らかだが、田舎へ行けば行くほど、村の付き合いが強いので、難しいのではないか。
また、今入院している病院の少し先で、今年の6月末に、日本人のバイク旅行者が、村の近くでテントを張り、襲われ、地元の若者たちに殺された。この病院で入院患者を含め、若者たちを見ていると、欧米の情報はどんどん入ってくるが、村に魅力ある仕事もなく、お金もなく、ブラブラしている以外やることがない若者を何人も目にした。そこへスマートフォンなど、魅力的な最新電子機器を持った者が、無防備に一人でテントを張れば、襲われても仕方ない。 -
8月10日、7日目に退院の許可が出たので、警察へ行き、バイクと荷物を返却してもらった。また、同室の人に親切にしてもらい、言葉が全く通じない中、何とか過ごすことができた。スパシーバ!
レントゲンも撮ったので、入院費が相当かかると思ったら、無料。医者に謝礼を渡しただけ。これじゃ、旅行保険も使えない。チタ近くのモーテルへ戻るため、走ってきた道を戻る途中の風景。 -
横を見れば。シベリアは今頃が美しい。このような風景の中を、バイクも体調も天気も万全な中で走りたい。
-
ロシアの道には、ソ連時代の関所の跡がこのように残っている。いまは、無用の長物。
-
よく道端でスイカ、ジャガイモなどの農産物を売っている。大した収入にならないが、田舎では貴重な現金収入なのだろう。
-
100キロほどチタ方向へ走り、やっと、モーテルへ戻ってきて、1250Rでまず一泊決定。前と同じ部屋で、快適。
-
バイクの状況だが、シャーシのダメージはほとんどないが、上のフレームが衝突した際、ゆがんだようだ。一応、この状態で70-80キロで走れる。
-
バイクの横からの写真。前のウインカーが曲がっている。チェーンカバーがグチャグチャだったので、切り取った。
-
逆から見た横からの写真。前のウインカーが折れたので、ビニールテープで補修した。とても5000キロしか走ってない新車のCRF250Lとは思えない。
肩の調子がイマイチな上、バイクもダメージが大きいので、5年前と同様にウランウデからモンゴルのウランバートルへ行き、自動車工場「ニスモ」でバイク修理してもらうか、バイクショップを紹介してもらい、修理中、一旦、8月下旬にモンゴルから日本へ帰国する可能性が高くなって来た。このモーテルで休養しながら、資料やコースを集めたりしたい。この程度で、「負けるものか!」と言いたいが、‥‥‥。 -
8月11日、インターネットで天気を調べたところ、今日、明日は晴れ、明後日は晴雨の予報が出ていたので、多少の肩の痛みを我慢しながら、10時頃モーテルを出発した。それにしても設備・サービス・価格に納得するモーテルであった。途中の美しいシベリアの風景。手前はシベリア鉄道。
-
美しい風景とシベリア鉄道の貨車がよくマッチしている。天気予報では晴れだが、黒い雲の下で局所的に雨が降っており、2回ばかり雨に降られたが、少し濡れるだけなので、カッパなしで突っ切った。フレームが歪んだバイクでも直線コースなら100キロ走行ができた。ただ、カーブは高速ではねらったコースを走れない。
-
ほとんど60-80キロで走りっぱなしで、500キロほど走った所にモーテルがあったので、1泊(900R)することとした。久しぶりのバイク走行に疲れたが、バイク走行には肩の痛みは感じなくなった。また、この近辺で、6月末に、日本人のバイク旅行者が殺害された。
-
モーテルから見たシベリアの夕日。それにしても今回のバイク旅はいろいろなことがあったと思い出す。明日は、ウランウデの街に寄らず、モンゴル国境へ向かい、モンゴルへ入国し、国境近くの町で泊まり、明後日、ウランバートルの予定。
-
8月12日、日本ではオリンピックとお盆休みの頃だが、実感が全くない。朝9時頃モーテルを出発し、100キロほど先のウランウデへ向け走り始めた。ウランウデ郊外の美しい場所。5年前と同じ。
-
そこで出会ったロシアの若者たち。モンゴルが近いので、アジア系の人も多い。モンゴル国境の町キャフタへ向かう道路へ入る場所には新しいインターチェンジが出来ていた。ウランウデの街には寄らず、250キロほど先のキャフタを目指す。
-
途中で出会ったチャリダー。男性がルーマニア人で囲碁4段の腕前。
-
女性はドイツ人でしっしょに旅をしている。モンゴルから中国の北京を目指している。
-
チャリダーは交通事故を起こさないように道路の縁の方を走っている。
-
ロシア最後の美しい風景。5年前、この近くの廃屋で野宿した覚えがある。
-
だんだん風景がモンゴルのようになってきた。当然か。人間が勝手に国境を引いただけだから。
-
国境の町キャフタの教会。5年前も写真を撮った。ガソリンを予備タンクまで満タンにした。
-
しかし、その近くに、こんな大きなショッピングセンターができていた。いよいよロシア出国、モンゴル入国だが、両方とも女性の係官が多く、割にスムーズに2時間ほどで国境を越えられた。モンゴル入国館内にある銀行で両替もできた。レートも悪くない。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
60