2012/06/05 - 2012/06/07
46位(同エリア107件中)
極楽人さん
フランス国境に近い東のパンプローナから西端の聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラまで、『巡礼の道』(北の道)に沿って1週間の旅をしました。
終着点のサンチャゴから、サラマンカを経由してマドリッドに戻ります。少し遠回りになりますが、サラマンカにどうしても行きたい場所がありました。旧市街の中心、マヨール広場です。これまで何度か訪問の機会がありましたが、何故か縁に恵まれていません。自分にとっては、今回のスペイン旅の“締め”にふさわしい場所と思いました。
全体の行程:MADRID(1泊)~PAMPLONA(1泊)~SAN SEBASTIAN(通過)~BILBAO(1泊)~SANTANDER(通過)~SANTILLANA DEL MAR(1泊)~OBIEDO(通過)~LEON(1泊)~SANTIAGO DE COMPOSTELA(1泊)~SALAMANCA(1泊)~MADRID(1泊)の、7泊8日です。
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
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14:47 サンチャゴ・デ・コンポステーラ駅を出発。
スペイン中西部の古都、サラマンカへ向かいます。
列車はマドリッドのチャマルティン駅行きです。
巡礼を終えた人たちが何人か、大きな荷物で乗り込みます。 -
この区間は朝夕一本ずつの長距離バス(23ユーロ)もありますが、夕方便は深夜着になってしまいます。
運賃は高くなりますが、まだ明るい筈の21時着の鉄道を選びました。
鉄道では、サラマンカまでは“遠回り”になります。
運賃は51.75ユーロ。
列車は、スペイン独自開発の長距離用車両“TALGO”でした。
雨の多いサンチャゴを離れると、じきに青空が戻ってきました。 -
19:40 MEDINA DEL CAMPOで下車して、(実際は15分遅れ)
メディナ駅は畠の真ん中。閑散、静寂、真直ぐな鉄路、切り取られた青空。 -
20:20 SALAMANCA行き普通列車へ乗り換えます。
平坦な大地にいちめんの畑。あたりは有数な小麦の産地だそうです。
サラマンカは昔から、農産物の集散地としても重要な役割を果たしてきました。 -
21:02 サラマンカ着。
鉄道駅はガラス張りのショッピング・モールと一体になっていて風情がありません。あるいは別の出口に、駅舎らしい建物があったのかも。
「旧市街までは徒歩30分」とガイドブック。ホテルに落ち着く頃には日が暮れてしまうかもしれません。それで、「タクシー!」。 -
「メキシコ出身」という運転手さん。言葉に不自由しない、こうした移民も多いそうです。ほとんど通じないのに喋りっぱなしで5〜6分、旧市街の中心『マヨール広場』の横に着けてくれました。荷物代を入れて4.5ユーロ。スペインやポルトガルはタクシーが安いので便利です。
広場の周辺には安い宿がたくさんあります。今夜の宿は、名前で選んだ『REVOLUTUM HOSTEL』。朝食付き30ユーロ。WiFi無料。
真夏や真冬の旅行では部屋の空調や冷蔵庫は必需品ですが、初夏や秋なら必須ではありません。そのぶん、安い部屋が見つけやすいのです。 -
「Revolutum」の本当の意味は分かりませんが、語感が「革命」を連想させます。
1931年、王政から共和制へ移行。
数年後に右派のクーデターから内戦勃発、反乱軍の勝利、フランコ長期独裁体制へと続きます。スペインがようやく民主憲法を制定したのは、フランコ没後の1978年。ついこの間のことです。
スペインにとっては苦難の時代でしょうが、『誰が為に鐘は鳴る』のバーグマンの魅力、『カディスの赤い星』(逢坂剛)のスリリングな展開には心が躍ったものです。
人気のある宿らしく、各国からのバックパッカーで賑わっています。建物は古いですが、内部はホテルと比べて遜色ありません。もらった部屋は天井が高く、クラシックな造りのエレベータ4階でした。食堂やロビーは地下室、洗濯物も引き受けてくれます。
部屋にはベランダも付いていて、表の通りが見渡せます。
*今、帰国して自宅でこれを書いている最中に、ホステルからメールが届きました。「Trip Adviser」に登録されたので講評を、という依頼です。 -
20:30 荷物を置いて、まだ明るい通りへ出ます。
宿から目と鼻の先に、マヨール広場への入口があります。
実は、この広場を「ひと目見るため」にここに立ち寄りました。
今まで何度か来ようとして、結果的に縁がなかった場所です。 -
四方を取り囲む建物の地階は、長いアーケードになっています。
★以降は、滞在したのべ2日間の写真が混在しています。 -
アーケード越しに見える広場。
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「スペインでいちばん美しい広場」、といわれています。
アーケードからテーブルがせり出して、カフェが軒を連ねています。 -
正面(北側)には華麗な装飾の時計塔。
現在は市庁舎として使われています。 -
無数の柱は、上部に英雄たちのレリーフが。
18世紀に広場を建設したフェリペ5世の胸像は南側にあります。 -
『バンテージポイント』という映画(2008米)がありました。
テロ撲滅を訴える米国大統領が演説中に狙撃され、別々な角度から目撃した市民8人の証言から真相に迫る、という内容でした。 -
映画は退屈な出来でしたが、会場とされたサラマンカ・マヨール広場が繰り返し繰り返し映しだされて喜んだものです。
(同様に、最近ではG.クルーニーの『ラストターゲット』がカステル・デル・モンテ/伊の美しい街並みを見せてくれました。映画はNGです。) -
広場の外には、コロンブスが航海術を習っている像(だと思う)があります。
13世紀初めに建てられたサラマンカ大学は、現存するスペイン最古の大学です。やがて大航海時代が始まると天文学や航海術を学びに各地から学徒が集まり、「知識を欲するものはサラマンカへ」と言われたそうです。 -
マヨール広場から南西に伸びるマヨール通りは歩行者天国。
両側にレストランやショップが並ぶ、旧市街いちばんの繁華な通りです。
突き当たりに見えているのはサン・マルティン教会。 -
少し歩いて『貝の家』。
外壁いっぱいにホタテ貝の模様が刻まれています。
ホタテ貝は巡礼者の目印です。 -
15世紀に、「サンチャゴ巡礼者を保護する家」として建造されました。
サラマンカを通る巡礼路は『銀の道』と呼ばれ、ローマ時代の交易路だった頃からこの呼称が使われていたようです。ローマ帝国はスペイン北部で採掘された金・銀などを積出港のセビージャまで運び、中継地としての都市サラマンカを作りました。 -
周囲の道筋も、とても重厚です。
独得な赤味を帯びた石材、ロマネスクやゴシックの影響を受けた荘厳な建造物が並びます。 -
ここも。
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更に進むと。『新カテドラル』。
16〜18世紀のゴシック建築です。 -
正面玄関のレリーフ。左側の列、中ほどにに宇宙飛行士の彫刻が・・・
これは、出会った地元のおじさんが教えてくれました。
最近の補修で付け加えたものでしょうか。 -
こちらは精巧な、側面のドア。
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地図には「新旧カテドラル」となっていますが、旧カテドラルが見あたりません。カンボジアから来た二人連れの女性と、ドイツから来たご夫婦も同じ疑問にぶつかっていました。旅行者同士、手分けして探しました。
旧カテドラルの入口は新カテドラルの中にありましたが、建物自体は何処だかわかりませんでした。 -
新カテドラルの横に建つ、サラマンカ大学。
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カテドラルと大学に囲まれたスペースが、『アヤナ広場』です。
「学生の憩いの場所」とガイドブック。でも誰も憩っていません。 -
カテドラル周辺の路地①。
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カテドラル周辺の路地②。
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カテドラル周辺の路地③
真直ぐ進んで、街を囲む外壁の外に出ました。 -
旧市街の南を流れる、トルメス川。
ローマ時代の名残り『ローマ橋』を渡って、対岸に進みます。 -
対岸から。
橋の向こう、小高い丘の上にサラマンカ旧市街が望めました。 -
宿のあるマヨール広場まで、来たときとは別の道を選んで帰ります。
大学、教会、修道院・・・どの通りも中世の面影をたっぷり残していました。 -
夕食は宿の近く、学生で賑わう路地のレストランに行きました。
(写真は翌朝)
評判のいい店なのでしょう、満席でしたが3人の女子学生が席を空けてくれました。一人が悩みを打ち明け、二人が慰めています。3人ともイギリスからの留学生だそうで、悩みとは「スペイン人の教師が私の英語を駄目だという」という珍妙なものでした。 -
注文したのはイベリコ豚とキノコのソテー。相席の女子学生たちにビールをご馳走し、コーヒーで締めて25ユーロ。学生街ならではのお値段でした。
食事の後も議論は延々と続き、ときどき「どう思う?」と振ってきます。
夜10時、私は限界なので宿へ。三人は「もう少し」と残りました。
店の名はERASMUS。カトリックの問題点を指摘した15世紀の神学者の名です。 -
翌朝、朝食は宿の地下でセルフサービス。
通りへ出てみると、あちこちのバールで「朝食メニュー」を見かけました。
相場の3ユーロは、レオンやサンチャゴより少し高いようで・・・ -
お昼前にもう一度散策して、午後にバスターミナルへ向かいました。
その途中にも、なにやら由緒ありそうな建物が。 -
旧市街を抜けて広い道路を渡り、ゆるい坂道を登った先が長距離バスターミナルです。途中で道を確認したら、「私も行くから」と学生が一緒に歩いてくれました。
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サラマンカーマドリッドは頻繁に便があります。
少し余裕を持って、午後1時発を選びました。
このあたりまで来ると、北部大手のALSA社よりもAUTORES社が優勢のようです。AUTORES社はスペイン南部で何度かお世話になっています。 -
乗車するALIANZA社は、AUTORES傘下のバス会社。
片道20.3ユーロは高い、と思ったら・・・
内部は豪華皮シートで、おまけにノンストップ直行便でした。
まっ、いいか。 -
15:30 マドリッドの南バスターミナル到着。
南バス・ターミナルは鉄道ATOCHA駅の東端はずれ。(少し歩く)
アンダルシアなど、主に南方面へ行く長距離バスが発着しています。
ターミナルはメトロ6号線の MENDEZ ALVARO 駅に直結しています。
宿のあるSOL 駅まで、乗り換えなしです。 -
一週間ぶりに戻った宿。
ドアを開けたとたん「やあ!」という顔になって、みな覚えていてくれました。
預けておいた荷物ももちろん健在です。 -
午後5時。空はまだ高く、青いままです。
早速すぐとなりのマヨール広場へ向かいました。
忘れないうちに、サラマンカのマヨール広場と比較したかったのです。
ライトアップされた夜景も撮りたいのですが、夏は日暮れが遅すぎます。
その時刻は、もう酔っ払って寝ています。 -
マドリッドのマヨール広場は129×94mの長方形。
(サラマンカのマヨール広場はどこにも広さが書いてありませんでした)
周囲の建物はすべて5階建てで、ワインレッドに塗られています。
もともとは市場だった場所で、サッカーや闘牛、公開処刑なども行われていました。1790年に大火災があり、現在の姿は19世紀中頃のものだそうです。 -
どちらの広場が好きか、といわれると迷います。
華麗さではサラマンカ、親しみやすさではマドリッドかもしれません。 -
中央に建つフェリペ3世の騎馬像は凛々しいですが、
コスプレ・マタドールに太ったスパイダーマン、
三馬鹿トリオの笑うお化けまでいて、みな勝手に楽しんでいます。
とても庶民的なんです。 -
広場の片隅に椅子をひとつ置いて、日本人の絵描きさんも働いていました。
普段はこんな作風らしいのですが・・・ -
この日はアルバイトで、観光客のお嬢さんの似顔絵に精を出していました。
なかなか良く描けています。
スペイン最後の夜は、広場界隈にあるバルのハシゴ(3軒)で終わりました。
予定したとおりですが、今回マドリッドではマヨール広場しか見ていません。 -
翌朝9時過ぎ、メトロでアトーチャ駅に向かいました。
「バラハス空港行きのシャトルバスが運行を始めた」と聞いていたので、試しに乗ってみたくなったのです。バス停は駅の地上階を出たところ。運賃は最近上がって、5ユーロになりました。
12:30のEASY JET で、出発点のスイス・バーゼルに戻ります。チューリッヒで一泊後、成田への帰路の途中にコペンハーゲンに立ち寄ります。
『北スペインの旅』篇は、これでお終いです。
(つづく)
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