2012/06/04 - 2012/06/04
31位(同エリア94件中)
いちごさん
夫の実家がある隣町に、このような場所があるのを知らないできました。
私はともかく、夫までもが。
ここを教えてくれたのは、実家で見ていたテレビの番組でした。
テレビで視る【井筒屋敷】界隈は、雰囲気のある落ち着いた町並みで、
これは、1度、見ておかなければ〜と出かけました。
実家から、車で行くには
高速・高松自動車道を1区間、白鳥大内IC〜引田ICまで乗るコース
または、国道11号線を、徳島方面へ向かって引田まで行くコース
はたまた、勝手知ったる裏道を、ゴチャゴチャと走るコース
・・・・・で、裏道を通って20分あまりで着きました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
-
江戸時代から、清酒・しょう油の醸造で繁栄していた井筒屋・佐野家のお屋敷です。
・・・が、持ち主が引っ越された、平成9年からは空き家になっていました。
そのため、建物は、どんどん荒んでいったのですが、
「何とか残したい〜」
という住民の強い希望で、平成17年に観光交流の拠点として再生されました。 -
大きくて立派なお屋敷。
お屋敷のお嬢さま〜、奥様〜というと、私のような庶民には憧れで、ドラマか小説の世界でしかお目にかかったことがないけれど、
これだけの屋敷を、ずぅ〜っと個人で維持管理していくのは、費用の面だけみても、たいへんなものがあったでしょうね。 -
門をくぐると、右手奥に母屋があって、
周りを、【一之蔵、二之蔵 〜 五之蔵】が取り囲んでいます。
現在、それぞれの蔵は、ショップやお食事処になって営業されています。
【母屋】は、250円で見学ができます。 -
1歩中へ入ると、【引田まち並み保存会】のボランティアの方が、「ご案内しましょうか〜」と声をかけてくださいます。
以前は、歴史的な建造物を見に行っても、何となく見てるだけ〜♪状態だったのですが、
昨年、岡山城で上品な無料ボランティアのおばあちゃんの案内を受けて以来、せっかくの機会、ガイドさんの説明を聞いて勉強しなくては〜と目覚めました。
・・・で、ここでは、おじいちゃんに、隅ずみまでていねいに案内・説明していただきました。 -
八畳二間つづきの奥座敷は、客人をもてなすのに使われていたそうで、風格のある由緒正しき和室・・・というカンジです。
その頃には珍しい、雪隠・浴室完備。
ですが、空き家になっていた数年間に、欄間など、凝った細工の貴重なモノがいくつか、盗難に合ってしまったそうです。
また、南側の土塀は網代組(あじろぐみ)という工法で美しく化粧されているものの、年々傷みが広がってきていて、今では、それを補修出来る職人さんが居ないのだとか。 -
屋敷内の【一之蔵】は食事処、【二之蔵】はアンティークショップ、
【三之蔵】は1Fが、匠の物産館・・・平たく言えばお土産物やさん
2Fは、手袋工房
【与之蔵】(四では無いところが粋)は、催し処
【五之蔵】は「いろはにほ」と五スペースに分かれていて、雑貨やさん、ソフトクリームやさん、クワガタ(昆虫)やさん、チワワ(犬)やさん・・・・・
【与之蔵】【五之蔵】は、平日だからか、人気もなく妙に静か。。。 -
【一之蔵】と【二之蔵】の間か、【三之蔵】辺りにあった
【しあわせの風車】
なぜに・・・これが・・・ここで・・・という感は否めないけど
「3回まわせ」ということなので、回しました。
そろそろ、【しあわせ】がやって来てもいい頃。。。 -
【一之蔵】は、もと米蔵。
今は、食事処【醤(ひしお)】、和食料理が食べられます。
ところで、醤油の醤(しょう)は、【ひしお】と読むのですね。
和風のステキな響きです。 -
だからという訳ではないけれど、ここで、お昼ご飯を食べることにしました。
黒板メニューに書いてある、【海鮮丼】に釣られたというのもあるけれど、このお店以外に、選択肢もありません。
入り口の、ドアの周りの白い漆喰が、米蔵を彷彿とさせます。 -
お店の中へ入ると、奥の大きなテーブルでは、地元の婦人会の方たちが(・・・聞いたわけではありませんが)、和やかに会食されていました。
あと、私たちのような観光客が2組ほどと(・・・車で20分強の所からやって来て観光客といえるなら)、近くでお仕事中(?)な方たちで、なかなか賑わっていました。 -
【海鮮丼 ¥900】
私と夫は興味も好みも違うので、普段、同じモノを注文することはめったに無いのに、不思議にこれは、意見が合いました。
引田といえば、【ハマチ】、ハマチといえば【引田】
引田港から水揚げされた魚たちだと思うと、味わいも倍増します。
ちなみに私は、引田港では獲れそうもない、サーモンが好きなんです・・・・・・ -
【ひけたのブリは うまさがちがう!!】【ひけた鰤】
【ハマチ養殖発祥の地】
と、ポスター画面いっぱいの『でかでかブリ』、ただ今、売り出し中か。
最近、オリーブの葉を餌にした【オリーブハマチ】なるものがあると聞いて、食べてみたい〜と思ったのですが、ザンネンながら時期ハズレでした。
旬は、10月〜12月だそうです。 -
「この木何の木〜♪気になる木〜♪」
この屋敷を見守ってきた、樹齢約200年の大木です。
テレビで視たハワイの木に負けないくらいの、大きな木です。
引田で、お目にかかれるとは・・・・・・・ -
名前を、【ホルトノキ】といいます。
香川県の【保存木】に指定されています。
何と〜!?200年も前の江戸時代から、洋風の香り漂う名前【ホルトノキ】!!
【〜ノキ】までカタカナなのが、ちょっとオモシロい。
平賀源内がオリーブの木と間違えて、「ポルトガルの木」と言ったとか。
その頃は、オリーブ油をポルトガル油と呼んでいたそうで。
「ポルトガルの木」「ポルトの木」「ホルトノキ」・・・となったかどうかは、知りませんが。 -
引田港は、天然の良港で海運業がさかんでした。
追い風を待つ船が集まり【風待ちの港】としても栄え、清酒や醤油もここから大阪に運んでいたそうです。
引田御三家と言われる、佐野家(井筒屋)・岡田家(かめびし屋)・日下家をはじめ、界隈は、【引田歴史町並 風の港】と銘打って、昔ながらの町並みが保存されています。
また平成15年からは、桃の節句の時期になると、この辺りで【引田ひなまつり】が開催されます。
2月下旬から3月3日まで、それぞれのお家が【お雛さま】を飾って公開したり、花かご道中や子ども歌舞伎などのイベントも盛りだくさん。
ずい分、華やかなことでしょう。 -
昔から引田では、女の子の【初節句】を盛大に祝って、人形を親戚や近所に披露する習慣があったのだそうです。
人形は、ひな飾りだけではなく、横に市松人形を一緒に飾るのが特徴。
で、それを母親の実家が贈るのですが、次第に豪華さを競い合うようになると経済的な負担も大変で、【引田には嫁にやるな】という“ことわざ”が出来るくらいの事態になって、昭和の終わり頃から自粛されたそうです。
そういえば、ウチの娘が生まれた時、私の実家からは【ひな飾り】を貰いましたが、夫の親戚筋からは、ガラスケースに入った市松人形を貰いました。
こんな、風習があったのですね・・・隣町ですが。。。 -
ひときわ目を惹く、朱の壁は、引田御三家の内の岡田家【かめびし屋】
今も営業されている、創業260年の【おしょう油屋】さんです。
ここには、醸造されたしょう油を使った【うどん店】、スイーツの【茶屋】もあります。
・・・・・が、『うどん』は、先日来、有名処5店舗ほど食べ歩いていて、生来【うどん県】の人間ではない私は、さすがに、パスさせてもらいました。 -
今は使われなくなった造り酒屋の煙突が、ところどころに残っています。
レンガ造りの高い煙突が、よけいに、当時の面影を偲ばせてくれます。 -
道の脇に建てられた案内板も、風景に溶け込んでいて、木製です。
そして、ちょっとファンキーな文字に誘われます。
井筒屋敷の前の道の案内板を右に折れると、引田御三家の内の後ひとつ、日下邸があります。 -
日下家は、代々庄屋を務めてこられたお家柄だそうで、この辺りの商家や、港の船も取り締まっていた、いわゆる、土地の大物実力者です。
このお屋敷の左端には、現代風の住宅が建てられていて、よそ者には「ワンワン〜!!」ほえる賢い犬も居たりなんかして、実際に、ここで生活されています。
「個人の住宅ですから中を無遠慮にジロジロ覗き込まないでください〜」
のような注意書きが貼ってあります(注意書きの文章は正確ではありません、私の解釈です)。 -
昭和7年から昭和53年まで開局されていた、
【旧引田郵便局】
周りは、ほとんどが和風のお屋敷や住宅のなかにあって、レトロな洋風建築で、町がちょっとモダンにも見えます。 -
今は、その役目を終えて
【風の港館】
【カフェ・ヌーベル・ポスト】という、おシャレな名前のカフェになっています。
なん〜かステキな雰囲気の、「カフェ・ヌーベル・ポスト」で「お茶したい〜!」と思っていたのに、
な、な、なんと!!
開館時間 : 10:00 - 15:00(カフェ、土日祝のみ営業)で
ガッカリです。。。 -
あきらめきれない私は、窓から中を覗き込んで
写真撮影もしてきました。
「あ〜!これが、カウンター!?・・・・・」
と、たしかに、随所に郵便局を思わせる造りを残しながら、ステキなカフェに生まれ変わっています。 -
こちらのレトロな建物は、【東かがわ手袋ギャラリー】
地場産業の手袋を、『アート』として展示しよう〜という試みで作られたそうです。
いろんな素材の、たくさんの手袋で、庭や森が表現されていて・・・こういう芸術、初めて見せてもらいました。
引田は、というよりも、東かがわ市では、国内産手袋の
90%を作っていて、【手袋の町】という別名があるほどです。
【手袋の町】は、とりもなおさず、夫の実家がある町でもあります。 -
この倉庫のような工場のような建物は、阿部邸倉庫と呼ばれていた所で、何年か前までは、手袋工場でした。
今、建物の一角には、その工場跡を利用して、縫製過程やミシン等、【昭和の手袋工場】が再現されています。
有名アスリートも多く愛用しているらしく、石川遼クンらのサイン色紙も飾られています。 -
古いものを保存していくというのは、たいへんなご苦労があると思います。
放って置けば、時間とともに、古くはなりますが朽ち果てていきます。
また、せっかく古き良きままで保存されていても、周りの環境がどんどん新しくなっていく中での調和も難しそうです。
古い町並みにも、電柱は林立し、電線はくもの巣のよう。。。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
26