2012/06/11 - 2012/06/11
113位(同エリア164件中)
アリヤンさん
交河故城は、いつ始まったのか?
紀元前二世紀のはじめ、トルファン盆地地域のことが漢帝国に知られた。
そのころここにはアルタイ系(チュルク人)の車師前国という国があって、交河城を首都としていた。
すでに東西交流の重要な要衝として認められていたのです。
つまり、いきなり歴史上に現れたわけです。
そういうところから察するに、今から2200年以上前からオアシス都市として存在していたのだろう、と考えられます。
ふたつの川にはさまれた中の島に古代の人たちが町を築いたのですが、高さ30?もの高台は自然の要塞として防衛しやすかったのでしょう。
防衛=外部からの侵略があった、と考えられますが、同時代に中国北方と西方に跋扈した匈奴との関係も深かったと考えられます。
とにかく中国シルクロードの歴史のなかでも、最も古い時代の遺跡でしょう。
いろんなシルクロード本や写真集で、最も興味をそそられた遺跡だけに、期待がふらみます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝7時半ころ、行きつけのパン屋さんに行きます。
パン屋のニイちゃん、すでにパンを焼いています。
「サラーマレーコム!」の挨拶でニヤっと笑うニヒルなニイちゃんですが、腕は確かです。
なんせナンに関しては、アラビアのホブツ、インドのナンやパロータ、フランスのバゲットを食べ歩いてウン十年のワレワレです。
まずかったら二度と行きません。 -
このニイちゃんのは結構美味しいのです。
しかもワレワレのホテルから歩いて5分以内のモスクのヨコで焼いているのです。
もう常連になったので、パン焼きの工程の一部始終を取らせて頂きました。
アリガトウ! -
独自の模様を付けます。
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模様を付ける道具。
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イチオシ
素材の表面を濡れた手で撫ぜて、それから窯に水をちょっと振ります。
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そして窯の内側に貼り付けます。
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このように、、、
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かまどの炭火でオーブン状態になっています。
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イチオシ
パン屋には近所のオバチャン、オッチャン、チビッコも集まってくるので、時にはヤップン(日本)談義になったりします。
まわりのウィグル人は、みんな陽気で優しい可愛いひとたちです。
今日は交河故城(市内から西へ約10km)を見学するので、ランチにこのナン一枚が必要です。
それにゆで卵、水を準備します。
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アツアツのナンを買って(2元=27円)、ホテルに帰って一服すると、ちょうどホテルの朝食が始まる9時になります。
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ホテルのビュッフェではもう外人の姿はありません。
昨日、一昨日とワタクシたちと同年代の日本人のご夫婦がいたのですが、彼らも昨日の朝、カシュガルに寝台列車で行かれた。
トルファン2泊3日、カシュガルも2泊3日と言っていました。
悠久の歴史を感じるタビにしては何とも慌しい個人旅行です。
まあ、ガイドと運転手を付ければあっと言う間に全ての観光スポットに行けてしまいます。 -
ワタクシたちとはチガウんです。
で、ワタクシたちは市内バス102番に乗って行きます。 -
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バスはカレーズ民族園辺りでエンコ。
止まってる間、事件発生!
あるお爺さんがヨタヨタ横断しています。
車の流れを全く無視して渡るのです。
トルファンでは自動車はみなゆっくり走っています。
バスもゆっくりしか走りません。
今日は、車の流れ全体が止まってしまいましたが、、、 -
女性人気の鉢植えトマト。
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タイヤ屋さんも忙しそう。
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今が旬のスイカとハミ瓜の即売会。
代替のバスがようやくやって来て、そっちに乗り換えて、再出発。 -
代替のバスもしばらく走ると、ストップ。
どうもオーバーヒート?のようです。
ラジエターに水を入れたり、エンジン周りに水をかけたりしてエンジンを冷やします。
水周りに問題あり?か。
まあ、中国の古いバスですから、、、 -
イチオシ
運ちゃん、農業用水路にカレーズから流れ込む水を汲みに行きました。
そこのポプラ並木がなかなかシルクロードっぽいので少し感動。
ポプラが片側だけなので、シルクロードさ60点か。 -
やっと再始動して走ってると、なにやら緑色の細いヒモようなものの市場があった。
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パートナーの話では、小豆らしい。
そういえば、こんなあずきを食べたことがある 。
アンコの入ったマントウを頭沙包(トウサポウ )と言いますが、中の豆を取り出してアンコにしたり、サヤエンドウのようにそのまま煮たりして食べるようです。 -
その後バスは順調に進んで、終点まで走った。
バスを降りて、テクテク歩くのですが、ウィグ ル文化を紹介した壁絵がありました。
見ていて、自然と楽しくなってきます。 -
歩きの速度は、このような民俗文化を愛でるのに最適なのです。
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途中、ロバの親子訪問。
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子ロバはこわがり、親ロバはあたりを警戒しています。
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この道をぶっ飛ばすのは観光バスのみ。
大抵の観光バスはウルムチからのもので、早朝から客をタタキ起こして、ぶっ飛ばして交河故城に向かうのです。
かれらはノンビリしたトルファンの町も知らずに慌しく2200年以上前の遺跡を駆け抜けて、次のスポットにぶっ飛ばして行くのです。
何か哀しいですナア。 -
当方はいつまでも続くぶどう畑を横に見ながらゆっくりウオーキングです。
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イチオシ
けさは曇りで結構涼しいほうです。
濡れタオルを被って歩くヒトがいます。 -
カレーズから引いた水か、冷たくてきれいな水が葡萄畑のわきに溢れていました。
ここで顔を洗って一息。 -
イチオシ
向こうからロバ車がポコポコやって来ます。
サラマーレーコムといえば、ニコニコしながらアレーコムサラームとこたえる。 -
遥か川向こうになにか分かりませんが、家のようなものが立っています。
あそこも交河故城と同じく高台になっています 。 -
並木道の日陰ロードも、もう少しで交河故城遺跡です。
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葡萄畑は両サイドにずっと続いています。
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葡萄畑をやっているのがウィグル族だけに、ウィグル族の農民の生活が描かれています。
ほぼ2000年くらいのあいだこの地域は、北から匈奴や柔然やトルコ系、ペルシャ系遊牧民の侵略と南からチベット系遊牧民の侵略、そしてオアシス都市を守る中華帝国の戦いの場であったでしょう。
16,7世紀にウィグル系民族がこの地域を覆うようになっても、中華各帝国や漢民族はこの地域の経営を手放すことはなかっただろう。
時には手放さざるを得なかったことも多い。
ここ500年ほどはウィグル文化が優勢ですから 、彼らの文化に拠るところが大きいでしょう。
漢民族も一応、気を使っているようです。 -
カレーズの冷たい水で顔を洗い、頭も冷やして、さらに進みます。
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交河故城の周辺の台地が近づいてきました。
もう一息です。 -
何千年、何万年、いや、何百万or何千万年と台地を削ってきた天山山脈の雪解け水。
その水が流れる川とその台地、なんとも悠久の時間の流れが感じられるひと時です。 -
ロバ車は、いつも唐突に現れるので、写真で捉えるのは難しいのです。
当方は全くの「ヤラセ」ではないので苦労します。
今までに、何度もベストショットを逃しています。
これは近くに珍しく馬車を捉えたものです。 -
すぐ近くに水車があるようです。
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観光バスが交河故城のあとに必ず寄る「ウィグル古村博物館」です。
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トルファンの街から西へ約10km。
2200年以上前の「交河故城」遺跡に、公共バスと徒歩でやっと着きました。
三蔵法師は2200年前の漢の時代から約700年以上くだって、唐の時代にこの交河故城近くの高昌古城を訪れています。
当時、この交河故城は高昌王国の郡城とされていました。
ひょっとしたら、三蔵法師もワレワレと同じ道を歩いてやってきた?
カモ知れません。
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