1991/04/20 - 1991/04/23
33位(同エリア156件中)
がおちんさん
西双版納・モンフンのマーケットに集まる少数民族の中で、最も個性的だったのがアク族の人たちでした。
人なつっこいプーラン族やハニ族と違い、はじめは閉鎖的な印象を受けたのですが、村を訪ねるうちに親しくなることができました。
今回は2度目に村に行ったときの記録です。素朴で美しい村や、自然と共に生きる彼らの姿に憧れを感じました。
旅のルート:モンフン→バーロン(ハニ族の村)→ヤーコウ(阿克族の村)
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
-
1991年4月20日(土)
モンハンからモンフンへやって来た。
ガンランパとはまた違う、泥臭い魅力をもつ村だ。
来るたびにホッとする、西双版納の田舎。 -
サンデーマーケット以外の日は、ガラーンとしている。
景洪やモンハンと違って朝晩は涼しく、雨の日はぬかるみ地獄になるのも特徴だ。 -
ぶたさん、お散歩ですか?
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「タイ味小吃」の店主、タイ族のIさん。
当時モンフンに来た旅行者なら、一度は彼の料理を食べているはず。
去年、木造小屋からレンガの店舗に建てなおした。
「もう雨漏りはしないぞ」とIさん。 -
井戸で水を汲む、食堂の看板娘、Yさん。
年々、美人になっている。 -
モンフンの寺にあるお堂。
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1991年4月21日(日)
今日はモンフンの日曜市。
村の大通りは人であふれた。 -
集市(jishi)、または街子(gaizi)と呼ばれる定期市は田舎のどこでも行われているが、西双版納が対外開放されて以来、モンフンはバックパッカーの人気スポットになった。
小さな集落で開かれる日曜市にはタイ族をはじめ、ハニ族、ラフ族、プーラン族、アク族などが集まる。その他にワ族もいたが、民族服は着ていなかった。 -
きれいに髪を結った、タイ族の女性。
モンフンはホコリっぽい所なので、タオルを巻いているのが残念。 -
買い物にきたプーラン族の女性。
文化人類学の鳥越憲三郎教授によると、プーラン族も元々はワ族なのだそうだ。 -
採れたての野菜を売る白タオル軍団は、タイ族のおばあさんたち。
藍染の服を着てお尻を出しているのは、ハニ族の女性だ。 -
ハニ族の女性がお尻を出すのは、そういう習慣であって、別に恥ずかしいことではない。
どういうわけで尻を出すようになったのかは知らないが、ハニ族は自由恋愛が認められているし、性に対しても大らかな民族のようなので、女性の魅力を感じさせる着こなしになったのかもしれない。
まあ、この人はちょっと尻が出すぎかも。 -
牛肉売り場を見つめる犬。
肉を狙っていたのかも。 -
顔見知りのアク族の人たちが、モンフンに買い物に来ていた。
彼らは写真に撮られることを非常に嫌う。
仲良くなってからでないと、カメラは出せない。 -
「写真を撮ってほしい」と頼んできた、タイ族の少女。
将来は、きれいな女性になることだろう。
「中国で一番美しいのはタイ族女性だ」と漢族から聞いたことがあるが、タイ族は本当に美人が多いと思う。でも、元々中国人じゃないんだよな。 -
1991年4月22日(月)
今日は歩いてアク族の村に行くのだ。
水牛が闊歩する、朝のモンフンを出発する。 -
アク族の村は遠い。
行きがけに、ハニ族の住むバーロン村に寄っていくことにした。
山道にある寨門をくぐる。 -
寨門の柱には、犬の足が縛りつけられていた。
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村の入り口にも寨門があった。
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森を抜けると、バーロン村が現れた。
モンフンで外国人旅行者に刺繍やカバンを売りつけるオバサンは、この村の人が多い。 -
機織りをしていた、ハニ族の女性。
顔見知りのヌマというオバサンは留守だったので、長居せずに出発する。 -
モンフンから歩いて4時間半、アク族の村が見えた。
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山の中腹に家が並んでいる。
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日本昔ばなしに出てくるような茅葺の家。
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屋根には麻や萱や米が干され、うっすらと囲炉裏の煙が上る。
軒下にはぶたがエサを食べ、鶏が歩きまわる。
母親はよく働き、幼い子供が赤ちゃんをあやす。
アク族の暮らしが垣間見えた。 -
お世話になった、Rさんと奥さん。
すぐに自家製の酒を出して歓迎してくれた。とうもろこしから作った酒で、香りが良く悪酔いしない。
近所の人も集まり、昼から酒盛りとなる。
みやげに白酒を持参したのだが、人気が無かった(笑)。 -
アク族の村には山の傾斜を利用した水道設備がある。
水は竹の水道管を通り、村の下まで運ばれる。
ワ族の村と同じだ。 -
テラスでは女性たちが縫い物にいそしむ。
頭に巻いた黒布を背中に垂らすのが、アク族女性の特徴だ。 -
鉈を使って何かの実を削るおばあさん。
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テラスで麻を干す、おじいさん。
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こちらは米を干す、おばあさん。
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収穫した麻からカイヤーと呼ばれるバッグを縫う女性。
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写真を撮ってくれと、おばさんに頼まれた。
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誰かに似ている。
小沢一郎だ。 -
若い女性は頭の布に飾りがついているのと、腰に貝を巻いていない人が多かった。
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漬け物をヒモに通すおばさん。
後ろは、帰宅した犬。 -
豚がもの欲しそうに「キー」と鳴いた。
「これが食べたいの?」とばかりに、漬け物を見せるおばさん。 -
料理上手だった、Rさんの奥さん。
囲炉裏で9日間も燻した牛肉と菜っ葉とイモのおかずが絶品だった。
ふだん少数民族の村では下痢をすることが多いけど、アク族の村では日本にいるときのような快調さだった。 -
高床式の家と倉庫。
高温多湿の西双版納に適した住まいだ。
右に見えるのが、竹製の水道管。
山から新鮮な水を供給できるのだ。 -
おばあさんが肩にかけているのが「カイヤー」という、アク族の麻製オリジナルバッグ。
軽くて丈夫でオシャレだ。 -
村の夕暮れ。
テラスに座る、長老のアバジュモ。彼が何かと話をすると、若者は真面目に聞いていたのが印象的だった。
アク族の名前は、親の名を引き継ぐ。たとえばアバジュモの名前はドゥージィーで、その子供がジィーロー。ジィーローの子がローディン、ローディンの子がディンエー・・・ -
カイヤーを編む女性。
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テラスで子供をあやす母親。
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萱を運ぶ女性。
アク族はホウキも作ってモンフンの定期市に売りに行く。 -
アク族の若い女性。
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カイヤーを編む、娘さん。
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最初にモンフンで彼らを見たとき、すごく排他的な印象を受けた。
前年に初めて村を訪ねた時もそうだった。おそらく余所者は信用されないのだろう。そのとき唯一、Rさんが親しくしてくれたので助かった。
今回は彼の友人ということで、村の人も歓迎してくれた。いったん打ち解ければ、親切で明るい人たちばかりだった。 -
1991年4月23日(火)
村の朝は、鶏の鳴く声以外は静かだ。 -
朝の水汲みに来た人。
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天秤で水を運ぶ。
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お世話になった、Rさんの家族と。
どうもありがとう。
年末にまた来ます!
国境の村・打洛と南覧河〜西双版納の旅1991に続く
http://4travel.jp/travelogue/10670756
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