2012/03/13 - 2012/03/13
9位(同エリア59件中)
まりあさん
ブエノスアイレスに、たった4泊しただけで、すぐに首都脱出を試みました。バスで4時間ほどの位置にある、ロサリオという町に向かいました。人口が150万人ほど。後ほど訪問する、コルドバという町もまた、人口150万人ほどで、この二つの町は、第二の町の地位を争うライバルだそうです。
アルゼンチンには、日系人もたくさんいて、また、日系人ではなくても、ちょっとブログを探すと、たくさんの日本人女性が、タンゴに魅せられたり、アルゼンチンの町並みに魅せられて、住んでられます。(好んで住む人がいるのだから、別に治安をそこまで恐がる必要はないのかな、とも思うのですが・・・)
また、個人的には、アルゼンチンに長く住んでいた知人がいて、SNSを通じて、在住の方から情報をもらったりしました。私が直接メールをやり取りしていた日本人の方が二人、おられるのですが、お二人とも、「コルドバは美しい町だった」とおっしゃるのですが、「ロサリオは、行ったことがない」と言われます。
今、この4travelの地域別の選択も、やはりロサリオはありませんでした。ゆえに、「その他の都市」を選んでの投稿です。
この「長年、アルゼンチンに住んでいる人が行かない町」という事実に、ちょっぴり嫌な予感を感じながら、私は、ブエノスアイレスの、スラム街に隣接したバスターミナルから、長距離バスに乗りました。
アルゼンチンのバスは、とってもサービスがいい、と言われますが、ひとつ落とし穴があります。全部で五つの等級があります。一等、二等は、1列三席で、たしかにリッチなバスのようですが、距離が短いと、一等は存在しません。
ブエノスからロサリオの四時間は二等で行き、ロサリオからコルドバまでの7時間は、なぜか三等しかなく、かなり苦労しました。この話はまた、あとで・・・
朝、ホテルからバスターミナルへ行くとき、レミースを頼もうと思いましたが、「距離が短過ぎるので、タクシーしかない」と言われ、タクシーに乗りました。アルゼンチンの人に尋ねると、「タクシーは危ない」と言います。とある人に、「何割ぐらいのタクシーが信用できないか」と尋ねてみたら、「5割」との回答で、自国民にそこまで信頼されないタクシーって、なんなんだろう、と感じました。
メキシコでは、首都のメキシコシティーでは、「流しのタクシーに乗るのはタブー」です。強盗と組んでいることもあり、タクシーは、ホテルで呼んでもらうか、電話で依頼するラジオ・タクシーしか乗れません。でも、その他の都市では、タクシーに乗り、時には、道でひろったタクシーと交渉して、値段を決めて、丸一日の遠出をすることもありますが、その行為を危険と、メキシコ人に言われたこともありません。
とはいえ、アルゼンチンで、何度か流しのタクシーに乗りましたが、ちょっと恐い目の雰囲気の運ちゃんはいましたが、基本的には、大丈夫そうに感じます。でも、尋ねたアルゼンチン人、おそらく20人以上がそろって、「タクシーは危険」と言うので、10分程度の短い距離のみ、利用しました。
出発の朝は、ホテルのフロントが呼んでくれたタクシーに乗りました。
「ロサリオに行くの」と運ちゃんに言うと、
「働きに行くのか」と尋ねられました。
う〜ん、いったいロサリオって、どんなとこなのかしら。何人かの人は、「きれいな町だ」と言ってたけど。
謎は深まる一方です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ロサリオに向かう、長距離バスの中から写しました。
これ、何か分かりますか。
車の上に、ボリ容器を置いてます。
これ、「この車、売ります」という印なんだそうです。窓に、電話番号なんかが書いてあって、車を欲しい人は、連絡をとるのです。
ロサリオ近辺で二台、見かけました。
ブエノスアイレスの周囲は、ぐるりとスラム街が存在するそうです。そして、ロサリオの周囲には、アルゼンチン最大のスラム街があるとは聞いてましたが、たしかに、ロサリオに到着する半時間前ぐらいから、怪しい町並みが目に付きました。
でも、町の中心は大丈夫だと、聞いていて、そう信じています。 -
町の雰囲気が、ちょっとやばそうなままに、ターミナルに着いてしまったので、とにかく、早々にタクシーに乗って、ホテルに向かいました。
アルゼンチンでは、スペイン語ができてしまうと、日系人に見えてしまうので、不思議がられないのですが、「日本から来たのだけど、治安はどう」と話しかけると、初老の運ちゃんは、とても親切にアレコレとアドバイスしてくれました。
タクシーの運ちゃんは、いろいろとモノごとをよく知っているので、どこの国にいっても、「私のホテルのあたりって、一人で歩いても大丈夫かしら」などと問うと、「ぜんぜん大丈夫だよ」「夜はちょっと気をつけた方がいいよ」などと、教えてくれます。
今回もまた、「ああ、あのエリアは、大丈夫だよ」という言葉を期待していたのですが、「大丈夫かしら」との質問に、「イエス」の答えはなく(げっ)、「いいかい、ひったくりが多いから、貴重品は、必ずズボンの中に入れておくんだよ」「バイクの二人乗りの若い男には、特に気をつけるんだ。野球帽をかぶっているやつが、とりわけやばい」などなど、細かいアドバイスをくれました(汗)。
ホテルについた時、たまたま、近くをあまり身なりのよくない若い男が歩いてました。運ちゃんは、私の荷物を渡しながら、「いいかい、荷物のひったくりにも気をつけるんだよ」と言ってくれて、最後は、「グッドラック」の言葉で分かれました。
やっぱり、必要なのか。「グッドラック」が。 -
ホテルは、またまた「景色のいい部屋がいい」と言うと、8階の広場に面した、バルコニー付きの部屋でした。
景色はそれなりにきれいですが、すすけた建物が多かったです。 -
バルコニーからの景色です。
真下は、モンテネグロ広場。そこからはもう、歩行者天国の道が続いて、まさに、町のど真ん中、という立地です。 -
このホテル、広々とした部屋で、47ドル(+21%の税金)と、ブエノスアイレスやコルドバに比べると、とても安いのです。
だから、当初の心づもりでは、もしこの町が気に入ったら、またここに長い目に滞在すると、安上がりになるな、という計算でした。
このホテルのお風呂は、いまだかつて体験したことのない大きなバスタブで、ジャグジーは壊れてましたが、湯の量はたっぷりで、毎日、贅沢に湯を使って、お風呂に入りました。
最上階には、プールやジムまでありますが、季節がら泳ぎたいほどでもないので、利用はしませんでした。
アルゼンチンは、水がきれいです。在住の人に聞くと、「飲めない」と言ってましたが、知り合ったアメリカ人は「飲める」と言ってました。
水がきれいなので、レタスなどのサラダも安心して食べられる感じで、その点は、文明国なみといえます。 -
部屋のバルコニーからの撮影です。
昼間、あるいてみて、別に恐くはないな、と思いました。昔々のメキシコ留学時代に、ちょっとガラの悪いエリアを歩いているようなイメージで、たしかに、人々の服装には貧しさを感じますし、道ばたで売られている商品はジャンクそのもので、人々の教養の低さもまた、感じましたが、歩行者天国は、たくさんの人がいて、ポリスもたくさんいて、とくに問題はないのかなぁ。あまり、恐がっていても、仕方がないしなぁ〜と、考えながら、夕暮れを迎えました。 -
ホテルの真下にある広場です。
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少し離れた所にある趣きのある建物を、アップで写しました。
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広場の向こうにある、映画館です。
夜には、いっそうの賑わいを見せています。 -
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ツーリスト・オフィスでゲットした情報で、朝10時半から、Teatro el ciuculoという劇場のガイド・ツアーがあると知り、慌ててホテルを飛び出した。ホテルから、数ブロックの所で、チケットを買う。
60代ぐらいのオバサンのガイドさんが、とてもクリアな発音で、町の歴史から建物のことを説明してくれる。やっぱり、文化度の高い国だな、と思えてきた。
ロサリオの町は、スペインの統治時代に栄えていて、オペラや劇などの娯楽が栄え、町中には、たくさんの劇場があったそうだ。ここには、1500名も入るオペラ劇場があったのだ。
お客は、地元の建築学科の学生の男の子が二人と、地元のオバサンが、息子の嫁であるスペイン人の若妻と孫の赤ちゃんを連れてやってきていた。私を入れて、合計5人だが、ガイドさんは、「おやまあ、五人もいるなんて、びっくりしたわ」と言っていたから、ロサリオは、やはり有名な観光地というには、ほど遠い町だった。 -
劇場の天井。
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もう一枚、天井のイルミネーションの写真です。
(これが、一番美しかったので) -
劇場内で、工事の作業をしていた人の荷物です。
彼らは、マテ茶を飲むのが文化なのですが、右下にあるのが、そのマテ茶を飲むものです。ポットのお湯と、葉っぱを入れて、ボンビージャと呼ばれる、さきっぽに穴があいた、金属製の管を入れて、それをストローのようにして飲むと、お茶っ葉がこされて、お茶だけが口に入るんです。
アルゼンチンでは、ポットとマテ茶の容器を抱えている人がいる、と読んでましたが、たしかに、かかえて歩いている人も見たし、仕事場には、この写真のような光景が日常的にありました。 -
劇場の客席
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地下には、美術収蔵庫もあり、けっこう見応えがありました。
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さて、劇場では、ガイドさんの説明だけでなく、見学者とも、いろいろとおしゃべりを楽しみました。ふとみると、スペイン人の嫁さんの首筋に、日本語で、「メキシコ」と入れ墨がありました。
「れれれ、メキシコって、書いてあるんですね」と言うと、彼女は、とっても喜んで、「日本語でメキシコと書いてある、と説明してくれたけど、ほんとうにちゃんと書かれているのか分からず心配だったけど、正しく書かれてあるのね」と喜んでくれた。
そういえば、スペインのレストランのウェイトレスさんは、やっぱり首筋に、日本語で「マリア」と名前が入れ墨されていたけど、ああいうのが流行っているのでしょうか。 -
見学箇所の移動の時は、地元のオバサンとも色々おしゃべりをして、また治安のことを尋ねたら、レクチャーが始まりました。
バイクの二人組の強盗を、Motochorrosと言うそうで、オバサンは、1年前、モトチョーロスの二人組みにバッグをひったくられ、その弾みに突き倒されて、腕を骨折して、2ヵ月の入院になったそうです。
お通夜で、親戚の家を尋ね、夜の12時頃に帰るときで、ちゃんとレミースを呼んでいて、その家から道路を渡るだけだったのに、その道路でバイク強盗と遭遇したそうです。
ここのひったくり、ただ荷物をとるだけでなく、相手を突き飛ばしたり、簡単に取れない荷物を無理矢理ひっぱって、怪我させたり、或は簡単に銃を発砲したりして、モノだけでなく、命を取るのです。
メキシコでも、ピストル強盗や、即席誘拐で、銃を頭につきつけられて、ATMで、お金を引き出さされたり、などの物騒な話は、首都ではよく聞きます。げんに、留学時代のホストファミリーの娘エバは、15年ほどまえに、たった1年半の間に、三度もピストル強盗にあったそうです。
ただ、1度たりとも、身体に危害をくわえられたことはないし、一人の泥棒さんは、けっこう紳士的だったと言います。彼女は外交官をしていたため、夜のレセプションが多くて、三度も強盗されたのですが、メキシコの首都にいやけがさして、ヨーロッパの大使館へと派遣してもらったそうです。
それなりにラテンアメリカ体験はもっている私ですが、アルゼンチンの事例は、あまりにも簡単に、危害を加えることに、不安を感じ、また、理解できない謎を感じました。
せっかく、地方都市まで来たし、そろそろ怖がるのをやめて、のんびり歩こうと思っていた矢先に、このオバサンに出くわしたのでした。いやでも、そうやって、レクチャーしてもらったので、実情がよくわかり、助かりました。
オバサンのレクチャーは、
「歩いている時に、周囲に注意して、バイクの二人組には、くれぐれも気をつけること」
「シエスタ(昼休み)の時間帯は、人が町から消えるので、そうして人がいない時には、町を歩いてはいけない」
「車にひったくられないように、壁際に、くっついて歩きなさい」
さらには、歩行者天国の人通りの多い、コルドバ通りも、「あんな危ないところ、私は歩かない」と言ったのですが、まあ、十分ひとどおりがあるので、それは大丈夫だろうと、かってに判断しました。
新市街的な、とおりもあるようですが、きっとここの金持ちは車で移動しているだろうし、ホテルからは離れるので、むしろ、すぐ戻れる近場の人通りの多いところだけを歩くことにしました。 -
ブエノスアイレス到着後の4日間は、情報収集やら、バスチケットの購入やらと、やたら忙しく、毎日のように、マクドナルドにお世話になりました。
ラテンアメリカ体験の中で、メキシコや北の方の国は、アメリカ文化の影響が強く、そうなると、1日通してあいているレストランが増えます。
ところが、チリやアルゼンチンは、アメリカよりヨーロッパを向いている感じで、レストランの営業時間が短いです。スペインは、ランチタイムが、夕方までと遅いので、まだましですが、アルゼンチンは、ランチが12時半から3時ごろ、中には2時半にはしまってしまったりと、短いのです。
私は、基本的に太りやすく、昔は、ひと月旅すると2キロの贅肉がついて帰国していて、最近は、いったんついた贅肉がなかなか落ちないお年頃になったので、とにかく「太らない」食生活を心がけるようになりました。日常生活でも、夕食を早い目に少ない目に食べることで、なんとか体重維持を実現しているので、このアルゼンチンやスペインのレストランが、夜7時半オープン、ひどいのは8時オープン、ほんとうに人が夕食を始めるのは、9時、というようなのは、とってもとっても困るのです。
それゆえ、戦略としては、ランチを遅い目にとって、夜はサンドイッチや、フルーツや、ちょっとしたものを「部屋食」することで、バランスを保っています。
すると、いろんな手配で、ちょっと遅くなってしまうと、もうランチが終了していて、食いっぱぐれるのです。
おかげで、マクドナルド3連ちゃん、でした。
(マクドナルドは、日本ではほとんど食べませんが、海外では、よくお世話になってしまいます。観光客として、ハズレの店に行くよりは、美味しかったりもしますし)
さて、写真のメニューは、アルゼンチンで初めて食べた、ちゃんとした店の料理です。
ロサリオ、治安が悪いから、外に椅子を出して食べるところが少ないので、最初は気づきませんでしたが、そこそこ雰囲気のいいレストランがあるのに、だんだん気づきました。
この怪しい食べ物は、ブディン・デ・カルネ、肉のプディンみたいな名前ですが、緑の葉っぱの野菜と卵とミンチ肉をかためたような料理でした。野菜が多く、おいしかったです。
ロサリオのいいところは、観光客が少なく、外国人もあまりいないので、私が、「日本から来た外国人なので、何もわからないので、ゆっくり説明してください」などとお願いすると、とても親切に、システムを教えてくれたりします。
観光客だらけのブエノスアイレスより、人の優しさは抜群で、その点は、ロサリオ滞在を楽しめた一番のポイントでした。
この写真を見ながら、お店の人の優しさ笑顔が、頭によみがえっています。 -
店は、町の常連さんのランチタイムで賑わってました。
驚いたのは、ドアをあけて、子供の物売りがやってきたことでした。机の上に商品をおいてまわって、しばらくして、それを回収して歩きます。
中には、その商品を情けで買ったり、小銭を与えたりする人もいました。
メキシコでも、広場のレストランは、乞食がうろうろしますが、ドアを開けて、物売りが入ってくる光景を見たのは、この町が初めてでした。
心がほんわかしたのは、店の人が、迷惑になるから追い出そうとするのですが、何も言わず、子供のそばにたつだけです。子供は、何も言われなくても、店の人に気づかれたら、そっと店を出るようにします。店の人は、子供が商品を回収するのを、ゆっくり待って、子供を店の外へとエスコートするのです。
子供が、こんな行為をしなくてはいけないのは、子供のせいではなく、社会や国のせいですもんね。その子供の苦境をわかって、店の人が決して怒ったり、不快な顔を見せないことは、ちょっと感動的でした。とはいえ、お客の迷惑になっても困るので、店の人は、気づいたらすぐに、子供のそばにいって、無言で店を出ることを要求するのでした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
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- まみさん 2012/06/07 12:33:11
- 最後の子供の乞食の話で
- 数年前に旅行したルーマニアでのことを思い出しました。
あちらでは、子供の乞食はいわばジプシーばかりだったので、定住者の地元の人々と確執があるせいだと思いますが、ものすごく冷たい態度で追い返していたのを見たことがあります。。
- まりあさん からの返信 2012/06/07 16:33:32
- RE: 最後の子供の乞食の話で
- まみさん、こんにちは。コメントをありがとうございます。
ジプシーは、昔から各地で、ひったくりを働いてますから、そういう社会では、つまはじきにされることが多いでしょうね。私も、昔々のパリで、現地在住のガイドさんが、ジプシーの子供が来たら、蹴っ飛ばしてもいいから、遠のけてください。でないと被害にあいます、と言ってました。
ロサリオで会った子供たちは、親か誰かに強制されて、あの仕事をしているようでしたが、真面目そうで、危害を与える風ではなかったですね。なかなか、ダーク面については、短期の旅人には、正しく理解できない面も多々あるようですね。
まりあ
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