2012/02/22 - 2012/02/22
184位(同エリア575件中)
愛吉さん
シルバーカレッジOB会の仲間達と、早春の一日、多摩丘陵を歩いて来ました。
集合は午前10時、京王聖跡桜ケ丘駅です、参加者は14名でした。
しばらく寒い日が続きましたが、今日は薄曇り、時々日が差す行楽日和です。
駅の近くは宅地化が進み、所どころに雑木林が残る風景が続きます。
一方道はアップダウンが多いですが、見晴らしは良く、遠く筑波山迄見渡せます。
百草園は、蝋梅が満開で黄色い花を咲かせていましたが、その他の梅は未だ1〜2分咲きです。
福寿草は可憐に咲いていました。
三檪庵の横から百草八幡宮に抜け、百草自然公園の長い階段を登ります。
頂上からの展望は良いですが、靄が出て来たようです。
ここからは、長い下り坂が続きます、遠く家越しに五重塔が見えて来ました。
高幡不動尊にようやく到着です、
先ず昼食を取り、足の疲れを癒します。
疲れが取れた処で、不動尊の寺内を一巡です。
高幡不動尊は、平安初期 慈覚大師が清和天皇の勅願により、この地に不動明王を安置したのが始りで、関東三不動の一つです。
正面の仁王門は、室町時代の建立で、重文に指定されています。
又寺内には、ご当地出身の土方歳三の銅像も立っていました。
写真は途中の小野神社
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
駅を出発してしばらく歩くと、道の脇にこの様な道標が建って居ました。
脇にはせせらぎが流れています。 -
せせらぎ通りを進むと、一の宮渡し跡の碑が在りました。
昔多摩川が、ここを流れていたのでしょう。
碑の前の説明板には、当時の風景が描かれ、大きな川に多くの渡し船が浮かんでいます。
現在の多摩川は、大きく流れを変え、もうここからは見えません。 -
そのまま進むと道の脇に小野神社が、ひっそりと建って居ました。
入口の門標には、武蔵一之宮と記されています。
境内も広く、名門神社の風格が残っています。 -
鳥居と本殿の間に立つ、随神門。
最近の再建らしく、立派で豪壮な造りです。
奥に見えるのが、本殿。 -
本殿。
門の割には、小じんまりです。
朱塗りが映えています。 -
本殿の扁額
-
小野神社からは住宅地を過ぎ、細い農道に入ります。
道の脇には、首の欠けた六地蔵が立ち、ゆるい登り坂が続きます。
農道は、百草園に突き当りました。
駅からの道との合流地点に建つ、案内看板。
百草園の入場料は300円で、老人割引はありません。 -
百草園の入口を入った処。
梅の開花が、例年より10日程遅く、蝋梅以外まだ1分咲きです。
残念です、が、その分入園者は少ないです。 -
蝋梅が可憐な花を付け、ふくよかな香りが漂います。
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こちらは、蝋梅の若木が群生しています。
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庭の中央近くに、立派な石碑が建って居ます。
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石碑の横に、説明板が建って居ました。
若山牧水 生誕百周年建立歌碑 とあります。 -
正面から眺めてみましょう。
小鳥より さらに身かろく うつくしく かなしく 春の間ゆく君
昭和60年11月の建立です。 -
僅かに咲いている梅を見付けました。
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こちらの石碑は、百草園の由来を記しています。
要約すると、
江戸の享保年間、小田原の大久保氏の奥方、寿昌院尼が家康の長男信康追悼の為、この地に松蓮寺を建てたのが始まり。
その後一時廃寺になったのを、明治20年青木角蔵が買い取り、百草園として公開、さらに昭和32年に京王電鉄が買い取って、京王百草園として開園、現在に至る。 -
公園の片隅に、若山牧水歌碑が有ります。
そばには、百草園と若山牧水 と書かれた看板が建って居ます。、 -
歌詞をアップで写します。
・山の雨 しばしば軒の椎の樹に ふり来てながき夜の灯かな
・摘みてはすて 摘みてはすてし野のはなの 我等があとにとほく続きぬ
・拾ひつる うす赤らみし梅の実に 木の間ゆきつつ歯をあてにけり
百草園にて 若山牧水 -
牧水歌碑のコメントもはめ込まれていました。
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見晴らし台です。
関東平野が一望でき、スカイツリーから筑波山迄見えるそうです。
今日は残念ながら、靄で霞んで見えません。
紅梅がいくらか咲いているのが判りますか。 -
同上です。
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紅梅をアップで写しました。
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松蓮庵と寿昌院手植えの梅
この地に最初に寺を建てた寿昌院尼の手植えの梅。
寿昌梅と呼ばれ、百草園きっての名木ですが、まだ全く咲いて居ません。 -
梅の木は見るからに老木で風格が有ります。
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寿昌梅の根本には、福寿草が咲いていました。
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可憐な花です。
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ふくよかな香りにひかれ、ふと顔を上げると目の前に黄色な蝋梅が咲いていました。
先を急ぐので、百草園の横の出口から、百草八幡宮へ抜けます。 -
百草八幡宮です。
平安時代に源頼義が建立したと伝えられ、重文に指定された阿弥陀如来像を所持しています。
次は、長い階段を登り百草自然公園からの眺望を楽しみます。
ここが、本日一番の高所で、後はだらだら続く下り坂です。
住宅の屋根越しに五重塔が見えて来ました。 -
高幡不動尊金剛寺に到着です。
ここ高幡不動は、平安初期に慈覚大師が、清和天皇の勅願により、当地を東国鎮護の霊場と定め、不動明王を安置したのが始りです。
その後たびたび火災に遭いましたが復興し、往時の姿を取り戻しました。
処で時間は12時半を過ぎました、先ず門前の食堂で昼食を摂ります。 -
昼食後は、御不動さんへのお参りです。
仁王門から入ります。
この門は室町時代の建築で、重文に指定されて居ます。 -
仁王門の仁王さん
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同上
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不動堂
東京都下随一の古建築で(1342年に山中より移築)重文指定です。
御まつりしてある本尊は、元々の本尊が解体修理で長期間不在となる為、身代わり本尊として作成された、新丈六不動明王像です。 北 宗俊氏製作 -
不動堂の前には、小さな像が置かれて居ました。
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当寺のご本尊、丈六不動明王像並びに両童子像
平安時代の作で、重文指定です。
千年振りの修理が終わり、最近戻って来たばかりで、向って左が せいたか童子、右がこんがら童子と呼ばれます。
現在奥殿(1階が展示室、2階が収蔵庫)に安置されています。 -
総本堂である大日堂への山門です。
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大日堂
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五部権現社
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五部権現社のいわれが書かれています。
拡大して読んで下さい。 -
境内の佇まい、五重塔が見えます。
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五重塔
昭和の後半に建てられた塔です。 -
大師堂 新築間もないです。
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鐘楼 立ち入り禁止です。
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五輪塔
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弘法大師修行像
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稲荷社
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参道から五重塔を見上げます。
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弁天堂
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堂の前に御坊さんが出て来ました。
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総門の前から、境内を振り返ります。
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ご当地、日野出身の土方歳三の銅像が目に入ります。
歳三の実家は、この金剛寺の檀家代表の家だそうです。 -
近藤勇、土方歳三顕彰碑
明治21年に造られて、市の指定史跡になっています。 -
これで境内は、ほぼ一巡しました。
仁王門をくぐって、帰るとしましょう。 -
高幡不動駅です。
ここで解散となりました。 お疲れ様でした。
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