2011/12/23 - 2011/12/23
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九州陶磁文化館の第三展示室に常設展として
九州各県の陶磁器が展示されています
☆「沖縄の陶器」「鹿児島の陶器」「大分・宮崎の陶磁器」
「熊本・福岡の陶磁器」「鍋島藩窯」の展示品をご紹介します
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
褐釉丸文壺
琉球・壺屋窯 19世紀
☆沖縄には本島北部に作場焼・古我知焼
中部に喜名焼・知花焼、
南部の那覇市周辺に宝口・湧田
・壺屋焼などの陶窯があるそうです
色絵や釉下彩で文様を描き施釉した
食器中心の上焼、甕類や擂鉢などを
焼いた無釉の荒焼があるそうです -
焼締蓮座立台付瓶(瓶子)
沖縄 17世紀後半
緑釉掛分象嵌線文対瓶
琉球 18世紀後半 -
飛鉋文碗
琉球・壺屋窯 19世紀中葉 -
三彩釉酒注
琉球・壺屋窯 19世紀前半 -
鉄絵草文碗
琉球・湧田窯 17世紀後半〜18世紀前半 -
梅樹文前立
種子島・熊野窯 18世紀後半〜19世紀
☆鹿児島の陶磁器
慶長(1596〜1615)頃に朝鮮陶工が
開窯したそうです
苗代川焼・龍門司焼などだそうです
藩主用の白物を焼いた竪野系の窯以外は
日常品の「黒物」が主流で18世紀末以降は
平佐窯や苗代川の窯で磁器も焼いていたそうです -
染付葡萄栗鼠文角徳利
薩摩・平佐窯 18世紀末〜19世紀前半 -
黒釉龍文甕
薩摩・苗代川窯 17世紀後半〜18世紀 -
黒釉藁灰釉流し瓢形瓶
薩摩・龍門司窯 19世紀後半 -
色絵金彩菊牡丹文香炉
薩摩・堅野窯系 19世紀末
表紙写真です -
鉄絵幾何学文杓立 (宋胡録手)
薩摩・堅野窯 18世紀 -
褐釉肩衝茶入
薩摩・堅野窯系 17世紀〜18世紀 -
白磁牡丹花形皿
肥後 1790〜1820年代
☆熊本県の肥後焼は加藤清正一族時代に始まるそうです
上野焼の祖尊楷は八代焼(1632)を始める
小倉藩主、細川忠利も肥後へ移り
上野系の牝小路家・葛城家が小代焼を興す
また、天草陶石を使い高浜焼や網田焼などの
磁器も作られたそうです -
象嵌暦手大壺
肥後・八代窯 平山窯 18世紀 -
褐釉線条肩衝水指
豊前・上野窯 17世紀前半
☆大分・宮崎の陶磁器
豊後の小鹿田焼は小石原の陶工が(1705)に開窯
19世紀には小規模な磁器窯、小宛焼、末広焼もあったそうです
日向では小峰焼・庵川焼などが江戸後期に創業したそうです
他に佐土原窯・丸山焼などがあるそうです -
褐釉手付水指
筑前・高取窯 17世紀初頭
☆福岡の陶磁器
朝鮮陶工尊楷が開窯した小野焼・八山が始めた
高取焼いずれも1596〜1615年に始まり
後に開窯した小石原焼・星野焼などでは
陶器で生活の器を作ったそうです
また、黒田藩御用の須恵焼や朝妻焼・朝田焼などの
磁器窯もあるそうです -
染付馬文菱形水指
筑前・須恵窯 18世紀後半〜19世紀初頭 -
灰釉櫛目文三耳付葉茶壺
筑後・星野窯 18世紀末〜19世紀 -
刷毛目波文小瓶
豊前・上野窯 18世紀末〜19世紀中葉 -
鉄釉黄灰釉流水指
筑前・高取窯 白旗山窯 17世紀前半 -
色絵薄瑠璃唐花文菱形皿
肥前・鍋島藩窯 1660〜1680年代
☆鍋島藩窯
佐賀藩主、鍋島家の御用窯を鍋島藩窯というそうです
将軍家への献上品のほか大名、公家への贈答品や
自家用品が生産されたそうです
最初は有田の岩谷川内に窯を設け、後に伊万里市の
大川内山に本格的な鍋島藩窯が設置されたそうです
有田の技術の粋をを集めて、食器類を
中心とした精巧な磁器が作られたそうです -
染付三階松文皿
肥前・鍋島藩窯 1690〜1730年代 -
染付唐花文皿
肥前・鍋島藩窯 1690〜1720年代 -
染付銀杏問大皿
肥前・鍋島藩窯 1700〜1730年代 -
色絵毘沙門亀甲桐文皿
肥前・鍋島藩窯 1710〜1740年代 -
染付詩句文四段重
肥前 1840〜1860年代 -
黄釉牡丹文瓶
肥前・波佐見窯 19世紀
☆長崎の陶磁器
17世紀初頭に始まる波佐見焼(大村藩領)は
平戸の中野窯に始まり後に三川内へ移った平戸焼、
18世紀前半の現川焼、文化元年に開窯の亀山焼、
長与焼などがあり、陶器も磁器もそれぞれに
個性的で多様性があるそうです -
染付雲龍麒麟文耳付花生
肥前・三川内窯 19世紀 -
染付唐花文硯
肥前・亀山窯 19世紀前半 -
染付象唐子文輪花大皿
肥前・志田窯 19世紀前半 -
色絵菊流水文鮑形皿
肥前・有田窯 1670〜1690年代
☆古伊万里・宝暦ー文政様式
18世紀後半には海外輸出がなくなり
国内需要に応じたさまざまな器類が作られ
清朝磁器の影響を受けた文様や色調の
物も作られたそうです
幕末期には再びヨーロッパへの輸出が始まり
洋風の器形に東洋的な意匠をあしらった
華やかな器が作られたそうです -
色絵仔犬置物(柿右衛門様式)
肥前・有田窯 1670〜1710年代
☆古伊万里・延宝様式(柿右衛門様式)
1673〜1681 を中心に生まれた様式で
この時期に柿右衛門窯で優れた象徴的な製品が
作られたため一般的には柿右衛門様式として
知られるそうです -
色絵葡萄栗鼠文瓢形瓶(五彩手)
肥前・有田窯 1650年代
☆古伊万里・寛文様式
海外輸出が盛んになる(1661〜1673)頃には
新しい技術により優れた磁器が
焼かれるようになったそうです
海外の需要に応じて中国磁器の写しも
盛んに作られたそうです
色絵は初期色絵から柿右衛門様式へと
移行する時期であり、明暦(1655〜1658)
頃には金銀焼付の技術が始まったそうです -
色絵牡丹文茶筅形瓶
肥前・有田窯 1650〜1660年代 -
色絵唐人観月文皿
肥前・有田窯 1640〜1650年代 -
色絵樹木花鳥文大皿
肥前・有田窯 1640〜1650年代 -
色絵牡丹文大皿(青手)
肥前・有田窯 1650年代
☆古伊万里・正保様式(初期色絵)
有田の色絵は中国の技術を導入して
1647年までに始まるそうです
濃い色調の緑・黄・赤などの色絵具で
器全体を塗り埋めるように文様を描く
これを初期色絵と呼ぶそうです
1640〜1650年代には
技術の多くが中国的に変わり
中国磁器と競い合う製品を生み出したそうです
この技術革新の色絵・染付を正保様式と呼ぶそうです -
染付楼閣山水文大皿
肥前・有田窯 山辺田窯
1630〜1640年代
☆初期伊万里
肥前の磁器を総称して伊万里焼とも言うそうです
伊万里港から出荷されたため、この名で呼ばれたそうです
江戸初期(1610年代頃)朝鮮の技法により始まる磁器焼成は
1650年代前後に中国の技術が入り大きく変わったそうです
この変化する前の肥前磁器を初期伊万里と言うそうです
素朴な造りとおおらかな絵付が魅力だそうです -
染付山水文水指
肥前・有田窯 佐賀県重要文化財(工芸品)
1610〜1630年代 -
象嵌雲鶴文大皿(献上唐津)
肥前 19世紀前半 -
鉄釉印花文六角香炉
肥前 17世紀後半 -
打刷毛目文広口花瓶
肥前 17世紀末〜18世紀前半 -
杯釉茶碗(奥高麗) 銘「瑞雲」
肥前 1590〜1610年代 -
黒釉素麺手茶碗
肥前 1600〜1640年代 -
鉄絵鳥文車軸形香炉(絵唐津)
肥前 1590〜1610年代
☆唐津焼
肥前の陶器を総称して唐津焼と呼ぶそうです
その始まりは16世紀末頃と考えられているそうです
1592〜1598年代を機に朝鮮半島からさらに新しい
技術が伝わったそうです
江戸時代の窯跡は現在の伊万里市・武雄市などを
中心に佐賀県・長崎県に分布しています
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