2011/11/26 - 2011/11/26
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captainfutureさん
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IRAN⑦ Esfahan 2011年11月26日(土)イスファハーン7日目
アルメニア人地区散策後、午後は昨日に引き続きアリさんに誘われシーア派宗教行事アーシュラー(エマーム・ホセイン殉教追悼祭)へ。行進参加者の厚意により、祭りの花形であるアラム(重い金属製の飾り)やタルチャム(のぼり)を持たせてもらう。夜は行進で歌っていたアリミさんの自宅へ招待。その後、伝統曲(ポップス調にアレンジしたもの)独唱会がモスクで行われるのでそれに同行させてもらった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日は14:30に宿にアリさんが来て、昨日の続きシーア派宗教行事アーシュラー(エマーム・ホセイン殉教追悼祭)の行進に連れて行ってくれることに。
それまではアルメニア人居住区のジョルファー地区へ。
まずバスでエンゲラーブ広場まで行き、スィー・オ・セ橋を徒歩で渡る。
写真はエンゲラーブ広場から見たザーヤンデ川対岸のKowsar International Hotel。
昨晩の雨が雪になったのか、遠くの山に積って見える。 -
スィー・オ・セ橋を渡ろうとすると、幕を持った若いグループが来たので引率の先生ふうの人に聞くと、高校生でなくsolder とのこと。兵役中なのかな。
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橋から見た対岸の山々
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同上
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橋を渡り終えたところでも、イラン国旗の右半分に水色の柄を付けた旗を持ったグループが。
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橋を渡ってアルメニア人居住区のジョルファー地区に到着。
(地球の歩き方より)
『17世紀初頭、アッバース1世がアルメニア人の優れた職人や商人等を呼び寄せたのがその始まり。「ジョルファー」というのは。現在アゼルバイジャン共和国との国境に位置する彼らの故郷の町の名である。ここには6万人ものアルメニア人が住んでいた時期もあったといわれている。アッバース1世はエスファハーンの栄光に寄与する彼らに信仰の自由を与えたため、独自のキリスト教世界が作られた。』 -
川沿いのKh.Sh.Motahhari通りを渡る。
-
同上。
クラクションを鳴らして手を振ってくれたりする。
女性運転手もちらほら。 -
チャハール・バーゲ・バーラー通りに入る。
ここも道の中央と、両脇の建物が更地へと工事中。ここもメトロ工事か。
壊されているのはモスクかキリスト教会か。 -
同上
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日本製のクレーン車も。京都の中古を持ってきたのかナ。
-
チャハール・バーゲ・バーラー通り
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チャハール・バーゲ・バーラー通りの果物屋
ちょうど配達されたところのようだ。
椅子の上には「saba IRAN apple」と書かれた段ボール。 -
イランでは柿が良く売られていた。
他にザクロやヤシの実、栗など。 -
チャハール・バーゲ・バーラー通り
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交差点をKh.Nazar-e Sharghi通りに西へ右折する。
左は押しボタン式横断歩道 -
Kh.Nazar-e Sharghi通り
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Kh.Nazar-e Sharghi通り
アルメニア人居住区とあるが、現在はペルシャ人も多く移り住んでいるとのことで街並みや雰囲気が変わっている感じはせず。
地元の人は感じるのかもしれないが・・・。
アルメニア文字はほんの何箇所かあっただけ。 -
Kh.Nazar-e Sharghi通り
パン・お菓子屋さん -
Kh.Nazar-e Sharghi通り
この辺りに来るまで、いつものように5、6人に「サローム、どこから来たのか」等と声を掛けられたついでに、「アルメニア人?」と聞くと「No〜。私はムスリムだ。」とのこと。 -
交差点の先にベツヘレム教会が見えて来た。
ここにも昨日見たアーシュラー追悼祭(クライマックスは今年は12月6日)関連の「Hossein, my spirit and soul」の横断幕。 -
交差点を渡る。
街中であちこち見る交通ルール遵守啓発シリーズ。 -
遠く山々が。
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右は交番。
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ベツヘレム教会沿いのKh.Nazar-e Sharghi通りに曲がる。
-
Kh.Nazar-e Sharghi通り
ここにも葬式案内。
まだ10代後半のよう。
女子学生らが立ち止まって読んでいた。 -
ベツヘレム教会(1628年)に入ってみる。
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チケット売場のお兄さんはさすがにアルメニア人とのこと。
アルメニア人、やっと見つけた〜。
アルメニア語、ペルシャ語両方話せて、家ではペルシャ語とのことだ。
ユダヤ人地区もあると聞いていたので聞くと、装飾芸術博物館前の通りを南に行ったフェルドシー・フェレスティーン通りにユダヤ教会(シナゴーク)があるとのこと。 -
入場券15,000R(90円)。
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中庭を挟んで教会
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教会本体の入口
ペルシャ語とは違う字体のアルメニア語 -
奥には祭壇があり、信者と思われる家族がろうそくに火を付けお供えしていた。
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祭壇から入口を見たところ。
ここはモスクと違い、拷問されている聖人の絵が壁中に所狭しと描かれている。
1枚1枚じっくり見入ってしまい過ぎ、少し気分が悪くなってしまった。 -
"アルメニア人居住区"を散策。
奥に見えるのは多分、マリアム教会。
ここがそうであれば、実際は地球の歩き方の地図のもう一つ1ブロック北。 -
上写真の左端に見える入口。
今から思えばこの人達に聞いておけば良かった。 -
散策していると、家の中から小型車に家具を運び出していた流暢な日本語を話す人に話しかけられる。
彼は1986年から10年間、東京・練馬に住んでいたとのこと。
私もその界隈は良く知っているというと、井の頭公園入口の焼き鳥屋「いせや」や石神井公園で釣りをしたことの話をしてくれて、しばしローカルな話題で盛り上がった。
今日は友人の引越しの手伝いをしているらしい。
「日本のような上手い酒はありませんが、今晩我が家の食事にいらっしゃいませんか。懐かしい日本の話を聞かせて頂ければ有り難いです。」と名刺を頂く。発音や日本人的言い回しも完璧。
行きたかったが、今晩はアリさんとアーシュリー追悼祭に行く約束があったので丁寧にその旨を話す。 -
彼にこの界隈で最もアルメニアを感じる街並みの路地はどこか聞くと、この地区の一番の名所ヴァーンク教会を教えてくれた。それ以外ではと聞くと、う〜〜んと考え込んでしまった。
近年ペルシャ人も多く移り住んでいるとのことなので、教会以外ではもうアルメニアを感じるところはないのかもしれない。
近くの小さな広場に面した食料品店(写真)があり、そこを指さして、「あの商店の主人はアルメニア人で信頼できる人。あの店で初めて日本の醤油を見ました」と教えてくれた。
そのうち家の中から友人に呼ばれて中へ。握手をして別れる。
早速入ってみる。 -
これがアルメニア人のお顔か〜と思いながらレトルト食品2つ購入。
醤油はもう見かけなかった。
主人は愛想はないが親切で実直そうな人。 -
これが買ったレトルト食品。
いろいろな種類があり、翌日の夕飯に宿で温めてもらい食べる。
2つで55,000R(330円)。 -
結構美味しい。
軽食に飽きたらこの手があるかも。 -
その商店のある小さな広場をあとにし、ヴァーンク教会へ。
写真奥はベツヘレム教会の裏手。
左は先程の食料品店。 -
ここにも買ったばかりのナンを持つ人が。
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ちょうどスポーツジムから出て来た女性達。
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路地を進むと、
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ヴァーンク教会(1655〜1664年)が見えてきた。
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入口に到着。
13のアルメニア教会のうち最も有名とのこと。 -
左に大聖堂、右に鐘楼。
さっきベツヘレム教会を見たので、敷地入口までしか入らず。
ここにはエスファハーンに移住してきたアルメニア人がいかに信仰と文化を守ってきたかを伝える博物館も併設してあるとのこと。今思えば入ってみれば良かった。 -
入口にあったポスター。
アルメニア語。 -
教会前にて。
この広場に面した商店の看板には一部アルメニア語が。 -
ナンと新聞を買った帰りのよう。
アルメニア人か聞いてみると、オレはムスリム(イスラム教徒。ペルシャ人)と言われてしまった。
この界隈は教会以外はアルメニア感は無くなった感じだ。 -
もう13時。
昨日のアリさんが宿に迎えに来てくれる約束の14時半まで間もない。
取りあえずザーヤンデ川を渡ってバスに乗ろうと川方面へ。 -
ハキーム・ネザーミー通り(Kh.Hakim Nezami)沿い
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ハキーム・ネザーミー通り(Kh.Hakim Nezami)沿い
いろいろな穀物を扱ったお店 -
上の店から見た通り。
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ハキーム・ネザーミー通り(Kh.Hakim Nezami)沿い
撮っていると入って来いとジェスチャーするので入ってみる。 -
その店内。
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バス停にて。
この後この女性二人がこちらを向いて撮影に笑顔で応えてくれた。 -
ハキーム・ネザーミー通り(Kh.Hakim Nezami)沿い
セルフガソリンスタンド。
この国では良く普及しているらしい。 -
皆手慣れた感じで給油し、クレジットカードで支払っていく。
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ハキーム・ネザーミー通り(Kh.Hakim Nezami)沿い
この後、フェルズィー橋へ出てしまい、もう一つ東のアブー・ザッル橋へ川沿いを歩く。 -
アブー・ザッル橋
ここにも人の顔がアップになった旗がズラリと並ぶ。
殉教者でもなさそうだし・・・。
何をした人だろう。 -
橋を越えたバス停で、ちょうどエンゲラーブ広場経由タフティー交差点まで乗り換えなしのバスに。3,000R(18円)。
昨晩キックボクシング試合会場のあった宿横の体育館の奥には、広いグラウンド。
宿の真横だったのに、今まで門が閉まっていたので気付かなかった。
今日はサッカー試合のようだ。
今朝、部屋に聞こえてきた笛の音はここからだったか。 -
昼食は先程のレトルト食品を温めてもらおうと電子レンジを借りようとしたら、この宿にはないとのこと。ボイラーの上に置いて温めようと言ってくれたが、台所の鍵を持った人が外出中。
昨晩も食べたタフティー交差点の軽食屋で、急いでスパゲティー(小)と中東で良く食べられるというひよこ豆コロッケのサンドイッチ。計28,000R(168円)。
昨晩、別のお客からレバーサンドよりこれがお勧めと言ってくれたもの。
ここで食べるのは3回目。
すっかり店主とも顔なじみに。
窓際で食べていると、ばったりアリさんと再会。 -
アリさんと宿前からバスでフェルドウスィー橋を渡り、そのままずっと南下、地球の歩き方地図でいうと大きくサークル状に表示されたロータリー広場で15:20に下車。
-
ちょうどトラックから大きな旗(タルチャム)や金属製の重い飾り(アラム)が運び出されるところだった。
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小さな子供もお手伝い
ここでも沢山の人が握手を求めてきたり、Welcome to Isfahan等と声を掛けてきてくれる。 -
この祭りの花形であるアラム
アラムにもいろいろな種類が行進に参加していた。 -
出発前にアリさんと。
アリさんは行進が始まると祖母が編んだという白いマフラーを外し、追悼祭なので皆とお揃いの黒い手ぬぐいのようなものを巻く。 -
行進開始の合図に、年長者の指示に従い、太鼓やトランペット、タンバリン等、派手な楽曲を演奏。出陣式のようだ。
-
昨日同様、炭でお香を焚いている。
この人は聖なる灰を服に塗り、茶金色になっている。
希望者は服や頭髪、顔等にも塗っていた。 -
出陣式
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バケツに入った聖なる灰を希望者に配っている。
この人はカップに。 -
さあ、本日のシーア派宗教行事アーシュラー(エマーム・ホセイン殉教追悼祭)の行進開始。15:40。
今日もハミッド・アリミさんのエマーム・ホセインを歌った伝統曲(現代風にアレンジしたような感じ)に合わせ、皆、殉教者ホセインの受難を追体験するため、一斉に頭や胸を叩きながら行進。 -
アリミさんが、預言者ムハンマドの血を引く子孫「セイエド」から水をもらっている。(わが家系はセイエドと名乗る人は多いらしい。)
アーシュラーでは行進参加者らに水を配る役割をセイエドが担っており、これは、殉教者エマーム・ホセイン一行が怪我を負い、乾きに苦しみながら殉教したからだそうだ。 -
交通整理の警官も時折、アリミさんの歌に合わせ行進者と同様に、頭や胸を叩いている。
今日の行進の様子(3分44秒)
http://www.youtube.com/watch?v=KdctTUnrZQU -
あ、ZAMZAMコーラの広告発見。
行進者からは、クライマックスの日に「ザンジ−ル・ザニー(鎖を体に打ち付けながら行進する)」をやってみないかとか、オレは頭にナイフも差したぜと傷跡を見せてくれる。今はイランでもナイフを頭に刺す荒行は禁じられているとのことで、アリさんも、あんなことをするのは大バカ、気にしないで、と言ってくる。 -
今日も重たそうなアラムを全身で支えて行進。
-
沿道の人々は行進者にお菓子を差し入れしてくれる。
私もポケットがお菓子で一杯になった。 -
後ろからみると、専用のベルトを付け、それに引っ掛けて支えているようだ。
-
何とアリさんの計らいで、その祭りの花形アラムを持たせてもらうことに。
ジャンバーを脱ぎ、ベルトを装着してもらう。
身体がびしっと引き締まる感じがする。 -
やはりかなり重く腰や上半身にずっしりくる。
皆が掛け声を掛けてくれる。
1分もしないうちにギブアップ。
この後、大きな旗(タルチャ)を持たせてくれたりと、アリさんと皆さんの厚意に感謝。
(32秒)
http://www.youtube.com/watch?v=Q8cvQ-Y8zYw -
沿道の花屋
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アリさんもセイエドから水を一杯。
私も一杯飲ませてもらった。 -
アリミさんの歌に合わせ、行進者は頭や胸を叩きながら行進。
あれ、見覚えがある街並みがと思ったら、今朝行ったアルメニア人居住区のジョルファー地区だ。
ヴァーンク教会まで見えた。 -
まだまだ続く。
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17時、会場に到着。
入口でも行進者に聖なるお香を振りかけてくれる。
今日の会場はモスクではなく、どこか大きな見本市会場のようなところみたいだ。 -
昨日同様、会場に入る辺りから更にどんどん興奮度合いが上がっていく。
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同上
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同上
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昨日同様、照明が落とされ、演台でアリミさんがポップス調にアレンジした殉教者エマーム・ホッセンの伝統曲を歌い出すと、皆それに合わせて「ホッセン!ホッセン!」と絶叫し始め、一斉に右手で左胸を叩いたり、頭を叩いたり、前の方では上半身裸になり自分の身体を両手で思い切り叩き始める。
またあちこちで、おいおいと大声で泣き出す。
幕の向こうは女性群。あちらからも昨日同様、大勢がすごい迫力で金切声で泣きだしている。
アリミさんの大ファンであるアリさんは昨日、私が隣りにいたので今一つ、のめり込めなく不完全燃焼だったみたいで、今日は「僕は前の方に行ってきますね」と行ってしまった。
昨日と同じく会場一丸となって興奮、陶酔状態となることでムスリム同士結び付きを強くしている感じがした。 -
この曲は一度聴いたら、しばらく頭を離れない。
道中、TVや街角でこの曲はあちこち流れていた。
帰国直前、メトロのCD屋でとうとう彼の曲も入ったDVDとCDを買ってしまった。
DVDは10,000R(60円)、CDは何と店員さんがプレゼントしてくれた。
こんなに安くては印税はないのかもしれない。 -
また30分程で照明が少しずつ付き始め、皆正気(?)に戻り、互いにハグ、握手して解散。
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ここでもチャイや菓子を振舞って頂く。
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さっきまでとは打って変わって静かに。
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出口に到着。
皆どこか満足げな表情に見える。
18時頃会場を後にする。 -
小雨が降りだす中、アリさん達とジョルファー地区を後にしアブー・ザッル橋を渡り、エンゲラーブ広場までてくてく歩く。
ザーヤンデ川対岸に見えたKowsar International Hotelのライトアップが見事。
その横にはホメイニ師の超巨大な壁画があり、そこも見事にライトアップ。
私の名前は覚えにくいのか、レザーというペルシャ人名で呼ばれることに。 -
会場から3、40分歩いて18:40にエンゲラーブ広場に到着。
もう今日は解散したと思っていた先程の音楽隊がトラックで来ていて、タルチャム(のぼり)を運び出している。
2、30人位で最後の演奏を行っていた。
アリミさんも登場。
アリさんに「アッサラーム アレイコム、マン ハスタム レザー」(こんにちは、私の名前はレザーです。)と言ってみてと言われ、イスラム風に右手を左胸に当てて言ってみると、アリミさんには喜びながら握手してくれた。
ここでもアリさん始め皆さんの厚意でタルチャムを持たせてもらう。
緑色の太鼓を首に掛けさせてもらい、叩かせてもくれた。
気分は少しイスラム戦士。
この後、アリさんと私はアリミさんの愛車レクサスでアリミさんの自宅へ招待。
カーナビはカタールだったかバーレーンだったかを映したまま静止。
今晩はえらく冷えるなと思っていたら、外気温は5℃と表示。
車の中ではイスラムをどう思うか等いろいろと聞かれた。 -
アリさんに「この家の人は撮られるのを気にするので、家の中は撮らないで。」とのこと。
靴を脱いで中へ。
リビングには日本の炬燵そっくりのものが。イランの伝統的なコルスィというもので、入れ入れと中に足を入れさせてくれた。掘り炬燵のような感じ。
宅配ピザを食べながら、イラク(イランではない)の聖地カルバラー(ホセイン殉教地)での別の年の同じくアーシュラーの何千人もの集まった青空コンサート(演壇の歌手に合わせて、大観衆が身体を叩いたり大泣きする)のビデオを大画面TVで鑑賞。
アリミさんもあちこちで同じようなコンサートをやっているようで、居合わせた人がサムスン製ipadで動画を見せてくれた。
これを持っている人は多く、あちこちでメールアドレスを入力してくれと手渡された。
ここでも私はレザーと呼ばれる。(笑) -
アルミさんはこの広い家に一人で住んでいるらしい。
2階には専用の礼拝所。 -
ここで本人に頼まれ記念撮影。
こうやって見るとみんな濃い〜顔してるナ〜。
前列のアリさんは、来年5月に家族でイラクの聖地カルバラーに詣でに行くとのこと。 -
アリミさんにはお土産にとエスファハーン工芸品ミーナ−・カーリーを頂いた。
-
これも頂いたコーランの一説が書かれた壁掛け(1.5m)。
アリミさん宅には沢山掛けられていて、一緒に招かれた人はこれに額を付け、静かにしばらく何かを唱えていた。 -
この後も彼の独唱会があるとのことで、アリさん、私ら計4人で車で20分位かけて、会場のカフール・モスクへ。
疲れがあったのと、アリミさんがアクセルを頻繁に踏むので少し酔ってしまった。
独唱会には300人位が集まっていて立錐の余地なし。
殉教者イマーム・ホセインの歌を歌い出すと、また「ホッセン!ホッセン!」の大興奮状態。自分も参加したかったが、気分が悪かったので隣接する小さな礼拝室で横にならせてもらった。
地鳴りのように伝わってくる声と泣き声、熱気の中、どうやって寝ろというのかと思いながらも、少し寝入ってしまった。
先客の寛いでいた人が、枕に使ってくれとわざわざジャンバーを脱いで丸めて渡してくれた。
1時間位で終了。
アリミさんにわざわざ宿まで送ってもらい、アリさんは長距離バス停へ。今晩のバスでテヘランへ帰るとのこと。
皆にお礼を言って別れる。
21時到着。
今日の万歩計20,000歩。
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