2011/11/25 - 2011/11/25
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captainfutureさん
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2011年11月25日(金)イスファハーン6日目
イラン・イラク戦争殉教者墓地「ゴレスターネ・ショハダー」、その後、街の中心から5km東にあるエスファハーン最古のシャフレスターン橋へ。
帰りに偶然、イラン最大宗教行事アーシュラー追悼祭(クライマックスは12月6日)のパレード、熱狂的なモスク内での様子を目の当たりにする。
日程
D1 11/19(土) 成田1405-モスクワ1925 (SU582)、モスクワ2340-テヘラン0310(SU515)、
D2 11/20(日) イスファハンへ(バス6H)、
D3 11/21(月) イスファハン【葬式、エマーム広場、街歩き】
D4 11/22(火) イスファハン【エマーム広場、昼食招待、街歩き】
D5 11/23(水) イスファハン【バザール巡り、マスジェデ・ジャーメ、街歩き】
D6 11/24(木) イスファハン【ザーヤンデ川橋巡り】
★D7 11/25(金) イスファハン【ザーヤンデ川橋巡り、イランイラク戦争殉教者墓地、アーシュラー祭】
D8 11/26(土) イスファハン【アルメニア人地区、アーシュラー祭】
D9 11/27(日) イスファハン【ユダヤ人地区、チャイ招待、メナーレ・ジョンバーン、ズールハーネ】
D10 11/28(月) トゥデシュクへ(車 1H) 【旧市街巡り、砂漠体験】
D11 11/29(火) ヤズドへ 【旧市街巡り】
D12 11/30(水) テヘランへ (夜行バス 9H)
D13 12/ 1(木) テヘラン 【街歩き】
D14 12/ 2(金) テヘラン0415-モスクワ0835(SU516)、モスクワ2100-成田1140(SU581) +1日
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日はイランの休日、金曜日。
宿前の大通りチャハール・バーゲ通りもぐっと交通量が少ない。
まだ朝9時な為か、商店もポツポツしか開いていない。
今日はまず、イラン・イラク戦争で命を落とした兵士が眠る墓地「ゴレスターネ・ショハダー」へ。
昨日行ったハージュ橋から南へ徒歩10分位とのこと。
いったん宿前の近くのバス停からバスでエンゲラーブ広場へ。
2,000R(12円)。 -
途中、車窓からエマーム・ホセイン広場のモスクを見たが、今日は葬式はやっていなかった。
エンゲラーブ広場到着。 -
ここからハージュ橋行きのバスに乗換のため、ザーヤンデ川岸のバス停へ。
川挟んで南東に、遠くに一際目立つツインタワーを持ったメタリックな感じの巨大モスクが。
同じバス待ちのおばさんに聞くと、TAKHT FOOLAD(タクテ・フラデ)地区にあるマスジェデ(モスク)・モサドとのこと。
エスファハン最大の金曜礼拝が行われるモスクで、今日金曜日は12〜13時半頃に行われるらしい。
このハージュ橋行きバスと同じ方向とのこと。金曜の最大規模の礼拝は13時頃らしいので、墓地後に行ってみることに。
写真はバス停の市内地図。
現在位置は川沿いをもっと西に行ったところ。 -
バスに乗り込む。この聖職者と隣り合わせになり、いろいろと話しかけられる。
財布からごそごそ2,000R出そうと探していたら、運転手にもういいよとジェスチャーされてしまった。
おばさんの家に招待されていたが、バスが男女別で分かれ、しかも混雑していたので残念ながらはぐれてしまった。 -
ハージュー橋前に到着。
付近にいたおじさんに「ゴレスターネ・ショハダー」はどっちに行くか聞くと、何と親切にも川岸に停めていた車で連れて行ってくれることに。
奥は奥さん。
夫婦でハージュー橋付近を散歩していたみたいだ。 -
ハージュ橋は車通行不可なので東へぐるりと遠回りしてボゾルグメフル橋を渡り、15分位かけて10時頃到着。
-
お礼を言って別れる。
「ゴレスターネ・ショハダー」(殉職者の花園)正門入口。
=イラン・イラク戦争=
イラク(サダム・フセイン政権)がイラン(ホメイニ師政権)に奇襲を掛け、国境をめぐって行った戦争(1980〜1988年)。
推定戦死者 イラン:75〜100万人、イラク:37.5〜40万人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E6%88%A6%E4%BA%89 (ウィキペディアより) -
正門前の通りは交通量は多くないものの、市内ではあまり見かけなかった立派なエスカレーター付き歩道橋が。上がった所には管理人室まであった。
政府が戦没者の年老いた親族や戦争負傷者が参拝に来易いように配慮しているのだろうか。 -
歩道橋から。
あ〜!、さっきエンゲラーブ広場で見た今日金曜礼拝が行われるというマスジェデ(モスク)・モサドがそんなに遠くないところに見える。
墓地参拝後に行ってみよう。 -
歩道橋から「ゴレスターネ・ショハダー」を望む。
-
同上
-
門を入ると、まず皆この看板前で立ち止まり読み入っている。
『ペルシャ語では、この戦争を「強要された戦争」と呼んでいます。当時のイラクのサッダームフセイン政権が、アメリカを筆頭にした西側諸国と協力してイランに仕掛けた戦争、と認識されています。この戦争はまだイランの人々の記憶に新しく、殉教者の墓地では、毎日献花が絶えません。また、戦争経験者もたくさんおり、重度の障害が残った人には、治療費が免除されたり、補助金が支給されたりなど、社会的な便宜が図られています。』
イラン日本語放送HPより
http://japanese.irib.ir/index.php?option=com_content&view=article&id=19924:2011-07-31-09-52-41&catid=70:2011-03-06-08-34-29&Itemid=122 -
門を入ってすぐ右脇の黄色いあづま屋ふうの建物(歩道橋上からの写真の右の建物)内。
皆レリーフにそっと手を当てて読んでいる。 -
やはり若くして亡くなった人が本当に多い。
-
手前は街中いたるところで見かける募金箱。
-
-
講堂があったので入ってみる。
-
暖房がガンガン焚かれている中、女子学生を対象に何か講義が行われていた。
講演者がアッラー何何と言うと、続けて女子学生達もアッラー何何と復唱していた。 -
-
戦争遺留品だろうか。
-
-
-
講堂を出た後、この国最大宗教行事アーシュラー(エマーム・ホセイン殉教追悼祭)を迎える為のグッズ売場が隣りのテント内で行われていた。
ここで一つゴム製の緑の鉢巻きを買う。5,000R(30円)。
聖人(多分この祭りの主役である、預言者ムハンマドの三代目後継者エマーム・ホセイン)の名前が書かれているようだ。 -
その鉢巻きと売り物の黒い衣装とマフラーを借りて、殉教者への追悼の意を表する手に胸を当てるポーズ。
周囲の人から、このポーズをしてごらんとジェスチャーされる。
当日はこの衣装の男性達が殺されていった彼らの苦痛を追憶しながら胸や頭を自分の手を叩き、鎖で自分の背中を叩きながら(現在は軽く打つ程度で形骸化している)、ホセイン一行の受難を追体験し、時には涙を流しながら行進するらしい。 -
男性がテントに入って来てお菓子を振舞いだした。
エマーム・ホセイン広場での葬式といい、お悔やみの日には菓子を周囲の人に振舞う習慣があるようだ。
今日は命日だったのだろうか。 -
ぎっしり詰まったお菓子詰め合わせ。
私も摘まませて頂いた。 -
-
この一角でも杖を持ったお爺さんが腰掛けて、行きかう人々にチョコレートキャンディーを配っていた。
-
さっきの講堂の女子学生達。
-
英語を話す一家に話し掛けられ、しばし会話。
-
12時頃墓地を出る。
もう急がないとマスジェデ(モスク)・モサドの金曜礼拝に間に合わない。
バスもなさそうなので、取りあえず歩きだす。 -
墓地を出て直ぐのところに建物があり、人々が多く出入りしているので入ってみる。
-
一見外観からは気付かなかったが、モスクだった。
英語が堪能な33歳の彼によると、マスジェデ(モスク)・モサドはまだ建設中で、現在このエスファハンで金曜モスクとされているのはエマーム広場のマスジェデ・エマームである。
しかし、2、3年後にはその座が完成するマスジェデ・モサドに渡るだろうとのこと。
金曜モスクでの礼拝が見たければ、我々も今からそこに行くので連れて行ってあげるよ、とのこと。
少し迷ったが、金曜礼拝参加は魅力だがエマーム広場はもう何度も行ったので、今度はアルメニア人地区に行くためエンゲラーブ広場への行き方を教えて欲しいとお願いしたら、そこ行きのバス停を案内してくれることになった。 -
預言者ムハンマドの血を引く子孫「セイエド」の人が水を振舞っていた。(わが家系はセイエドと名乗る人は多いらしい。)
明日のアーシュラー行進にも「セイエド」を表す緑の服装をした人が同じことをしていた。
アーシュラーでは行進参加者らに水を配る役割をセイエドが担っており、これは、殉教者エマーム・ホセイン一行が怪我を負い、乾きに苦しみながら殉教したからだそうだ。 -
てっきり徒歩だと思ったら、何と車でであった。
助手席に私、後ろには彼の両親と弟、3歳の娘。
これからちょうどエマーム広場のマスジェデ・エマームに行き一家で金曜礼拝に参加するらしい。
左から彼、お父さん、弟 -
彼は先程のゴレスターネ・ショハダーことや、イラン・イラク戦争は23年前に8年間も続いてやっと終わったこと、イラクにはアメリカ始め沢山の味方が付いたが、イランは一カ国で戦ったことなどを話してくれた。
ボゾルグメフル橋を渡り、ボゾルグメフル広場が近付いてきた。 -
10分ほどでエンゲラーブ広場まで一本道のボゾルグメフル広場に到着。
あのバス停から乗るよう教えてくれる。
丁寧にお礼をいい別れる。 -
ボゾルグメフル広場
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ボゾルグメフル広場に面したMOSHTAGH公園。
後ろは渡って来たボゾルグメフル橋。
橋の横には回転する巨大広告看板。 -
公園内
水たばこ持参でトランプ -
ここまで来たらエンゲラーブ広場ではなく、昨日行きそびれた反対方向の約2km東のエスファハーン最古の橋というシャフレスターン橋に行ってみることに。
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バスのタッチ&スルーの機械
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乗せてくれた運転手
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黄葉の並木道を一気に走りシャフレスターン橋に到着。
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橋前では建築学科の学生達が鉛筆を縦にしたり横にしたりして図面を描いている。
突然彼らの先生が美味しいサラダを挟んだ小さなナンのサンドイッチを片手を添えて渡してくれる。
美味しいと言うともう一つご馳走になってしまった。
どこかで以前日本人に会ったことがあるようで、日本人は礼儀正しいから大好きとのこと。 -
川沿いで遊んでいた子供達
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ピクニック中の一家からコーラをご馳走になった。
ZAMZAMコーラではない方。 -
13のアーチを持つエスファハーン最古の橋、シャフレスターン橋。
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長さ143m、幅4.6m。
もとはサーサーン朝時代に築かれたが、セルジューク朝(12世紀)に現在の姿になったとのこと。
車通行不可。
中心地エンゲラーブ広場から5kmあり、周囲も静か。 -
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橋を渡ったところには見本市会場のような建物。
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また橋を渡り大通りに戻る。
救急車。
心電図の音波がフロントに描かれていて面白い。
聴診器を首から掛けている人が窓を開けて手を振ってくれた。
【追記 2012年7月】
この看護士さんからその後連絡あり、移民申請が無事許可され、この半年後にカナダへ移住。 -
すぐ側ではサイレンの付いたガス管工事の人が。
だから万が一のために救急車が待機していたのか。 -
湧水と格闘しながらの模様
道路の渡った写真左側はザーヤンデ川 -
ザーヤンデ川と反対側の周囲の光景
拡声器の付いた迷彩色の建物は何だろう。 -
ザーヤンデ川と反対側の周囲の光景
手前はさっきのガス管工事の車 -
ザーヤンデ川沿いの大通りの雑貨店に入ってみる。
店頭には吊り下げられた巨大なナン。 -
後ろには缶詰や調味料、お菓子等など。
上には汚染された肺がこれでもかという感じにパッケージに描かれたタバコ。 -
奥の冷蔵庫にイランのコーラ「ZAMZAMコーラ」発見。
いくつか種類があるみたいで右はオレンジ。左のコーラを購入。
300ml入り3,000R(18円)。
(Wikipediaより)
『イラン革命(イスラム革命)によってアメリカ資本が追放された際、イラン国内のペプシコの子会社の設備やレシピをそのまま流用したためらしい。
名称の由来はメッカのマスジド・ハラームの中にあるザムザムの泉である。』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%A0%E3%82%B6%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%A9 -
その隣りのケバブ屋で遅い昼食。
-
冷蔵庫上には古いパナソニック製TV。
どこに行っても韓国の電気製品で溢れているが、古いものは日本製が多い。
やっぱり最近進出してきたんだな。 -
炭火使用
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レモンをぎゅっと搾ってひき肉ケバブと焼きトマトに掛ける。それとナンと生玉ねぎが付いて、30,000R(180円)。
やっぱりアツアツ、しかも炭火などで美味しい。
後ろにはさっき買ったZAMZAMコーラ。普通のコーラと変わらない味(に感じた)。 -
ドライブに来ていた隣りの家族。
-
さっき見たザーヤンデ川反対側(ケバブ屋の裏の方)の道に少し入ってみる。
ところどころに殉教者と見られるポスター。
午前中の「ゴレスターネ・ショハダー」でもそうだったが、チューリップが一緒に描かれていることが多い。 -
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学校前でさっき雑貨店にいた子供がローラスケートで遊んでいた。
今日は金曜日で学校は休み。 -
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金曜日だから店は休みなのかな。
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あ、お店が。
あそこまで行ってみよう。 -
食料品店だった。
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15:30。
大通りに戻って川沿いにバスでエンゲラーブ広場へ戻る事にする。
さっきの男の子がバス停まで案内してくれることになった。
なぜか彼も乗車し付いて来てくれるよう。
彼もプリペイドカードでタッチ&スルー。
カードを見せてもらったらカード入れには1枚小さく畳んだお札が。
お母さんが万が一の時の為に入れてくれているのかな。 -
なぜか、お昼にゴレスターネ・ショハダーから車で連れて来てもらったボゾルグメフル広場でバスは停まってしまい、私も男の子に促されて全員途中下車。
広場には黒い服に身を包んだ人達が大きな旗(タルチャム)など持って待機している。 -
どうも地球の歩き方巻頭ページに出ていた、この国最大宗教行事アーシュラー(エマーム・ホセイン殉教追悼祭)の行進のようだ〜〜!!
早速、ゴレスターネ・ショハダー墓地で買った緑の鉢巻きをする。
まさか今旅でこれを付けることがあるとは思わなかった。
旅行前、アーシュラー前後日はバザール等商店は閉まるとのことだったので、アーシュラー体験も魅力だが、あえてその日は外して計画を立てたのだが、その触りだけでも楽しめそうだ。
これはタイマというものらしい。 -
今年のアーシュラーは12月6日のようだが、その日を中心にして約1カ月続くらしい。
写真上の右端のさっき一緒にバスに乗ってくれた男の子が懸命に、エンゲラーブ広場はもっと向こうで、違うバスに乗り換えなければいけないとジェスチャーしてくれる。
私はこの行事を見て行くから、もうそこへは行かないよ、どうもありがとうと片言のペルシャ語とジェスチャーですると彼も納得したようで、来た方向のバスに乗って行った。 -
西暦640年(ヒジュラ歴61年モハッラムの月の10日)、預言者ムハンマドの3代目後継者エマーム・ホセインは、イラク南部の町に招かれ、当時の支配層ウマイヤ朝(アラブ人にのみ特権を与えていた)の圧制に対し町の人々は彼に蜂起を行うよう請うた。
しかし、途中で恐ろしくなり彼を裏切ってしまった。
そのため敵数千人に対し、彼は僅か教友72人で戦うこととなり、非常に残忍な殺され方をしてしまった、ということらしい。
その後、人々は彼の自己献身の尊さに気づき、懺悔の意味を込め、この追悼儀式を行っているとのこと。 -
今年は12月6日がイランのイスラム暦であるヒジュラ歴のアシュラー日に当たる。
当日はこの衣装の男性達が殺されていった彼らの苦痛を追憶しながら胸や頭を自分の手を叩き、鎖で自分の背中を叩きながら(現在は軽く打つ程度で形骸化している)、ホセイン一行の受難を追体験し、時には涙を流しながら行進するらしい。 -
サラさんのHP『イランという国で』
現地在住の日本人の方が写真入りで解り易く解説している。
(サラさん、リンクありがとうございます!)
アーシュラーについて:http://sarasaya.exblog.jp/1995905/
アーシュラー:http://sarasaya.exblog.jp/2069033/
夜のダステ:http://sarasaya.exblog.jp/2076366/
タースワー:http://sarasaya.exblog.jp/2192031/ -
お香を焚き、煙を行進参加者や道行く人、見学者などに掛けてあげていた。
またお香の灰を希望者の頭や顔、服等にも付けてあげていた。
聖なるものらしい。 -
彫られている姿はエマーム・ホセインか。
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中には裸足の人もいた。
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どんどん賑やかになっていく。
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荷台で歌手が歌うエマーム・ホセインを称える歌に合わせて、行進者はずっと軽く頭や胸を叩き続ける。
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最後は女性群
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テヘラン大学で日本語を学んだというアリさん(左)に話しかけられる。
彼はエスファハン在住のハミッド・アリミ(Hamid Alimi)さんという伝統音楽(このジャンルはイランでは人気があるらしい。店頭やTVでも良く流れている。)歌手のファンで、毎月のようにテヘランから彼の音楽を聞きに来ていて、今回はこの行事で彼が歌うとのことで来たとのことだ。 -
沿道の果物屋
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ホセイン一行の受難を追体験するため、皆自分の手で軽く胸や頭を叩きながら行進している。
アリさんも私も撮影時以外は同じ行動をする。 -
あの歩道橋に上ってみる。
この沿道にはいくつか歩道橋があったが、どれもかなり高いところに橋げたがある。
大きな旗(タルチャム)や金属製の飾り(タイマ)を持った行進に備えているようだ。 -
この橋はなぜか欄干が腰までしかなかった。
うっかり転んだら、そのまま下に落ちそうだ。
下を見ると恐ろしい〜。 -
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沿道の化粧品店。
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大きな行進なので警官もいたるところで交通整理。
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行進者に聖なるお香を掛けてくれている。
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ヴァリエ・アスル通り沿いの本日の第一会場マスジェド(モスク)・アフマド・アバードが見えてきた。
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17:30。
第一会場のモスク前には巨大な仮説テントが張られていて、そこに皆入って行く。 -
皆、更に興奮し出して、演壇の歌手のアリミさんの掛け声に合わせて一斉に「エマーム・ホッセン!」「アッラー!」と延々と声を張り上げ15分ほど大合唱。
自分の手で胸や頭を叩き、殉教者エマーム・ホセインの受難を追体験している。
15:40でのエンゲラーブ広場での行進開始から、17:30頃までの第一会場までの様子(7分2秒)
http://www.youtube.com/watch?v=Mf1MiP3VYy0 -
同上
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両手を天にかざす。
-
同上
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第一会場の「エマーム・ホッセン!」「アッラー!」の大合唱は15分ほどで終了。
17時半頃、皆、仮設テントを出て第二会場へ向けて行進を始めた。
昨日のハージュー橋のたもとにあったライオン像。
お尻から水が出るようになっていた。
仮設テントのここは中庭だったようだ。 -
まだ熱気冷め止まずの中、撮ってもらう。
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チャイや菓子が振舞われ出した。
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本来はここが入口なのであろうモスク入口の絨毯を開けて入ってみる。
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カメラの音を無音に設定し、邪魔にならぬようそっと撮らせてもらう。
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奥は女性礼拝所になっていて、そこに行くため女性達はここを通っていく。
(本来は入口が別になっていると思うが、仮設テントで入れなくなっている模様。)
中には携帯でこの特別な日の礼拝を撮っている人も。 -
カメラの音を無音に設定し、邪魔にならぬようそっと撮らせてもらう。
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仕切りの向こうは女性群。
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-
もう行進は終了かと思っていたが、まだ続きがあるとのこと。
撮影に夢中になり、すっかりパレードに置いてけぼりにされてしまった。
アリさんに急かされながら小走りで追いかける。
写真は振り返って見た第一会場マスジェド(モスク)・アフマド・アバード。
すっかり静かに。 -
しばらくして追いつく。
別のモスクでは前の大通りまで大きなテントで覆っている。 -
このモスクでも同じような行事が行われていたのか沢山の人が出て来て、この行進に合流していく。
-
-
-
18時、第二会場のマスジェット(モスク)・キャルバライーハに到着。
どんどん人が吸い込まれて行く。 -
さっきの第一会場より奥行きがありかなり広い。
-
このモスクには廟があるようだ。
廟の周りを沢山の人が回っている。 -
最後に女性群が到着。
無事、女性群が後ろの仕切り奥の女性専用室に行けるようガードしている。 -
ここでも皆、演壇のアリミさんの殉教者を偲ぶポップス調にアレンジした伝統曲に合わせて一斉に「エマーム・ホッセン!」「アッラー!」と延々と声を張り上げ大合唱。
自分の手で胸や頭を叩き、殉教者エマーム・ホセインの受難を追体験している。 -
さっきの第一会場の比でない熱狂的な盛り上がり。
-
延々と「ホッセン!ホッセン!ホッセン!」の大熱狂。
アリさんが、もっと自分の頭を叩き続けてと言ってくる。
何かと思ったら、すぐ側にTV局のカメラが来ていて、こちらをずっと映していた。 -
モスク内は照明がやや暗く落とされ、アリミさんの1秒間に「ホッセン!」を2回繰り返す早いビートの単調なリズムが延々と流され、それに合わせますます会場内は「ホッセン!ホッセン!」の大絶叫の渦。
第二会場の様子(5分58秒)
http://www.youtube.com/watch?v=0va8P7pZEjk -
照明が更に暗くなっていく中、それに合わすかのように声がどんどん大きくなっていき大興奮状態。
会場のあちこちから声を詰まらせて泣いている声が聞こえてくる。
前の方の100人位の男性が上着を脱ぎ、車座になって涙を流しながら両手で自分の胸を激しく叩いている。
私の隣りの人もボロボロ涙を流しながら、「ホッセン!ホッセン!」と叫んでいる。 -
私もこの群衆の中にいると自分がどんどん高揚していくのが分かる。
さすがに「ホッセン!ホッセン!」の大絶叫はないが、いつの間にか自分も体が左右にリズムを取っている。 -
仕切りの向こうからも、女性達がすごい迫力の金切り声で泣き叫んでいるのが聞こえてくる。
-
その後更に照明が落とされ、皆後ろの廟に向きを変えて座り込み、また嗚咽を始める。
私の隣りの人もボロボロ涙を流し続け、何かを叫んでいる。
廟にしがみついて泣いている人も。
皆人目をはばからず嗚咽している。
アリさんも泣いていたようだ。 -
しばらくすると照明がす〜〜〜〜と段々明るくなっていき、皆正気(?)に戻り、隣人同士で握手やハグをし、服を着出して今日の追悼祭は18:40頃に終了。
会場に入ってこの間40分。 -
お盆の灯明のようなものらしい。
翌日アリミさん自宅の祭壇にも左右一基ずつ並んでいた。 -
-
ここでもチャイや菓子が振舞われれ、続々と皆帰っていく。
-
-
廟の前でアリさんと。
さっきまでの大絶叫の渦がウソのような静かな時が流れる。 -
廟の中を覗いてみると、他のモスクでは棺らしきものが安置されているのだが、ここのは無くなっている。
-
先程まで演壇で群衆を大興奮させる歌を歌っていたアリミさん。
どうやらアリさんはアリミさんと懇意にしているようだ。
アリミさんのファンサイトまで運営している。
http://hamid-alimi.ir/ -
ここでも沢山の人から一緒に撮ってくれと声を掛けられる。
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-
-
19:15、会場を後にする。
-
アリミさんの知り合いが車で私を宿まで送ってくれた。19時半到着。
同乗していたアリさんは何とこのままアリミさん宅に行き、泊めてもらうとのこと。
明日15時にまたアリミさんが歌うので一緒に行かないかとアリさんに誘われ、行ってみることにする。
明日14時に宿に迎えに来てくれることになった。 -
宿の北にあるタフティー交差点の昨晩と同じハンバーガー屋で、今度はレバーサンドウィッチを。12000R(72円)。
会場で振舞ってもらった菓子もあったので一緒に食べる。 -
20時。
まだ時間があったので同じ交差点にある先日見つけたチャイハナへ入ってみる。 -
奥から入口を見たところ。
-
奥。
煙が充満し、店主が特大の換気扇を付けると直ぐに無くなった。 -
席に着くと、まずチャイが出され、隣人と同じように小皿(ソーサー)に少しずつ移しながら、角砂糖を口に含ませて飲む。
両脇の客が英語を話す人でいろいろと教えてくれる。
アップル、レモン、ピーチ、オレンジ、グレープ、フラワーモハマディという香りがあり、私はアップルを頼んでみる。 -
来た来た、道具一式が来た。
自分専用のマウスピースも別に付いて来た。
水たばこはニコチンやタールは水に溶け、煙と香りだけが出てくるらしい。 -
息を吸い込むとゴボゴボと泡が出て来て、上部の炭火が強く光り出す。
煙はフーと隣人に掛らないように天に向けて吹き出す。
TVではイラン各地の景色をバックに宗教音楽というか伝統音楽を延々と流しており、皆じっと眺めている。 -
奥を覗かせてもらうと、左には準備された炭と、右には分解された道具がズラリと並ぶ。
-
隣りのテヘランからの旅行者マッハムドゥさんによると、初心者にはオレンジが強すぎずにいいかもと、その人がそれを吸っていたのでマウスピースを交換して吸わせてもらった。
確かにこっちの方が穏やかな刺激(口当たり?)がする。
お会計25,000R(150円)。
1時間位そこで過ごして、外に出ると少し小雨が。
もう21時。 -
いつもは閉まっている宿隣りの建物から多くの人が出たり入ったり。
-
入ってみるとキックボクシングの試合があったようで、ちょうど表彰式が行われていた。
-
-
今日の万歩計15,000歩。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- Yattokame!さん 2011/12/29 04:40:33
- アーシュラー
- captainfutureさん
こんばんは。
アーシュラーに参加できるなんて、とても珍しい体験ですね。イランの人にとっても日本人が行列に参加するというのは、貴重な経験ですなあ。
しかし、アーシュラーの行事の高揚感、すごいですね。さすが、イランの人たちは熱心なシーア派教徒だなあと感心します。
Yattokame!
- captainfutureさん からの返信 2011/12/29 16:15:42
- RE: アーシュラー
- Yattokame!さん、こんにちは。
さすが、アーシュラー御存じなんですね!
クライマックスの日はバーザール等ほとんど閉店すると聞いていたので、あえてこの時期は外したつもりなのですが、祭り全体でいえば最初のさわり程度ですが触れることができました。
参加者は結構若い人が多く、イランでは宗教が日常の中に深く入っているんだなあと実感しました。
きっとこの高揚感、雰囲気は欧米人には理解しがたいんだろうな・・・などと勝手なことを考えておりました。
captainfuture
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イスファハン(イラン) の旅行記
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