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九州陶磁文化館内、第三展示室に常設展示されている<br />初期伊万里・唐津焼・長崎・鹿児島・大分・宮崎・熊本・福岡<br /><br />古伊万里・正保様式(初期色絵)・寛文様式・延宝様式(柿右衛門様式)<br />元録様式・宝暦-文政様式までの陶磁器を観てきましたので、<br />抜粋になりますが、ご紹介します。<br /><br />

『九州の古陶磁』 ③

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2011/09/24 - 2011/09/24

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kokono

kokonoさん

九州陶磁文化館内、第三展示室に常設展示されている
初期伊万里・唐津焼・長崎・鹿児島・大分・宮崎・熊本・福岡

古伊万里・正保様式(初期色絵)・寛文様式・延宝様式(柿右衛門様式)
元録様式・宝暦-文政様式までの陶磁器を観てきましたので、
抜粋になりますが、ご紹介します。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
  • 銹釉染付独楽文瓢形瓶<br /><br />肥前・有田窯 1630〜40年代<br /><br />「初期伊万里」<br />肥前の磁器を総称して伊万里焼とも言うそうです<br />伊万里港から出荷されたためこの名で呼ばれた<br />江戸初期(1610年代頃)、朝鮮の技法により始まる<br />磁器焼成は、1650年代前後に中国の技術が入り、<br />大きく変わった、この変化する前の肥前磁器を、<br />初期伊万里と言うそうですよ<br />

    銹釉染付独楽文瓢形瓶

    肥前・有田窯 1630〜40年代

    「初期伊万里」
    肥前の磁器を総称して伊万里焼とも言うそうです
    伊万里港から出荷されたためこの名で呼ばれた
    江戸初期(1610年代頃)、朝鮮の技法により始まる
    磁器焼成は、1650年代前後に中国の技術が入り、
    大きく変わった、この変化する前の肥前磁器を、
    初期伊万里と言うそうですよ

  • 染付福字文三脚香立<br /><br />肥前・有田窯 1620〜40年代

    染付福字文三脚香立

    肥前・有田窯 1620〜40年代

  • 鉄絵笹文瓶<br /><br />肥前系 18世紀<br />

    鉄絵笹文瓶

    肥前系 18世紀

  • 櫛刷毛目文大皿(二彩手)<br /><br />肥前 17世紀中葉〜後半<br />

    櫛刷毛目文大皿(二彩手)

    肥前 17世紀中葉〜後半

  • 鉄線文水指(二彩手)<br /><br />肥前 17世紀〜18世紀

    鉄線文水指(二彩手)

    肥前 17世紀〜18世紀

  • 鉄絵壺(絵唐津)<br /><br />肥前 1580〜1610年代<br /><br />『唐津焼』<br />肥前の陶器を総称して唐津焼と呼ぶそうです<br /> その始まりは16世紀末頃と考えられている<br /><br />文禄・慶長の役(1592〜98)を機に、朝鮮半島から<br /> さらに新しい技術が伝わったそうです<br /><br />江戸時代の窯跡は<br />現在の伊万里市・武雄市などを中心に<br /> 佐賀県・長崎県に分布しているそうです

    鉄絵壺(絵唐津)

    肥前 1580〜1610年代

    『唐津焼』
    肥前の陶器を総称して唐津焼と呼ぶそうです
    その始まりは16世紀末頃と考えられている

    文禄・慶長の役(1592〜98)を機に、朝鮮半島から
    さらに新しい技術が伝わったそうです

    江戸時代の窯跡は
    現在の伊万里市・武雄市などを中心に
    佐賀県・長崎県に分布しているそうです

  • 象嵌刷毛目花文小皿(三島手)<br /><br />肥前 小峠窯 17世紀初頭

    象嵌刷毛目花文小皿(三島手)

    肥前 小峠窯 17世紀初頭

  • 鉄絵草文片口(絵唐津)<br /><br />肥前 岸岳系 1590〜1610年代

    鉄絵草文片口(絵唐津)

    肥前 岸岳系 1590〜1610年代

  • 表紙写真です<br /><br />青磁染付寿字桃宝尽文雲形大皿<br /><br />肥前・鍋島藩窯 1690〜1730年代

    表紙写真です

    青磁染付寿字桃宝尽文雲形大皿

    肥前・鍋島藩窯 1690〜1730年代

  • 色絵輪繋文皿<br /><br />肥前・鍋島藩窯 1730〜50年代

    色絵輪繋文皿

    肥前・鍋島藩窯 1730〜50年代

  • 青磁陰刻芭蕉文三足付皿<br /><br />肥前・波佐見窯 三股山 1630〜40年代<br /><br /><br />「長崎の陶磁器」<br />有田とほぼ同じ17世紀初頭に始まる波佐見焼(大村藩領)<br /><br />17世紀前半に平戸の中野窯に始まり、後に三川内へ<br />移った平戸焼(三川内焼 平戸藩領)<br /><br />18世紀前半頃の現川焼(諫早家領)<br />文化元年(1804)開窯の亀山焼(天領)、長与焼(大村藩領)<br />などがあり、陶器も磁器もそれぞれに個性的で<br />多様性があるそうです

    青磁陰刻芭蕉文三足付皿

    肥前・波佐見窯 三股山 1630〜40年代


    「長崎の陶磁器」
    有田とほぼ同じ17世紀初頭に始まる波佐見焼(大村藩領)

    17世紀前半に平戸の中野窯に始まり、後に三川内へ
    移った平戸焼(三川内焼 平戸藩領)

    18世紀前半頃の現川焼(諫早家領)
    文化元年(1804)開窯の亀山焼(天領)、長与焼(大村藩領)
    などがあり、陶器も磁器もそれぞれに個性的で
    多様性があるそうです

  • 染付唐子人形<br /><br />肥前・三川内窯 19世紀

    染付唐子人形

    肥前・三川内窯 19世紀

  • 染付桐鳳凰文鯱置物<br /><br />肥前・三川内窯 明治 19世紀後半<br />

    染付桐鳳凰文鯱置物

    肥前・三川内窯 明治 19世紀後半

  • 染付山水文陶印 銘「逸雲」<br /><br />肥前・亀山窯 木下逸雲画 天保十年(1839)<br />

    染付山水文陶印 銘「逸雲」

    肥前・亀山窯 木下逸雲画 天保十年(1839)

  • 褐釉嘉瓶<br /><br />琉球・壺屋窯 19世紀前半<br /><br />「沖縄の陶器」<br />本島北部に作場焼・古我知焼中部に喜名焼・知花焼<br />南部の那覇市周辺に宝口・湧田・壺屋焼の陶窯がある<br />1682年に知花・宝口・湧田の三窯が統合され<br />首里城に近い壺屋を中心に陶器生産がさかんになる<br /><br />色絵や釉下彩で文様を描き施釉した食器中心の上焼、<br />壺類や擂鉢などを焼いた無釉の荒焼があるそうです<br />

    褐釉嘉瓶

    琉球・壺屋窯 19世紀前半

    「沖縄の陶器」
    本島北部に作場焼・古我知焼中部に喜名焼・知花焼
    南部の那覇市周辺に宝口・湧田・壺屋焼の陶窯がある
    1682年に知花・宝口・湧田の三窯が統合され
    首里城に近い壺屋を中心に陶器生産がさかんになる

    色絵や釉下彩で文様を描き施釉した食器中心の上焼、
    壺類や擂鉢などを焼いた無釉の荒焼があるそうです

  • 褐釉瓢形瓶<br /><br />沖縄・八重山焼 <br />18世紀中葉〜後半

    褐釉瓢形瓶

    沖縄・八重山焼 
    18世紀中葉〜後半

  • 黒釉瓶<br /><br />琉球・喜名窯か知花窯<br />17世紀後半〜18世紀前半<br />

    黒釉瓶

    琉球・喜名窯か知花窯
    17世紀後半〜18世紀前半

  • 呉須絵葡萄文角形水注<br /><br />琉球・壺屋窯 19世紀後半<br />

    呉須絵葡萄文角形水注

    琉球・壺屋窯 19世紀後半

  • 色絵橘文酒器<br /><br />薩摩・竪野窯系 19世紀<br /><br />「鹿児島の陶磁器」<br />薩摩の陶器窯は、慶長(1596〜1615)頃に<br />朝鮮陶工が開窯したそうです<br /><br />苗代川焼(串木野)、島津義弘の保護下で<br />竪野系諸窯(後に磯お庭焼へ発展)、<br />龍門司焼(加治木)などだそうです<br /><br />藩主用の「白物」を焼いた竪野系の窯以外は<br />日常品の「黒物」が主流だそうです<br />18世紀末以降は、平左窯(薩摩川内市)や<br />苗代川の窯で、磁器も焼いていたそうです

    色絵橘文酒器

    薩摩・竪野窯系 19世紀

    「鹿児島の陶磁器」
    薩摩の陶器窯は、慶長(1596〜1615)頃に
    朝鮮陶工が開窯したそうです

    苗代川焼(串木野)、島津義弘の保護下で
    竪野系諸窯(後に磯お庭焼へ発展)、
    龍門司焼(加治木)などだそうです

    藩主用の「白物」を焼いた竪野系の窯以外は
    日常品の「黒物」が主流だそうです
    18世紀末以降は、平左窯(薩摩川内市)や
    苗代川の窯で、磁器も焼いていたそうです

  • 鉄絵幾何学文杓立(宋胡録手)<br /><br />薩摩・竪野窯 18世紀<br />

    鉄絵幾何学文杓立(宋胡録手)

    薩摩・竪野窯 18世紀

  • 呉須絵蘭竹文瓶<br /><br />日向・蓬莱山窯(丸山窯)<br />1830〜1882年頃<br /><br />「大分・宮崎の陶磁器」<br />豊後(大分県)の小鹿田焼は、小石原(福岡県)の陶工が、<br />宝永2年に開窯、のちに民芸運動の中で注目された<br />19世紀には、小規模な磁器窯小碗焼(大野郡)、<br />末広焼(臼杵市)もあったそうです<br /><br />日向(宮崎県)では小峰焼(延岡市)庵川焼(東臼杵郡)<br />などが、江戸後期に操業したそうです<br /><br />他に、佐土原窯(宮崎県)丸山焼(延岡市)などがあるそうです

    呉須絵蘭竹文瓶

    日向・蓬莱山窯(丸山窯)
    1830〜1882年頃

    「大分・宮崎の陶磁器」
    豊後(大分県)の小鹿田焼は、小石原(福岡県)の陶工が、
    宝永2年に開窯、のちに民芸運動の中で注目された
    19世紀には、小規模な磁器窯小碗焼(大野郡)、
    末広焼(臼杵市)もあったそうです

    日向(宮崎県)では小峰焼(延岡市)庵川焼(東臼杵郡)
    などが、江戸後期に操業したそうです

    他に、佐土原窯(宮崎県)丸山焼(延岡市)などがあるそうです

  • 60<br />線彫藁灰釉流し瓶<br /><br />肥後・小代窯 19世紀前半〜中葉<br /><br />「熊本の陶磁器」<br />熊本県の肥後焼は、加藤清正一族<br />時代から始まるそうです<br /><br />寛永9年(1632)細川忠興の肥後八代城への<br />国替えにともない、上野焼の祖尊偕は<br />八代焼を始める<br /><br />同年、小倉藩主 細川忠利も肥後へ移り<br />上野系の牝小路家・葛城家が小代焼を興す<br /><br />また、天草陶石を使い、高浜焼(天草郡)や<br />網田焼(宇土市)などの磁器も作られたそうです<br />

    60
    線彫藁灰釉流し瓶

    肥後・小代窯 19世紀前半〜中葉

    「熊本の陶磁器」
    熊本県の肥後焼は、加藤清正一族
    時代から始まるそうです

    寛永9年(1632)細川忠興の肥後八代城への
    国替えにともない、上野焼の祖尊偕は
    八代焼を始める

    同年、小倉藩主 細川忠利も肥後へ移り
    上野系の牝小路家・葛城家が小代焼を興す

    また、天草陶石を使い、高浜焼(天草郡)や
    網田焼(宇土市)などの磁器も作られたそうです

  • 灰釉魚形鉢<br /><br />肥後・小代窯 18世紀末〜19世紀<br />

    灰釉魚形鉢

    肥後・小代窯 18世紀末〜19世紀

  • 褐釉線条文肩衝水指<br /><br />豊前・上野窯 17世紀前半<br /><br />「福岡の陶磁器」<br />小倉藩主 細川忠興のもとで朝鮮陶工<br />尊偕(上野喜蔵)が開窯した上野焼、<br /><br />福岡藩主 黒田長政の保護下で<br />朝鮮陶工 八山(高取八蔵)が始めた高取焼<br />いずれも慶長(1596〜1615)に始まり<br />茶陶の評価が高いそうです<br />後に開窯した小石原焼や、筑後の星野焼<br />などでは陶器で生活の器を作ったそうです<br /><br />また、黒田藩御用の須恵焼や朝妻焼・朝田焼<br />などの磁器窯もあるそうです<br />

    褐釉線条文肩衝水指

    豊前・上野窯 17世紀前半

    「福岡の陶磁器」
    小倉藩主 細川忠興のもとで朝鮮陶工
    尊偕(上野喜蔵)が開窯した上野焼、

    福岡藩主 黒田長政の保護下で
    朝鮮陶工 八山(高取八蔵)が始めた高取焼
    いずれも慶長(1596〜1615)に始まり
    茶陶の評価が高いそうです
    後に開窯した小石原焼や、筑後の星野焼
    などでは陶器で生活の器を作ったそうです

    また、黒田藩御用の須恵焼や朝妻焼・朝田焼
    などの磁器窯もあるそうです

  • 三島象嵌茶碗<br /><br />筑後・柳原窯 19世紀前半<br />

    三島象嵌茶碗

    筑後・柳原窯 19世紀前半

  • 斑白緑釉魚形皿<br /><br />豊前・上野系 18世紀から9世紀<br />

    斑白緑釉魚形皿

    豊前・上野系 18世紀から9世紀

  • 銹釉花唐草文瓢形瓶<br /><br />肥前・有田焼 1660から700年代<br /><br />「古伊万里/正保様式(初期伊万里)<br />有田の色絵は中国の技術を導入して<br />正保4年(1647)までに始まるそうです<br /><br />濃い色調の緑・黄・赤などの色絵具で<br />器全体を塗り埋めるように文様を描く<br /><br />これを初期色絵と呼ぶそうです<br />1640〜50年代には、技術の多くが<br />中国的に変わり、中国磁器と競いあう<br />製品をうみだす<br /><br />この技術革新初期の色絵・染付を<br />正保様式と呼ぶそうです<br />

    銹釉花唐草文瓢形瓶

    肥前・有田焼 1660から700年代

    「古伊万里/正保様式(初期伊万里)
    有田の色絵は中国の技術を導入して
    正保4年(1647)までに始まるそうです

    濃い色調の緑・黄・赤などの色絵具で
    器全体を塗り埋めるように文様を描く

    これを初期色絵と呼ぶそうです
    1640〜50年代には、技術の多くが
    中国的に変わり、中国磁器と競いあう
    製品をうみだす

    この技術革新初期の色絵・染付を
    正保様式と呼ぶそうです

  • 染付芙蓉手花虫文皿<br /><br />肥前・有田窯 1660〜80年代<br /><br />「古伊万里・寛文様式<br />海外輸出がさかんになる寛文(1661〜1673)頃には<br />新しい技術により優れた磁器が焼かれるようになり<br />また、海外の需要に応じて<br />中国磁器の写しもさかんに作られたそうです<br /><br />色絵は初期色絵から柿右衛門様式へと<br />移行する時期であり<br />明暦(1655〜1658)頃には金銀焼付の<br />技術が始まったそうです<br />

    染付芙蓉手花虫文皿

    肥前・有田窯 1660〜80年代

    「古伊万里・寛文様式
    海外輸出がさかんになる寛文(1661〜1673)頃には
    新しい技術により優れた磁器が焼かれるようになり
    また、海外の需要に応じて
    中国磁器の写しもさかんに作られたそうです

    色絵は初期色絵から柿右衛門様式へと
    移行する時期であり
    明暦(1655〜1658)頃には金銀焼付の
    技術が始まったそうです

  • 青磁菊花文輪繋形三足付皿<br /><br />肥前・有田窯 1660〜70年代<br />

    青磁菊花文輪繋形三足付皿

    肥前・有田窯 1660〜70年代

  • 色絵桜花文瓢形瓶(仁清手)<br /><br />肥前・有田窯 1655〜70年代<br />

    色絵桜花文瓢形瓶(仁清手)

    肥前・有田窯 1655〜70年代

  • 色絵船人物文皿(柿右衛門様式)<br /><br />肥前・有田窯 1670〜90年代<br /><br />「古伊万里・延宝様式」(柿右衛門様式)<br />延宝年間(1673〜1681)を中心に生まれた様式で<br />この時期に柿右衛門窯で優れた象徴的製品が<br />作られたため、一般的には<br />柿右衛門様式として知られるそうです<br /><br />色絵は、より白く完成度の高い素地に<br />繊細で緻密な文様で描かれた<br />余白の美しさは染付文様に緊張感を与え<br />薄手で洗練された型打ち成型の<br />器形にも調和するそうです<br />

    色絵船人物文皿(柿右衛門様式)

    肥前・有田窯 1670〜90年代

    「古伊万里・延宝様式」(柿右衛門様式)
    延宝年間(1673〜1681)を中心に生まれた様式で
    この時期に柿右衛門窯で優れた象徴的製品が
    作られたため、一般的には
    柿右衛門様式として知られるそうです

    色絵は、より白く完成度の高い素地に
    繊細で緻密な文様で描かれた
    余白の美しさは染付文様に緊張感を与え
    薄手で洗練された型打ち成型の
    器形にも調和するそうです

  • 色絵松梅文虫籠形香炉(柿右衛門様式)<br /><br />肥前・有田窯 1670〜90年代<br />

    色絵松梅文虫籠形香炉(柿右衛門様式)

    肥前・有田窯 1670〜90年代

  • 色絵三果文皿<br /><br />肥前・有田窯 南川原山<br />1670〜90年代

    色絵三果文皿

    肥前・有田窯 南川原山
    1670〜90年代

  • 色絵獅子置物<br /><br />肥前・有田窯 1670〜90年代<br />

    色絵獅子置物

    肥前・有田窯 1670〜90年代

  • 色絵七福神図酒瓶(共蓋付)<br /><br />肥前・有田窯 1730〜60年代<br /><br />「古伊万里・元禄様式」<br />元禄(1688〜1704)には染付線で文様を分割し<br />赤と金彩を効果的に使い、新しい色調の<br />色絵具が加わるなど、技術変化により<br />絢爛たる色絵が現れる<br />これを金襴手と呼ぶそうです<br /><br />ヨーロッパ輸出向けのみならず、国内向けにも<br />経済力を高めた富裕層の需要に応じて<br />豪華な磁器が作られたそうです<br />

    色絵七福神図酒瓶(共蓋付)

    肥前・有田窯 1730〜60年代

    「古伊万里・元禄様式」
    元禄(1688〜1704)には染付線で文様を分割し
    赤と金彩を効果的に使い、新しい色調の
    色絵具が加わるなど、技術変化により
    絢爛たる色絵が現れる
    これを金襴手と呼ぶそうです

    ヨーロッパ輸出向けのみならず、国内向けにも
    経済力を高めた富裕層の需要に応じて
    豪華な磁器が作られたそうです

  • 色絵牡丹鳳凰花鳥文大皿<br /><br />肥前・有田窯 1700〜40年代<br />

    色絵牡丹鳳凰花鳥文大皿

    肥前・有田窯 1700〜40年代

  • 色絵麒麟芭蕉文輪花皿<br /><br />肥前・有田窯 1750〜70年代<br /><br />「古伊万里・宝暦-文政様式」<br />18世紀後半には、海外輸出がなくなり<br />日本国内の需要に応じたさまざまな器種がつくられ<br />人々の生活の場に浸透していく<br /><br />清朝磁器の影響を受けた文様や色調のものも作られた<br />洋風の器形に東洋的な意匠をあしらった<br />華やかな器が作られたそうです<br />

    色絵麒麟芭蕉文輪花皿

    肥前・有田窯 1750〜70年代

    「古伊万里・宝暦-文政様式」
    18世紀後半には、海外輸出がなくなり
    日本国内の需要に応じたさまざまな器種がつくられ
    人々の生活の場に浸透していく

    清朝磁器の影響を受けた文様や色調のものも作られた
    洋風の器形に東洋的な意匠をあしらった
    華やかな器が作られたそうです

  • 染付竹文角付角形香炉<br /><br />肥前・有田窯 1740〜70年代<br />

    染付竹文角付角形香炉

    肥前・有田窯 1740〜70年代

  • 染付唐草文蓋付壺<br /><br />肥前・有田窯 1820殻0年代<br />

    染付唐草文蓋付壺

    肥前・有田窯 1820殻0年代

  • 染付象唐子文輪花大皿<br /><br />肥前・志田窯 19世紀前半<br />

    染付象唐子文輪花大皿

    肥前・志田窯 19世紀前半

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