1998/07/01 - 1998/07/31
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kazhideさん
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古い旅行記ですいません。某サイト閉鎖に伴い亡命してきました。
no photo画像は以下よりお借りしています
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=1047201
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−何事であれ、
ブラジルでは驚いたり
感嘆したりするとき、
「オーパ!」という。−
開高健「オーパ!」の冒頭はこう始まる。アマゾンはまさにオーパ100%で成り立っているようなところだ。
地球の裏側サンパウロまで24時間。途中給油のためロスでトランジットがあるとはいえ、丸一日同じ座席に座っているといい加減床ずれが出来そうだ。そのサンパウロから国内線でさらに4時間、日本から香港まで行けてしまう時間を国内線に乗りようやくアマゾン観光のゲートウェイ、マナウスに到着。
にわかには信じがたいが、アマゾンのど真ん中、人間なんて住んでるのかと思われがちな場所にあるこの町の人口は100万人を超える。人口比だけなら仙台や広島よりデカイ大都市が「秘境」の真っ只中にデンとあるのだ。なんと絢爛豪華なオペラハウスまである。とはいえ町並みはなんだか埃っぽく、行き交う人々もどうにも田舎くさい。
海岸沿いの道をホテルに向かう。・・・ん、海岸?そんなわけはない。車窓から見える茶色の海こそ、アマゾン河との初対面であった。これはもう「川」とか「河」なんて概念とはかけ離れている。遥か彼方に対岸が見えた。ガイド氏に確かめると「あれは川中島。対岸はあの島越えたもっと向こう」・・・・絶句する。 -
翌日はいよいよアマゾンへ乗り出す。マナウスはアマゾンの二大支流、リオ・ネグロ(黒川)とリオ・ソリモンエス(白川)の合流点だ。上流の土質の違いらしいが、この黒と白の流れがぶつかり合い次第に混ざり合っていくのだ。その混ざり合うまでに要する距離が数十キロ。その間黒白のストライプとなった流れが続く、その分かれ目を目指してボートは乗り出してゆく。
アマゾンは上流と下流の高低差がほとんどない。河口のべレンから3700km上流のペルー領イキトスの標高はわずか106m。つまり、アマゾンの水は低きに流れているのではなく、上流からの水にどんどん海へ向かって押し出されているのだ。そんな白い水と黒い水の押しくらまんじゅうがこの不思議な光景を生み出している。ガイド氏いわく「このへんの水深は100mくらいかな」またしても絶句。
河は大型船が行き交う一大交通路でもある。陸路の整備されていない流域では船が最も便利な交通手段だ。河の真ん中にはいかだになった水上ガソリンスタンドまで浮かんでいる。何しろあまりの水の量に、自分がいるのが河の上だという実感がいまだに湧いてこない。
やがて天候が急変、黒雲が空を覆いスコールが降ってきた。無数にある小島の一つに設けられたいかだ状のフロート式水上コテージに避難。掘っ立て小屋のような粗末な建物だが中にはビリヤード台があって、同じくスコールを避けた地元の若者たちがハスラーを気取っている。マナウス市民は休日をこうしたコテージにボートで漕ぎ出して過ごすとか。
スコールも止んだところで昼食。メインディッシュの魚のフライの正体はなんと世界最大の淡水魚、ピラルク。そんな貴重な魚を食べていいのかなと思うが、これが非常に美味なのだ。ビールとともに食も進む。全ての料理が油っこいのには少々閉口したが。 -
午後はいよいよピラニア(現地の発音ではピラーニャ)釣りにトライ。ガイド氏のお勧めポイントへ船を進める。ボートはだんだん小さな支流に分け入っていく。幾つかの小島には牛が放し飼いにされているが、半分水に浸かったままの生活のせいかやせ細ってみるからに水牛という感じ。
ガイド氏はアマゾンを産湯に育った日系二世。子供の頃に泳いでいてピラニアに太ももをガブリとやられたその傷を見せてくれる。う〜ん、こんなところでボートが転覆したら一大事だな。良く釣れるポイントとはすなわち、板子一枚下はピラニアがうようよしているわけだ。
釣りの餌といえばミミズやゴカイなどグロテスクな代物が定番で、あれが嫌でみんなルアーやフライに走るんじゃないかと思うが、ピラニア釣りに関しては心配ご無用。グルメな彼らは虫などに見向きもせず、人間様と同様に牛肉をお召し上がりになるのだ。日本ならおでん屋でオヤジが食べるような牛スジ肉を、粗末な竹竿の先にたらしてチャポンとつける。しばらくすると面白いようにヒットしだす。文字通り竿をたらしたとたんに食いつきがあるのだ。なんともすさまじい食欲というか、食い意地の張った連中である。釣れるわ釣れるわ、たちまちボートの上はピラニアだらけになる。我々素人が針をはずそうとすればガブリと指を食いちぎられるのがオチなので、船頭とガイド氏がえらに指を突っ込みナイフでノドを掻っ切ってから外していく。
帰りにはフロート式の水上売店に寄る。テラスからは休日を楽しみに来た地元の人々が次々と河にダイビングをしている。今しがたピラニア大漁だった場所のすぐ近くなのだが大丈夫なのか?ガイド氏曰く「この辺はいるかもしれない。でも大丈夫でしょ」何が?
本日の釣果はフライとなって夕食のテーブルにのぼった。あっさりとして悪くない味だが、いかんせん大漁すぎて食べきれない。「アマゾンの人食い魚」といわれるピラニアだが、彼らからすれば「人間に食われてるのは俺たちのほうだ」と文句の一つも言いたかろう。 -
マナウスの中央市場はパリのそれを模したという建物。もっとも売られているものはおよそパリではありえないだろう物産ばかりだ。トロピカルといえば聞こえはいいが、何とも摩訶不思議な珍魚怪魚が量り売られている。これらの料理法は基本的にフライのみ。これだけ豊富な水産資源に恵まれながら刺身はもちろん、煮魚も焼き魚もない、ひたすらフライ一本勝負。本当は煮魚料理もあるらしいのだが、なぜか我々の食卓にはフライばかりが並ぶのであった。
アマゾナス劇場の前に立つと、こんなところにまでオペラ劇場を建ててしまう西洋人の底知れないエネルギーに感心するというよりあきれてしまう。さすがにパリ・オペラ座やウィーンの国立歌劇場とは比較にならないが、ヨーロッパの中都市レベルの歌劇場と比べても引けをとらない規模である。内部の華やかさはさらに圧巻で、今でこそかなり色あせてはいるが創建当時の豪華さはいかばかりかと思わせる。アマゾンが時ならぬゴム景気に沸き立っていた時代の鬼っ子のような産物だ。今のマナウスからは想像もつかないが、往時はゴム成金が熱帯には似合わない夜会服に身を包み、夜な夜な集ったのであろう。心ひそかに赤道直下でのオペラ見物を期待していたのだが、残念ながら今では滅多に公演で使われる機会はないようだ。 -
アマゾンを発ってサンバとカーニバルの都リオデジャネイロへ。この町の雰囲気は映画「黒いオルフェ」に見事に描写されている。殺人件数ではアメリカの大都市を上回る悪名高い犯罪都市でありながら、町全体に実に華やかで陽気な空気が流れているのだ。海と山に挟まれた港町というロケーションは、香港や神戸もそうだが町を美しく装う効果があるようだ。
ラテンアメリカに共通するが、日本の感覚とは逆に「山の手」が貧民窟となる傾向がある。貧乏人ほど高いところに住み、華やかな下界を眼下に見下ろす形だ。リオの市内に聳え立つ幾つもの小高い丘にはファベイラと呼ばれるスラムが形成され、それぞれがボスの支配下に独立した犯罪王国の態を成してよそ者は絶対に入れなくなっている。このファベイラこそがサンバの故郷であり、ここを母胎として生まれたエスコーラ・ジ・サンバ(サンバ学校)という自助組織がカーニバルの主役なのだ。カリオカ(リオっ子)はカーニバルのために生きているといわれるが、祭の担い手が彼ら貧民たちであることを思えば笑ってばかりはいられない。彼らにとってカーニバルの期間だけが、生を実感できる真実の時なのだ。
カーニバルの花形であるエスコーラのパレード合戦は、かつては市内の目抜き通りを行進したが現在は専用スタジアムで行われている。その近くにカリオカを熱狂させるもう一つの聖地がある。ペレやジーコといったスーパースターがそのピッチの上で栄光を築いた世界最大のスタジアム、マラカナンだ。20万人を収容できるというのもまんざらハッタリではないと思わせる巨大なスタジアムである。これが満員になった時の迫力はいかばかりだろう。観客席や選手控え室などをまわった後、ショップでブラジル代表のユニフォームを購入。サッカーなんてやったこともないんだが、ついマラカナンの魔力にあてられてしまったようだ。
ブラジルではサッカーのことを「フチボウ」という。footballのブラジル風発音だ。「サッカー」というのはイギリス製スポーツを排除したがるヤンキーのでっちあげた蔑称なのである。「野球以外はスポーツに非ず」だった昭和の御世ならともかく、我が国もそろそろフットボールを「サッカー」と呼ぶのは止めにしては如何なものだろうか。 -
リオのシンボル、コルコバードの丘のキリスト像。ニューヨークが女神ならこちらはキリストというわけで、自由の女神と向き合うように立てられているそうな。像自体の高さは自由の女神の1/3程度だが、標高700mの山頂にあるため海抜では圧倒的に勝っている。(ちなみに世界最大の像は日本の牛久大仏なんだとか)正直、像自体はむやみにでかいだけの芸術性の低い代物だが、このロケーションが感動を呼ぶのだろう。麓から登山電車で登っていく車窓の景色から、すでにワクワクさせてくれるのだ。牛久の大仏様も話題づくりに竹島あたりに移動させてみる?
コルコバードとくれば対になるのが良く似た形のポン・ジ・アスーカル(砂糖パンの山)。バゲットを地面に突き刺したような形の岩山へ、ロープウェイで登ってゆく。しかし三球・照代の地下鉄漫才じゃないが、熟練のロッククライマーでも登攀に音を上げそうなこの山頂にどうやってロープウェイの設備を造設したのか、不思議でしょうがない。この頂上にはなんと宝石店の出店まである。誰がこんなところで宝石なんぞ買う気をおこすんだろうか?ブラジル人の考えることはわからない。
南半球は冬なのでコパカバーナもイパネマ海岸も人の姿は少なく、名物のフィオ・デンタル(歯垢取り糸)というほとんど紐同然で布地のないスーパービキニを決めたカリオカ娘も見当たらない。残念!代わりにサッカーに興じる子供たちと犬を連れた老人が冬の海岸の主役だ。「イパネマの娘」を口ずさみながら、気分だけでも夏の海岸をイメージする。
「イパネマの娘」に代表されるボサ・ノヴァはサンバから産まれた音楽だが、サンバと違いその担い手はブルジョワジーの坊ちゃん嬢ちゃんたちであった。泥臭いサンバは彼らの感性にはフィットせず、もっと洗練された音楽を求めたのである。カーニバルのサンバに熱狂する星飛雄馬や左門豊作を尻目に、花形満と仲間たちは優雅にボサ・ノヴァを楽しむ・・・・なんて漫画チックな構図が、世界有数の格差社会ブラジルでは現実のものだったのだ。 -
ローズヴェルト大統領夫人はイグアスの滝を見て「おお、かわいそうな私のナイアガラ!」と嘆いたそうな。また旅行者の間では「世界三大瀑布はまず最初にナイアガラから見るべし」というのが定説だとか。先にイグアスやヴィクトリア滝を見てしまうと、ナイアガラがしょぼすぎて感動できないからだというのがその理由。確かにイグアスを横綱、ヴィクトリアを大関とすればナイアガラは十両くらいの差はあるだろう。
イグアスはブラジルとアルゼンチンの国境にまたがっている。他の二つもそれぞれ米加、ジンバブエとザンビアの国境にまたがるわけで、観光ついでに陸路国境を越えることができるという共通点がある。もっとも日帰り観光ではアルゼンチンの入国スタンプは押してもらえなかったが。
イグアスの印象はとにかく「水、水、水」である。あきれるほど大量の水がそこらじゅうに文字通り「滝のように」流れ落ちている。この水の半分でもあればサハラ砂漠を緑化できてしまうのでは?などと妄想が湧いてくるほどだ。滝はアルゼンチン側から流れ落ちており、ブラジル側からは対岸の滝を眺める形となる。遊歩道が展望台に通じており、徒歩でも滝の迫力を間近に体感することが出来る。初日のブラジル側遊歩道からの眺めだけで圧倒されていたが、二日目のアルゼンチン側からの景観の迫力はさらに圧倒的であった。滝のハイライト、「悪魔の喉笛」へ向かう遊歩道の一部は数年前の増水で壊されたままになっていて、足元への不安がよぎる。終点の展望台から望む「悪魔の喉笛」は圧巻、見ていると思わず吸い込まれそうになる。ある意味悪魔的と言ってもいいかもしれない。この悪魔の喉笛にしてからがイグアスの一部でしかなく、それ一つだけでナイアガラに匹敵するレベルの巨大な滝がいくつも集まっているのだ。水に酔うというのも変な話だが、あまりにも大量の水を見すぎたのかしまいには水にあたったようにクラクラしてきた。
滝の観光後はブラジル・アルゼンチン・パラグアイの三国国境を見学。パラグアイ領には戦後まもなく作られた日系人のイグアス移住地がある。ブラジルでもそうだが、このすさまじい大自然と格闘して今の地位を築いてきた日系移民の努力には本当に頭が下がる思いだ。 -
ブラジル一の大都市であり、経済の中心でありながら、リオの陰に隠れてどうにも印象の薄い町サンパウロ。地味で真面目な優等生の兄と、勉強は苦手だがイケメンでモテまくりの遊び人の弟・・・月並みな喩えだがありがちなパターンといえようか。両都市の住人、パウリスタ(サンパウロっ子)とカリオカの気質もそのように分かれるそうだ。サンパウロに日系人が集中しているのもむべなるかな。
そのパウリスタの代表が今や伝説となったF1のスーパースター、アイルトン・セナ。およそブラジル人のイメージと程遠い求道者的なキャラクターは、彼がパウリスタであったことと無縁ではあるまい。大富豪の御曹司であった彼だが、墓は特に目立つこともなく他の墓にまぎれてひっそりとある。教えてもらわなければ自力ではまず探し出せなかっただろう。美しい緑に囲まれた静かな墓周辺の空気は、彼の壮絶な事故死を思い起こすと何か不思議な感じさえした。
サンパウロを発ち、再び24時間のフライト。当時は米国でのトランジットでいちいち入国審査を受けさせられるようなことはなかったのだが、9・11(これを「キューテンイチイチ」と読むのは止めて貰いたいものだ。数じゃなくて日付なんだから)以降はトランジットでもビザを要求されるためブラジル人の利用が激減、おかげでヴァリグの日本線は廃止の憂き目に・・・全くあの事件以降、空港がワクワクする場所から憂鬱な場所に変わってしまって迷惑千万だ。
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