ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る

ネパールーチベット ヒマラヤを飛び越える

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2000/07/01 - 2000/07/31

83位(同エリア110件中)

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kazhideさん

古い旅行記ですいません。某サイト閉鎖に伴い亡命してきました。
青蔵鉄道開通前のラサ旅行記ですが、当時すでに漢民族が我が物顔に闊歩する町と化しており、古き良きチベットの姿は消えつつありました。
no photo画像は以下よりお借りしています
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=1047201

同行者
一人旅
航空会社
ネパール航空
利用旅行会社
風の旅行社
  • 関空を発ったロイヤル・ネパール航空は上海を経由しカトマンズ空港へ到着。関空出発時には空席が目立った機内も上海で満席となり、昇竜中国の力の一端を垣間見た思いになる。<br />今回はツアーへの一人参加。男性は私と関西からのもう一人のみ、残りは女性のペアが3組。全員20代から30代前半の若い人ばかりで健康面での不安はなさそうだ。本来は添乗員なしなのだが、参加者が多くなったため旅行会社のNさんが即席添乗員として一行をリードすることとなる。彼は中国に留学歴のある北京官話の達人。熊さんっぽい風貌と逞しい体躯も頼りがいがありそうだ。<br />空港を出たバスはカトマンズ市内へひた走る。夜ではあるが車窓からの景色は雑然とした貧しそうな家々の連なっているのが見える。そういえばここは今まで訪れた中では最貧国なのだ。<br />本日の宿、ホテル・マーシャンディに到着。清潔で静かな館内は外のごちゃごちゃした町並みとは別世界でホッと一息。快適な室内でベッドに横になると、車窓から見た家々の生活に思いが飛ぶ。彼らはどんな寝床で眠りについているのだろうか。何だか柄にもなくセンチメンタルな気分になっているようだ。同情するなら金を出せ、と一人ツッコミ。

    関空を発ったロイヤル・ネパール航空は上海を経由しカトマンズ空港へ到着。関空出発時には空席が目立った機内も上海で満席となり、昇竜中国の力の一端を垣間見た思いになる。
    今回はツアーへの一人参加。男性は私と関西からのもう一人のみ、残りは女性のペアが3組。全員20代から30代前半の若い人ばかりで健康面での不安はなさそうだ。本来は添乗員なしなのだが、参加者が多くなったため旅行会社のNさんが即席添乗員として一行をリードすることとなる。彼は中国に留学歴のある北京官話の達人。熊さんっぽい風貌と逞しい体躯も頼りがいがありそうだ。
    空港を出たバスはカトマンズ市内へひた走る。夜ではあるが車窓からの景色は雑然とした貧しそうな家々の連なっているのが見える。そういえばここは今まで訪れた中では最貧国なのだ。
    本日の宿、ホテル・マーシャンディに到着。清潔で静かな館内は外のごちゃごちゃした町並みとは別世界でホッと一息。快適な室内でベッドに横になると、車窓から見た家々の生活に思いが飛ぶ。彼らはどんな寝床で眠りについているのだろうか。何だか柄にもなくセンチメンタルな気分になっているようだ。同情するなら金を出せ、と一人ツッコミ。

  • 翌日は一日カトマンズでのフリータイム。ホテルの屋上はテラスになっており、ここで朝食後の日光浴を楽しんでから街中へ出撃する。昼間の市内は陽光と人の賑わいのせいか、昨夜の車窓からの景色とは違い明るい活気にあふれている。<br />まずはバックパッカーのメッカ、タメル地区をぶらぶらと。世界中から集まる旅行者目当てに土産屋やレストランにカフェ、旅行代理店などが軒を連ねる。ただ歩いているだけでも楽しい町だ。このタメルから中心街へと歩を進めると、次第に欧米人や日本人の姿が減り、地元民濃度が高くなる。それにしても平日の昼間だというのにすごい人出、おまけにタメルを出たとたん道路も穴ぼこだらけで歩きづらいことこの上ない。<br />そんな賑やかな町カトマンズも、ダルバール広場に近づくにつれ違った姿を見せてくる。旧王宮ハヌマン・ドカは世界遺産にも指定された神聖な場所。中心街と比べて人々の顔にも落ち着きが見える。王宮前には精強無比で有名なグルカ族の衛兵がククリ・ナイフを腰に差して歩哨中。精悍ではあるが日本人と同じモンゴロイド系の顔立ちは親近感が涌く。モンゴロイド系といえばチベット人の商店もこの町では目立ち、アーリア系の濃い顔立ちのネパール人達に混じると一服の清涼剤にも感じる。心なしか物腰もネパール人より控えめに感じるのは贔屓目かな。

    翌日は一日カトマンズでのフリータイム。ホテルの屋上はテラスになっており、ここで朝食後の日光浴を楽しんでから街中へ出撃する。昼間の市内は陽光と人の賑わいのせいか、昨夜の車窓からの景色とは違い明るい活気にあふれている。
    まずはバックパッカーのメッカ、タメル地区をぶらぶらと。世界中から集まる旅行者目当てに土産屋やレストランにカフェ、旅行代理店などが軒を連ねる。ただ歩いているだけでも楽しい町だ。このタメルから中心街へと歩を進めると、次第に欧米人や日本人の姿が減り、地元民濃度が高くなる。それにしても平日の昼間だというのにすごい人出、おまけにタメルを出たとたん道路も穴ぼこだらけで歩きづらいことこの上ない。
    そんな賑やかな町カトマンズも、ダルバール広場に近づくにつれ違った姿を見せてくる。旧王宮ハヌマン・ドカは世界遺産にも指定された神聖な場所。中心街と比べて人々の顔にも落ち着きが見える。王宮前には精強無比で有名なグルカ族の衛兵がククリ・ナイフを腰に差して歩哨中。精悍ではあるが日本人と同じモンゴロイド系の顔立ちは親近感が涌く。モンゴロイド系といえばチベット人の商店もこの町では目立ち、アーリア系の濃い顔立ちのネパール人達に混じると一服の清涼剤にも感じる。心なしか物腰もネパール人より控えめに感じるのは贔屓目かな。

  • いよいよカトマンズを発ってチベット入り。中国西南航空のCAは無愛想なことこの上なく、「ああ中国だな」と実感。機内からは世界最高峰チョモランマをはじめヒマラヤの霊峰が一望できる。8000m級の山々の迫り来る姿はさすがの迫力。<br />ラサ・ゴンカル空港に降り立つと心なしか空気が薄く感じるのは気のせいか。陽光の強烈さも凄まじい。なにしろ既に富士山頂と同じ標高なのだから。薄い酸素を十分肺に取り入れるため、早速深呼吸を心がける。入国審査に備え、持参していたTIME誌のチベット特集号を鞄の奥底へ。まさか没収されるようなことはないだろうが、相手は共産国の官憲、余計な刺激は与えないに限る。<br />空港の周囲は人家の姿もない荒野。ラサ市内までは車で2時間もかかるのだ。ヤルンツァンポ川沿いの道中には牧歌的な光景が広がり、チベットに来た実感が涌く。道沿いには「鳥葬」のポイントもあるが、遺体も鳥の姿も見なかった。これは不運なのか幸運なのか・・・河畔の木陰でピクニックを楽しむチベット人一家の姿もある。娯楽産業といえるもののないチベットでは、家族や友人達とこうしてピクニックをするのが一番の楽しみなんだとか。近代文明の生み出した娯楽は「快楽」は提供しても「幸福」とは関わりないのだなと、彼らの笑顔に思う。

    いよいよカトマンズを発ってチベット入り。中国西南航空のCAは無愛想なことこの上なく、「ああ中国だな」と実感。機内からは世界最高峰チョモランマをはじめヒマラヤの霊峰が一望できる。8000m級の山々の迫り来る姿はさすがの迫力。
    ラサ・ゴンカル空港に降り立つと心なしか空気が薄く感じるのは気のせいか。陽光の強烈さも凄まじい。なにしろ既に富士山頂と同じ標高なのだから。薄い酸素を十分肺に取り入れるため、早速深呼吸を心がける。入国審査に備え、持参していたTIME誌のチベット特集号を鞄の奥底へ。まさか没収されるようなことはないだろうが、相手は共産国の官憲、余計な刺激は与えないに限る。
    空港の周囲は人家の姿もない荒野。ラサ市内までは車で2時間もかかるのだ。ヤルンツァンポ川沿いの道中には牧歌的な光景が広がり、チベットに来た実感が涌く。道沿いには「鳥葬」のポイントもあるが、遺体も鳥の姿も見なかった。これは不運なのか幸運なのか・・・河畔の木陰でピクニックを楽しむチベット人一家の姿もある。娯楽産業といえるもののないチベットでは、家族や友人達とこうしてピクニックをするのが一番の楽しみなんだとか。近代文明の生み出した娯楽は「快楽」は提供しても「幸福」とは関わりないのだなと、彼らの笑顔に思う。

  • ラサの宿はシャンバラホテル。旧市街の一角にあり、漢族が牛耳るラサの町で数少ないチベット資本のホテルなんだとか。チベットの伝統的な建築を取り入れているが館内はまだ新しく清潔。高山病予防のためには軽い運動が必要なので、早速宿周辺の散歩へ。旧市街周辺はチベット人の町で、地方からはるばる旅してきた巡礼者の姿も目立ちなかなかの賑わいだ。ジョカン(大昭寺)は明日の楽しみにとっておいて、宿に戻る。すでに軽い頭痛がして高山病の兆候が出ていたのだ。<br />部屋で横になっていると電話が鳴り、何事かと思えば「マッサージ」の押し売り。言葉が分からないふりをしてガチャ切りしたところが5分後にはドアをノックする音が。「不要(プーヤオ)」と連呼して追い返す。頼むから休ませておくれよ・・・・

    ラサの宿はシャンバラホテル。旧市街の一角にあり、漢族が牛耳るラサの町で数少ないチベット資本のホテルなんだとか。チベットの伝統的な建築を取り入れているが館内はまだ新しく清潔。高山病予防のためには軽い運動が必要なので、早速宿周辺の散歩へ。旧市街周辺はチベット人の町で、地方からはるばる旅してきた巡礼者の姿も目立ちなかなかの賑わいだ。ジョカン(大昭寺)は明日の楽しみにとっておいて、宿に戻る。すでに軽い頭痛がして高山病の兆候が出ていたのだ。
    部屋で横になっていると電話が鳴り、何事かと思えば「マッサージ」の押し売り。言葉が分からないふりをしてガチャ切りしたところが5分後にはドアをノックする音が。「不要(プーヤオ)」と連呼して追い返す。頼むから休ませておくれよ・・・・

  • ラサで迎える初めての朝。こころなしか昨日より頭痛も軽くなった気がする。今日はいよいよポタラ宮殿とジョカン(大昭寺)、ラサの2大聖地を観光。<br />ポタラ宮殿はラサの中心から少し外れたところにある。旧市街を一歩出るとそこには中国人の大好きな例の全面ガラス張りのビルを筆頭に、ありふれた中国の地方都市の風景が広がる。ラサの人口はすでに漢族の方が多くなり、チベット族は旧市街に押し込められているのが現実だとか。主を失ったポタラ宮の姿は心なしか寂しげにも見えた。<br />宮殿内にはトイレは一切ないので(この辺も「天空のヴェルサイユ」たる所以か)入り口前の仮設トイレへ。これがまたいかにも中国という感じの、文字通り「足の踏み場もない」汚さ。まあ覚悟はしていたので呼吸を止めつつさっさと済ます。高山病予防の為には深呼吸を続けなきゃいけないんだが、この便所内でそれをしろとは無茶ですよ・・・・ところでこのトイレは「高架式」で、発射されたブツははるか下まで落ちていく構造。昔の中国の農村では下に豚小屋があったというが、どうやら豚の姿はないようだ。<br />尾篭な話に脱線ばかりもしていられないので、宮殿内に入っていく。摩天楼のように聳え立つ宮殿は白宮と紅宮という二つの部分からなり、前者が俗、後者が聖を司る空間であり、両者は外見からも区別される。宮殿内は全体に薄暗く一種異様な臭気が立ち込めている。これがチベット名物ヤクのバター灯明。最初はむっとするが次第に慣れてくる。何しろこの臭いがダメではチベットの寺院見物など文字通りの「苦行」になってしまうのだから。迷宮のような内部は999の部屋があるそうだが、開放されているのはその内の20程度。それでも薄い空気と臭気のせいか、2時間程度の見物でかなりクタクタになる。屋上のお茶屋でやっと一息。<br />拝観を終えた帰路の坂道には薄汚れたなりの一団が待ち構えていた。はるばる辺境から出てきた巡礼者たちかと思いきや、これが只の物乞い集団。これもチベットにまで押し寄せつつある改革開放路線の闇の一面だろうか、物悲しい気持ちになる。

    ラサで迎える初めての朝。こころなしか昨日より頭痛も軽くなった気がする。今日はいよいよポタラ宮殿とジョカン(大昭寺)、ラサの2大聖地を観光。
    ポタラ宮殿はラサの中心から少し外れたところにある。旧市街を一歩出るとそこには中国人の大好きな例の全面ガラス張りのビルを筆頭に、ありふれた中国の地方都市の風景が広がる。ラサの人口はすでに漢族の方が多くなり、チベット族は旧市街に押し込められているのが現実だとか。主を失ったポタラ宮の姿は心なしか寂しげにも見えた。
    宮殿内にはトイレは一切ないので(この辺も「天空のヴェルサイユ」たる所以か)入り口前の仮設トイレへ。これがまたいかにも中国という感じの、文字通り「足の踏み場もない」汚さ。まあ覚悟はしていたので呼吸を止めつつさっさと済ます。高山病予防の為には深呼吸を続けなきゃいけないんだが、この便所内でそれをしろとは無茶ですよ・・・・ところでこのトイレは「高架式」で、発射されたブツははるか下まで落ちていく構造。昔の中国の農村では下に豚小屋があったというが、どうやら豚の姿はないようだ。
    尾篭な話に脱線ばかりもしていられないので、宮殿内に入っていく。摩天楼のように聳え立つ宮殿は白宮と紅宮という二つの部分からなり、前者が俗、後者が聖を司る空間であり、両者は外見からも区別される。宮殿内は全体に薄暗く一種異様な臭気が立ち込めている。これがチベット名物ヤクのバター灯明。最初はむっとするが次第に慣れてくる。何しろこの臭いがダメではチベットの寺院見物など文字通りの「苦行」になってしまうのだから。迷宮のような内部は999の部屋があるそうだが、開放されているのはその内の20程度。それでも薄い空気と臭気のせいか、2時間程度の見物でかなりクタクタになる。屋上のお茶屋でやっと一息。
    拝観を終えた帰路の坂道には薄汚れたなりの一団が待ち構えていた。はるばる辺境から出てきた巡礼者たちかと思いきや、これが只の物乞い集団。これもチベットにまで押し寄せつつある改革開放路線の闇の一面だろうか、物悲しい気持ちになる。

  • 午後はチベット仏教の総本山、大昭寺(ジョカン)へ。門前にはチベット全土から訪れた巡礼者達が一心不乱に五体投地を行っている。ボロボロに擦り切れながらもひたすら読経を続けながら硬い石畳の上に体を投げ出す姿は、信仰心と無縁になった日本人には感動的であるのと同時に一種の怖さをも感じさせる。<br />千年以上の歴史を持つ総本山でありながら、ジョカンは決して絢爛豪華な大伽藍というわけではない。ハリウッド映画に出てくるような「山奥の秘境に隠されたラマ教の巨大寺院」なんてのを想像していくと拍子抜けするだろう。ラサ一番の賑わいを見せる門前町バルコルの中心に、町に溶け込む形で普通に存在しているその姿には威圧感のかけらもみられない。そうした全体のたたずまいは京都の寺院とどことなく似ているようで親しみが涌く。大きく違う点といえば信徒の熱心さが比較にならないのと、線香の代わりにバター灯明の臭いが充満しているところか。<br />タイあたりのけばけばしい寺院に比べれば遥かに地味で落ち着く”日本人好みの”境内ではあるが、それでも色使いなどはけっこう華やかな部分も見られる。その辺はさすがに日本の寺とは違う感性が作り上げたものだ。もっとも平等院鳳凰堂なども創建当時は極彩色に塗られていたわけで、平安期までの日本の寺院は今見る姿よりずっとこちらに近かったのだろう。<br />見よう見まねで五体投地の真似事をしていると、地元の老人が笑いながら手本を示してくれた。国は違えど同じ仏教徒として受け入れてもらえたというわけか。そういえば境内に観光客は多いが仏前に手を合わせていたりするのは我々日本人だけ。欧米人や中国系の団体客はどこぞの秘宝館を見るような態度で、タイガーバームガーデンにでも来ているかのようだ。彼らは異教徒なのだから当然といえば当然なのだが。逆に日本人がヨーロッパの教会などで見せる態度も相手にはこう映っているのだろうと自戒する。

    午後はチベット仏教の総本山、大昭寺(ジョカン)へ。門前にはチベット全土から訪れた巡礼者達が一心不乱に五体投地を行っている。ボロボロに擦り切れながらもひたすら読経を続けながら硬い石畳の上に体を投げ出す姿は、信仰心と無縁になった日本人には感動的であるのと同時に一種の怖さをも感じさせる。
    千年以上の歴史を持つ総本山でありながら、ジョカンは決して絢爛豪華な大伽藍というわけではない。ハリウッド映画に出てくるような「山奥の秘境に隠されたラマ教の巨大寺院」なんてのを想像していくと拍子抜けするだろう。ラサ一番の賑わいを見せる門前町バルコルの中心に、町に溶け込む形で普通に存在しているその姿には威圧感のかけらもみられない。そうした全体のたたずまいは京都の寺院とどことなく似ているようで親しみが涌く。大きく違う点といえば信徒の熱心さが比較にならないのと、線香の代わりにバター灯明の臭いが充満しているところか。
    タイあたりのけばけばしい寺院に比べれば遥かに地味で落ち着く”日本人好みの”境内ではあるが、それでも色使いなどはけっこう華やかな部分も見られる。その辺はさすがに日本の寺とは違う感性が作り上げたものだ。もっとも平等院鳳凰堂なども創建当時は極彩色に塗られていたわけで、平安期までの日本の寺院は今見る姿よりずっとこちらに近かったのだろう。
    見よう見まねで五体投地の真似事をしていると、地元の老人が笑いながら手本を示してくれた。国は違えど同じ仏教徒として受け入れてもらえたというわけか。そういえば境内に観光客は多いが仏前に手を合わせていたりするのは我々日本人だけ。欧米人や中国系の団体客はどこぞの秘宝館を見るような態度で、タイガーバームガーデンにでも来ているかのようだ。彼らは異教徒なのだから当然といえば当然なのだが。逆に日本人がヨーロッパの教会などで見せる態度も相手にはこう映っているのだろうと自戒する。

  • ラサの中心、ジョカンの周りをぐるりと取り囲む環状道バルコル。ラサでもっとも賑やかなこの道を歩くにはルールがある。中央に聖なるジョカンがあるため、必ず時計回りに回らねばならないのだ。これをコルラといい、寺院ばかりでなく聖山カイラスの麓もこの時計回りで巡礼する。バルコルではたまに逆周りしている横着者もいるが・・・<br />バルコル周辺の旧市街では表の黒板にチベット文字オンリーのメニューを掲げた食堂もあるが、離れるに従って看板も漢字占有率が高まる。それとともに町並みも道行く人の表情もどことなく殺伐とした感じが漂ってくる。中国政府は漢民族のチベット移住政策を推し進めており、ラサはすでに実質的には中国人の町といってもいい位なのだ。<br />町外れにはやたら床屋の並ぶ通りがあり、なぜか店の前では小姐が手持ち無沙汰に佇んでいる。この怪しげな床屋が中国名物の「美人理容」。要するにチョンの間が表向き床屋の看板を掲げて営業しているのだ。聖都ラサにまでこんなものがあるのかとあきれるが、すぐ近くに人民解放軍の駐屯地があるのを発見。なるほど、集客には不自由しないわけだ。<br />「神秘の都ラサ」には今やデパートまでが存在し、旅行者の幻想を痛快なまでにぶち壊してくれる。デパートと言っても二階建ての簡素なもので売り場も何となく暗くて活気に欠けるのだが、エスカレーターまで備えたチベットらしからぬ場所だ。チベットらしくないといえばラサにはディスコまであるという話。鉄道が開通した今となっては、ポタラ宮の姿が高層ビルに遮られて見えなくなる日も遠くないのかもしれない。<br />

    ラサの中心、ジョカンの周りをぐるりと取り囲む環状道バルコル。ラサでもっとも賑やかなこの道を歩くにはルールがある。中央に聖なるジョカンがあるため、必ず時計回りに回らねばならないのだ。これをコルラといい、寺院ばかりでなく聖山カイラスの麓もこの時計回りで巡礼する。バルコルではたまに逆周りしている横着者もいるが・・・
    バルコル周辺の旧市街では表の黒板にチベット文字オンリーのメニューを掲げた食堂もあるが、離れるに従って看板も漢字占有率が高まる。それとともに町並みも道行く人の表情もどことなく殺伐とした感じが漂ってくる。中国政府は漢民族のチベット移住政策を推し進めており、ラサはすでに実質的には中国人の町といってもいい位なのだ。
    町外れにはやたら床屋の並ぶ通りがあり、なぜか店の前では小姐が手持ち無沙汰に佇んでいる。この怪しげな床屋が中国名物の「美人理容」。要するにチョンの間が表向き床屋の看板を掲げて営業しているのだ。聖都ラサにまでこんなものがあるのかとあきれるが、すぐ近くに人民解放軍の駐屯地があるのを発見。なるほど、集客には不自由しないわけだ。
    「神秘の都ラサ」には今やデパートまでが存在し、旅行者の幻想を痛快なまでにぶち壊してくれる。デパートと言っても二階建ての簡素なもので売り場も何となく暗くて活気に欠けるのだが、エスカレーターまで備えたチベットらしからぬ場所だ。チベットらしくないといえばラサにはディスコまであるという話。鉄道が開通した今となっては、ポタラ宮の姿が高層ビルに遮られて見えなくなる日も遠くないのかもしれない。

  • 翌日はラサ郊外の二大寺院、デプン寺とセラ寺を訪れる。まずはデプン寺へ。ここはチベット仏教主流派のゲルク派三大寺院のなかでも最大の規模を誇っていた大寺院で、多いときには一万名を超える僧侶が修行をしていたという。日本で例えれば比叡山延暦寺のようなものだろうか。今も多くの伽藍が残ってはいるのだが、僧の姿を見ることは少なく寂れた感は否めない。特に文化大革命による破壊は凄まじかったらしく、廃墟と化した僧院の壁に「造反有理 革命無罪」と当時のスローガンが赤いペンキででかでかと書きなぐられたまま残っている。もちろん廃寺となったわけではなく、僧坊の厨房では大鍋で精進料理らしき煮込みが造られていた。味見はできなかったがなかなか美味そうなにおいである。<br />チベットの寺院にはつきもののマニ車(中に経が入っており、一回まわせば読経一回にカウントされる横着グッズ)、今回目に付いた車は全て回してご利益をと目論んでいたのだが、ここのマニ車で挫折する。数が多いだけでなく、なにしろ空気の薄いところで坂道を歩くため息切れがしてくるのだ。面倒になったところでとどめに水車になっているマニ車を目撃。水流で勝手に回ってご利益があるなら、自分で回す必要ないのでは?もういいや、だいたい神だの仏だのは空想上の産物だし、といきなり無神論者に逆戻りの罰当たりな私。

    翌日はラサ郊外の二大寺院、デプン寺とセラ寺を訪れる。まずはデプン寺へ。ここはチベット仏教主流派のゲルク派三大寺院のなかでも最大の規模を誇っていた大寺院で、多いときには一万名を超える僧侶が修行をしていたという。日本で例えれば比叡山延暦寺のようなものだろうか。今も多くの伽藍が残ってはいるのだが、僧の姿を見ることは少なく寂れた感は否めない。特に文化大革命による破壊は凄まじかったらしく、廃墟と化した僧院の壁に「造反有理 革命無罪」と当時のスローガンが赤いペンキででかでかと書きなぐられたまま残っている。もちろん廃寺となったわけではなく、僧坊の厨房では大鍋で精進料理らしき煮込みが造られていた。味見はできなかったがなかなか美味そうなにおいである。
    チベットの寺院にはつきもののマニ車(中に経が入っており、一回まわせば読経一回にカウントされる横着グッズ)、今回目に付いた車は全て回してご利益をと目論んでいたのだが、ここのマニ車で挫折する。数が多いだけでなく、なにしろ空気の薄いところで坂道を歩くため息切れがしてくるのだ。面倒になったところでとどめに水車になっているマニ車を目撃。水流で勝手に回ってご利益があるなら、自分で回す必要ないのでは?もういいや、だいたい神だの仏だのは空想上の産物だし、といきなり無神論者に逆戻りの罰当たりな私。

  • 昼食後はセラ寺へ向かう。ここは河口慧海や多田等観が学んだ由緒ある寺院。それにしても彼らが学んだ時期といえば日露戦争の前後、チベットが鎖国中なのはもちろん日本自体がつい半世紀前まで鎖国していたのだ。そんな時代に単身チベットまで学的探究心に燃えて乗り込んだ彼らの情熱には感服するしかない。<br />昼下がりの中庭、木陰ではセラ寺名物の問答合戦が行われている。チベット仏教の膨大な体系を学んでいく過程に筆記試験などはなく、成果はすべてこの口頭試問で試されるわけだ。といっても禅問答のような張り詰めた空気が流れているわけではなく、若い僧たちが活発に議論する光景は大学のキャンパスと何ら変わりはない。大きく振りかぶった右手で左手を打ち鳴らす独特の仕草で問答をするさまはユーモラスですらある。私もポーズを真似してみたが、似ても似つかぬタコ踊りになってしまった。これでも形式上は僧籍を持っているのだが・・・(祖父が僧侶だった関係で「得度」というのを受けさせられたことがあるのです。一泊二日のおままごとみたいなものでしたが)<br />夕刻にはダライ・ラマの夏の離宮ノルブリンカへ。KGBの収容所みたいなその名前とは裏腹に、広大な庭園に囲まれた美しい場所だ。緑に乏しく潤いに欠けたチベットでは貴重な公園となっている。離宮の建物もこじんまりとしていて、宮殿というよりは邸宅に近い。さしずめチベットの小トリアノンというところか。薄暗いポタラ宮にいるよりは遥かに快適だっただろう。邸内の大時計はダライ・ラマがここを去った時刻で止まっている。時計を止めている余裕はあったということですね(笑)。睨下が再びここに帰ってこられるのはいつの日だろうか・・・・。<br />

    昼食後はセラ寺へ向かう。ここは河口慧海や多田等観が学んだ由緒ある寺院。それにしても彼らが学んだ時期といえば日露戦争の前後、チベットが鎖国中なのはもちろん日本自体がつい半世紀前まで鎖国していたのだ。そんな時代に単身チベットまで学的探究心に燃えて乗り込んだ彼らの情熱には感服するしかない。
    昼下がりの中庭、木陰ではセラ寺名物の問答合戦が行われている。チベット仏教の膨大な体系を学んでいく過程に筆記試験などはなく、成果はすべてこの口頭試問で試されるわけだ。といっても禅問答のような張り詰めた空気が流れているわけではなく、若い僧たちが活発に議論する光景は大学のキャンパスと何ら変わりはない。大きく振りかぶった右手で左手を打ち鳴らす独特の仕草で問答をするさまはユーモラスですらある。私もポーズを真似してみたが、似ても似つかぬタコ踊りになってしまった。これでも形式上は僧籍を持っているのだが・・・(祖父が僧侶だった関係で「得度」というのを受けさせられたことがあるのです。一泊二日のおままごとみたいなものでしたが)
    夕刻にはダライ・ラマの夏の離宮ノルブリンカへ。KGBの収容所みたいなその名前とは裏腹に、広大な庭園に囲まれた美しい場所だ。緑に乏しく潤いに欠けたチベットでは貴重な公園となっている。離宮の建物もこじんまりとしていて、宮殿というよりは邸宅に近い。さしずめチベットの小トリアノンというところか。薄暗いポタラ宮にいるよりは遥かに快適だっただろう。邸内の大時計はダライ・ラマがここを去った時刻で止まっている。時計を止めている余裕はあったということですね(笑)。睨下が再びここに帰ってこられるのはいつの日だろうか・・・・。

  • トルコ石の湖と呼ばれる聖なる湖、ヤムドク湖。ランチボックスを片手にピクニックと洒落込む。それが「ピクニック」なんてお気軽なものではないと、出発時には誰も予想できていなかった・・・<br />朝のラサは快晴、ヤルンツァンポ川沿いの道を走る車窓からののどかな風景もピクニック気分を盛り上げる。だが空港へ行く道と分岐し、車が次第に高度を上げていくにつれ雲行きが怪しくなってきた。民家や畑の姿も消えて荒涼とした光景が広がりだす頃、次第に頭痛や吐き気を訴える人が増えてくる。いくらラサで高地順応したといっても、標高4794mのカンパ・ラ峠を越えるのだ、再び高山病に襲われだすのである。症状の出なかった私も急激に下がる気温には耐えられず、持参のコートを羽織る。いつのまにか降り出した冷たい雨が車窓を打つ。<br />ようやくカンパ・ラ峠に到着するが、下車する元気のあるものは少ない。ところがこんな過酷な場所に、チベット人がヤクを連れて上ってきて土産物屋の露天を開いている。その体力と根性には感服するが、こんな所でちゃちな土産物を買う客がどれだけいるのか・・・他人事ながら商売が成り立つのか心配だ。<br />峠を越えて高度も下がり、皆の元気も戻ったころ、いよいよヤムドク湖がその美しい姿を目前に現す。いつの間にか雨も止み、静かな湖畔でようやくピクニック気分に戻る。湖水は透き通るように美しい青色を湛え、周囲の山々が木の一本も生えていない禿山なのと不思議な対照をなしている。こんなところにも遊牧民の子供達がいて、観光客に食べ物をねだる。回収したランチボックスの残りを現地ガイドが子供達に与える。果たしてこれが悪いことなのか良いことなのか・・・しばし「判断停止」状態に陥る。<br />この神秘的な湖にも何と水力発電所の建設計画が持ち上がっており、すでに工事が始まったそうだ。今の中国に「開発以外にも大事なものがある」と言っても馬の耳に念仏なのだろうが、かつて「列島改造」と称してかけがえのないものを壊しまくった日本の失敗を10倍にして繰り返しているのは残念至極だ。「トルコ石の湖」が失われる日も近いのかもしれない。<br />

    トルコ石の湖と呼ばれる聖なる湖、ヤムドク湖。ランチボックスを片手にピクニックと洒落込む。それが「ピクニック」なんてお気軽なものではないと、出発時には誰も予想できていなかった・・・
    朝のラサは快晴、ヤルンツァンポ川沿いの道を走る車窓からののどかな風景もピクニック気分を盛り上げる。だが空港へ行く道と分岐し、車が次第に高度を上げていくにつれ雲行きが怪しくなってきた。民家や畑の姿も消えて荒涼とした光景が広がりだす頃、次第に頭痛や吐き気を訴える人が増えてくる。いくらラサで高地順応したといっても、標高4794mのカンパ・ラ峠を越えるのだ、再び高山病に襲われだすのである。症状の出なかった私も急激に下がる気温には耐えられず、持参のコートを羽織る。いつのまにか降り出した冷たい雨が車窓を打つ。
    ようやくカンパ・ラ峠に到着するが、下車する元気のあるものは少ない。ところがこんな過酷な場所に、チベット人がヤクを連れて上ってきて土産物屋の露天を開いている。その体力と根性には感服するが、こんな所でちゃちな土産物を買う客がどれだけいるのか・・・他人事ながら商売が成り立つのか心配だ。
    峠を越えて高度も下がり、皆の元気も戻ったころ、いよいよヤムドク湖がその美しい姿を目前に現す。いつの間にか雨も止み、静かな湖畔でようやくピクニック気分に戻る。湖水は透き通るように美しい青色を湛え、周囲の山々が木の一本も生えていない禿山なのと不思議な対照をなしている。こんなところにも遊牧民の子供達がいて、観光客に食べ物をねだる。回収したランチボックスの残りを現地ガイドが子供達に与える。果たしてこれが悪いことなのか良いことなのか・・・しばし「判断停止」状態に陥る。
    この神秘的な湖にも何と水力発電所の建設計画が持ち上がっており、すでに工事が始まったそうだ。今の中国に「開発以外にも大事なものがある」と言っても馬の耳に念仏なのだろうが、かつて「列島改造」と称してかけがえのないものを壊しまくった日本の失敗を10倍にして繰り返しているのは残念至極だ。「トルコ石の湖」が失われる日も近いのかもしれない。

  • チベットに別れを告げ、再びカトマンズへ。友人に頼まれた土産物を買わなければならないのだ。彼はボランティアとして数ヶ月ネパールに滞在したことがあり、ネパールのベッドカバーが事の外お気に入り。ところが安いと言われていたそのベッドカバー、どこの店でも渡された軍資金の10倍以上の代物ばかり出してくるのだ。タメルで探すのが間違いの元だったのだろうが、正直なところ貴重な旅の時間が土産物探しで潰れるほど辛いことはない。いい加減疲れてきたので適当に手を打つことにする。やけくそで言い値の1/10に値切ってみたところ、露骨に嫌な顔をして「お前コリアンか?」いや、日本人だというとコロッと態度が変わり満面の笑顔で「オー、ジャパニーズ!」結局言い値の2/3で買わされる。さぞかしいいカモだったろうな。<br />自分用の記念にグルカ族の万能ナイフ、ククリを購入(刃を落とした土産用の切れないもの)。バナナ状に曲がった鉈のようなもので、グルカ兵のシンボルだ。貧しい山地の民が生計のため傭兵として出稼ぎに出るのは中世のスイスとも共通している。<br />最後の夜は民族舞踊とともにネパール宴会料理を楽しみ、空港へと向かう。基本的にはインド料理の範疇に入るネパール料理だが、比較的マイルドで日本人好みの味だ。K旅行社現地事務所のネパール人スタッフは皆日本語堪能。今度はぜひヒマラヤトレッキングでお世話になりたいものだ。後ろ髪を引かれる思いでネパールを後に帰国の途についたのであった。<br />(その後のネパールは国王一家殺害に始まりマオイストとの内戦・新国王の圧制と議会との対立など、混乱が続いたのは承知の通り。あの国に平和が戻るのを願うばかりだ。)<br />

    チベットに別れを告げ、再びカトマンズへ。友人に頼まれた土産物を買わなければならないのだ。彼はボランティアとして数ヶ月ネパールに滞在したことがあり、ネパールのベッドカバーが事の外お気に入り。ところが安いと言われていたそのベッドカバー、どこの店でも渡された軍資金の10倍以上の代物ばかり出してくるのだ。タメルで探すのが間違いの元だったのだろうが、正直なところ貴重な旅の時間が土産物探しで潰れるほど辛いことはない。いい加減疲れてきたので適当に手を打つことにする。やけくそで言い値の1/10に値切ってみたところ、露骨に嫌な顔をして「お前コリアンか?」いや、日本人だというとコロッと態度が変わり満面の笑顔で「オー、ジャパニーズ!」結局言い値の2/3で買わされる。さぞかしいいカモだったろうな。
    自分用の記念にグルカ族の万能ナイフ、ククリを購入(刃を落とした土産用の切れないもの)。バナナ状に曲がった鉈のようなもので、グルカ兵のシンボルだ。貧しい山地の民が生計のため傭兵として出稼ぎに出るのは中世のスイスとも共通している。
    最後の夜は民族舞踊とともにネパール宴会料理を楽しみ、空港へと向かう。基本的にはインド料理の範疇に入るネパール料理だが、比較的マイルドで日本人好みの味だ。K旅行社現地事務所のネパール人スタッフは皆日本語堪能。今度はぜひヒマラヤトレッキングでお世話になりたいものだ。後ろ髪を引かれる思いでネパールを後に帰国の途についたのであった。
    (その後のネパールは国王一家殺害に始まりマオイストとの内戦・新国王の圧制と議会との対立など、混乱が続いたのは承知の通り。あの国に平和が戻るのを願うばかりだ。)

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