2004/05/16 - 2004/05/17
82位(同エリア137件中)
覇王樹さん
朝までゴロゴロピーピーという状況が続いた。結局一睡もしていない。別室からは皆が起き出してくる音が聞こえるが、こちらは起き出す気力もない。とはいえ、ベッドに寝たきりでも仕方がないので、必死の思いで起き出した。ロサリオに現状を報告すると、彼女はいい薬があるからと黄色い錠剤をくれた。とにかく、これからオアハカに移動するから、下痢症状だけは止まってくれねば話にならない。薬を飲んで暫くすると下痢だけは何とかなりそうである。ともかく、ロサリオのお母さんに一泊の礼を言うと、彼女の車に乗り込み、オアハカへと出発した。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イクステペクからサントドミンゴ・テウアンテペクまでは高速道路がある。イクステペクから東側の高速道路は建設中である。その高速道路は対面通行となっているが、日本のようなポールは中央分離帯にはない。必要とあらば追い越しも可能である。尤も、追い越しが必要なほど車は走っていない。対向車も殆どと言っていいくらい走っていない。とにかく交通量の少ない高速道路である。高速道路の側道を自転車が走っているのを見掛けた直後、馬車も走っているのを目撃した。この高速道は馬車も通行可なのであろうか。
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驚異的な風景を見た後、テウアンテペクで高速道を下り、オアハカまで国道190号線を進む。ハラッパ・デル・マルケまではごく普通の道であったが、その集落を過ぎると国道はどんどん山の中へと入っていく。殆ど真っ直ぐな道のないクネクネの山道である。沿道の風景は乾いた山と林立する柱覇王樹ばかりである。途中、いくつもある集落で飲料水のサンプリングをしながらオアハカへと進む。例え下痢でも仕事だけは欠かせない。車に揺られてはいるが、薬が効いているせいか下痢症状は現れない。ただ、外気が猛烈に暑いので、車内のエアコンは殆ど効いていない。時々休憩を入れながらの旅であった。
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何もない途中の集落の風景。
6時間も走った頃、漸くオアハカの盆地が眼下に見えてきた。オアハカにはいくつもの有名な遺跡があるが、今回は市内からほど近いモンテ・アルバンに向かった。今まで僅かな集落しかなかったところから、大都会に入ってきた、と思わせるくらい人と車が多い。時々渋滞に巻き込まれながらモンテ・アルバンを目指す。モンテ・アルバンはオアハカの町を見下ろす高台にあった。今までずっと快晴の中を走ってきたのだが、オアハカに着くと、厚い雲が出てきた。 -
モンテ・アルバンは博物館となっており、入り口で入場料を払って遺跡内に入る。この遺跡は紀元前500年に建設が始まったアメリカ最古の遺跡と言われている。かなり広い遺跡群は、山頂部をそっくり切り取り、その上に石造ピラミッド等を建設している。その石造ピラミッドの脇に公衆トイレがあった。漸く便意を催してきたので、その恐ろしく汚いトイレ(便器も土管を垂直に地面に立てたもの)に入ったのだが、薬が効きすぎているせいか何としても出ない。朝から何も口にしていないので、かなりふらふらである。それにも関わらず、ピラミッドは頂上まで登り、遺跡内をくまなく歩き回れたことにはつくづく感心した。遺跡内の広々とした芝生の上で広い空を眺めながらロサリオたちと暫く休憩した後、この遺跡を後にした。
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ロサリオと私。ロサリオは私の体調が宜しくないのか少しスネ気味。
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北の大基壇
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踊る人々のピラミッド
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球戯場の収まっている遺跡
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町まで戻ると、今晩の宿探しである。ロサリオと共に何軒かのホテルを見てまわり、最終的にホテル・カレサ(Hotel Calesa)に投宿することになった。高級ホテルではあるが(3つ星)、1泊1万円弱で泊まれるお手頃なホテルである。荷物を部屋に入れると、オアハカの中心街を一回りした。今のところ、お腹の方は落ち着いているようである。というか、漸くではあるが腹が空き始めたのである。体調の方は急速に回復しているようである。ロサリオの案内で、オロ・デ・モンテ・アルバンという宝飾店の奥にあるレストランに行った。腹が減ったとはいえ、私の胃はまだ本調子ではないので、いろいろ食べてみたいのを我慢してお魚のメインディッシュのみ一皿注文した。
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食後、夜の町に出ると、町の中心であるソカロは大変にぎわっていた。地元の人が民芸品などのお土産の店を開いているのである。といっても、道路に敷物を拡げて、その上に商品を並べているだけではあるが。
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翌日は本来ならウアトゥルコから飛行機でメキシコシティーに戻る予定であったのだが、オアハカからウアトゥルコまでは3000m級の山を越える山道を通らねばならず、最短でも6時間は掛かる。結局、メキシコシティーまでの飛行機は諦め、オアハカからバスでメキシコシティーに戻ることにした。
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翌日、朝起きたら、体調の方は本調子ではないが何とかなりそうである。ホテルのロビーで先生とジャン、ロサリオと落ち合うと、ソカロに面したホテルの食堂に朝食を食べに出掛けた。
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その後、まずは今日の午後にメキシコシティーに向かうバス(ADO)の予約をするため、ソカロにほど近いADOのオフィスへと向かった。バスの予約は問題なく行えた。オアハカからメキシコシティーまでは7時間もの長距離移動である。さすがの私も昼行バスでこれだけ長い距離を移動するのは極めて珍しい。
バスの切符を手に入れたところで、午前中のオアハカ市内観光をスタートさせる。最初に向かったのはサントドミンゴ教会である。 -
この教会は1575年から100年の歳月を掛けて建てられた。教会の古びた木製のドアを抜けると、生命の木のレリーフが黄金のアーチを形成している。ドミニコ会の創始者、聖ドミニクスを起点として黄金色の枝が拡がっている。教会奥にはこれも黄金色の光を放つ主祭壇がある
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過剰な装飾が特徴のチュリゲラ様式は、メキシコシティーのメトロポリタン大聖堂にも見られる。これらは皆世界遺産に登録されている。
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この教会で、カメラのフィルムを交換しようとしたとき、一瞬その手が止まった。巻き戻しレバーが異様に軽いのである。この感触はかつてのシチリアで経験がある。そう、フィルムが装填されていなかったのである。只でさえ昨日から腹下しをしていて体調が悪かったのに、それに追い打ちを掛けるようである。一昨日のイクステペクのお祭りの時にフィルム交換をしたので、それ以来の写真が全く撮れていなかったのである。まさにやってしまった〜である。不幸中の幸いというかサブカメラも使用していたので、途中の記録が完全に抜け落ちてしまうということはないが、良い写真は一眼レフで撮ることになっているので、これは少々残念である。イクスペテクのお祭りやモンテ・アルバンの写真は殆ど無いということになってしまった。
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気を取り直して、フィルムを確実に装填し、教会を出る。教会前の通りはお土産屋通りとなっているが、金装飾の店など、高級な店が続く。そこからずっと南に下るとベニート・ファレス市場(メルカド)がある。ここは正に地元民のためのメルカドで、市場の入り口付近で売られていた山盛りのイナゴが強烈であった(漂ってくるにおいは日本のイナゴの佃煮とそっくりである)。
食料品のメルカドを抜けると、次は服飾や民芸品を売る市場に移動する。ここで、ロサリオは皆にお土産だと言って各人にテーブルクロスを買ってくれた。 -
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オアハカの町並み。
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メルカドにて。
このように買い物をしている間にも時間は過ぎていき、もうまもなくバスターミナルへと移動する時間となった。オアハカではバスの等級によってターミナルが異なっている。ADOの特等バスが出るのは市街地の北に位置するバスターミナルである。
バスターミナルでついに皆とお別れである。ロサリオたちはこれから標高3000メートルを越える峠越えが待っている。
バスに乗ると、私の席に大きなおばさんがすでに座っている。この時代はまだスペイン語が話せなかったので、文句も言えず仕方なしにそのおばさんの隣に座る。
バスの車内は日本の高速バスと大差はないが、なぜか窓にはカーテンが引かれている。これでは景色が見えない(さらに、大きなおばさんが視界を遮る)。仕方なしにカーテンの隙間から景色を見るしかない。バスが発車して、高速道路に乗ったところで、荷棚の下から液晶ディスプレイが生えてきた。なるほど、それでカーテンが引かれていたのか。これからビデオの上映である。7時間もバスに乗っているので、その間、映画を見て貰おうということなのである。
メキシコの高速道路は本線上に料金所がある。日本ならば高速道路の入り口に料金所があるが、このメキシコの高速道路はまるで首都高湾岸線のようである。しかも、道はメキシコシティーに近いプエブラまで対面通行であるが、勿論追い抜き可能である。高速道路は山間の狭いところを走っているので、日本の高速道路以上にくねっている。そこで追い越しを掛けるのだから、まさに命がけである。対向車は来ないだろうという予測の元に行くしかない。
車内の映画は米国映画で、勿論スペイン語に吹き替えられていた。しかし、内容がコメディーだったので、大体のストーリーは把握できる。結局、バスの中の大爆笑に私も付き合っていた。
日も暮れかけた頃、峠道の上からメキシコシティーの明かりが見えてきた。だが、そこからまた1時間以上も高速道を走り降り、その峠が余程高かったことを理解した。
午後8時、若干遅れて東方面バスターミナルに到着した。車内預け荷物を受け取ると、タクシーチケット売り場へと向かう。東ターミナルから空港までは地下鉄で1回乗り換えで移動することはできるのだが、ロサリオから、通勤時間帯は荷物を持ったまま地下鉄に乗るべきではないと言われていたからである。
チケット売り場はバスターミナル出口にあるが、そのタクシー乗り場はかなり長い地下道を歩いていかねばならない。漸くタクシーに乗り込むと、チケットを渡して空港に向かう。運転手は下車時にチップを要求し、20ペソを持って行かれた。ともかく、今日は空港ホテルに入ることが最重要課題なので、20ペソくらいは仕方ない。
長旅の末、ヒルトンにチェックインして、漸く落ち着くことが出来た。明日は日本行きの飛行機に乗るだけである。
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