2011/07/09 - 2011/07/09
180位(同エリア335件中)
フラワーさん
充実した旅を続けています。今日は7月9日、例年より早く梅雨が明けました。
好天に恵まれ、まずは8:00から朝の散歩をかねて朝市を見学します。
それからこの旅行のメインである名護屋城跡をじっくり観光し、伊万里経由で平戸島までの行程です。
友人から薦められて読んだ小説「天下城」で武田軍から逃れた主人公が武士を捨て安太を代表する石積み職人になり安土城をはじめ戦国時代の築城にかかわり秀吉にも信頼を得て生涯を閉じる・・・そしてその後、大阪城そして名護屋城の石積みを穴太衆が活躍したであろうと。しかもこの小説の主人公はフランシスコザビエルにも会って話を聴くのです。
そして何気なく見ていた韓国ドラマ「ホ・ジュン」で倭国に攻められるシーンがあり、名護屋城と関連がある!と。
その時代にわが身をタイムスリップさせたような気になり、深い考えも知識もないまま名護屋城をメインとした九州への旅になったわけですが、名護屋城の博物館では秀吉の朝鮮侵略の恐ろしい事実を知り愕然としました。知らないことが多すぎました。
一国を手に入れた権力者はどんどん強欲になっていくのです。
現代でもそれは生きています。
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呼子の宿から対岸の旅館街。
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朝ごはん。
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投宿した旅館金丸。朝市にも行ってみたくてこちら側の旅館を選びました。
てっぺんに取ってつけたような浴場。眺めはよかったです。 -
捕鯨で財を築いた中尾家の現在。
博物館になっていますが朝早いのでまだ開館していません。 -
小さい漁港の風景。
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朝市通りを曲がって港を振り返ったところ。
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8時を過ぎているからでしょうか、人は少ないです。
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昔ながらの民家。
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87歳のおばあさんの店で、吉森養蜂場のハチミツと草木染めのマフラーを買いました。
マフラーはおばあさんが養蜂のための木々や草花で染めているそうです。 -
静かな朝の漁港。イカ釣り舟はもう帰ってきています。
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イカの生干し。
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名護屋城に到着。駐車料金ゼロ。入場は無料。お掃除協力として100円。
この城は豊臣秀吉が1591年10月着工、翌年2月に完成しました。というか秀吉がむりやり5ヶ月で造らせたといったほうが正しいのです。
朝鮮出兵に備えて各地の大名をこの地に集めました。陣屋跡もいくつか残されています。 -
ここでも素晴らしい方に案内してもらいました。
秀吉の死で名護屋城は破却されました。このように城壁の角を崩すのです。
城壁の一番大事なところを壊すということはもうこの城は役に立たない城だということを示しているのだそうです。 -
この石は割るための刻みを入れたまま積まれ、のちに人の手によって崩されたものです。
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この当時秀吉の権力や大名の集まり具合を見た商人や大工・馬具職人・船職人などまた道具屋たちがこぞってこの地にやってきました。
たいそう発展したのでしょう。 -
樹木の生い茂った夢の跡を進んでいきます。
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三の丸跡。
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井戸は13個ありましたが、そのうち3個は秀吉一族専用でした。
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名護屋城天主台跡。標高90mの丘に5層の天守閣を建造しました。
常に海を監視できるようにしていました。 -
壱岐がはっきり見えます。
秀吉は壱岐、対馬を渡って釜山に侵攻する戦略をたてました。 -
展望図。
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黒っぽい石は礎石の一部だそうです。
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本丸旧石垣。当初の設計どおり築いたものの、秀吉の「もっと広くしろ」の鶴の一声でこの外側にを造りなおしたため、無用の長物となった石積みです。
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説明。
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割ったあとが残る石(左下)
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名護屋城博物館の映像。この大きな石積みも安太衆(あのうしゅう:滋賀県坂本安太の石積み専門の職人のことですが、後には石積み職人の総称を安太衆とよぶようになりました)の仕事でしょうか。
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博物館。
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忘れないように!
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今日の朝見た中尾家最盛期の屋敷の展示会があるようです。
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石積み補修の記録。
案内していただいた方によるとついこの間、現役の安太の石積み職人の方がここを
訪れ、とても熱心に見学されたそうです。
でも坂本の安太衆であればもっときれいに造ったのでは…という感想だったとのこと。 -
博物館うらにある荒れ果てた木下延俊(秀吉の正室おねの兄家定)の陣屋跡。
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伊万里方面へ向かいます。
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道の駅 伊万里で小休止。
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目的地に着きました。かつて佐賀鍋島藩の御用窯として栄えた大川内山。藩の重要な財源であった色鍋島などの技法が外部に流出しないよう、1675年に有田からこの地へ御用窯を移しました。
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現在は窯元33軒が三方を山に囲まれた細い路地に軒を連ねています。
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最上部から窯元群を見下ろす。
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由緒ある神社のようです。
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山の下の行き止まりにも小さな窯元があります。
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技術の流出を防ぐための関所の跡。
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橋の欄干にも磁器が使われています。
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このあたりの家の瓦は陽の光を反射して輝いています。
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また道草です。梶谷城跡と書いてある小さな案内板を発見し急遽右折、細い細い急な坂をグイグイ上って行くとつわものどもの夢の跡がありました。
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殺風景な駐車場。
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我々だけの世界です。
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やはり海を見張っていたのでしょう。
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平戸大橋を渡り平戸島へ。
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平戸城を望む。
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北虎口門?
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このお城は豊臣秀吉没後壊された名護屋城の廃材等をリユースして建てられたそうです。石積みもでしょうか?
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お城は博物館になっています。
オランダから日本への航路。 -
4世紀ごろのものと伝えられる刀。
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明治天皇の御七夜産着。
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お城の中に隠れ切支丹の遺品が陳列されています。
これは何となく不思議でした。 -
これも彼らが使っていたもの。
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天守閣からの眺め。右手奥が今晩お世話になる平戸海上ホテルです。
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山側の風景。
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もともとの門戸が保存されています。
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変わった造りの屋根と遠くにオランダ商館と海上ホテルそして玄界灘。
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青い石の階段。
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平戸海上ホテルの部屋から連絡船。
どこかの島に行くのでしょう。 -
平戸大橋。
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大きなホテルで団体ツアーの人も沢山お泊りでした。
とても美味しい夕食でした。 -
ホテルのサービスで、夜のショートバスツアーがありました。
当然申し込みました。20:30マイクロバスで出発。
ザビエル記念教会。 -
ライトアップされた平戸大橋のたもとから。
残念ですが下手な写真となりました。 -
市役所前の鏡川に架かる石橋は幸橋、別名オランダ橋と言われています。
平戸がオランダとの貿易港として栄えたころ、日本には石でアーチ型の橋を作る技術はありませんでした。
重要文化財に指定されています。 -
橋のたもとに建つ英国商館跡の記念碑。
1時間10分で要所を回るナイトツアーでした。
参加者は若い女性の6人グループと老夫婦でした。
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この旅行記へのコメント (1)
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- sakuranohanaさん 2011/08/05 19:04:13
- お久しぶりです
- やっとお二人のツーショットを見つけました。
ご主人の方がちょっと感じが違うけれど他の写真で懐かしく拝見いたしました。
九州旅行に行かれたのですね。
東北はまだ行けないでしょうかね〜
磨実も先月福岡に1泊2日でお祭りを見に行ったようです。
我が家の前半は色々ありすぎめまぐるしいものでしたが、少し落ち着いてきました。
とはいえ認知症の義父は相変わらずで、デイやショートに行けないので身動きがとれません。
なんとか趣味の卓球は、時間を作っています。
フラワーさんの旅行記を見せていただきながら、旅行気分を味あわせていただきま〜す。
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