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近江八幡を歩く

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2011/07/03 - 2011/07/03

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JTmさん

京都⇒近江八幡⇒市内散策⇒水郷めぐり舟の旅⇒近江八幡駅⇒東京

同行者
一人旅
交通手段
新幹線 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 近江八幡駅からバスで学園前下車。<br />歩き始めて最初にぶつかった観光スポット。<br />かわらミュージアム。<br /><br />近江八幡は、伝統的瓦産業の盛んな地で、このミュージアムは、かつての瓦工場の跡地。<br /><br />中には、地元で造られた瓦や、意匠を凝らした鬼瓦、日本各地、さらには世界各地の瓦を比較展示。

    近江八幡駅からバスで学園前下車。
    歩き始めて最初にぶつかった観光スポット。
    かわらミュージアム。

    近江八幡は、伝統的瓦産業の盛んな地で、このミュージアムは、かつての瓦工場の跡地。

    中には、地元で造られた瓦や、意匠を凝らした鬼瓦、日本各地、さらには世界各地の瓦を比較展示。

  • かわらミュージアム正面。<br /><br />

    かわらミュージアム正面。

  • かわらミュージアム、正面入り口へのアプローチ。<br />「閑華風の道」。

    かわらミュージアム、正面入り口へのアプローチ。
    「閑華風の道」。

  • 八幡山のふもと、日牟礼(ひむれ)八幡宮。<br />

    八幡山のふもと、日牟礼(ひむれ)八幡宮。

  • 八幡山ロープウェイからの眺め。<br /><br />ふもとから4分で到着の山頂は、かつて豊臣英次が築いた居城の跡。英次処刑後に、城は壊され、今は瑞龍寺という寺のみ。

    八幡山ロープウェイからの眺め。

    ふもとから4分で到着の山頂は、かつて豊臣英次が築いた居城の跡。英次処刑後に、城は壊され、今は瑞龍寺という寺のみ。

  • 瑞龍寺社殿。

    瑞龍寺社殿。

  • 八幡山城跡。出丸跡への道。

    八幡山城跡。出丸跡への道。

  • 山頂から琵琶湖を望む。

    山頂から琵琶湖を望む。

  • 城跡の石垣。

    城跡の石垣。

  • 八幡山のふもと、八幡堀。市内を5キロほどめぐって、琵琶湖に続いている。

    八幡山のふもと、八幡堀。市内を5キロほどめぐって、琵琶湖に続いている。

  • 新町通り。伝統的建造物群保存地区。

    新町通り。伝統的建造物群保存地区。

  • 近江八幡は、明治の建築家・ヴォリーズゆかりの地としても有名。英語教師として来日した米国人、ウィリアム・メレル・ウォリーズは、建築家として日本各地にさまざまな建物を残すかたわら、この近江八幡を拠点に、実業家としても活躍した。<br /><br />この郷土博物館(元は警察署)も、ヴォリーズ設計だとか。

    近江八幡は、明治の建築家・ヴォリーズゆかりの地としても有名。英語教師として来日した米国人、ウィリアム・メレル・ウォリーズは、建築家として日本各地にさまざまな建物を残すかたわら、この近江八幡を拠点に、実業家としても活躍した。

    この郷土博物館(元は警察署)も、ヴォリーズ設計だとか。

  • アンドリュース記念館。<br />ヴォリーズが最初に手掛けた建築。

    アンドリュース記念館。
    ヴォリーズが最初に手掛けた建築。

  • ヴォリーズ記念館。<br />ヴォリーズが住んだ家を記念館としている。見学は予約制だそうで、内部は見られなかった。意外に小さな家。もちろん自分で設計したそうである。

    ヴォリーズ記念館。
    ヴォリーズが住んだ家を記念館としている。見学は予約制だそうで、内部は見られなかった。意外に小さな家。もちろん自分で設計したそうである。

  • 旧八幡郵便局。<br />これもヴォリーズ設計。正直な感想を言えば、かなりガタガタ。

    旧八幡郵便局。
    これもヴォリーズ設計。正直な感想を言えば、かなりガタガタ。

  • 旧八幡郵便局正面。

    旧八幡郵便局正面。

  • 旧八幡郵便局、こだわりの?クリスタルのドアノブ。

    旧八幡郵便局、こだわりの?クリスタルのドアノブ。

  • 旧八幡郵便局、内部に使われている、凝った模様入りのガラス。

    旧八幡郵便局、内部に使われている、凝った模様入りのガラス。

  • 琵琶湖の水運の要所であった近江八幡には、江戸時代初期から多くの豪商が栄えた。<br /><br />これはその一つ、「扇屋」・伴庄右衛門宅。<br />現存の建物は、天保年間のもの。明治になって、当時の八幡町に譲渡され、小学校、役場、女学校、図書館と変遷したが、その後の調査復元を経て、現在は郷土資料館の分館として保存されている。

    琵琶湖の水運の要所であった近江八幡には、江戸時代初期から多くの豪商が栄えた。

    これはその一つ、「扇屋」・伴庄右衛門宅。
    現存の建物は、天保年間のもの。明治になって、当時の八幡町に譲渡され、小学校、役場、女学校、図書館と変遷したが、その後の調査復元を経て、現在は郷土資料館の分館として保存されている。

  • これも豪商宅跡。「大文寺屋」・西川家。<br />昭和初年まで、蚊帳や畳表の商いで栄えたという。<br /><br />現存の母屋は宝永3(1706)年建築だとか。<br />これは、裏手の入口。<br />

    これも豪商宅跡。「大文寺屋」・西川家。
    昭和初年まで、蚊帳や畳表の商いで栄えたという。

    現存の母屋は宝永3(1706)年建築だとか。
    これは、裏手の入口。

  • 西川家内部。

    西川家内部。

  • 西川家。庭越しに土蔵を望む。<br />この土蔵は、天和年間(1680年代)に建てられたという。

    西川家。庭越しに土蔵を望む。
    この土蔵は、天和年間(1680年代)に建てられたという。

  • マンホールのふたにも郷土色。

    マンホールのふたにも郷土色。

  • 手漕ぎ舟で、水郷めぐりに。豊年橋船着場。

    手漕ぎ舟で、水郷めぐりに。豊年橋船着場。

  • ヨシキリという鳥の鳴き声がひびく中、葦の繁る水路をゆっくりと進んでいく。

    ヨシキリという鳥の鳴き声がひびく中、葦の繁る水路をゆっくりと進んでいく。

  • 水路の岸の木は、ほとんどが川柳だそうで・・・。

    水路の岸の木は、ほとんどが川柳だそうで・・・。

  • 真ん中の三角形の低い山が、安土山。かつて安土桃山城があったところ。永徳の障壁画が・・・・焼けてしまった・・・・。

    真ん中の三角形の低い山が、安土山。かつて安土桃山城があったところ。永徳の障壁画が・・・・焼けてしまった・・・・。

  • ひげの船頭さんは、どうやら脱サラ組らしい。<br />新米のころは、落語「船徳」の徳さんみたいなこともあったようで。

    ひげの船頭さんは、どうやら脱サラ組らしい。
    新米のころは、落語「船徳」の徳さんみたいなこともあったようで。

  • 約80分の船旅。野鳥の鳴き声はたくさん聞こえたし、カイツブリやアオサギは姿も見せてくれたが、写真は撮れず。<br /><br />この二枚は、偶然写っていた。カモだと思う。

    約80分の船旅。野鳥の鳴き声はたくさん聞こえたし、カイツブリやアオサギは姿も見せてくれたが、写真は撮れず。

    この二枚は、偶然写っていた。カモだと思う。

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