2009/07/10 - 2009/07/10
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ヴェラnonnaさん
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6月28日、パリから プロヴァンス、コート・ダ・ジュールを走り
11泊。 ニースから イギリスに 移動して 二日目です。
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7/9 モナコ→(イージージェット)→ルトン空港(レンタカー)ケンブリッジ泊
7/10 ケンブリッジ→コヴェントリー→ストラスフォード・アポン・エイヴォン泊
7/11 ストラスフォード・アポン・エイボン→ストーン・オン・ザ・ウォールド→レイコック→
カッスルクーム→バース泊
7/12 バース泊
7/13 バース→ソールズベリー→ハンガーフォード→マルボロー→
バイブリー泊
7/14 バイブリー→オックスフォード→ロンドン泊
7/15 ロンドン観光後 帰国
7/16 北京経由→関空着
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イギリスを回る7日間の旅の二日目、ケンブリッジで ケム川遊覧 パントに乗船。
そして コッツウォルズ地方 コヴェントリーを目指します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12時過ぎに ケンブリッジを出発 走る事1時間。
休憩を取ります。 -
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フードコートで 適当に 選んだ物で 簡単なお昼を済ませます。
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日本の寿司も どこででも手に入る様になりました。
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休憩後、コヴェントリーを目指し 更に走る事1時間半。
道を尋ねる為もあり 再度 休憩。 -
すっごく美味しい チョコアイスでした。 完食後に撮影。
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ルトン空港から レンタカーオフィスまでの バスの中で
盗まれた 手荷物に 唯一、大切な、練りに練ったロードマップが 入っていました。
ふつーの ミシュランロードマップは持参していたものの 何号線から何号線、と ポイント、ポイントで 迷わないよう書き込んだ 綿密な地図をなくしてしまい、その為 無駄に時間を 費やさないよう このお店の スタッフに 道を尋ねました。 -
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少々迷いはしましたが 休憩時間も含めて 6時間弱で コヴェントリー 到着。
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さて、11世紀コヴェントリー、
領主レオフリックとゴダイヴァ夫人の伝説です。
重税に苦しむ領民の為、ゴダイヴァ夫人が
夫レオフリックに税を軽くするように願ったところ、
レオフリックは 夫人が 慎み深い女性であることを知りながら
「お前が全裸で馬に乗って町を一周したら考えてやろう」と
言ったそうな。 -
悩んだ末にゴダイヴァは決意し、
町中の民に外を見ないように命じて、長い髪だけを身にまとって
馬で町を一周。
町民はみな、このゴダイヴァのふるまいに心を打たれ、
窓を閉めて閉じこもり、結果 レオフリックはやむを得ず税を軽くしたという事ですが・・・
(この時、ただ1人外を覗いた男がおり、
これがピーピング・トム(Peeping Tom覗き魔)という言葉の
由来になったそうです) -wikipediaヨリー
ホンマかいなぁ〜 まぁ伝説ですね。 -
ここの 見所は 第二次世界大戦中、ドイツに破壊された このコヴェントリー大聖堂です。
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1940年11月8日、イギリス空軍が ミュンヘンを爆撃した報復として、ヒトラーは 既に郊外へ移されてはいたが 爆撃機から偵察車まであらゆる軍需品の製造会社のあったコベントリーを 爆撃の標的としました。
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ドイツ軍による、すさまじい空爆は かつて世界になかったほどの悲惨なものであったそうです。
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第二次世界大戦の空襲の後、コヴェントリーの ハワード司祭は
焼け落ちた教会の中で、天井部分に使われていた大釘を見つけ
それを組み合わせて十字架を作り、
祭壇の壁面に「父よ赦したまえ」と、のみで刻みました。 -
イチオシ
戦後、イギリス軍の空襲で破壊されたドイツの都市に、
コヴェントリーから「和解のシンボル」として
釘十字が贈られるようになります。 -
それ以降 コヴェントリーから釘十字を受け取った教会や
組織の間で、「コヴェントリー釘十字コミュニティ」という
ネットワークが結ばれるようになり
毎週金曜日の12時(イギリス時間)に、
コミュニティに入っている各国の教会では
ハワード司祭が刻んだ「父よ赦したまえ」の言葉から
「和解の祈り」が生まれ、唱えられているそうです。
-wikipediaヨリ- -
写真を撮ったときには 知りませんでした。
広島の原爆ドーム と 同じ願いを共有する 戦争の遺産が
ここコヴェントリーにも 保存され
錆び付いた 釘十字にも 深い 思いが籠められていたんですね。 -
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イギリスゴシック様式の尖塔です。
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14世紀、中世。
コヴェントリーは イングランドでも 布貿易の中心地として重要な 都市として発展します。
14世紀に建てられた聖マイケル教会の、かつては壮大な ゴシックの大聖堂であったであろうイングランドで3番目に高い、尖塔をもつ大聖堂の廃墟を眺めていると 羊毛や布取引で 繁栄した、イングランドの当時の文化、風俗を 彷彿とさせます。 -
聖堂の隣には 近代的な教会が 建てられています
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向かいには コヴェントリー大学があります。
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聖堂前の st.メアリ・ストリートにある 建物に
おめかしした人たちが 入っていきます。 -
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何だろう〜?と
建物の中に入ってみました。 -
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出くわした女性に 「あなたも ダンス?」と
聞かれました。 「いえ、建物を見たいのです」 -
イチオシ
すっかり ピーピング・トム状態で
窓から中を窺うと 石造りの 重厚な部屋のなかには
素敵な テーブルセッティング。
何かの催しが あるようです。 -
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近くには イギリスらしい パブもあり
通りに並べられた 椅子に座り
街のオジサン達が 飲みながら 喋りこんでます。 -
平和な 日常に 和むひと時。
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セント・メアリー・ホール。
ここは かつての ギルド・ホールです。 -
商人たちは ギルドに入らなければ 商いの権利を得ることが出来なかったのですね。
厳しい徒弟制度の 親方だけが ギルドに入る事が認められ 独占的な権利を与えられていました。
ケン・フォレット著『大聖堂』の 中でも 書かれていましたっけ・・・ -
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コヴェントリーの観光も ここいらで オシマイ。 あともう少し走れば
今夜の宿泊地、ストラトフォード・アポン・エイヴォンです。
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