2009/10/04 - 2009/10/04
248位(同エリア402件中)
吉備津彦さん
岡山県津山市一宮にある神社である。式内社(名神大社)、美作国一宮で、旧社格は国幣中社。
社名は、現在は「なかやま」と読むが、かつては「ちゅうぜん」「ちゅうざん」と音読みしていた。別名 仲山大明神、南宮。
社伝(『中山神社縁由』)では慶雲4年(707年)4月3日の創建としているが、実際には和銅6年(713年)、美作国が備前国から分立した時に吉備中山から勧請を受けて創建されたものとみられる。貞観6年(864年)に官社となった。延喜式神名帳では美作国唯一の名神大社に列し、美作国一宮として崇敬を受けた。
天文2年(1533年)、尼子晴久の美作攻めの際、境内に陣を置く敵を攻略するために火が放たれ、社殿が焼失した。美作平定後の永禄2年(1559年)、晴久自身によって再建された
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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鳥居の前には名木あり
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岡山県名木100選「けやき」
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美作牛がお出迎え
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日露戦争戦勝記念大狛犬
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イチオシ
日露戦争戦勝記念大狛犬
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門の前には猿狛
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明治43年生まれ
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イチオシ
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イチオシ
社伝(『中山神社縁由』)では慶雲4年(707年)4月3日の創建としているが、実際には和銅6年(713年)、美作国が備前国から分立した時に吉備中山から勧請を受けて創建されたものとみられる。貞観6年(864年)に官社となった。延喜式神名帳では美作国唯一の名神大社に列し、美作国一宮として崇敬を受けた。
天文2年(1533年)、尼子晴久の美作攻めの際、境内に陣を置く敵を攻略するために火が放たれ、社殿が焼失した。美作平定後の永禄2年(1559年)、晴久自身によって再建された -
現存の社殿は永禄2年に尼子晴久によって再建されたときのもので、入母屋造妻入の他地方には例を見ない「中山造」と呼ばれる構造となっており、大正3年(1914年)に国の重要文化財に指定されている。境内正面入口の鳥居も「中山鳥居」と呼ばれる独特の構造である。
摂末社はかつては112社あったが、尼子晴久の美作攻略の際に焼失し、現在は5社のみが残る。 -
本殿
中山神社(岡山県津山市) 寺・神社・教会
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イチオシ
大注連縄
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御朱印
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