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毎年1回中国駐在時代の友人二人と、かんぽの宿青梅で一泊して旧交を温めています。そのうちの一人があきる野在住の為あきる野近郊を案内してくれます。あきる野市横沢の大悲願寺は寺の歴史も有るが、観音堂(無畏閣)の軒下周りの彫り物がすごいから行きましょうと誘われて見学をしてきました。<br />大悲願寺の概要 真言宗豊山派 山号 金色山 院号 吉祥院 本尊 大日如来 かつては末寺三十二か寺を有したとの事。千四百年の昔聖徳太子が全国行脚の際にこの地に草堂を建てたのが当山の起源との事。千百九十一年建久2年源頼朝の命で武蔵の国平山(東京都日野市日瀬山)武将平山季重が京都醍醐寺三宝院の澄秀僧正を招いて開山としたとの事。江戸時代には幕府から朱印状を与えられていた。1,623年元和9年には仙台藩主伊達正宗が秋川の鮎魚に来遊した時、大悲願寺に立ち寄り、この時庭に咲き乱れていた白萩を人株譲ってほしいと、後に書簡を送ってきた。これが芝居で有名な「千代萩」の元祖との事。この手紙は白萩文書といわれ、現存所蔵されている。伊達正宗の末弟が十三世住持海誉の弟子で在寺していたので実現したとの事。観音堂は1794年建立 1824年から1827年かけて、内陣に欄間彫刻や向拝を追加、1834年から1842年にかけて彫刻や飾り板を追加 1951年観音堂改修し、茅葺屋根から本瓦葺きに変更、1978年東京都有形文化財指定、2005年から2007年にかけて観音堂を半解体修理、屋根を銅板葺きに変更された。その為か軒下周りの彫刻の色が新しかった。

あきる野市の古刹大悲願寺を訪ねて

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2010/05/14 - 2010/05/14

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デカニシ

デカニシさん

毎年1回中国駐在時代の友人二人と、かんぽの宿青梅で一泊して旧交を温めています。そのうちの一人があきる野在住の為あきる野近郊を案内してくれます。あきる野市横沢の大悲願寺は寺の歴史も有るが、観音堂(無畏閣)の軒下周りの彫り物がすごいから行きましょうと誘われて見学をしてきました。
大悲願寺の概要 真言宗豊山派 山号 金色山 院号 吉祥院 本尊 大日如来 かつては末寺三十二か寺を有したとの事。千四百年の昔聖徳太子が全国行脚の際にこの地に草堂を建てたのが当山の起源との事。千百九十一年建久2年源頼朝の命で武蔵の国平山(東京都日野市日瀬山)武将平山季重が京都醍醐寺三宝院の澄秀僧正を招いて開山としたとの事。江戸時代には幕府から朱印状を与えられていた。1,623年元和9年には仙台藩主伊達正宗が秋川の鮎魚に来遊した時、大悲願寺に立ち寄り、この時庭に咲き乱れていた白萩を人株譲ってほしいと、後に書簡を送ってきた。これが芝居で有名な「千代萩」の元祖との事。この手紙は白萩文書といわれ、現存所蔵されている。伊達正宗の末弟が十三世住持海誉の弟子で在寺していたので実現したとの事。観音堂は1794年建立 1824年から1827年かけて、内陣に欄間彫刻や向拝を追加、1834年から1842年にかけて彫刻や飾り板を追加 1951年観音堂改修し、茅葺屋根から本瓦葺きに変更、1978年東京都有形文化財指定、2005年から2007年にかけて観音堂を半解体修理、屋根を銅板葺きに変更された。その為か軒下周りの彫刻の色が新しかった。

同行者
友人
交通手段
自家用車
  • 大悲願寺山門

    大悲願寺山門

  • 大悲願寺山門と白塀

    大悲願寺山門と白塀

  • 長屋門

    長屋門

  • 本堂 寄棟造りの六つ間取り方丈書院造り。道内には木彫り座像の大日如来を奉安している。<br />建築年は1695年元禄8年8月で、高尾村左衛門次郎久重ほか12名の大工と14名の木挽によって建築。<br />木造伝阿弥陀如来及び脇侍(千手観世音菩薩・勢至菩薩)座像 平安末期作が、国指定の重要文化財<br />本堂・大般若経写本・大悲願文書・白萩文書が東京都指定文化財<br />中門・楼門・観音堂・懐中仏・六角宝幢式経筒・梵鐘・如環版木活字並びに活版本があきる野市の指定文化財

    本堂 寄棟造りの六つ間取り方丈書院造り。道内には木彫り座像の大日如来を奉安している。
    建築年は1695年元禄8年8月で、高尾村左衛門次郎久重ほか12名の大工と14名の木挽によって建築。
    木造伝阿弥陀如来及び脇侍(千手観世音菩薩・勢至菩薩)座像 平安末期作が、国指定の重要文化財
    本堂・大般若経写本・大悲願文書・白萩文書が東京都指定文化財
    中門・楼門・観音堂・懐中仏・六角宝幢式経筒・梵鐘・如環版木活字並びに活版本があきる野市の指定文化財

  • 本堂

    本堂

  • 本堂

    本堂

  • 本堂と庭園

    本堂と庭園

  • 本堂前の庭園。白萩と臥龍梅<br />昭和47年五日市で全国健康都市会議が開催され、議長の仙台市長に因縁のある白萩を贈呈し、それを記念して伊達正宗公縁の銘木臥竜梅の若木が送られてきて、ここに移植された。

    本堂前の庭園。白萩と臥龍梅
    昭和47年五日市で全国健康都市会議が開催され、議長の仙台市長に因縁のある白萩を贈呈し、それを記念して伊達正宗公縁の銘木臥竜梅の若木が送られてきて、ここに移植された。

  • 仁王門 周りには樹齢五百年を超える大杉に囲まれている。<br />1613年慶長18年に建てられた後、1669年寛文9年に再建された。<br />現在の建物は1859年安政6年に再々建された物である。<br />構造は三間一戸の入母屋造で銅板葺。両脇に仁王像が安置され、幕末期の絵師藤原善信、森田五水により、見事な天井絵が描かれている。各所に施された彫刻も見事で幕末期の特色が良く示された建造物との事。<br />東京都指定文化財である・

    仁王門 周りには樹齢五百年を超える大杉に囲まれている。
    1613年慶長18年に建てられた後、1669年寛文9年に再建された。
    現在の建物は1859年安政6年に再々建された物である。
    構造は三間一戸の入母屋造で銅板葺。両脇に仁王像が安置され、幕末期の絵師藤原善信、森田五水により、見事な天井絵が描かれている。各所に施された彫刻も見事で幕末期の特色が良く示された建造物との事。
    東京都指定文化財である・

  • 仁王門

    仁王門

  • 仁王門と観音堂の間の500有余年の杉の大木と伊奈石の石仏

    仁王門と観音堂の間の500有余年の杉の大木と伊奈石の石仏

  • 伊奈石の石仏(お砂踏み霊場)<br />伊奈石とは、硬砂岩と呼ばれる堆積岩の一種、柔らかで細工がしやすいが、磨いても艶が出ない。色は灰色が多く古くなると青みがかってくる。大悲願寺の二つ目の裏山を尾根伝いに西北に辿って行くと天竺山の東側の横沢入の林の中に、現在も岩石が累々と残っているとの事。<br />信州伊奈(高遠?)谷の石工集団が石の存在を知り移り住み開墾をして伊奈村を開いたとの事。元禄年間に伊奈市高遠から出稼ぎで石工が来ていたとの事。現在伊奈村には石材店は無いとの事、横沢には三軒の石材店が有るが、江戸時代からの石材店は田野倉石材店だけとの事。しかし田野倉家の先祖は長野県伊奈からの移住者でなく、相模の方から移住されているとの事。我々が訪れた時長野県伊奈市役所の方が伊奈とのかかわりを調べに見えていました。

    伊奈石の石仏(お砂踏み霊場)
    伊奈石とは、硬砂岩と呼ばれる堆積岩の一種、柔らかで細工がしやすいが、磨いても艶が出ない。色は灰色が多く古くなると青みがかってくる。大悲願寺の二つ目の裏山を尾根伝いに西北に辿って行くと天竺山の東側の横沢入の林の中に、現在も岩石が累々と残っているとの事。
    信州伊奈(高遠?)谷の石工集団が石の存在を知り移り住み開墾をして伊奈村を開いたとの事。元禄年間に伊奈市高遠から出稼ぎで石工が来ていたとの事。現在伊奈村には石材店は無いとの事、横沢には三軒の石材店が有るが、江戸時代からの石材店は田野倉石材店だけとの事。しかし田野倉家の先祖は長野県伊奈からの移住者でなく、相模の方から移住されているとの事。我々が訪れた時長野県伊奈市役所の方が伊奈とのかかわりを調べに見えていました。

  • 鐘楼 1672年寛文12年鋳造の梵鐘が有る。<br />当山十八世住職法印信盛の発願により八王子市横川の冶工 加藤五郎衛門<br />尉宗次が鋳造。銘文は真言宗豊山派の総本山長谷寺小池坊の前住職信海僧正の撰文。江戸時代は時鐘として、朝夕近隣の村人に親しまれた<br />多摩地区では一番古い名鐘との事。

    鐘楼 1672年寛文12年鋳造の梵鐘が有る。
    当山十八世住職法印信盛の発願により八王子市横川の冶工 加藤五郎衛門
    尉宗次が鋳造。銘文は真言宗豊山派の総本山長谷寺小池坊の前住職信海僧正の撰文。江戸時代は時鐘として、朝夕近隣の村人に親しまれた
    多摩地区では一番古い名鐘との事。

  • 観音堂(無畏閣)  1794年寛政6年建立<br />阿弥陀如来三尊像が安置されている。国指定重要文化財<br />三尊像はいずれも木彫寄木造漆塗、平安末期の特徴をしめしている。簡素であるが優雅さのただよう関東地方最傑作の美術品との事。<br />中葉は意見出来なかったが堂の軒下全周に施された彫刻は一見の価値がある。

    観音堂(無畏閣) 1794年寛政6年建立
    阿弥陀如来三尊像が安置されている。国指定重要文化財
    三尊像はいずれも木彫寄木造漆塗、平安末期の特徴をしめしている。簡素であるが優雅さのただよう関東地方最傑作の美術品との事。
    中葉は意見出来なかったが堂の軒下全周に施された彫刻は一見の価値がある。

  • 観音堂軒下の彫刻

    観音堂軒下の彫刻

  • 観音堂(無畏閣)の額

    観音堂(無畏閣)の額

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